FJC第5話「ボクはイヌ娘なんだよ!」
「ところで……あなたは?」
「あぁっ、これは大変失礼なことを……申し遅れました、私は天神家で執事をしております飯田と申します」
「あ……どうも」
ルルと名乗る少女を家に送り届けた佑はそのまま飯田という執事の案内で、樹海の中にある豪華だが何か怪しげな雰囲気の洋館の中へ案内された。
「な、なぁ……ルル……さん、キミの家って本当にここなのか?」
「うん、ここから学校に歩いて通ってるよ! 飯田さん、とってもいい人だよ!」
いや今は飯田さんがいい人とかいう話はどうでもいい。ここは自分の住む場所から車で一時間以上かかった場所だ。こんな所からどうやって通っているのか……それ以前にこのルルと名乗る少女はいったい何者なのか? 全ての疑問を今から会うこの屋敷の大奥様(ルルと名乗る少女の母親?)とかいう人にぶつけてみようと佑は密かに考えていた。
長い廊下を通り、大きな扉の前で三人は立ち止まった。
「和戸様、どうぞこちらへ」
執事の飯田という老紳士が重厚そうな開き戸を開け、佑は部屋に案内された。
「ただいまー!」
ルルと名乗る少女が挨拶すると、
「あー、ルルねえちゃんだー!」
「わぁーい!」
「きゃっきゃ!」
教室のように大きな部屋の中から子どもたちの歓声が聞こえた。
「えっえぇ!? 何これ?」
ひっそりとした樹海の中にある洋館から想像がつかない室内の様子に佑は目が点になった。そこには男の子や女の子、見た目が乳児から中学生くらい年齢の離れた子どもたちが二十~三十人ほどいた。そして部屋に通された佑の姿を見るなり
「ねぇー! 遊んでー! 遊んでー!」
と言いながら一目散に佑の元へ駆け寄ってくる子、我関せず自分の好きなことをして遊んでいる子や床の上で寝ている子……中には
「誰だよー!! お前、誰だよー!! 大変だよママー!!」
と、佑に対し警戒心むき出しで騒ぎだす男の子もいた。
「なっ……何なんだここ? この子どもたちって……」
「ボクのきょうだいだよ!」
「きょうだい? こっこんなに大勢?」
「そうだよ! この子たちはねー、『イヌ息子』と『イヌ娘』なんだよ! そう、ボクはイヌ娘なんだよ!」
「えっ、いや……いきなりイヌ娘とか言われてもワケわかんないし……」
「あぁ、そのことでしたら私目が……」
執事の飯田という老紳士が説明しようとしたそのとき、
「いえ、それは私の方から説明しますわ」
突然、女性の声が聞こえた。佑が振り返るとそこには上品なドレスに身を包んだ見るからに貴婦人といった風情の女性が立っていた。
「あっママだー!」
「ママ―! ママー!」
それまでバラバラに行動していた子どもたちは、この貴婦人を見つけると一斉にママと叫んで彼女の元に駆け寄った。
「いい子ね、みんな……さっ、ご飯の時間ですよ」
「ゴハンだー!」
「やったー! ごっはん♪ ごっはん♪」
子どもたちはうれしそうに一斉にテーブルを並べ始めた。
「あぁ、大奥様……」
「飯田さん、和戸様は私に任せて貴方は子どもたちのお世話をしてください」
「はい、かしこまりました大奥様」
そう言うと執事の飯田という老紳士は佑のそばを離れた。
「和戸佑様、お初にお目にかかります……私はこの館の主、天神ブリーダと申す者です……ルルの母です」
(えっ、ハーフなのか?)
佑は、この貴婦人がルルと名乗る少女の母親であることや、初対面である佑のフルネームを知っていたことよりも、この貴婦人が「天神ブリーダ」というハーフっぽい名前だったことに驚いていた。
「あっあの……この子たちはいったい……? それと、さっきこのルルって子が自分はイヌ娘だとか言ってましたけど……」
「ちょうどこの子たちの食事の時間です。それを見ればわかると思いますよ」
「?」
子どもたちが思い思いの場所に自分のテーブルを用意すると、そこへお手伝いさんらしき人たちが食事を運んできた。
「あぁ、お腹空いた! ボクもゴハン……」
「ダメです! ルルちゃん、あなたは帰りに何か食べてきましたわね? 正直に答えなさい」
「えぇっ……あっあの、フライドチキンを……」
佑といるときは怖いもの知らずな感じのルルと名乗る少女は、この母親の前ではしおらしくしていた。
「やっぱり! あなたは太りやすい体質だから食事制限が必要よ。それに、あなたは以前ヘルニアになったでしょ? 太ったらヘルニアになりやすいんだからちゃんと管理しなくちゃダメよ! おあずけ!」
「くっ……くぅ~ん」
ルルと名乗る少女はすっかりおとなしくなってしまった。
「「いただきまーす!!」」
ルル以外の子どもたちは一斉に夕食を食べ始めた。子どもたちは美味しそうに食べていたのだが、佑はその光景に違和感しか感じられなかった。
なぜなら夕食として出された食器が深めのお皿一枚のみ……執事やメイドまでいる豪邸にしては質素に見える食卓だ。しかもカレーやパスタならお皿一枚でも納得できるが、盛られていたのは茶色い謎の食べ物とコップに入った水だけだ。佑はルルと名乗る少女に聞いてみた。
「な、なぁ……あのご飯って一体……」
「あれはドッグフードだよ!」
「えっ、えぇっ!?」
佑は思わず声を上げて驚いた。そういえば二人でフライドチキンを食べたときにルルと名乗る少女が、普段はサイエンヌダイエットを食べている……と言っていた気がする。本当に食べているんだ……しかもここにいる子どもたち全員が……佑は頭が混乱していた。
「な……何なんだ? この子たちは?」
すると、
「それを今から説明いたしますわ! 和戸様、どうぞこちらにいらしてください。ルルちゃん、あなたもご飯おあずけだから和戸様とこっちにいらっしゃい!」
「うんっ!」
この屋敷の主で、ルルの母親だという天神ブリーダと名乗る貴婦人に言われるがまま、佑とルルと名乗る少女は隣の応接室とおぼしき部屋に案内された。
高級そうな本革のソファに、佑はルルと名乗る少女と隣り合わせに座った。メイドがお茶を出してくれたので一口飲むと中身は日本茶ではなく麦茶だった。
「まずは和戸佑様、改めまして……本日はわざわざお越しいただきありが……」
「いや、ちょっと待ってください!」
改めて挨拶をしようとした貴婦人の言葉を遮るように、佑は今までずっと胸に納めていた数々の「疑問」をこらえきれなくなり感情の爆発と共に一気に吐露した。
「もう堅苦しい挨拶はいいですよ! いったい何なんですか!? この子は? ここは? あの子たちは? そして、あなたは?」
するとブリーダと名乗る貴婦人は少しため息をついた後、静かに語りだした。
「わかりました、和戸様も……」
「佑でいいですよ、会社の同僚からもそっちで呼ばれていますから」
「……わかりました。では佑様……佑様は『輪廻』とか『転生』という言葉をご存知でしょうか?」
「あぁはい……最近はマンガやアニメとかで『異世界転生』という言葉をウンザリするほどよく聞きますけど……」
「ではもうひとつ……佑様は過去に犬を飼われていらっしゃいましたよね?」
初対面の人間が自分の名前以外に犬を飼っていた事実まで知っている……佑は気味が悪くなったが、もはや疑問だらけの状況で今さら……と思い正直に答えた。
「えぇ……オレが中学二年の時まで飼っていましたけど……」
「名前は?」
「……ルル……ですが?」
すると、佑の言葉を待っていたかのように貴婦人が言った。
「この子は……その『ルルちゃんの転生した姿』です!」
佑は目を丸くして、隣に座っているルルと名乗る少女を見つめた。
「さいごまで読んでくれてありがとー! 次回はボクのヒミツがわかるよ!」