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Cross×World  作者: シクル
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継承者達

 坂崎永久。そう名乗った彼女の見た目は、服装以外は十代後半の少女のように見える。それこそ、和葉にとっても家綱にとっても年下のようだ。

 しかしそれは、拍子抜けどころか逆に異質さを際立たせる。

 こんな学生にも見える少女が今目の前で振るった力は、最早兵器の類だ。いくら神聖に感じられても、絶大なる”破壊”に他ならない。

 微かに畏怖する二人を察してか、永久はバツが悪そうに頬をかく。

「……見なかったことにしてもらっていい?」

「いや出来るかァ!」

 思わず家綱がツッコミを入れると、やや緊迫していた空気が少し緩む。

「……あれ? もしかして家綱さん?」

「ん……? ああ、家綱だけど……どっかで会ったことあるか……?」

「え゛っ」

 聞いた瞬間、永久は目を丸くする。そしてしばらく家綱を見つめたあと、ひどく落胆した様子で肩を落とした。

「あ……うん……そっか……結構前だもんね……覚えてないか……」

「あ、いや!? ちょ、ちょっと待て! 思い出す! 思い出すから! あー駄目だ全然思い出せねェ!」

『なんて失礼な奴だ。こんな美しい方を忘れるなんて』

『まったくだわ。こんなかわいい女の子、普通忘れないわよ』

 どれだけ思い出そうとしても全く永久を思い出せない家綱を、中から晴義と纏が責め立てる。

『俺は今思ったんだが、晴義と纏は似ているところがある』

『セドリック、それは思っても纏さんには二度と言ってはいけませんわよ』

 ついついぼやくセドリックを、ロザリーがたしなめる。これらのやり取りは全て家綱の中で行われているため、どうも永久には聞こえていないようだ。

「がんばってください家綱さん! 思い出すの、私応援します!」

「私も応援するよ! 私のこと思い出してよ家綱さん!」

 このような間の抜けたテンションで家綱を応援する和葉と永久。唸る家綱。

『頑張ッテ下サーイ! ファイトデース! 五里霧中デース!』

『アントン君、何言ってるかわからないわよ~』

 更にアントンからも謎の声援を送られ、そこに葛葉のツッコミが入ると混沌ぶりである。このままでは収拾がつかないだろう、となんとなく晴義や纏辺りが察して呆れ始めた頃合いで、新たな人物がこの事態に乱入する。

「……アンタ達何やってんのよ……こんな時に……」

「あ、由愛ゆめだ」

 和葉達の前に現れたのは、淡い赤色の瞳の少女だった。

 年の頃は大体中学生くらいだろうか。白いフリルワンピースに、セミロングのプラチナブロンドという真っ白な出で立ちだが、胸元のリボンと瞳の赤が差し色のように際立っている。

 由愛と呼ばれたその少女は、釣り気味の瞳を永久に向けて小さく嘆息する。

「永久、あまり時間はないわ。ゲイルのやつ、やっぱりこの世界に来ているみたい」

「……うん。別の気配に覆われててわかりにくくなってたけど、欠片の気配も感じるよ。でも……」

 言いつつ、永久は店の中から何事かと顔を覗かせている人達を見やる。

「ま、ここは任せなさいよ」

 微笑んでから由愛がそう言うと、彼女の後ろに巨大な空間の歪みが発生する。その中から現れたのは、武装した数十名の男女だった。

 全員が黒い、ぴっちりとしたライダースーツのようなものを着込んでおり、腕には小型の携帯端末を装着している。

 腰には数種類の銃が装備してあり、背中に剣や刀のようなものを背負っている者もいた。

 その中の一人、黒いポニーテールの女性は歩み寄ってくると穏やかに微笑む。

「ここの防衛は私達、くだり小隊にお任せを。この異空間にいる民間人は、この建物の中にいる人達で全員です」

「美奈子さん!」

 美奈子、と呼ばれたその女性は永久に微笑んだ後、和葉と家綱の方へ視線を向ける。

「到着が遅れて申し訳ありませんでした。ここからは我々次元調停官が責任を持ってあなた方をお守りし、必ず元の世界にお帰しします」

 当然、和葉も家綱ももう全くついていけていない。

「は、はあ……全然わかんねえけど」

『そうだね。こんなに立て続けに美しい方に出会うだなんて、人生とはわからないものだ』

「わかった。わかったから待て、待てだ。出来るな?」

『ふふ……。出来ない』

「しろォ!」

 無理矢理出てこようとする晴義を抑え込む家綱だったが、その姿は和葉以外には一人芝居にしか見えない。

 余計収拾がつかないことを察した纏は、仕方がないのでコメントを控えていた。

「永久、アンナと佩芳ベイファンはもう捕らえたわ。残る教団の幹部は、鯖島と日知、そしてゲイルだけよ」

「わかった。残りは私がなんとかする」

「調査によるとこの異空間に一緒にいるハズよ。ここは私達に任せて、永久ははやく行って」

「うん、お願いね」

 永久の言葉に、由愛が強くうなずいたのを確認すると、永久は飛び立たんとして翼を広げる。しかしそんな永久を、和葉と家綱は呼び止めた。

「ちょ、ちょっと待ってください! 日知って……日知梨衣のことですか!?」

「今鯖島っつったか……?」

「え? アンタ達の知り合いなの?」

 永久の代わりに答えたのは由愛だ。

「機密です。あなた方ははやく建物の中に隠れてください」

 ぴしゃりと言い放ち、美奈子はそれ以上何も言おうとはしない。

 事実、もう事態は和葉と家綱に対処出来る段階をとっくに越えてしまっている。

 次元調停官なる者がどういう存在なのかはわかりもしないが、少なくともこの場では半ば民間人の和葉と家綱がしゃしゃり出るような状況ではない。

「梨衣……」

 このまま指をくわえて見ていることしか出来ないのだろうか。

 まだ何もわかっていない。まだ何も伝えていない。伝わっていない。

 もっときちんと、梨衣と話がしたい。

 和葉がどれだけそう思っても、日知梨衣はあらゆる意味で遠かった。

「……よし! じゃあこうしよう!」

 思い悩む和葉と複雑そうな面持ちの家綱の前で、永久が勢いよく両手を叩く。

「はい?」

 訝しげに由愛が首をかしげた時にはもう、永久は和葉と家綱を抱きかかえていた。

「え……?」

「は?」

 困惑する二人を抱きかかえたまま、永久は真っ白な翼をはためかせて浮上する。その様子を、由愛と美奈子、そして次元調停官達は唖然とした表情で見上げていた。

「こっちは私に任せてよ! ちゃんと連れて帰るから! だからそっちお願いね!」

「ちょ、ちょっと永久! 無茶苦茶よ!」

「行ってきまーす!」

「バカ! 戻ってきなさい! 永久ー! バカーーーーーー!」

 そのまま塔の方へ向かって飛び去る永久を追うことが由愛には出来ない。

 飛び去っていく永久を見ながら、由愛は深く重い溜め息をついた。

「……バカじゃないの……」

「…………まあ、お人好しもお節介も変わっていない、ということでしょうか……」

 和葉と家綱が、ただの民間人でないのは美奈子にもわかっている。

 だがその上で、今回の戦いにおいては危険だと判断して民間人扱いしたのだ。事情があるのは見ればわかったが、職務としてここにき来ている以上責任の持てない判断と行動は美奈子には出来ない。

 いつだってそんなものを飛び越えてしまうのが、坂崎永久なのだが。

「任せましょうか。坂崎永久に」

「それ、半分職務放棄じゃないの?」

「っ……! たし……かに……!」

 膝から崩れ落ちてわなわなと震え始める美奈子に、由愛は肩をすくめる。

 だがそんなやり取りをしている時間は、もう彼女達にはない。

「……隊長! バ=コ人がこちらへ向かって来ています。それも相当な数です」

 一人の男性調停官が、美奈子の元へ駆け寄ってきてそう報告する。美奈子はすぐさま立ち上がると、毅然とした態度で指揮をとり始めた。

「全員、フォーメーションγ(ガンマ)についてください! 一匹たりとも民間人には近づけさせてはいけません! メリッサ、あなたは念のために民間人の護衛に回って下さい」

「承知しました!」

 メリッサと呼ばれた女性調停官は、美奈子の指示に従って建物中へと入っていく。

 そして残された者達は、建物を取り囲むようにしてフォーメーションを組み、四方から迫りくる怪物達に対して身構える。

 防衛戦の始まりを告げる銃声が、そこかしこから聞こえ始めた。



***



 ”世界”は、決して一つではない。

 異次元パラレルワールドは無限に存在しており、院須磨町のある世界もまた、無数の世界の一つである。

 その広く広大な無限の世界が交わることは本来ならあり得ない。

 しかし無限にある世界の中には、そのことわりを破る存在や事象も決して少なくない。それらの存在、事象が他の世界に干渉することで、交わることなく保たれていた世界の均衡が乱されることもある。

 その均衡を守るために戦う組織を次元管理局という。そして管理局に所属し、現地で直接事件の解決にあたるのが次元調停官、下美奈子達である。

「まあ、私は調停官じゃなくて異世界に干渉して乱してる側に含まれるんだけどね……」

 塔へ向かう道すがら、永久は飛びながら解説しつつ、面目なさそうに目をそらす。

 正直和葉も家綱も、あの強大な力を見てしまった以上、まあそうだろうな……くらいの感覚でその言葉を聞いていた。

「……それで教団っていうのは、異世界に干渉していたってことですか?」

「うん、そう。教祖のゲイル・トワイライトは異世界を渡る力を持っていて、色んな世界に教団の信者を作っていた」

 そしてその中で、幹部まで上り詰めていたのが日知梨衣と鯖島勝男なのだという。

 他の幹部は既に管理局に捕らえられているようだが、ゲイルを含むこの三人だけが逃げ延び、この異空間にいるのだという。

「なんの教団なんだよ。まさかざるそばか?」

「……う、うん……ざるそばだよ……」

「えぇ……?」

 ドン引きする家綱に、永久は申し訳なさそうにうなずく。

「……正確には、名前なんてないんだよ。多分、家綱さんのいる世界ではそういう変な名前が隠れ蓑にされてただけだと思う」

「隠れ蓑か……確かにな」

『外見はちょっとした新興宗教だったが、中身が異質だったな』

 内から聞こえるセドリックの言葉に、家綱はああ、と相槌をうつ。

「俺達は鯖島勝男が出入りしてるっつーから調べてたんだ。あいつの調査を恩人に頼まれててな。それに、奴には簡単には返しきれねえ借りもある」

「じゃあ、連れてきて正解だったね。そういう因縁はきちんと決着つけておかないと後で大変だよ~」

「……なんなんだその妙な説得力は……」

 口調は軽いが変なすごみを感じて、家綱は若干物怖じしてしまいそうな気分だった。

 どうもこの坂崎永久という少女、底知れない。

「ゲイルは、信仰している邪神を復活するために準備を進めてた。この異空間は、ゲイルが邪神を復活させようとした影響で偶発的に発生したみたい。だから、ここは家綱さんと和葉ちゃんのいた世界とは完全に別物だよ」

「良かったです……」

『ほーら、言った通りでしょう! わたくしの勘は外れませんのよ!』

 永久の言葉に安堵すると同時に、和葉は梨衣が幹部だという事実に胸を痛めていた。

 和葉の知らない間に、梨衣は教団に入り、幹部まで上り詰めていた。

 一体、何のために?

 察しが悪いと言われてしまった和葉でも、その理由が負の理由であることくらいはわかる。

 梨衣は、きっと……

「邪神は……復活すると、どうなるんですか……?」

「……美奈子さん達の調査の通りなら、邪神は世界を破壊する。きっと想像もつかないような被害が出ると思う」

 梨衣はきっと、終わりを望んでいる。

「もちろん、そんなことは私がさせないよ! 見たでしょ? 私かなり強いから、絶対止めてみせる」

「坂崎さん……」

「だけど、和葉ちゃんはその前に話がしたいんじゃない?」

 心の内を見透かされ、和葉は小さく首肯する。

「私……梨衣の気持ちがわからなかったんです。梨衣はきっと絶望していて、苦しんでいたと思うんです。なのに私、自分の話ばっかりして……」

 深く昏い場所にいた梨衣を、和葉は無理矢理照らそうとしてしまった。

 梨衣は和葉に、同じ暗闇を求めていた。

 自分の能力を疎み、塞ぎ込んでいた和葉の暗闇を。

 梨衣の言っていた勧誘という言葉は、教団への勧誘という意味だったのだろう。

 共に絶望し、終わりを求めようと。

 しかし和葉は変わってしまっていた。雨宮浸に救われ、眩い光の中を生きていたのだ。

 それがどれだけのショックだったのか、和葉には想像することも出来なかった。

 光の中にいた和葉には。

 疎んでいたものでさえ、最初から闇ではなく光であった早坂和葉には、生きたまま心の死んだ人間の気持ちはわからなかった。

「じゃあ、もっとたくさん話をしないといけないね」

 永久はそう言って、和葉の顔を覗き込んで微笑む。

「話が出来るなら、たくさんした方がいいよ。対話を諦めると、最後には憎しみ合って終わっちゃう。そんなの嫌だよね」

「……はい」

「伝えたいことは、ある?」

「……あります。私、梨衣を助けたい。私を浸さんが助けてくれたみたいに。きっと浸さんなら、梨衣を助けるから」

「その浸さんってのは?」

 和葉の言葉にそう返したのは、永久ではなく家綱だった。

「今はもういないんですけど、私にとっては師で、ヒーローで、大切な恩人でした」

「……そうかい」

 雨宮浸は、塞ぎ込んでいた和葉を救い出した恩人だった。

 浸が亡くなった後、和葉は雨宮霊能事務所を受け継いだ。いつか必ず追いつくために、その背中を目指して走り続けていた。

「それじゃアンタも継承者ってわけか」

「もって……家綱さんもそうなんですか?」

「ああ。しかし困るよな、先代が偉大ってのは。どんだけ追いかけても追いつける気がしねえし、第一デカ過ぎんだよな、背中がよ」

 過去を懐かしむように言いつつ、家綱はソフト帽をかぶり直す。

「けどよ。どんだけデカくても、どんだけ遠くても、いねえ師ってのはもう止まってンだ。じゃあもう後は追いつくしかねえんだよ。自力でな」

 雨宮浸はもういない。

 もうその背中は歩みを止めているのだ。

 ならば理屈の上では家綱の言う通り、後はもう追いつくだけなのだ。

 どれだけ遠くても歩き続けて、その背中まで。

 自分の足で。

「歩き続けて、越えるしかねえよな、残された俺達はよ」

「……はい!」

「それも自分の力で、だ。そのためには、もう師匠の言葉や思いを借りっぱなしじゃいけねえよな」

「あっ……」

 家綱がそこまで言って、和葉はその意図に気づく。

「浸さんなら、じゃねえ。アンタならどうするんだ? もう一度考えといた方がいいぜ。アンタ、その梨衣って子をどうしたい? アンタの意志で決めな」

「私……私は」

 雨宮浸なら、ではない。

 早坂和葉がどうするか、だ。

 そしてその答えは、考えるまでもなく決まっている。

「私、梨衣とわかり合いたいです! 救えないとしても、この手を差し伸べたい! だって梨衣は、私の友達だから!」

「浸さんが反対したとしても、か?」

 家綱の問いに、和葉は力強くうなずく。

「はい! 私の、早坂和葉の意志です!」

「っしゃあ! なら行こうぜ!」

 和葉と家綱の気持ちに応えるかのように、永久は更に力強く羽ばたく。

 悍ましき塔は、もうすぐ目の前だ。

『行こうぜって、私達は運んでもらってるのよ』

 そんな纏の呟きを、家綱は聞かなかったことにした。

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