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Cross×World  作者: シクル
6/9

それぞれの決着

 秋場拓夫。

 三年前、とある事件が起きた際に雨宮浸と共に事件を解決した少年である。

 しかし彼は和葉が生まれるよりも何千年も前の文明の人間で、発掘された古代のサーバーから霊体として復元された存在だった。

 事件の後、拓夫は相棒であるマクレガーと共に和葉の前で成仏した……そのハズだった。

「拓夫さんが……どうして……?」

 戸惑う和葉をよそに拓夫は――ハックは次々と迫りくる怪物達を撃破していく。

『拓夫。あの女性は君を知っているようだぞ。隅に置けないな』

「えぇ!? 俺全然知らないんだけど……」

 怪物を蹴り飛ばしながらそんな会話をするハックに、和葉は更に混乱する。

「……でも、こんなことさっきもあったような……」

 思い返してみれば、永久と家綱も似たような会話をしていたことに思い至る。永久は家綱を知っているようだが、家綱の方は永久のことを全く知らない様子だった。

 そして永久はこう言っていた。

 世界は一つではない。無数のパラレルワールドが存在するのだと。

 となれば、一つ仮説が成り立つ。

 秋場拓夫や七重家綱もまた、無数のパラレルワールドの中に複数存在するのかも知れない。

 だとすれば、今目の前で戦っている秋場拓夫は、かつて浸と共に戦った拓夫とは別人ということなのだろうか。そう考えれば、和葉と面識がないことにもうなずける。

 そんなことを考えている間に、ハックの周囲を怪物達が取り囲む。いくら実力でハックが上回っているとは言え、このままでは多勢に無勢だ。

 すぐに和葉は、青竜刀を構えて怪物達の中に切り込んでいく。

「え!?」

 その果敢な姿に、ハックはマスクの内側で目を丸くした。

 和葉は迫りくる怪物達を切り払いながら、ハックのそばまで駆けていく。

「拓夫さん! 私も、一緒に戦います!」

「そ、そりゃ、心強いけど……。生身でそんなに強いなんて……」

「……はい、私、鍛えたんです!」

 そうだ。

 ずっとずっと歩き続けてきた。

 遥か彼方の、その背中に届くために。

 だから、こんなところで立ち止まるわけにはいかない。

「梨衣! 私諦めないよ! 絶対、助けるから!」

 怪物達のその向こうで、悶えながら蠢く梨衣に、和葉は力強く叫ぶ。

 梨衣の魂は今、あの無数の蔦の中に取り込まれて苦しんでいる。だがそれは同時に、梨衣の魂がまだ完全に飲み込まれていない証拠でもある。

 梨衣が必死に抗おうと戦っている。生きようともがいている。

 その灯火を、消したくない。

『拓夫! どうやらあの怪物だけ、まだ人間のデータが残っているようだぞ!』

「なんだって!?」

 驚いてハックが目を向けたのは、怪物達の群れの向こうで苦しむ梨衣だった。

「マクレガーさん! なんとかなりませんか!? 私の友達なんです!」

 それを聞いた途端、和葉は飛びつくようにしてハックの右腕に駆け寄って叫ぶ。

『どうして私を知っている? 後でしっかり話を聞かせてもらおうか』

「はい! いくらでも! それより……」

『わかっている。一か八かの賭けになるが、私に考えがある』

「あんの!?」

 マクレガーの言葉に、和葉だけでなくハックも驚いて見せた。

『拓夫、プログラムブレイクだ。彼女のデータを覆っている怪物プログラムだけを破壊したまえ!』

「……それ、大丈夫? いける!?」

『完全に変異しているグリッチとは事情が違う。私の理論が正しければ可能なハズだ!』

「わかった……やってみる」

 コクリと頷いて、ハックは和葉へ視線を移す。

「えっと……君」

「和葉です!」

「和葉……ちゃんでいいかな……? 俺達、あの人をなんとかできるかも知れない……だから、他の奴らを任せてもいいかい?」

「……はい! 梨衣を……お願いします!」

 ハックの視線が、和葉から梨衣へ移る。そして振り返らぬまま、ハックは和葉へ問いかける。

「……明日、アップルパイ食べに行くの?」

「はい、必ず。私……梨衣に思い出してほしいんです。明日があるってこと」

「……そっか。じゃあ、絶対行かなきゃね」

「……はい!」

 そんなやり取りの後、二人は一気に梨衣の方へと駆け出していく。

「道は……私が切り開きます!」

 立ちはだかる怪物達を青竜刀で次々と切り払い、和葉は梨衣への道を作り出す。ハックはただまっすぐに梨衣だけを見据えて、全速力で駆けていった。

「どこでも、誰が相手でも変わらない! 俺は明日を守る!」

 叫びながら、ハックはハックドライバーの上蓋を素早く二回スライドさせる。

『Program Break!』

 電子音声が鳴り響くと共に、ハックドライバーから発せられた光が右腕から身体へと伝い、ハックの右足へと集中していく。

 しかし、そこで今まで悶えるばかりだった梨衣に変化が起きる。

 ハックが近づくと、梨衣は奇声を上げながら無数の蔦をハックへと伸ばし始めたのだ。

「お前らが何だか知らないけどさ……和葉ちゃん達の明日は、お前らなんかに奪わせない!」

 縦横無尽に迫りくる蔦を、ハックは一切スピードを落とさずに回避していく。だが、蔦の数は梨衣へ近づく度に増えていく。

「ッ……!」

 流石に避けきれない。

 そう判断しかけたハックだったが、眼前の蔦はきらめく白刃によって切り裂かれる。

「行ってくださいっ!」

 早坂和葉である。

 怪物達を凄まじい速度で処理した和葉が、ハックの道を切り開くために駆けつけたのだ。

「ああ!」

 強く頷きながら、ハックは高く跳び上がる。

「有線キック!」

 ハックがまっすぐに右足を梨衣へ向けると、その右足から白いコードのようなものが伸びていく。ソレは梨衣の身体へ張り付くことで”有線接続”を完了させた。

「うおりゃああああああああああああ!」

 掛け声と共に、ハックの身体はコードの中へ吸い込まれるようにして消えていく。

 梨衣と有線接続されたハックは、光の粒子となり、コードを通じて梨衣のデータを覆う怪物プログラムの中で炸裂し、デリートする。

 そして次の瞬間には、梨衣を覆っていた怪物の外殻は黒い粒子となってその場で雲散霧消し、倒れゆく生身の梨衣の後ろで粒子から元に戻ったハックは見事に着地してみせた。

「梨衣!」

 倒れ伏した梨衣の元へ、すぐさま和葉は駆け寄っていく。ひどく憔悴しているようには見えたが、梨衣はうっすらと目を開けて確かに和葉を見た。

「和葉……?」

 力なく、梨衣の手が伸びる。

 和葉はその手を包み込むようにして抱きしめて、その瞳に大粒の涙を浮かべた。

 冷えた手だったけれど、これから温めていける。

 日知梨衣は生きている。

 それが嬉しくて、和葉はぽろぽろと涙をこぼした。

「梨衣……梨衣……! 良かった……生きてるよ……っ!」

「うん……」

「食べに行こうね……アップルパイ……!」

 今度はたくさん食べて、たくさん笑って、これからの話をしたい。

 もう、一人にはしない。

 共に、明日を迎えに行こう。

 梨衣の身体を強く抱き寄せて、和葉はそう誓った。



***



 和葉が梨衣と共に異世界へ飛ばされている頃、家綱もまた鯖島と共に異世界へと飛ばされていた。

 塔の外と同じような、瓦礫ばかりが広がる場所で、家綱は鯖島と対峙している。

「ここらが年貢の納め時だぜ……鯖島! テメエが今までやらかした数だけ懺悔しておくんだな」

「ふ……一々数えておらんのでな。何に懺悔するべきかわからんよ」

 あっけらかんと答える鯖島に対して、誰よりも先にセドリックが憤る。

『行くぞ家綱……こいつを叩きのめす』

「ああ。っつーか、こいつ一人が生身で何をしようが俺達の相手じゃねえ」

 鯖島について、当然改めて調査はしてある。かつて使われていた研究所や、鯖島の残した資料は全て確認済みだ。鯖島は超能力者ではないが、超能力を開発する研究が行われていた以上、何かしらの能力は備えているだろう。

 かつて鯖島が関わっていた事件では、一人で複数の超能力を行使する能力者が家綱の前に立ちはだかったこともある。

 だが七人がかりで挑める家綱達にとって、一人が複数の能力を持っていたところで対処は可能なのだ。

 そしてそれは鯖島自身もよくわかっているハズだ。

 七重家綱という人造人間を生み出したのは、他の誰でもない鯖島なのだから。

『妙ね……。随分と余裕があるわ』

『僕も思ってた。気が合うね、纏ちゃん』

 纏同様、晴義の軽口を無視しつつ家綱は思考する。

 何故鯖島は一人でのこのこと家綱達の前に現れた?

 そもそもこの状況は、ゲイルによって人為的に作り出されたものだ。

 それを考慮すれば、ゲイルにとって鯖島の戦力は、単体で家綱を撃破出来る程のものだと判断されている可能性が高い。

『はっきりとは言えませんが、何か嫌な予感がしますわ……。十分気をつけて下さいまし』

「……ああ、わかってら」

 ロザリーの言葉にうなずきつつ、家綱は鯖島の出方をうかがう。そうしている内に、鯖島が動きを見せた。

「来ないのならこちらから行くぞ……九号」

 言いつつ、鯖島は地面に手をつける。

 すると、突如地面が盛り上がり、地中から巨大な植物が姿を現した。

「やっぱり能力身につけてやがったか……!」

『家綱君! 私が焼くね!』

「おう、頼んだぜ葛葉」

 相手が植物であれば、炎を操れる葛葉が圧倒的に有利だ。

 すぐさま交代すると、葛葉は迫りくる植物に触れ、パイロキネシスで火をつける。

 火は凄まじい勢いで燃え盛り、植物を一気に焼き尽くしていった。

「まあ、そうくるだろうよ」

 しかし鯖島はほとんど動じる様子がない。そればかりか、ニヤリと口角を吊り上げて葛葉を見ていた。

「ではこれならどうだ」

 鯖島がそう呟いた瞬間、葛葉の周囲が闇に包まれていく。

「晴義君、お願いしていい?」

『勿論。君の願いならいつでも叶えよう』

「フォワグラいっぱい食べたい!」

『家綱の財布に頼んでおくよ』

『勝手に人の財布頼ってんじゃねえ!』

 悠長なやり取りをしながらも、葛葉はすぐに晴義と交代しようと意識を集中させる。しかしその瞬間、今まで感じたことのない違和感が葛葉の―――――七人の中を駆け抜けた。

「バカ共が……ッ!」

「え……?」

 闇が晴れる。

 そして”葛葉”の眼前には、全身を筋肉で膨れ上がらせた鯖島が殴りかかってきていた。

『葛葉ァッ!』

 葛葉には、眼前に迫った単純な暴力に対処する手段がない。

 慌てて応戦しようと全身に炎を纏わせたが、それを無視した鯖島の右腕が葛葉の腹部に直撃する。

「かっ……!?」

 勢いよく弾き飛ばされ、地面に背中から叩きつけられる。

 そんな葛葉を捕らえようとして、再び現れた植物が蔦を伸ばしてくる。いくらダメージを受けていても、炎が出せなくなったわけではない。

 葛葉はすぐに蔦を焼き尽くそうとしたが、いつの間にか葛葉の意識は身体の奥へと引っ込んでいた。

『どう……して……?』

「っ……!?」

 いつの間にか葛葉と交代していたのは纏だ。

 既に身体にまとわりつき始めた蔦になすすべもなく、纏は絡め取られてしまう。

「これは……っ!?」

「和登八郎が何故九号一人に良いようにされたのか……答えは簡単だ」

 蔦に縛られた纏の方へ、鯖島はゆっくりと歩み寄る。

「それはお前達と正面から戦ったからだ」

「そうだったかしら……? あれはあれで卑怯な真似をしていたように思うのだけれど」

「私はもっと卑怯だよ。なにせ、お前たちの身体をこちらで操作しているのだからな」

「なんですって……!?」

 家綱達の強みは、その対応力の高さだ。

 七つの人格と能力を自在に出し入れ出来る家綱達は、様々な状況に対して瞬時に対応することが出来る。

 だからこそ、複数の能力を持つ相手に対してもその場その場で適した能力を使用することで、常に有利な状態で戦うことが出来たのだ。

 だが、その逆ならどうだ。

 複数の能力に対して、その場その場で不適切な状態に強制的に変化させられてしまうとしたら……?

『なるほどな……最初は俺を引っ込めるためのブラフだったってわけかよ……!』

 家綱は超能力による直接的な効果を一切受け付けない。そのため、家綱の人格を強制的に切り替える能力があったとしても影響を受けない。

 だが葛葉は違う。

 最初に植物の能力で葛葉を誘い出し、耐性を持つ家綱を引っ込めれば後は鯖島の思うがままだ。

「元々は人と人の心を入れ替えるだけの能力だったんだがな。九号対策としてチューニングさせてもらったよ」

『卑怯デース! 私ト戦ッテクダサーイ! 女性バカリ痛メツケルノハ最低デース!』

『全くだよ。どこまで品性のない男なんだ……!』

 当然、アントンや晴義の声は鯖島には聞こえていない。

 しかし鯖島からすれば、交代も出来ずにただ縛られている纏の姿が見られるだけで良かった。それだけで、愉悦に到れる最高の美酒足り得る。

「何をしでかすかわからん男連中と、直感のロザリーだけは避けさせてもらおうか」

 鯖島が指を鳴らすと、蔦は纏を引きずって鯖島の足元まで連れてくる。

「……それで、一体何が目的でこんなことをしているのか聞かせてもらえないかしら」

「目的は未来永劫変わらんよ。私が求めるのは研究のみ。そしてそれは、科学でなければならない理由もない」

 鯖島にとって、教団の目的そのものには大して興味がない。

 ただそこに未知の存在があるのなら、探究心のままに研究する。それだけなのだ。

「ゲイルを研究すればいずれ不老不死のメカニズムが解明出来る。例え世界が終わろうとも、私さえ生きていれば永遠に研究は進み、技術は進歩し続ける……!」

「そう」

「おい、お前から聞いておいてなんだその態度は」

「ごめんなさいね。一応聞いておこうとは思っていたんだけど、なんかあんまり興味がわかなかったわ」

 心底つまらなさそうにそう言う纏を、鯖島は上から睨めつける。

 動じる様子のない纏に苛立ったのか、鯖島は眉間にしわをよせながらかがみ込んで纏の顔を覗き込む。

「口だけのくだらん女だなぁ纏ィ……お前が満足に戦えんからこうなっているんだぞ?」

「汚い顔を近づけないで頂戴」

「いきがるんじゃない。状況がわからんのか?」

「二度同じことを言わせないで。あなたの顔を見ていると吐き気がするわ」

「ふぅ……」

 態度を崩さない纏を眺めつつ、鯖島は一度小さく息をつく。

 そして一瞬冷めた表情を見せた後――――纏の頬を右手ではたいた。

「舐めた口を聞くな。いい加減立場を弁えろモルモット共が」

「カビた研究所から這い出た○○○○が何をのたまうかと思えば、モルモットですって? ザル警備でモルモットを逃した癖によくもまあ偉そうな口が叩けたわね」

『おい、纏のやつノータイムで言い返したぞ』

『はたかれたことにまるで動じてないね』

 流石にこれには驚いたのか、鯖島はわずかに気圧される。

 しかし纏は止まらない。

 睨みつけるでもなく嘲るでもなく、ただ淡々と言葉を吐き出していく。

「大体あなた腐った○○みたいな悪臭がしてるのよ。私がモルモットならあなたはドブネズミね。いつから風呂に入っていないのかしら」

『二十三日間ですわ』

『ロザリーちゃん、そういうのは勘で当てなくても良いのよ~』

 想定外かつ斜め上からの反撃に、鯖島は最早言葉もない。その上ロザリーにはどれくらいの期間風呂に入っていないかをはっきりと言い当てられてしまっている。もっとも、それは鯖島には知る由もないが。

「どうしたの? 何も言い返す言葉がないのね。女を暴力で屈服させてそれで満足? 随分な○○ね。○○○○から○○○た○○?」

「そ、そこまで言わんでいいだろうが……! なんて口の汚い女なんだ……!」

「はぁ!? あなたが売った喧嘩でしょうが! 責任持ってフルプライスで買い取りなさいよこの甲斐性なしのろくでなし!」

『そこにクズとうすのろを足して差し上げますわ!』

『……俺は言い過ぎだと思う』

 誰よりも鯖島に憤っていたハズのセドリックですら同情する始末である。

「ええい黙れ黙れ! 貴重なサンプルの一つとして生け捕りにしてやろうかと思ったがもうやめだ!」

 瞬間、蔦が纏の身体を強く締め付ける。

 骨を砕かんばかりのその力に、流石の纏もこれ以上の罵倒は出来ない。

「ここで死ね! 九号ォーーーーッ!」

 激情のままに鯖島がそう叫んだ――――その時だった。

 ぐにゃりと。空間の歪むような感触。それは、家綱達が罷波市から院須磨町に迷い込んだ時のものと同じだった。

 そして……


「誰がどこで死ぬってンだ? 鯖島さんよォ」


 突如、鯖島の背後から聞こえるハズのない声が聞こえた。

「!?」

 慌てて振り返った鯖島の後ろに、その男はいた。

 ブラウンのソフト帽をかぶったその男は、異様なまでに長い薄茶色のトレンチコートをはためかせ、不敵に笑う。

「えぇ!? 待て、誰だお前はァ!?」

「おいおい忘れちまったのか? だったら教えてやるよ」

 トレンチコートをヒロイックに翻し、男はその名を口にする。

「俺は”罷波町”の頼れる探偵……七重家綱だ。どうぞ、よろしく」

 鯖島勝男は、状況が全く理解出来なかった。

 自分が今まで縛っていたのは間違いなく人造人間九号である。今は纏の姿をしているが、七重家綱でもあることに変わりはない。

 しかし、今鯖島の目の前にいるのも七重家綱ときている。やや頓珍漢な格好をしてはいるが、見間違えようハズもない。

 そして家綱(以下家綱Bとする)は、躊躇なく鯖島を殴り飛ばした。

「がッ……!?」

 緩んだ蔦の中から、纏が即座に抜け出し、目を丸くして家綱Bを見つめていた。

「まるでたちの悪い悪夢だわ。何がどうなってるの?」

「いや俺が聞きてえよ! なんで纏が目の前にいんだよ! おまけに死んだハズの鯖島が生きてやがるしマジで悪夢じみてんじゃねえか!」

「……まあいいわ。一応お礼だけは言わせて頂戴」

「珍しいな。ありがたく受け取っておくぜ」

 家綱Bがそう応えるやいなや、纏の身体はどろりと溶けて家綱Aへと変化していく。その様子に、家綱Bはやや引き気味で後じさる。

「冗談だろ……俺がもう一人いやがる」

「俺だって同じこと思ってるよ……っつーかグロいな変身」

「おいおいお前も同じだろ?」

「いや、俺は光って変身する。ドロドロにはならねえ」

『オー! モウ一人ノ家綱サンノ方ガ、変身ノ仕方ガカッコヨサソウデース!』

 どうやら同じ家綱同士でも、変身の仕方には差異があるらしい。

「あとそのトレンチコート……なんだ……?」

「あァン!? こいつはなァ……”町を守る男”の証だ! 何でお前着てねえんだよ!」

「持ってねえよそんなコート!」

 と、騒いでいる間に二人の背後から、筋骨隆々となった鯖島が迫りくる。

 家綱の身体能力は比較的高い方だが、それでもあの筋力を相手にまともに戦える程ではない。しかしアントンに交代すれば、再び鯖島の能力の影響を受けることになるだろう。

 その逡巡の隙に、鯖島は家綱Aに殴りかかった。

 だがその拳が届く直前。眩い光を伴いながら一人の大男が、鯖島と家綱Aの間に割って入る。

「家綱サン! マサカ再ビ肩ヲ並ベテ戦エル日ガ来ルトハ思ッテマセンデシタ……! 嬉シイデス!」

「アントン……! もう一人の……!」

『ワンダフル! 私モモウ一人イマース!』

 アントンBである。

「くっ……ならばお前も切り替えてやる!」

 組み付くアントンBだったが、鯖島の能力の影響を受けるのはAでもBでも同じなのだろう。すぐにアントンBの姿は、肉弾戦の苦手な纏Bへと切り替えられる。

 だが纏Bは、不敵に笑うだけだった。

「もう一人の私相手に随分好き放題してくれたみたいね」

「オ返シシマース!」

「!?」

 纏Bに組み付いた鯖島を、アントンAが強引に引っ剥がす。

 そのままアントンAによって強烈なボディブローを叩き込まれた鯖島は、たたらを踏みながらも右手をかざす。

 すると、再び巨大な植物が姿を現し、アントンAと纏Bへと蔦で襲いかかった。

「馬鹿ね」

 しかしそれらの蔦は全て、纏Bが懐から取り出した小刀によって切り落とされる。

『美しい太刀筋だわ……もう一人の私はあんなことが出来るのね』

 驚く鯖島に、再びアントンAが迫る。だがその瞬間、周囲に暗闇が立ち込めた。

「晴義サーン! 後ハ任セマース!」

「させるかァ!」

 晴義Aに交代しようとするアントンAだったが、その姿は鯖島によって葛葉Aへと切り替えられる。

 だがその程度では何の問題もないことを、もうこの”十四人”は知っている。

「君も投げ銭は出来るの? 僕がアシストするから、あの男に向かって撃ち込んで欲しいな」

 葛葉Aに駆け寄りつつ、晴義Bがモデルガンを構える。それに頷いて、葛葉Aは嬉しそうに十円玉を取り出した。

「なんか不思議な感じね! 楽しいわ!」

「僕もだよ。さあ……行くよ!」

 爆炎を伴いながら射出される十円玉と、凶悪にカスタムされたモデルガンから放たれる数発のBB弾。それらが暗闇の中を駆け抜け、鯖島へと直撃していく。

 そのダメージで集中が切れたのか、立ち込めていた暗闇は徐々に消えていく。そして闇の中から姿を現した鯖島は、再び右手をかざしていた。

「まとめてくたばれ……モルモット共ォ!」

 鯖島が発したのは、巨大な念動力の弾丸だ。

 いつの間にか晴義BからロザリーBに切り替えられており、いくら勘が鋭くとも視認の出来ない念動力を避けることは難しい。

 だが、何が迫ってきているかはわかる。

わたくしをお守りなさい! セドリック!」

「言われるまでもない。下がっていろ」

 それはまるで騎士の如く。

 葛葉Aから交代したセドリックAが、ロザリーBを念動力から守る。

 セドリックAの能力は、硬化だ。

 自身の身体を硬化させることで、セドリックAは姫を守る盾となる。

「――――鯖島の体力はそろそろ限界ですわ! セドリック、始末なさい!」

「ああ……! 俺はこの時を待っていた……鯖島ァ!」

 ロザリーBは直感で理解した。

 立て続けに複数の能力を行使し続けた鯖島の体力が、既に限界に達していることに。

 家綱達の人格をコントロールしながら別の能力で攻撃するのは、ただでさえ集中力の必要な作業なのだ。それなのに家綱達が合計十四人になってしまっては、対応し切れるハズもない。咄嗟に切り替えて、ロザリーBを呼び出してしまったのがその証拠である。

「ま、待て! 九号!」

「俺を……その名で呼ぶなッ!」

 渾身の怒りを込めて、セドリックAは拳を握る。

 その拳を最大限まで硬化させて、セドリックAは鯖島の顔面を殴りつけた。

 派手に吹っ飛ぶ鯖島に、もう意識はない。

「ようやく一発殴らせてもらえたな」

 一息つくセドリックAの肩に、そっと家綱Bの手が置かれる。

「お疲れさん」

「……ああ。礼を言う」

 丈の合わないトレンチコートの、いつもと違う相棒に、セドリックAはわずかに微笑みかけた。

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