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竜と呪いの千回紀  作者: 稲荷竜
六章 静謐の時代

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第71話 Dear my

 死にかけて絶望していた夜に出会った始祖竜(オリジン)の姿は、まだ『神』という概念を知らない俺に、『神』以外では表現できないすさまじいものの存在を強く刻み込んだ。


【静謐】の美しさはそれまで見たことのある人類とはあきらかに格が違ったのだ。


 長く青い髪。落ち着き成熟した容貌。

 物静かなのにその場にいるだけで空気が引き締まるような感覚があり、多くを語らずとも視線だけでこちらを褒めたり咎めたりする、香り立つ意思の強さ。


 青い瞳には深淵なる智慧が宿り、すっと切れ長の瞳でこちらを一瞥されるだけで、心身を丸裸にされたような冷たい(・・・)感じ(・・)が背筋を駆け上るようだった。


 たしかに近寄り難いその冷たい印象の竜はしかし、それでもそばにいたいほどの魅力があって、俺は……


 あ、はい。このぐらいにしておきます。


 ……というわけで【静謐】と出会った俺は、彼女に屋根のあるところまで運ばれ、治療を受けることになった。


【静謐】による治療で水あたり(・・・・)の治った俺は、与えられるものを口にするうちに体力も戻ってきて、ようやく立って歩けるぐらいまで回復した。


 すると【静謐】はなんの感情もない声で言うのだ。


「動けるようになったなら立ち去りなさい。あなたを拾ったのは気の迷いのようでした。私は二度とあなたとはかかわりません」


 優しくされたあと急に突き放されると、こちらとしては『なんとしても食い下がりたい』と思ってしまうものなのだった。


 俺は【静謐】に対し、世話になったお礼をしたいと申し出た。


 すると彼女は見下すような顔で言うのだ。


「脆弱にして無知蒙昧なるヒトごときが、竜になにを返せるというのです? あなたにそこまでの価値はありません。去りなさい」


 ちなみにこれ、お礼などというマナーがこっちにあると想定していなかった【静謐】の、『びっくり隠し』らしい。


 今後も『脆弱なる人類』『無知蒙昧なるヒト』『愚かなる人間』あたりのワードが頭についたら、動揺を隠しているようだ。

 手紙の最初につける『Dear my……』みたいなものと思ってほしいとかなんとか。


 ともあれそう言われて引き下がるような事情が、こちらにはなにもなかった。


 そもそも行くあてなんかない旅なのだ。


 言ってしまえば自分探しの最中であり、往々にして『自分』なんていうものが故郷を遠く離れた場所にあるわけもなく、もはや故郷にも戻れない俺は、行くあてなんか当然なかった。


 そんなところで美しい竜に恩ができてしまったため、『恩返し』が俺の人生の唯一にして絶対の目標になったというわけである。


 しばらく『脆弱なる……』『無知蒙昧なる……』『愚かなる……』と会話を繰り返した俺たちだったが、最後には【静謐】が折れた。


 彼女はたいそう面倒くさそうに息をついて、


「……まあ、私の邪魔さえしなければ、構いません」


 そういう言質を取り付けることに成功した俺は、始祖竜のもとでの暮らしを開始したのだった。

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