Cross×World!
ふっとばされた怪物はすぐに立ち上がり、家綱の方へと飛びかかっていく。それを家綱は事もなげに避け、すれ違いざまに拳を叩き込む。
怪物は怯まない。それを知ってか知らずか、家綱はそのまま二撃、三撃と叩き込み、ようやくたたらを踏んだところで回し蹴りを放った。
美しい軌道を描く家綱の右足が、怪物の頭部に直撃する。再びふっとばされた怪物は、仰向けに倒れた。
そして次の瞬間、和葉は正体不明の声を聞いた。
『家綱君! 私思ったんだけど焼いた方が早くない?』
『先にあの女性を助けるべきじゃないかな?』
『子供ヲ保護シテ下サーイ! 最優先デース! マダ怯エテ動ケテマセン!』
『葛葉さんの言う通りですわ。お焼きなさい、わたくしの勘は外れませんわ』
『格好つけてる暇があったらはやく子供もあの女の子も助けなさいよ』
『……もたもたするな。化け物はまだ息があるぞ』
それら全ての声は、あの家綱から聞こえてきているのだ。
一瞬霊が大量に取り憑いているのかとも思ったが、どうもそういうわけではないらしい。和葉からすれば、取り憑いている死者の霊魂と、家綱の中にいる彼らは違う。だからと言って、ではどういう状態なのかと言われると和葉にも全く説明出来ないのだが……。
「だー! うるせええええ! 葛葉、代わるぞ! 火加減しろよ!」
『はーい!』
そんなやり取りが聞こえてくると同時に、家綱の身体がどろりと溶けていく。これには梨衣も驚いたのか、和葉同様その光景に目を奪われている。
たくましかった身体は一回り細くなっていくが、背丈はあまり変わらない。外にはねていた黒い短髪は、艷やかな茶髪へと変化しながら長く長く伸びていく。
その変化の最中、腕つけている腕時計のようなものがわずかに光を放つ。すると、家綱の着ていたスーツは、グレーのゆったりしたニットセーターと紫のロングスカートへと変化した。
数秒と経たない内に、七重家綱は全く別の人物へと変身した。
長い前髪で左目の覆われたミステリアスな女性は、にっこりと笑うと軽く握った右手を梨衣の方へかざす。
「ばんっ」
刹那。真っ赤な閃光が火花を迸らせながら和葉を縛る触手へと走る。
「っ!?」
梨衣がそれに驚いている内に、女は起き上がった怪物の方へと接近し、その手でそっと怪物の身体へ触れた。
「ごめんね、悪いけどベリーウェルダンで」
女のその一言で、二つの炎が同時に燃え上がる。
一つは先程の閃光だ。
和葉を縛る触手を凄まじい勢いで焼き尽くす炎に、梨衣は椅子を蹴散らしながら数歩後退する。
そしてもう一つは、怪物の身体だ。
女に触れられた怪物の身体は、尋常ならざる勢いで焼き尽くされていく。最早ベリーウェルダンどころの話ではない。あと数秒で消し炭だ。最悪店ごと全焼しかねない。
『葛葉……加減しろっつったろ。店は焼くんじゃねえよ……』
「あ、ごめんなさい! 最近って昔と比べるとすっごく調子が良いじゃない? 加減しづらくって」
『ワカリマース。パワー、有リ余ッテル感ジアリマース』
「ねー」
今のところ和葉以外から見れば一人で喋っているようにしか見えないやり取りである。
葛葉と呼ばれた女は、おどけた様子を見せつつも怪物に対する火を少しずつ鎮火させていた。怪物の方は最初に燃え上がった時点で既に絶命していたようで、もうピクリとも動かなかった。
「す、すごい……」
和葉にはもうわけがわからなかった。
正体不明の怪物が現れたかと思えば、今度は別人に変身するよくわからない探偵に助けられた。
まだなんの整理もついていない状態で、矢継ぎ早に常識を覆されてしまっては追いつけない。
和葉も和葉なりにある程度色々経験してきたつもりでいたが、どうやらまだまだだったらしい。
そしてそんなことを考えている間にも、別の人物に切り替わっているのだから手に負えない。
「大丈夫デスカ!? ヒトマズ物陰ニ隠レテ下サーイ!」
今度は白いTシャツにデニムジーンズの大柄な男性だ。筋肉の鎧に包まれたその体躯は、先程の女性の倍はあるのではないかと見紛うほどだ。
彼は少年の元まで駆け戻り、レジカウンターの裏へ隠れるように促す。
「う、うん……お兄ちゃん、ありがとう!」
「ソレガ聞ケレバ、イギリス人、トルティーヤ無限ニ食ベラレマース……」
「それ……メキシコの料理なんですけど……」
思わず呟く和葉に、男は屈託のない笑みを向ける。
「……さっきからなんなの。あなたは」
そんな男に、梨衣はひどく苛立った様子を見せたが、それでも男は笑みを絶やさない。
「温故知新ノイギリス人、アントンデース!」
温故知新の語源は中国の孔子である。
「子供ニ酷イコトスルアナタ、許セマセン! オ仕置キノ時間デスマイベイビー!」
『おいアントン、どこでそんなの覚えた』
と、中から問う家綱に、アントンはしたり顔で答える。
「晴義サン、女性ニハコンナ感ジデース。学ビマシタ!」
『…………僕はもう少し今風の言い回しをしたいかな……』
『それよりも後ろから三体……来ますわよ!』
少女の声が聞こえたかと思うと、本当に店内に入ってきた三体の怪物がアントンへ襲いかかる。
同時に組み付かれるアントンだったが、アントンの笑みは崩れない。
「イギリスパワー! 炸裂サセマース!」
あろうことかアントンは怪物の頭を片手で強引に掴み、千切っては投げ千切っては投げと投げ飛ばしていく。
「筋肉コソパワー! パワーコソ自由! 自由ノ国、アントンデス!」
自由の国とはアメリカの異名である。
「ちっ……!」
この状況では分が悪いと判断したのか、梨衣は更に後退していく。
「待って! 梨衣!」
呆気に取られかけていた和葉だったが、すぐに梨衣を追いかけようと手を伸ばす。しかしその手は、梨衣によって強くはたかれた。
「触らないでよ悲劇気取り。もう用はないから」
梨衣がそう言い放つと、梨衣の背後の空間が歪む。
渦巻く濃紺の異次元に身を委ね、梨衣はその場からかき消えていく。
「梨衣っ……!」
しかし、和葉には悔しがる余裕は与えられなかった。
窓から飛び込んできた怪物が、和葉へ襲いかかってきたからである。
和葉はそれらを舞うような動作でかわし、躊躇なく青竜刀で斬りかかっていく。
「一体何なの……この怪物……!」
怪物の身体を袈裟懸けに斬り裂けば、毒々しい青紫の体液が吹き出してくる。霊を斬る感覚とは違う、生身の生き物を斬り裂く、和葉にとっては極めて不愉快な感触だ。
怪物自体は決して強いわけではない。正面から戦えば、和葉にとっては苦戦する程の敵でもない。
しかし、一体ならの話だ。
現れた一体を斬り伏せている内に、今度は二体の怪物が窓から飛び込んでくる。
青竜刀の柄を握りしめて歯噛みする和葉だったが、背後から飛来した弾丸が瞬く間に二体の怪物へと命中する。
更に数発撃ち込まれ、怪物達は和葉にたどり着く前に体液を散らしながらその場へ倒れ伏した。
「花も宝石も見て愛でるものだ。組み付いて貪るなんて野蛮なこと、僕はさせないよ」
和葉が振り返ると、そこにいたのは見目麗しい美青年だった。肩にかかる程度の明るい茶髪の男で、繊細な顔立ちでありながらもくっきりとした男性らしさも併せ持っている。
『歯が浮いてきたわ。入れ歯になったらどう責任を取るつもりなのかしら』
「入れ歯でも愛してるよ纏さん。由乃ちゃんと同じことを言うなんてかわいいじゃないか」
『俺も浮いてきた。責任取れ晴義』
「一生ゼリーでも食べてるといいよ」
家綱ににべもなくそう言って、晴義はハンドガンをポケットに収める。
「それよりも今度改めて陸奥峠さんに礼を言っておかないとね。まさかこっそり支給された実銃がもう役に立つなんて思いもしなかったよ」
言いつつ、晴義は和葉の元へ歩み寄ってくる。
「あの……あなたは?」
「僕は晴義。それより良かった。怪我はないみたいだね。君のような宝石に瑕がついてしまったら、僕は二度と安眠出来なかっただろう」
「そ、そうなんですか……? それは、良かったです……」
「はは、君は手強そうだ」
そう言って、晴義は和葉の肩を抱き寄せる。
『晴義、やることの順序が狂っているぞ。今は口説くよりも優先すべきことがある』
「セドリックは硬いな。人生を楽しみたいなら、僕を見習うことから始めた方がいい」
『そうか。なら見習おう』
『いや見習うな。順序はマジで狂ってんだよ!』
矢継ぎ早に聞こえてくる声に混乱しかける和葉だったが、心地は悪くない。和葉の感覚が間違っていなければ、どの声も善良だ。
「どこから話せばいいのかわからないけど……君は何か事情を知ってるかい?」
「いえ、私にも全然……。一体、何が起こってるんですか?」
「……まずは外に行こう。実際に見てもらった方が早いかも知れない」
そう言って、晴義はレジの裏に隠れている少年の安否を確認した後、和葉を連れて店の外へ出て行った。
***
店の外に出た瞬間、和葉は絶句した。
そこにあったのは、見知った院須磨町の駅前などではなかった。
崩壊した瓦礫と、先程の怪物の死体ばかりが広がる悪夢のような景色だった。
空はオレンジ色で、夕焼けとは少し違う、異質な鮮明さのあるオレンジ色だ。
「そ、そんな……」
思わず和葉は、その場に膝から崩れ落ちる。
「町が……私達の町が……」
「心配には及びませんわ。ここはあなたの町ではありません……わたくしの勘は、外れませんのよ?」
気がつけば、隣にいたのは金髪の少女だった。
和葉よりも小柄な、十代半ばくらいに見える少女で、フリルやリボンのあしらわれた白いワンピースを見事に着こなしている。
彼女は縦にロールした金髪をかきあげながら、翡翠色の瞳で和葉に目をやった。
「失礼。先に名乗るのが礼儀ですわね。わたくしはロザリー・ド・ラ・パトリエール。生粋の姫ですわ」
『どこの姫だよ。誰だよド・ラ・パトリエール』
「お黙りなさいアホ探偵! 今はわたくしが主導権を握ってますのよ! 引っ込みなさいな!」
『正直思うんだけど、僕ら全員個別に名字があってもいいと思うんだよね』
そこで聞こえてきたのは晴義の声だ。ロザリーはその場ですぐに何度もうなずいて見せる。
「そうですわ! その通りですわ!」
『私、満腹葛葉!』
『オー! アントン・中島デース!』
「中島は日本名ですわーーーーーーー!」
こんな風に一人で大騒ぎされると、和葉もついつい笑みをこぼしてしまう。
根拠など何もないが、今はロザリーの言うことを信じていたい。それに、こんな短時間で町が丸ごと崩壊するとは流石に考えにくい。
「こほん。とにかく、あなたが心配するようなことにはなっていませんわ。店から逃げ出した人達も、ひとまずは無事ですわよ」
「え!? そうなんですか!?」
「もちろんですわ。あの探偵、アホですけれどやることはきちんとやりますの。もう出てきても大丈夫ですわよ!」
ロザリーが声を張り上げると、瓦礫の陰から少し怯えた様子の人々が顔を覗かせる。
全員をしっかりと覚えているわけではないが、和葉が店に入った時に見た覚えのある顔もいくつかあった。
それを見た瞬間、和葉は一気に安心して力が抜けるような思いだった。
「良かった……。でも、どうしてここが院須磨町じゃないってわかるんですか?」
「勘ですわ」
「勘なんですか!?」
『……本当に勘なのよ。少し事情が特殊だから、説明させて頂戴』
驚く和葉に応えたのは、ロザリーではなく別の女性の声だ。
流石にそれには慣れてきた和葉は、驚かずにうなずく。
「は、はい。お願いします」
『……やっぱり聞こえているのね。こんなことは初めてだわ。ロザリー、この子と話してみたいわ。交代してもらえるかしら?』
「ええ、説明はお任せしますわ。えっとその……少し向こうを見ていていただけないかしら……?」
『え? なんでだよ?』
そんなことをのたまう家綱に、ロザリーはムッとする。
「あんなドロッとしたところ、人にはなるべく見られたくないんですの!」
『あ、それは確かにちょっとあるかも……。由乃ちゃんが慣れてるからついつい事務所だとそのまま交代しちゃうわよねぇ』
同意する葛葉の声を聞きつつ、和葉は背を向ける。
「はい! 向こう見てます!」
『そのまま少し待っていて頂戴』
「わかりました!」
そのまま待つこと数秒、合図を受けて和葉が振り向くと、そこにいたのは和葉よりも少し背の高い、巫女装束姿の大和撫子だった。
「わぁ……」
思わず和葉が声を上げると、女は赤いアイラインの引かれた切れ長の瞳で優しく微笑む。
毛先が全て切りそろえられた長い黒髪が触れんばかりの距離まで近づいて、女は和葉の手を取る。そして慌てて離した。
「……?」
「……ごめんなさい。あなたはとても愛らしいけれど、私には由乃ちゃんという心に決めた子がいるの」
『晴義君、見習った方が良いかも知れないね~』
『い、いや、僕は全ての女性を愛しているから……』
そんな葛葉と晴義のやり取りはさておいて、女は改めて和葉に向き直る。
「私の名前は纏。名字はまだ決めていないわ」
『いやマジで全員でつける気かお前ら!』
「あ、そういえば……私、早坂和葉です! 名乗るのが遅れてすみません!」
「いいのよ。状況が状況だったのだから、よろしくね和葉ちゃん」
慌てて和葉が頭を下げると、纏は家綱をスルーしたまま穏やかに微笑んで見せる。
「さっきの綺麗な女の子、ロザリーって言うんだけど……あの子の勘は絶対に外れないの。だからきっと、ここはあなたの言う院須磨町じゃないわ」
「絶対に外れないって、どういうことなんですか?」
「あの子の場合、直感的に物事の成否や最適解がわかるのよ。そういう”能力”なの」
「能力って言うと、霊能力みたいなものですか?」
和葉には、人並み外れた霊能力がある。どんな霊も視認し、感知し、触れることができ、あまつさえその感情や未練を理解することが出来る。これらに理屈はない。そういう”能力”なのだ。
ロザリーの勘も、和葉の霊能力と同じなのだろう。
「そういうこと。一応私も霊能者なのよ。そして私やロザリーと同じように、アホとクソと筋肉とセドリックや葛葉にも個々の能力がある」
『俺らの扱いってひでえよな晴義』
『纏ちゃんっていつもこんなだし、もういいかな別に』
『筋肉デース!』
纏の中から聞こえるぼやく二人とはしゃぐアントンの声に、和葉は苦笑する。それに纏は深く溜め息をつくと、諦めたように笑った。
「で、そういう連中が一つの身体に収まってるってわけ。まあ……そう悪いものではないわ」
『……退屈はしないな』
纏に同意するようにして呟く声はセドリックのものだ。二人共どこか諦めた様子ではあるものの、それほど悲観しているようにも感じられない。
「恐らくあなたは、私達の声を”霊魂の声”として聞き取っているのだと思うの。家綱の声も中から聞こえたわね?」
「はい、探偵さんの声も聞こえました」
「となると……家綱もこの身体にとっては一つの霊魂に過ぎない」
『おい』
「つまり……この身体の本来の所有者が、七重家綱とは限らない」
『『!?』』
纏がそう言った瞬間、七人の間で激震が走る。
戸惑う和葉を半ば置いてけぼりにしたまま、数分の間七人はあれやこれやと身体の所有権について議論するのであった。
***
身体の中では大騒ぎする七人だったが、現状を不真面目にとらえているわけではない。
家綱達と和葉はひとまず物陰に隠れていた人達を店内へ誘導し、外へ出ないように頼み込んでから外の調査を行った。
辺り一面瓦礫にまみれており、それなりに人気のあった院須磨町の駅前とは似ても似つかない。
どこまで歩いても似たような景色が続いていることもあり、家綱達と和葉は早々に引き上げて店の入り口付近まで戻っていた。
「ったくまいったな……。こりゃ由乃にどやされるぞ」
『由乃ちゃん、きっと心配してるよねぇ』
現在、身体の主導権は家綱が握っている。
不安そうに呟く葛葉に、家綱はそうだな、と声に出して応えた。
「そういえば、家綱さん達はどうしてここに?」
「ん? ああ。事務所に帰る方法がわかんねえからふらふら駅前を彷徨ってたら、店の中から悲鳴が聞こえて、すげえ勢いで中から人が出てきてな」
その時、家綱はぐにゃりと視界が歪むような感覚を味わったという。
そして気がつけば周囲は瓦礫にまみれており、あの奇怪な怪物が周囲をうろつき始めていたのだ。
家綱はすぐにその場で怪物に対応し、ひとまずその場にいた人達を物陰に逃してから店内に駆け込み、間一髪のところであの少年を救ったのだ。
「そうだ。アンタ、鯖島勝男を知らないか?」
「鯖島勝男さん……ですか? 聞いたことないですね……」
「そうか……。じゃあアレだ、”地を這うざるそば教団”は?」
「…………地を這うざるそば教団?」
和葉の脳裏に、地面を這いずり回る巨大なざるそばの姿がイメージされる。
もうまったくわけがわからなくなったが、そういえばわんこそばを食べそびれたしハンバーグセットとパフェも食べそびれていることを思い出した和葉のお腹は、なんの緊張感もなく鳴るのであった。
『お蕎麦食べたいわねぇ。今朝食べたわんこそば、すっごくおいしかった!』
「今朝、食べた……わんこそば……?」
聞こえたのは葛葉の声だ。和葉の脳裏に葛葉の姿がよぎると同時に、高畑亭の店主の言葉が蘇る。
――――その女は、突然現れたんだ。痩せたキレイな女だったよ。ちょうど和葉ちゃんみたいな茶髪の女だったよ……長い前髪で片目が隠れてて、どこかミステリアスな感じだった……。
「あーーーーーーーーー!」
「お、おいどうした!?」
「葛葉さん! 高畑亭のお蕎麦食べた人じゃないですかーーーーーーー!」
「はぁ……?」
間の抜けた声を出す家綱と、世界の真理を読み解いたような顔の和葉。
そして葛葉は恐らく、妙にニコニコしていた。
『高畑亭のお蕎麦、おいしかったわぁ』
それを聞いた瞬間、和葉は歓喜に満ち溢れ、戸惑っている家綱の手を力強く握りしめた。
「あ、ですよねぇ!? あの、あの、今度一緒に食事に行きませんか!? ちょっと遠出してスイパラとかぁ!?」
和葉が上ずった声を出すのと同時に、どしん。
規格外の地響きが聞こえた。
『スイパラ!? 絶対楽しいねー!』
「ねーーーーー!?」
真剣な顔で地響きの音源を察知しようとする家綱をよそに、和葉と葛葉は勝手に盛り上がっていく。
そうこうしている内に再び、どしんと地響きが聞こえてくる。
少し遠くで踏みつけられた地面が盛り上がっていく。
「……どうもスイパラどころじゃねえみたいだぜ」
「え? なんですか?」
「どうも! スイパラどころじゃ! ねえ! みたいだ! ぜ!?」
聞き取りやすく区切りながら家綱が叫んだところで、ようやく和葉は事態に気づく。
「あ、あれは……!?」
そこにいたのは、体長三メートルはくだらない巨大な化け物だった。
人型の大木のような、節くれだった身体に無数の蔦が絡みついている。巨大な頭部は血のように赤い花びらだ。中心部には食虫植物に似た口がバックリと開いている。
そんな化け物が、少なくとも三体。
『アメイジング! メチャクチャデカイデース!』
「冗談だろ……こっちはそろそろキャパオーバーだよコラ!」
すかさず身構える家綱と和葉だったが、サイズ差があまりにも圧倒的で一切勝ち目が見えてこない。
そもそも戦うのか?
この怪物と?
二人共それなりに修羅場をくぐってきたが、このサイズの怪物との直接的な戦闘経験は当然ない。
巨大な集合霊と遭遇したことのある和葉も、直接戦ったことはまだないのだ。
それに、集合霊はあくまで霊だ。和葉の力があれば弱点である核を見抜くことが出来る。
しかしこの怪物は霊でもなんでもない。正体不明の生きた怪物だ。
『や、焼く……? 焼いてみる?』
「一か八か、だな……。三体も焼き切れるか……?」
『……やってみる』
三体の怪物がもう数メートル先まで接近してくる。
現状、頼みの綱は葛葉の炎だけだ。家綱がすぐに葛葉と交代しようとすると、次の瞬間淀んだ黒い光が遠方で発生する。
それは巨大な黒い光……というよりは闇、混沌。そのように形容するのが正しいと思える”何か”だった。
そして闇の中から現れたのは、高く伸びる淀んだ緑色の塔だった。
ぐねぐねと不規則に曲がったその塔の全容は、この距離からは視認出来ない。しかし言いようのない不安と嫌悪感が、塔を見た瞬間和葉と家綱達の中に湧き上がる。
悍ましい塔だ。
そう思わずにはいられなかった。
決して正常な人類の感性とは相容れない。
何故か感覚的にそう思えた。
「あ、あぁ……!」
塔の出現に呼応するかのように、肥大化した頭部を持った人型の怪物がわらわらとこちらへ集まってくる。
その数は先程の比ではない。尋常ならざる数の怪物がこちらへ向かってきているのだ。
「……そ、それでも……!」
強く、和葉は青竜刀を握りしめる。
それでも戦うしかない。
後ろに守るべきものがあるならば、戦うしかないのだ。
それが彼女から継承した意志だ。
恐怖も、絶望も、狂気も、全て拭い去って立ち向かうしかない。
「……アンタ、強いな」
「はい……鋼の、ゴーストハンターですから……!」
「そうかい。じゃあ、俺達も負けてらんねえな!」
ゴーストハンターと探偵が絶望へ立ち向かった――――その時だった。
「え……?」
真っ白な閃光が、和葉と家綱の目の前に降りてくる。
ソレは純白の翼を広げ、無数の羽根を舞わせながら降り立つ。
長い黒髪と、白いロングドレスが凪いだ。
これは神の使いか?
その美しさに和葉と家綱が目を奪われていると、その天使は強く叫んだ。
「伏せて!」
思わず、和葉と家綱はその場に伏せる。しかしそれでも、彼女から目を離すことが出来なかった。
彼女の手には、巨大な武器が握られていた。
その形は独特にして奇怪。七つの刃を持つ異形の刀剣。古来、人はそれを七支刀と呼んだ。
しかし彼女の持つ七支刀は、どこか機械のような形状をしていた。
柄の部分にはレバーがあり、七支刀と呼ぶには雅が足りないだろう。
彼女はレバーに手をかけると、その場で一気に”七回”レバーを操作する。するとその武器から機械的な電子音声が発せられた。
『Unlimited charge.』
武器の刀身を、白い光が駆け抜ける。
それは七つの刃全てに行き渡り、瞬く間に武器は眩い光に包まれた。
彼女は武器が光に包まれたのを確認すると、再びレバーを素早く二回操作した。
『Unlimited burst!』
再び発せられる電子音声。
彼女は武器を力強く振り上げた。
そう、これは七支刀などではない。
この力の名は――――
「無限破――――七刀ァァァァァァッッ!!!!!」
無限破七刀。
無限の存在さえも破壊する、唯一つの圧倒的な力。
無限の女王、アンリミテッドクイーンのみが持つことを許された絶対的な力だ。
彼女が無限破七刀を振り下ろすと、前方の景色全てを包み込むような衝撃波が発生する。
それによって起こった風圧はとてつもないものだったが、和葉も家綱もその神聖なる輝きから目をそらせない。
「嘘だろ……?」
そして衝撃波が収まる頃には、前方にいた怪物達は全て、跡形もなく消し飛んでいた。瓦礫さえも消滅し、地面は大きく穿たれている。
「大丈夫? ごめんね、驚かせちゃって」
「あなたは……一体……?」
「私? 私は坂崎永久! よろしくね!」
振り返った彼女は、あどけない少女の顔をしていた。