FJC第2話「わん!」
「ボクだよ! ルルだよ!!」
「え? ルル……?」
佑は、過去に置き去りにしたその名前を少し思い出した。
(ルルって……昔オレが飼っていた犬と同じ名前じゃないか)
地べたに伸ばした佑の両脚の上に、まるで犬の「おすわり」のような姿勢でまたがった制服姿の少女は、つぶらな瞳にニコッと持ち上がった口角……長い黒髪のツインテールで所々に白……いや、銀色のメッシュが入っていた。だが、小さくて丸みを帯びた眉は茶色という変わった容姿だ。
「たすく! 十三年ぶりだね? ずっと探してたよ」
(何でオレの名前を? しかも十三年ぶりって……一体この子は何なんだ?)
佑がそう思ったとき、さらにそのルルと名乗る女子中学生は驚きの行動に出た。
〝ペロッ〟
「うわぁっ!!」
何と佑の顔を舐めだしたのだ。
「あぁ~たすくぅ、会いたかったよぉ~」
「おっおい何すんだ! やめろ!」
いきなり舐められたことに驚き佑は顔を反らそうとしたが、ルルと名乗る少女はさらにペロペロと佑の顔を舐めまわした。そこへ、
「あっ、ここにいた……ハァ……ちょっルル! なにやってんの!?」
さっき一緒にいた中学生の一人が息を切らしながらやってきた。
「オジサン大丈夫!? ごめんなさい、このコちょっと変わってて……」
ルルと名乗る少女の友だちと思われる女子中学生が佑に話しかけた。
「あっ、チャコちゃん! あのね、たすくが見つかったんだよー」
「えっ……えぇっちょっマジで!?」
チャコと呼ばれた女子中学生は驚いて、佑に聞いてきた。
「あのーすみません、オジサンの名前……何て言うんですか?」
オレはまだ二十六歳だ! オジサン呼ばわりされる覚えはねぇ……と言いたかったが、子ども相手にムキになってもしょうがないと思い直し佑は素直に答えた。
「えっオレ? 佑だけど……和戸 佑……」
「そぉだよ! たすくだよ! たすくなんだよぉ」
「えっ……えぇーっ!!」
チャコという子は公園中に響き渡るような大声を出して驚いた。
「え? どうしたの、そんなに驚いて……」
「あの……私、ルルちゃんとは小学校のときから友だちなんですけど、このコはずっと『わと たすく』っていう人と会うために生まれてきたって言い続けているんです。たすくはご主人さまで、生まれたときから探してるって……正直このコは電波ちゃんで頭がおかしいと思ってたんですけど……まさか本当にいるなんて……」
頭がおかしいって……友だちとはいえ、ずいぶんな言い方だなぁ……と佑は思ったが、未だに顔をペロペロ舐めているこの少女を見ていると、確かに普通じゃないな……と思わず納得してしまった。
「ち……ちょっと! 勘弁してくれ」
「あぁ、だめよルルぅ! 離れなさい」
「えぇ、でも昔はたすくにしていたよ! たすくも好きだったんだよ~」
(あれ? そういえば……)
佑は、昔飼っていた「ルル」という犬も顔を舐めるのが好きだったことを思い出した。だがしかし、ここで彼の顔を舐めているのは女子中学生だ。この状態は例え佑に非がないとしても、周りから見ると彼が責められかねない。
「ルル! いいから離れなさい!」
チャコという子に後ろから羽交い締めにされ、やっとルルと名乗る少女がその場から離された。
「すみませんオジサン! 責任もって連れて帰りますから……失礼しました」
「やだやだぁ~! もっとたすくといっしょにいたいよぉ~」
「しょうがないわねぇ……ルル! ハイこれ」
と言うとチャコという子はカバンから何かを取り出した。
「わぁ! たまごボーロだぁー!!」
「いい? お家までちゃんとついてきたらあげるからね……ハウス!」
「わん!」
こうして、まるで犬のしつけ教室のようなやり取りをしながら二人の中学生は公園から姿を消した。
佑はひと安心したが、ズボンが土まみれになってしまったのと、ルルと名乗る少女の唾液で顔がベトベトになってしまった。
※※※※※※※
(ひどい目に遭ってしまったな……)
佑にとって今の出来事は、まるで地震か通り魔にでも遭ったような災難だった。ただあの少女が「ルル」という、かつて自分が飼っていた犬と同じ名前……しかもその犬が亡くなって十三年経っており、確かあの少女も「十三年ぶり」と言っていたこと……さらには佑という名前を知っていたこと……その犬が顔を舐めるクセがあったこと……佑もしつけ用のおやつにたまごボーロを使っていたこと……さすがに偶然では片付けられない。
正直、あの少女の正体が飼っていた犬だとしたら全てつじつまが合うくらい、あの「ルル」という少女と犬の「ルル」には共通点があり過ぎる。
色々なことがあって疲れた佑は、家に帰って夕食を作るつもりでいたが面倒くさくなったので、何か食べ物を買って帰ろうと考えた。
「ねえねえ! なに買って食べるの?」
「そうだなぁ……コンビニで唐揚げ弁当でも買って帰……っておいっ!!」
通りをブラブラと歩いていた佑の隣に、さっき友だちに連れられて帰ったはずのルルと名乗る少女が再び現れて話しかけてきた。
「オマエ、さっき友だちと帰ったんじゃ……友だちまた探しに来るぞ」
「大丈夫だよぉ、チャコちゃんとは家の前でバイバイしてから来たんだよぉ」
「えっ……でもどうやってここまで?」
「あのね! ボクはここまで全力で走ってきたんだよぉー」
「いや、そういう意味じゃなくて……」
何なんだこの子は……佑は再び災難に巻き込まれたんだと肩を落とした。親兄弟でもない、いや赤の他人……無関係な制服姿の女子中学生を連れまわしていたらこれは「事案」だ! 何とかしてこの子を家に帰そう……佑はそう考えた。
さっきこの女子中学生たちが帰っていった方向に歩き出した。佑のアパートとは反対方向だがルルと名乗る少女は気がつかない。
しばらく進むと買い物袋をぶら下げた若い女性とすれ違った。ルルと名乗る少女はその女性とすれ違った後、鼻をクンクンさせた。
「ねぇたすく! すっごくいいニオイがするんだけど……なにアレ!?」
女性がぶら下げていたのはチェーン展開しているフライドチキンの袋だった。
「さいごまで読んでくれてありがとー! おなかすいたけどまだ続くよ!!」