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竜と呪いの千回紀  作者: 稲荷竜
五章 編纂の時代

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第61話 才覚

 そこからの三ヶ月を俺はもちろん今まで以上に熱心に研究に費やした。


 この時代、そもそも研究のための資料というのが木簡でしか出回っておらず、それは『流れ者』が持ち運ぶため、非常に流動的だった。


 手元に保管しておきたければ、『流れ者』が持ってきた資料をさらに別な木に写して保存するという作業が必要になる。


 この作業が非常に大変で、好んでやろうとする者がさほどいない。


 研究者を出すことをどの村も切望し、この世界で唯一『夢』と呼べることが『魔王に認められた研究者になること』だというのに、多くの人には熱意がなく、根気が必要な地味な作業は誰も好んでやりたがらなかった。


 もちろん、村々が行っている農業だの土地管理だのだって、地味で根気が必要で大変な作業であるのは否定しない。


 けれどそれらの作業の『必要度』に比べてしまうと、魔術研究のための作業というのは、多くの人にとって、必要とまでは思われないようだった。


 夢は夢、ということなのだろう。


 いつまでも追い続けるものではない、ということ、なのだろう。


 そんなものより、堅実に生活する方が大事、ということ、なのだろう。


 そもそも才能があって魔王に選ばれるような者は、最初から才気走っており、一目見ただけで『それ』とわかる━━というのが、一般的な感覚のようだった。


 だから、ある程度年齢を重ねると、こういう圧力がかかり始める。



「いつまでも魔術研究者なんか目指してないで、嫁を見つけて、畑を世話して、将来につないでいくことを考えろ」


外れの家(・・・・)に通うのも、やめなさい。あの子は特別で━━」


「━━お前は、普通(・・)なんだから」



 ……自分が普通であることは、夢をあきらめる理由にはならないだろう。


 畑仕事だって、水汲みだって、してないわけじゃないだろう。


 いいじゃないかよ別に。俺は、俺の睡眠時間を削ってやってるんだ。迷惑なんかかけてない。やるべきことはやってる。


 だっていうのに、なんで、俺の夢にそんなに、口を出してくるんだ。


 ……『気にしない』と決めていた声が、次第に俺の中で大きくなってくる。


 それは俺が、始祖竜(オリジン)の協力を得ても、ぜんぜん、まったく、竜の魔術について研究を進歩させられていないからだった。


 最高の資料(・・)をいつでも閲覧できるというのに、なんにも進まない、進むべき道筋も光明も見えない焦りと苛立ちが、俺を急かし、世間の『まともな大人の声』をより大きく聞こえさせるのだ。


「あの〜……【編纂】、一個だけ言いますけど。そもそも、同じように『魔術』って呼んでますけど、『竜の魔術』と『人の魔術』とはシステムが根本的に違うので……」


 そこまでは魔王により解析されていて、だから魔王は、人の法則で竜の魔術を再現するのを目的としていると、誰もが知っている。


 けれど、どう違うのか、その詳しいところは、さすがに『流れ者』の持ってくる資料にもない。


 ……『流れ者』とは、さまざまな事情で故郷の村には『いらない』とされた者が、『魔王のために資料を各村に運ぶ』という役割を……第一災厄の遺産である魔物はびこる場所を通って別な村に行くという危険な役割を押し付けられて生まれる。


 たいていの場合『怠け者で愚か者』が就くとされているその役目は、あらゆる村で蔑まれ、侮られる。


 だからか本当に貴重な資料を任されることはなく、『魔術という文明』を先に進めるかもしれない重要な情報は、各村で秘匿(ひとく)され、その村に『これは』と思われる才能の持ち主が生まれた時に見せられるというのが通例のようだった。


 世界で唯一、あらゆる資料の原本が存在するのが魔王のいます都市だが、そこは認められたあとに行ける場所であって、誰もが行ける場所ではない。


 周囲に認められて研究をするには、やっぱり他者に認めさせるだけの才能が必要で……


 そして俺は、才能がないとみなされている。


 みなされているっていうか、たぶん、才能はないのだろう。


「精霊は通常、人の体から発せられるはずなんですけど、ここにはその『生まれたての精霊』さえいませんね。魔王の精霊管理がよほどうまくて、精霊は生まれた瞬間に魔王のところに転移させられているのかも?」


 始祖竜のもたらす情報は、おそらくすでに魔王により解明されているものだけだった。


 けれど、その情報は、俺にとってすごくすごく貴重なもので、俺の研究はいくつも段階飛ばしで進歩して━━


 俺が今まで構築してきた理論の九割以上がすでに実証されたものであり、うち八割以上が、間違いだったことが証明され続けた。


 俺の発想力は、百人いれば百番目になにかを思いつく程度であり。

 しかもその正答率はといえば、事前に思いついた九十九人が『まあ、検討の必要もないか』と捨てたものであり。

 それを『大発見かもしれない!』と騒ぎ立て、興奮し、理論化し、ニヤニヤするというのが、どうやら、研究者としての俺、らしかった。


 ……才能。


 生まれ持った『正解を察する能力』。

 世界そのものの平均をなぜだか知り、自分がなにかを考えた時に『これは他者がすでに考えたものか、そうでないものか』を正しく判断できる能力。

 労力を費やすべき発想が思い浮かんだなら、それに人生さえ懸けてしまえる正しい(・・・)思い切りの良さ。


 ……そういうものが、俺にはなかった。


「……私はさ、君がそうまで一生懸命に研究者を目指すのが、やっぱり、わからないよ。君は私にやる気を出せと言うけど、私からすると、君のやる気は、異常に見える」


 幼馴染はそう言った。


 そうかもしれない、と思う。


 だって周囲を見たって、俺みたいに一生懸命なやつはいない。


『ただ生きていければいい』。

『ついでに、自分以外の誰かが魔王に認められて、村がちょっと誇らしくなってくれたら嬉しい』。


 このぐらいのスタンスが、どうにも『普通』というやつだった。


 でも、『普通かどうか』なんて、関係ないだろ。

 お前には才能があるんだ。すごいことができるんだ。すごいことができるんなら、すごいことをすべきじゃ、ないのか。


「たとえ本当に私に『すごいこと』ができるとしたって、それは、私が『すごいこと』をしたい理由にはならないんだよ。私は……普通に、幸せになりたいんだから」


 俺たちはたぶん、才覚を逆にして生まれるべきだった。


 俺にあいつぐらいの才覚があったら、と何度も何度も思わされた。


 でも、ないものをねだっても、どうにもならない。

 俺は俺なりのやり方で『竜の魔術』について研究を進めていくしかなくって━━


 三ヶ月が経った。


 俺は、なにも、成せていなかった。

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