FJC第7話「いっしょに住むんだよー!」
「わかりました……この子と一緒に過ごしてみます」
ルルと名乗る少女はかつて飼っていた犬「ルル」の生まれ変わり……と、佑は屋敷の貴婦人……の姿をした「天使」から告げられた。そして生徒手帳に書いてあった少女の「本当の住所」を見て、佑は少し信じてみることにした。
「えっ!? やったー! またたすくといっしょに住めるねー!」
ルル(イヌ娘)は手放しで喜び、佑の手を握った。
「い……いや、まだ正直なところ家族とかそういう実感はないけど……」
佑がそう言うと天使は
「そうでしょう、実感がわかないのは当然の反応だと思います。なので佑様とルルちゃんに一ヵ月の『仮譲渡期間』を与えます。その期間でお互いが一緒に住めるかどうか考えてみてください」
佑はしばらく考えたあと
「はい! それだけあれば本当にこの子がオレの飼っていた犬なのかどうかハッキリするでしょう! ところで……」
佑はもうひとつ疑問に思ったことを天使に聞いてみた。
「その……トライアルで上手くいかなかったら……マッチングできなかったらこの子はどうなるんですか? それと……もし飼い主が見つからなかった場合、大広間にいたあの子たちはどうなるんですか?」
ルルが驚いて佑の目を見つめた。佑は、ルルや他の「イヌ息子」「イヌ娘」が飼い主と一緒に過ごせなくなった……あるいは見つからなかった場合、どういう運命をたどるのか心配していたのだ。
「それは…………残念ですがお答えできません。正直なところ、ルルちゃんのように飼い主様が見つかるのは稀で、ほとんどの子は見つけられないのが現実です」
「まさか……処分ってことはないですよね?」
佑が心配していたのは、捨て犬が保健所に連れられて殺処分されるという話を耳にしていたからだ。すると天使が
「オホホ……そのようなことはございませんわ! 私たちは神の使いです。せっかくこの世に再び与えられた大切な命を粗末にしたりはいたしません!」
佑は少しホッとした。
「それに……トライアルをされたご家族はたいてい成功していますからご安心ください。やはり人間の姿になっても犬だったころの面影がどこかに残っていて、それで実感されるようです。ただ……」
「ただ?」
「前に一度……女子中学生の姿になったイヌ娘に欲情し、襲い掛かった■リコン飼い主様がいらっしゃいまして……」
「ブッ!」
佑は、緊張が解けて思わず口にした麦茶を吹きだした。
「襲われたそのイヌ娘は思いっきり咬みついて逃げ出し……もちろんトライアルは失敗でした。佑様……あなたは確か彼女がいらっしゃらないようですが……」
天使が疑うような眼で佑を睨みつけた。
「オッ……オレはそんな性癖ないですよぉー!!」
※※※※※※※
貴婦人……の姿をした天使との話し合いを終えた佑とルルは部屋を出た。廊下ではこの屋敷の執事、飯田という老紳士が待ち構えていた。
「和戸様、ルルお嬢さま、話し合いの方はいかがでございましたか?」
「あっ飯田さん! あのねーボク、たすくといっしょに住むんだよー!」
「そうですか、それはよろしゅうございましたね。和戸様も聡明なご決断を……」
「佑でいいですよ! 飯田さん」
「そうですか……では佑様、諸々の手続き……そして人間関係等の操作は全てこちらでやらせていただきます」
「あ、あぁ……お願い……します」
天使も「自由に変えられる」と言っていたが、まだ半信半疑の佑は戸惑いながらも彼らに任せることにした。三人は長い廊下を歩きながら話を続けた。
「お二人のご関係ですが……親子を名乗るには年齢差がございません。かと言ってご兄妹としては年齢が離れすぎております。そこで同居する『従兄妹』というご関係で生活していただきます」
「え……あぁ、それでいいですけど」
「イトコ? じゃあたすくがお兄ちゃんだねー!?」
「それともうひとつ……」
「何ですか?」
「佑様が現在住まわれているアパート……六畳のワンルームでルル様とお過ごしになるのは、さぞご不便ではありませんか?」
確かに……佑は思った。両親が離婚し一家離散、現在は実家を出てアパートにひとり暮らしをしている。元カノと同棲していたことはあるが、さすがに元飼い犬とはいえ女子中学生と同じ部屋で過ごすワケにはいかないだろう。
「そこでご提案ですが……現在ルル様が学校に通われている際に『入り口』として使用されている……あのお宅に住まわれるというのはどうでしょうか?」
「えっ、ホント!? ボクあの家に住みたい!」
ルルが目を輝かせた。
(え? あのお宅って……まさか?)
佑は二度目に見たルルの生徒手帳に書いてあった住所が気になっていた。そこは佑にとって身に覚えがある場所だったのだ。
「えっ? 急に引っ越すとか言われても……」
「佑様、ご心配なく……引っ越しや手続き諸々はこちらにお任せください。それとルル様の生活費もこちらで負担いたします……佑様はルル様との絆を深めることに集中してください」
「い、いや……負担してもらえるとかそりゃありがたいですけど……っていうか何なんですか『入り口』って!? あっ……そういえばずっと気になっていたんですけど、何で車で一時間以上もかかるこの場所から学校に通えるんですか?」
佑は最後まで気になっていた疑問を飯田という執事にぶつけた。すると飯田は
「そういえばルルお嬢さま! 佑様とお車で来られましたね? なぜ『あの扉』を使われなかったのですか?」
と、ルルに問いただした。ルルはバツが悪そうな顔をして
「えっ……あの……その……初めは『入り口』に案内しようとしたんだけど……車にのったら……眠くなっちゃって……」
「お・じょ・う・さ・ま!?」
飯田がルルの目の前に顔を近付けて威圧してきた。
「あっあの……ごっごめんなしゃぃ……」
そういやコイツ、車に乗ってものの五分としないうちに寝やがったな……佑は呆れていた。
「……で、『入り口』って?」
「大変失礼致しました! 実はこの屋敷には空間を飛び越えて移動できる『扉』がございます。これはイヌ息子、イヌ娘たちがそれぞれ飼い主様と所縁のある場所を探しに行かれる際に使用する物でございます」
空間を飛び越えて移動できる扉? 佑はイヤな予感で胸騒ぎを覚えた。
「こちらでございます」
飯田が、ひとつの部屋に佑を案内した。中に入ると部屋の中心に、趣のある屋敷のインテリアとは一線を画すパステルグリーンに塗られたドアが、壁から離れて自立した状態で置かれていた。
「こっこれは……いろいろと問題がありそうな……」
「こちらが空間を飛び越えて移動できる扉、その名も『いつでもドア』です」
「うわぁ! アウトー! 名前からしてアウトー! いくら神でもやって良いことと悪いことがあるぞー!」
「それでは佑様、ルルお嬢さま、こちらへ」
飯田がピンクではなくパステルグリーンに塗られたドアを開けると、目の前には四方を壁で囲まれているのになぜか外の風景が飛び込んできた。
三人は外に出た。そこは住宅地のようだがすでに夜遅く、周囲の様子は暗くてよくわからなかった。
(やっぱりそうか……)
だが佑は確信した。ここは佑にとって馴染み深い場所だった。
「ここ……オレの実家じゃねーか!」
そう、この場所は佑がかつて住んでいた家の玄関先だったのだ。
「ルルだよ! さいごまで読んでくれてありがとー! まだ続くよ!」