FJC第1話「ルルだよ!!」
この物語を十七年間、私たちと幸せな時間を過ごした二匹の「家族」に捧げます。
十三年前、ボクたちは永遠のお別れをした……。
《和戸 佑》が生まれて、まだハイハイもできない赤ちゃんのときに両親がミニチュアダックスフンドの仔犬を飼い始めた。
佑と同じ年に生まれたメスの仔犬は「ルル」と名付けられ、彼と共に成長した。
先に歩き始めたのはルルだった。佑の元に歩み寄ると、自分とは違う形をした巨大な人間という生き物に興味津々だった。
やがて佑が立ち上がるようになると一緒に行動するようになった。一緒に遊び、一緒に寝、同じおもちゃを取り合ったりもした。泣くのはいつも佑の方だった。
佑が大きくなると、彼から直接ゴハンをもらうようになった。ゴハンをもらうとき「待て」と命令された。同い年の生き物に命令され、人間なら屈辱に感じるところだがルルにはそれが信頼の証しでとても嬉しく、誇らしかった。
佑と一緒に散歩するようになった。佑もルルも、この時間が一番の幸せだった。
やがて、佑は成長とともにその散歩のスピードが上がる一方、ルルの歩くスピードは日に日に遅くなっていった。
その頃から佑は小学校、そして中学校の友だちと遊ぶ機会が増え、中学校では部活動にも入り、ルルと遊ぶ時間がめっきり減ってしまった。
それでも学校に行く前と帰ってきたときにはルルに挨拶を欠かさなかった。ルルはそれが嬉しかった反面、もっと佑と一緒にいたい気持ちも強かった。
そして十三年が経ったある日……
佑とルルの楽しかった日々は突如として終わりを告げた。
「ルル……もっと一緒に遊んであげなくてごめんね……もし今度生まれ変わったらまた一緒に遊ぼうね」
佑はルルの墓前でそう誓った。
それからまた十三年後……彼はそんな誓いなどすっかり忘れていた……いや、思い出す暇もないような日々を送っていた。
※※※※※※※
現在、佑は二十六歳。高校を卒業した彼は、隣町にある工場で交替勤務の作業員として働いている。
彼が二十歳のときに両親が離婚した。両親の財産分与や慰謝料支払いのために実家は売却された。
庭の片隅にあったルルの墓は、このときすでに存在すらわからなくなっていた。
追い出された彼は会社の近くにアパートを借り、独り暮らしを始めた。成人していた彼は父と母、どちらとも距離を置いていた。
二十二歳のときに彼女ができて、同棲するようになった。しかし彼が夜勤中、彼女が浮気をするようになり、それが原因で別れてしまった。
そう、彼は独りぼっちだった。会社の同僚と飲みに行ったりすることはあるが、同僚もまた世間とは生活サイクルが違う交替勤務……出会い(特に異性)などある訳もなく、毎日家に帰っては缶ビールを開け、コンビニ弁当を食べ、マンガを読んでゲームをする日々であった。
いつしか、こんな生活に慣れてしまい実家も親も……ましてや飼い犬のことなど思い出すことなどなくなっていた。
※※※※※※※
この日、交替勤務の非番だった彼は散歩がてらアパートからほど近い市街にある古本屋でマンガを買い、帰り道をブラブラと歩いていた。
平日の午後、まだ一般的なサラリーマンは仕事中だ。こんな時間に街中をブラブラしているが彼は決してニートではない……が、たるんだ生活を送っている。
(よっしゃ、今日はこのマンガを読破だ!)
だが、そんな生活に慣れてしまった彼は独り暮らしが快適になっていった。人生のパートナーは上辺だけの付き合いの友人と、マンガとゲームとビールであったが彼にとってはそれが何の問題でもなくなっていた。
「あっダメだよチビ! そんなにひっぱらないで」
前方から、小さな柴犬を散歩させている母子連れとすれ違った。佑は一瞬だけ昔の記憶を思い出したように、振り向いてその犬を連れた母子を見たが……
(どうせ、家族も犬も自分の元からいなくなるんだ……)
すぐに前を向いて歩きだそうとした。そのとき、
「アハハ」
「やだぁーもぉ」
〝ドンッ〟
学校帰りであろうか、歩道をふさぐように広がって歩いているセーラー服を着た四~五人の少女がふざけ合っていて、そのうちの一人が佑とぶつかった。
「あっ、すみませーん!」
視線も合わせず棒読みな謝り方に佑は一瞬だけ心の中でムッとしたが
(中学生か……まだ子どもじゃねーか)
と、怒ることなくそのまま無視して歩き出した。
「あ、ちょっと待ってよぉ~」
佑とぶつかった女子中学生も、何ごともなかったかのように少女たちの輪の中に入り再び反対方向に歩きだしていった。
だが、その中の一人の女子中学生が立ち止まって振り返ると……遠ざかる佑の後ろ姿をじっと見続けていた。そして
「くぅん!?」
何かに気が付いたように突然目が輝きだし……鼻をクンクンさせた。
※※※※※※※
アパートまでの帰り道、そういや喉が渇いたなぁと思った佑は近くの公園にある自動販売機の前にいた。
お金を入れ、何を飲もうか少し考えようやくコーラか冷たいウーロン茶の二択にまでこぎ着けた佑に、遠くの方から何やら全力で向かってくる者がいた。
〝タッタッタッタッ……〟
「みーーーーーーーーーー!」
〝タッタッタッタッタッタッ……〟
「つーーーーーーーーーーーーーー!」
〝タッタッタッタッタッタッタッタッ……〟
「けーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」
〝タッタッタッタッタッタッタッタッタッタッ……〟
…………
「たぁあああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
〝ドーーーーーーーーーーン!!〟
「のごぉおおおおおおおおおおっ!!」
何者かが背中に体当たりし、全身を自動販売機にぶつけられた佑はそのままズルズルとずり落ちた。彼は上体が地べたに這いつくばる前に向きを変え、自動販売機を背もたれにした状態で座った。そのとき背後で〝ガチャンッ〟と音がして、ぶつけられたときに誤って押してしまった「温かいお汁粉」が取り出し口に出てきた。
(なっ……何だ今のは?)
あまりに突然なことで彼は放心状態だったが、自分がお金を出して買った……いや買わされた本当は一滴も飲みたくもないお汁粉を何者かに取られまいとしっかりと握りしめた……手は火傷するほど熱くなった。
「!」
お汁粉を握りしめ、顔を上げた佑は驚いた。そこには、さっき通りですれ違った女子中学生と思われるグループにいた一人の少女が至近距離から顔を覗き込んでいたのだ。
脚を伸ばして座っていた佑のヒザ辺りにまたがっていた少女は開口一番、
「見つけたっ!」
と言った。だが、佑はこの少女に対し、さっき歩道ですれ違った以外に全く身に覚えがなく見つかる理由もなかった。するとその少女は
「たすく! 久しぶり! また会えたね!?」
まるで以前会ったかのようなことを言い出した。しかも「たすく」と、自分の名前を呼んだことに驚きと気味の悪さを感じていた。
「え? キミは……誰?」
佑が恐る恐るそう聞くと、その少女は満々の笑みでこう答えた。
「ボクだよ! ルルだよ!!」
「え? ルル……?」
佑は、過去に置き去りにしたその名前を少し思い出した。
「ルルだよ! 最後まで読んでくれてありがと! まだ続くよ!!」