FJC第11話「たすく! いっしょに寝よ!」
(風呂に入ったはずなのに……疲れた)
佑はリビングのソファーでぐったりしていた。しかも無意識のうちに冷蔵庫から缶ビールを出して飲んでいる。
それもそのはず……今日は交替勤務の非番で仕事が休みだった彼は、平日をゆったりと過ごすつもりでいた。
なのにいきなり見ず知らずの女子中学生に突き飛ばされ自分は元飼い犬だとワケの分からないことを言われフライドチキンをおごらされアパートに押し掛けられ家に送るために一時間以上かかる場所に連れていき天使だとかいう人にイヌ娘だとか奇妙奇天烈なことを告げられ昔住んでいた家に瞬間移動して一緒に住むことになって全裸になった元飼い犬の女子中学生をシャンプーしてやったらブルブルされ廊下中水浸しになったので掃除してスウェットを着替え直して……
小説にしたら三万字以上書かなければならないような出来事がたった一日で起きてしまったのだ。佑は精神的なのか肉体的なのか区別がつかないほど疲れがピークに達していた。
「たすく! お風呂から出たよ! ボクお風呂から出たよ」
「わ……わかってるよぉ」
対照的に元気すぎるのがルルだ。それもそのはずアパートから天神家まで一時間以上かかった移動中ずっと寝ていたのだから元気そのものだ。
「何コレおいしそう……ぱくっ」
「あぁこらっ! それは食べるな」
ルルは佑がビールのつまみにしていたさきいかを食べてしまった。生のイカではないので犬が食べても問題ないがそれでも大量摂取は避けた方が良い。
佑は天神家の執事・飯田からルルが食べてはいけない食材のリストを渡されていた。明日からはこのリストを参考にして食事の用意をしなければならない。
「それより……ねぇねぇ、どう? このパジャマ」
「え? あぁ、いいんじゃない?」
ルルは、佑が部屋から適当に持ってきたパジャマを着ていた。ご主人から与えられた服なので褒めてほしかったが佑の態度は素っ気ないものだった。
「えー何それー! もっとほめてー」
「えぇっ……あぁ、似合ってる似合ってる」
佑は正直面倒くさいと思っていた。ルルは少し機嫌を悪くし
「なんでー! ボクが犬のときたすくはちゃんとほめてくれたよー! 全身わしゃわしゃってくすぐってくれたじゃん! たすく! またわしゃわしゃして!」
「今の姿でそれやったら強制わいせつになるわ!」
できれば犬のままで生まれ変わってくれれば……と佑は思ったが、人間になりたい……というのがルルの希望なので仕方がない。だが飼い犬が人間になろうとするとこうも面倒になるのか……あと一ヵ月、無事に過ごせるか佑は不安になった。
「さてと……そろそろ寝るか」
気付くと時計の針は十一時を指していた。明日は土曜日、中学生のルルは休みだが交替勤務で変則的な生活をしている佑は仕事に行かなければならない。
「ふぁ~あ……ボクも! あっ、そういえばボクの小屋は?」
「部屋な! 犬小屋みたいに言うな」
ルルはリビングから風呂に直行したのでまだ自分の部屋を見ていない。佑はルルを部屋に案内した。そこはかつて佑の両親が寝室として使っていた場所だ。
「ほら、ここだぞ」
「うわぁー、ちゃんとボールがおいてあるぅー……あっ、へちまるも持ってきてくれたんだー! うれしぃー」
「へちまる?」
「このぬいぐるみの名前だよ!」
ルルの荷物は天神家の執事・飯田が神の力で移動させた。ルルが手にした薄茶色のクマ? のぬいぐるみは両目の部品が取れていて、左耳がちぎれて中の綿が飛び出しておりお世辞にもきれいとは言い難い。
なぜこのような状態か? 概ね想像は付くが佑はあえて聞かなかった。
※※※※※※※
「そういえば……ルルは親父とお袋のことどう思っていたんだ?」
「おやじ? おふく……?」
「あぁ、パパとママのことだよ」
ルルの部屋は元々佑の両親の寝室だった場所……佑は飼い犬だったルルが自分以外の家族をどう思っていたのか気になった。
「パパさんはいい人だったよ! ときどき遊んでくれたし……あとねぇ、夕ご飯が刺し身のときこっそりボクにくれてたよ! ママさんは……毎日ごはん用意してくれていい人だったよ! でもボクがキッチンでおいしそうなモノを見つけると、けとばしてくるからちょっとコワかったよ」
「お袋そんなことしてたのか……ってかそれはオマエが悪いんだろ」
「あとねぇ、ときどきボクこの部屋(両親の寝室)で寝てたんだけど……たま~にパパさんとママさんがベッドの上で……」
「うわぁああああああああっ! 聞きたくねぇー!」
息子がそんな話聞いたらトラウマになるわ……佑は耳をふさいだ。
「もういい、オレ寝るわ! ルルも明日休みだからって夜更かしすんじゃねーぞ」
「えっ? たすく! どこに行くの?」
「どこって……オレは自分の部屋で寝るんだよ」
ルルは何か言いたそうだったが、佑は何も聞かず自分の部屋に戻った。
※※※※※※※
佑は自分の部屋に戻り、六年ぶりのベッドに入った。いきなり環境が変わると寝つきが悪くなることもあるがここは住み慣れた実家……すぐに眠気がやってきてこのまま眠りにつく……と、思ったそのとき、
「たすく!」
ノックもせずにルルが入ってきた。手にはルルのベッドの上にあった小汚いぬいぐるみ「へちまる」を抱えていた。
「おっおい何だよ突然……寝られないのか?」
もう少しで眠りにつく所を妨害された佑は不機嫌そうに言った。
「たすく! いっしょに寝よ!」
「断る」
「えー、何で?」
「当たり前だ……自分の部屋があるだろ」
いくら元飼い犬とはいえ、女子中学生と一緒に寝るなどたとえ指一本触れなかったところで完全にアウトな行為だ。
「えぇ~ひとりじゃさみしいよぉ~! たすくぅ、イヌだったときはよく一緒に寝てたじゃないかぁ~」
ダックスフンドは元々猟犬で飼い主に忠実であるゆえに、飼い主にいつもベッタリしたがる甘えん坊の一面もある。ルルも初めはケージに専用のベッドを入れて寝床にしていたが、いつの間にか佑や両親と同じベッドで寝るようになっていた。
「それはそれ! その姿で一緒に寝たら問題だろ? それにこのベッド、シングルだから狭いんだよ」
「むぅ~っ……わかったよ」
そう言うとルルは佑の部屋の片隅にしゃがみこんだ。しばらくすると床の上に寝転びそのまま眠りにつきそうだった。
「あっおい、そんなところで寝るとカゼひくぞ!」
ルルが静かになったので部屋の様子を見ようと起き上がった佑が驚いた。そして
「わかったよ……たく、しょうがねぇなぁ」
佑は壁側を向くように横向きになるとルルがベッドに入れるように掛け布団を持ち上げルルを招き入れるようにした。一緒に寝られると思ったルルは
「わぁーい、やったぁー!」
と叫ぶと助走をつけて一気にジャンプした。
〝ドズンッ〟
「ぐえっ!」
ルルは佑が掛けている布団の「上」にジャンプしたのだ。佑は背骨か肋骨が折れていないか苦しさの中で気になっていた。犬のときは体重が四~五キロ、今はその十倍近くある。
そういえば……犬のルルはどんなに寒い日でも布団の上で丸まって寝ていた……佑はルルに押しつぶされそうになりながらそんなことを思い出していた。
「お、おいルル……重いん……だけど……どいて……くれ」
だがルルは
「zzzzz」
佑の布団の上で横向きになり、背中を丸めた格好ですぐに眠りについていた。
「オレ……耐えられるかな? この生活」
ようやくベッドの真ん中で寝ているルルから逃れた佑は、ルルと壁の間で寝返りも打てない状態で一夜を過ごした。
「さいごまで読んでくれてありがとー! 次はやっと日付が変わるよ!」