FJC第9話「なつかしいなぁー!!」
佑がトイレから出ると、ルルは家じゅうの臭いをクンクンと嗅ぎまわっていた。
「あっ、たすく! ひとりでどこ行ってたの?」
「あぁ、トイレに行ってた……最初『いつでもドア』がトイレの前にあって、これじゃ天神家のトイレ使わなけりゃならないじゃん……焦ったよ」
「そうだね……あっ」
するとルルが
「そういえば……ボクもトイレ行きたーい!」
「あぁそこの突き当り……ってか知ってるよな? 元々自分の家なんだから」
「うん!」
と言うとルルは何の迷いもなく「リビング」に入っていった。
――!?
トイレではなくリビングに入ったルルを見て佑は思い出した! ルルは犬の生まれ変わりの「イヌ娘」で元々この家の飼い犬だ。犬だったときはリビングにトイレが置かれていてそこで用を足していた。
(まさか!?)
佑の頭の中はイヤな予感で一杯になった。するとリビングの中から
「ねぇたすくー! トイレシーツ無いよー……まぁいっか、ここでしちゃえ!」
「うわぁああああ!!」
佑が慌ててリビングに入ると、ルルはリビングのかつてルル(犬)のケージやトイレがあった場所で制服のスカートをたくし上げパンツをおろそうとしていた。
「やめろぉおおおおおおおお!!」
佑は慌ててルルの背中を押しトイレに誘導した。
「オマエは人間(イヌ娘)なんだからトイレに行け!」
「えぇー、ここトイレだったじゃん! めんどくさいよぉー」
このとき佑は、イヌ娘たちの教育係をしている天使・天神ブリーダの言葉を思い出した。この子たちには人として最低限の常識と教養を身につける『試練』が最初に与えられるのだが、ルルは落第点ギリギリだったと……。
なるほど、こりゃ先が思いやられる……佑は先行きに不安を感じた。
※※※※※※※
トイレから出てきたルルは佑の待つリビングに入ってきた。リビングを含む家の中全体のインテリアは、両親が離婚して家を売却した六年前ではなく、犬のルルと別れた十三年前と同じようになっていた。ルルは落ち着かない様子で部屋のあちこちを見回していた。
「たすく! 見て見て! このテーブルのはじっこ、かじられたあとがあるよ!」
「あぁそれは(犬の)ルルが仔犬のときにかじった跡だって親父が言ってたな」
「うわぁー! この床のシミ、まだ残っているんだね!」
「あぁそれは(犬の)ルルが留守中に何度も小便を外してた跡だな」
「ねぇねぇ、そういえば何でこの家のゴミ箱は全部フタが付いてるの?」
「それはな……(犬の)ルルがしょっちゅうゴミ箱をあさって家じゅうゴミが散乱したからだよ」
「うわぁー! なつかしいなぁー!!」
「オマエずいぶんやらかしてくれたよなぁー(怒)!!」
この家は佑と(犬の)ルルが生まれる一年前に建てたのだが、佑の記憶には壁紙がはがれたボロボロの家……という印象だった。
久しぶりの実家……くつろぎたくなった佑はリビングのソファーに腰かけてテレビを見ようとスイッチを入れた。
〝ザーーーーーーッ〟
「あれ?」
佑はチャンネルを変えたが、どのチャンネルも「砂嵐」だった。リモコンをよく見ると「デジタル放送」というボタンがあった。
(何もそこまで再現しなくてもいいのに……)
佑はすぐにテレビの設定を変更した。そう、犬のルルと別れた年は地上デジタル放送に移行している期間だったので、当時の和戸家はアナログ放送だったのだ。
※※※※※※※
佑は地上デジタル放送に切り替えてしばらくルルと一緒にテレビを見ていた。するとルルが
「ねぇたすく! パパさんとママさんはいつ帰ってくるの?」
(そうか、そういえば親父とお袋が離婚したのは知らないんだっけ?)
佑の両親が離婚したのは犬のルルが死んでから7年後のことだ。当然ルルが知る由もない。
「あぁ、親父とお袋は六年前に離婚してしまってな……今はそれぞれ別の場所で生活しているよ」
「ふんふん……」
「オレもこの家を出て……さっきオマエが押し掛けてきたアパートあったろ? あそこでひとり暮らししていたんだよ。だからココはずっと空き家だよ」
「そっか~リコンかぁ……ところでオヤジとかオフクロってだれ?」
〝ズルッ〟
佑はソファーからずり落ちてしまった。
「わからないで相槌打ってたのか? 親だよ親! オマエが聞いてきたんだろ?」
「あっ、パパさんとママさんのこと?」
「そ……そうだよ! オマエの言うパパさんとママさんのことだよ」
「ふーん、そうなんだ……で、リコンってなーに?」
(あーめんどくせー!)
人として最低限の知識と教養の中に「離婚」という言葉は無かったのか? 佑は天神ブリーダに苦情を言いたくなった。
「別れたんだよ! 別々の生活にしたんだよ! 夫婦じゃなくなったのっ!」
「あーそうなんだー」
やっとルルが状況を理解したようだ。
「でもさぁー、子どもが生まれてからもオスがいっしょにいるって……よく考えたらヘンだよねー!? だってオスは交尾が終わったら次のメスを探した方がいっぱい子どもできるじゃん!」
「それイヌの倫理観なっ!!」
佑はこの「イヌ娘」と人間の間にまだまだ大きな「隔たり」があると感じた。
「ところでさぁーたすく!」
「ん?」
「佑はなんで自分のことをオレっていうの? ボクじゃないの?」
――あ……
このとき佑は「あること」に気が付いた。犬のルルと別れた中学2年当時、佑は自分のことを「ボク」、両親を「パパ」「ママ」と呼んでいた。だがルルが死んで間もなく、中二病に代表される思春期特有の心理が働き自分のことを「オレ」、両親を「父さん」「母さん」と呼ぶようになった。ちなみに「親父」「お袋」は本人たちの目の前では離婚まで使わなかった。
「あれ? じゃあまさかルル……自分のことを『ボク』って呼ぶのは……」
「うん、たすくがふだんから『ボク』って言ってたからだよ」
なるほど……佑は納得した。この娘はずっと自分のことを「ボク」と呼んでいるが、これはいわゆるボクっ娘ではなく、当時の佑が「ボク」という一人称を使っていた影響だったのだ。
「そっそれはだな、一人称……つまり自分の呼び方はボクとかオレとかワタシとかあってだな……あっ他にもワシもあるか……一般的に年代とか性別とかに分かれて呼び方が変わっていて男の子はボク、女の子はワタシ、大人の男はオレ……あっいやいや必ずしもそうとは限らないか……今はそう言うと男女差別とかジェンダーなんちゃらとか……あぁ! もう日本語って難しいなぁって……あれ?」
「zzzzz」
佑の長話に飽きたのか、ルルはソファーで寝てしまった。
(しょーがねぇな)
佑は近くにあった上着をルルに掛けた。そういえばこのソファーはルル(犬)のお気に入りだった。
(さて、風呂にでも入るか)
明日は土曜日、ルルは休みだが交替勤務をしている佑は仕事だ。
※※※※※※※
(今日は疲れた)
佑は風呂に入ってくつろいでいた。今日は色々な出来事が起こり過ぎてしばらく湯船から出たくない気分だった。
(この先どうなるんだ? 元々飼い犬だったとはいえ姿は人間、しかも女子中学生だし……上手くやっていけるか?)
くつろぎと同時に不安も感じていた。しばらくすると、遠くの方から
〝ドドドドドッ〟
と何者かが廊下を走っているような音が聞こえたが、すぐに静かになった。
「ん?」
佑は一瞬気になったが、静かになったので気のせいだと思った。すると
〝ガラガラガラッ!〟
勢いよく浴室の扉が開くと
「たすくー!」
「うわぁああああああああああ!!」
突然、全裸になったルルが入ってきた。
「さいごまで読んでくれてありがとー! 次回はハダカのおつき合いだよ!」