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短編小説

さとりあい

作者: 虹色 七音

 愛してる。

「君にそう言われてもうれしくない」

 言う前に言われてしまった。

「聞こえてるってわかってやってるんだろ? 趣味悪いよなあお前、本当に」

「失礼なぁ」

 思ってもみないことを言ってみる。

「しかし僕はさあ、君に聞かせようと思って言っているわけじゃないんだよ」

「僕とか言うな。気持ち悪い」

「おや? おやや?」

 首をかしげて彼の顔を覗き込む。ついつい口の端が吊り上がってしまうのを感じる。楽しくってえ仕方がない。

「女子を差別するのはいけないよ。男はどの一人称を使えやら女はどんな一人称を使えやら、そこまでくっだらないことを言う人間……もといくっだらねえ人間だとは思ってはいたけど改めて認識させちゃうってのもどうだいって話をさせちまうかい?」

「気持ち悪いなあ。本当にお前は、喋るのを聞いてると気持ちが悪い。お前の脳みその中ではいつも自分のことを私って呼んでいるのを知っているから、わざとらしく僕というお前が気持ち悪いと言っているんだ」

「うふふ。知ってた。君はくっだらねえ人間でもないってね」

 イライラと彼が私をにらむ。ああ可愛い。

 僕が思えば思うほど、楽しめば楽しむほど彼の表情はゆがんでいく。なんと楽しいのだろうか。恋とはしてみるものだと、頭の中でさえうそぶく。

「何が恋だ!」

「僕は一途だよお」

 だんだんと近づいてくる私の頭を彼がはねのけようとする。私は彼の腕をとって唇を近づけ、彼を引きずり出すようにぐいと引っ張る。

 まっすぐ目を見ると、彼の目が可愛かった。

「一途だよお、とってもね」

 触れそうな唇におののいて彼が体を震わせる。

 きっと彼の鼻腔をくすぐる私の匂いが十センチもある距離をないものかのように錯覚させたのだろう。彼の目は恐怖を溢れないばかりに湛えて私を映す。私の言葉が本音であることに、彼は心底恐怖をする。

 たまらなく、愛おしい。

 恋をしてよかったなあと感じる。

 彼が私をキッと鋭くにらむ。優男らしくなく鋭くなってしまっている目は、私が歪ませていると思うだに本当に愛おしい。

「何が恋だ」

「……純愛だよ。僕は一途、はいっ、リピートアフターミー!」

「まずそのでたらめな一人称を改めてから来い」

「改めたら来ていいのかい?」

 私の言葉に、彼はいやそうな顔を返す。

「お前は本当に嫌な奴だ。死ねばいい」

「心を読む妖怪ともあろうものがたやすく読まれるような嘘をつくものじゃないよ」

「いや、本当に。死ねばいい」

 彼の目は冗談をついていなかった。

 ちょっとだけ悲しい。

 それをはるかに増して嬉しい。

「好きな人が死んだら嫌だろう?」

「悲しいことや嫌だってこととそうなってほしくないってのは、絶対同居できないわけじゃないんだよ」

「ふうーん」

 嘘に聞こえないのが怖かった。

「嘘じゃないからね」

 彼の声が私の思考をなぞる。

 聞かれると思っていないものまで聞かれ始めると、妖怪なんだなと思えてくる。

「そうだよ、妖怪だよ」

「こわがりなよー、ってか。怖いよ、いつも怖い。好きで好きで怖すぎる。怒りに我を忘れそうになってるけど必死に自制しようとしている葛藤の表情とか怖すぎるね」

「そうか。僕は君がいなくなるのが怖いね」

「えっ」

 彼の言葉に、つい素の反応を返す。

 饅頭怖いの要領で、怖いというものが欲しいものという話なのだとも、流れに任せて本音をこぼしたんだとも見えた。どっちだか分らなかった。

 彼がにやぁっといやらしく笑う。

 彼の本性は優男でも鋭くにらむ目でもない、この性格の悪さだ。

「失礼な。僕の性格のどこが悪い」

「僕を好きになるような男だ。悪くないわけがない」

「好きじゃない。恋しただけだ」

「さっき好きな人が死んだらって言ったら否定しなかったろ」

「そうさ。君が好きなんだ。好きじゃないだけ」

 彼がでたらめな筋の通らないことを言い始めたら調子が乗ってきたしるしだ。こうなってしまうと面倒くさい。

「面倒くさいかそうか。まるでいつもの君みたいだね」

「面倒くさいなぁ。言動全部が面倒くさい」

「……あけっぴらだねぇ」

 彼はほのかに私を見下す。

 楽しかろう。私は楽しくない。

 それがわかる彼はますます楽しそうになる。とてもむかつく。

「そもそも僕は君の顔を見てひとめぼれしたんだ。君の人となりは少しも好きじゃない」

「惚れた弱みってやつは?」

「握れるときに握ってんだろ」

 彼は苦虫を吐き捨てるようにそう言った。

 まったくもってその通りだ。

 私たちは互いに惚れた弱みを握り合おうとしている。握れれば楽しいが握られればつまらない。

 ちなみに今私はつまらない。

「僕は楽しい」

「知ってる」

 好きな人が喜んでいるというのにまったくもって楽しくなかった。

「だから言っているだろう。君のは恋じゃない」

「そう」

 反論はしない。同意だけする。

 そうかもなあとはずっと思っている。

「とりあえずもう帰ろうかな。飽きた」

「逃げるのか。チキンめ」

「逃げるよー。つまんないからね」

 私が帰ろうとするのを見て彼は少しだけ未練がましい顔を見せかける。しかし私がそれに気づいたことを読んだ彼は、そっぽを向いてしまう。

 この調子ならまた私がマウントを取ろうと思えば取れるかもしれなかった。でも深い追いはやめておく。

「じゃあーねー」

「二度と来なくていいよ」

「来たくなったらまた来るね」

 ドアを開けて出て行ったあと、気分が入る時よりも晴れていた。

 うむ。これはやはり、と頷く。

 これだから、恋はするものだ。


 本当に恋かなんて、どうだっていい。

 こうなのだから、いいのだ。


 いいのである。

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