FJC第6話「生まれ変わりたかったんだよ!」
「この子は……その『ルルの転生した姿』です!」
この屋敷の主で、ルルの母親だという天神ブリーダと名乗る貴婦人にそう告げられた佑は目を丸くして、隣に座っているルルと名乗る少女を見つめた。
確かに……この日出会ったルルと名乗る謎の少女に対するあらゆる疑問は、昔彼が飼っていた「ルル」という犬が転生、つまり生まれ変わった姿だと考えると全てつじつまが合う。
ルルと名乗る少女は生徒手帳から中学一年生だと知った。つまり十三歳……ちょうど飼っていた「ルル」が死んでからの年月と一致する。
他にも顔を舐めるクセやたまごボーロが好物なこと……飼っていた犬「ルル」と目の前にいる少女「ルル」には偶然では片付けられないくらい共通点があった。
だが佑はにわかに信じることができなかった。「転生」などという言葉はマンガやアニメ、それと「小説家になろう」とかいうサイトでは吐き気がするほど目にするが、実際にそのような現象が起こるとは夢にも思っていない……佑は、目の前にある「現実」を受け入れられないでいた。
「ちょっと待ってください! そんなこと急に言われて『はいそうですか』なんて信じられるワケないじゃないですか! それと……だとしたらアナタたちはいったい何者なんですか?」
「そうですね……じゃあ、順を追って話していきましょう」
貴婦人は高級そうなカップに入った「麦茶」を一口飲むと、こう切り出した。
「まずは佑様にお聞きしますが……今から十三年前、飼われていた『ルル』ちゃんが亡くなられた経緯を覚えていらっしゃいますか?」
「あぁ、何となくですが覚えていますよ! あれはオレが中学二年のとき……ルルはすでに老犬で病気を患っていて……」
佑は十三年前の記憶を掘り起こすように語り始めた。
「あの日、心配だったオレは部活動をサボって早めに帰ってきました。そしたらルルが家の中から外を見ながら弱々しく吠えていて……家に入ると完全に動かない状態で横たわって苦しそうにしていたんでこりゃヤバいなって思って……」
「そして、どうされました?」
「ルルの背中をさすってやりました。でも痙攣まで起こしていよいよ最期かなって悟ったから大好物だったヨーグルトを指に付けて与えてやろうと……」
「ボク、ヨーグルト大好きだよー!」
突然ルルと名乗る少女が話に割って入ってきた。
「ルルちゃん、ちょっと黙っててね」
「きゅ~ん」
「はい、いい子ね! それで佑様……そのときルルちゃんに対して、何かお声を掛けられましたか?」
「あぁ、そういえば…………はっ!」
佑は話の途中で何かを思い出し、言葉を詰まらせた。そして目を大きく見開くとカタカタと小刻みに震えだした。
「今までありがとう。今度……生まれ変わっ……たら一緒に遊ぼうな……って」
すると貴婦人はすかさず佑に言った。
「そうです佑様! あなたはルルちゃん(犬)に『生まれ変わり』つまり『転生』を願っていたのです。そして……ルルちゃん(イヌ娘)、あなたはそのときどう思われていたのですか?」
「うん、ボクは人間に生まれ変わりたかったんだよ! 人間に生まれてたすくとまたいっしょにあそびたかったんだよー!」
「……え?」
佑は最期にルルに掛けた言葉……自分がルルに対し「生まれ変わり」を願っていたことを思い出した。すると貴婦人が
「そう……あなたはルルちゃんの面倒をとてもよく見てくださって、ルルちゃんが亡くなるときに生まれ変わることを強く願っておられました。一方のルルちゃんも人間に生まれ変わることを強く願っておりました。ふたりの意思が一致したときに神様はルルちゃんを『人間に転生』するように約束してくださったのです」
「……え? 神様?」
「はい、ですが神の力をもってしても犬から完全な人間に転生させるのは至難の業なのです。そこで姿は人間ですが、性格や行動に犬の要素が残る『イヌ息子』『イヌ娘』として転生されたのです。ルルちゃんは佑様、あなたのイヌ娘なのです」
「イヌ……娘?」
「はい、先ほど佑様がお会いになられた子どもたち……あの子たちも同じように飼い主と飼い犬、双方の願いが一致したイヌ息子やイヌ娘たちなんです」
「い、いや……まだ信じられないんですが……じゃあアナタはいったい……」
すると貴婦人はすっと立ち上がり、
「私……いえ、私たちは神様の使いで、天界と地上界の橋渡しをしている天使でございます。イヌ息子やイヌ娘の『育ての母』として人間の世界に馴染めるように教育し、飼い主様に引き渡す役目を神より仰せつかっております」
「引き渡す役目……えっ?」
佑は、ある矛盾点に気が付いた。
「じゃあ何ですぐに引き渡さなかったんですか? そういやこの子、十三年もオレのことを探してたって言ってたけど……」
「それは……」
貴婦人……ではなく「天使」はルルの元に近付き、彼女の頭をなでると
「この子たちが飼い主様と再び一緒に過ごすには、飼い主様との『絆』を証明するためにいくつかの『試練』をパスしなければならない決まりがあるんです。まずは人として最低限の常識と教養を身につけること……正直、ルルちゃんは落第点ギリギリでしたけど一応、合格しました」
「え? こいつギリギリって……つまりバカってこと?」
佑が隣を見つめるとルルと名乗る少女が目線を逸らした。確かにルルという犬もコマンド(おすわりやお手)を覚えないバカな犬だったなぁ……と思い出した。
「次の試練は、この子たちが自力で飼い主様を見つけること……ルルちゃんは偶然とはいえ、今日こうして佑様を見つけました。これも合格です」
そうか、それであんなに嬉しそうに……佑は少し納得した。
「そしてこれからの試練……それは、飼い主様がこの現実を受け入れて再び一緒に過ごせること! 例え転生してもお互いが『家族の一員』として認め合えなければ一緒に過ごす意味がありません」
そりゃそうだ、こんな非現実的なことを直ぐには受け入れられないだろう。そう思った佑は貴婦……天使に聞いてみた。
「あ、あの……それで実際に家族になった人っているんですか?」
「ええもちろん、今まで何組も家族になられましたわよ」
「それって……養子ってことですよね?」
「いえ、本当の家族ですわよ」
「いやいや、それはムリでしょ? 戸籍とか、世間の目とか……」
「佑様……私たちは神の使いです。そのような人間界の常識は全て自由に変えることができます! 戸籍も、周囲の人間関係も……」
「えぇ!?」
「もし信じられないようでしたら、ルルちゃんの生徒手帳をご覧ください……住所のところです」
佑はルルと名乗る少女から再び生徒手帳を見せてもらった。
「あれ? この住所って……」
佑は、そこに書かれていた住所が、出かける前に見た住所と違っていることに気付いた。しかもその住所は佑にとって身に覚えがある場所だったのだ。
佑はその住所を見た途端、驚いたのと同時にこの天使の言っていることが本当だと理解できた。そしてルルと名乗る少女の目を見つめた。
ルルと名乗る少女は佑の目をじっと見てニコッと微笑んだ。少女のつぶらな瞳を見たとき佑は、十三年前の記憶をはっきりと思い出した。
(あの目は……ルルの目だ!!)
そう感じたとき、佑の口から思わずこの言葉がこぼれ出た。
「わかりました……この子と一緒に過ごしてみます」
「ルルだよ! さいごまで読んでくれてありがとー! まだ続くよ!」