お嬢様、よんどころない事情を知ってしまいます。
「すまねーなマイア、お邪魔してるぜ。今日はアヤメお嬢様の送迎で来たんだ」
破格と呼ばれた男は寝起きまもないのか無精ひげが生えていて髪は無骨なオールバックになっている。
「あら、珍しいですわ。白鳥家のお嬢様に白鳥家最強執事と言われるハイブリットスキルの高宮零士が一緒じゃないなんて。今日はスノーマンでも作れるのかしらですわ」
マイアは話しながら視線をまた机の上の書類に戻した。
「はは、スノーマンか。雪が降るって意味かな。マイアはいつも可愛い表現をするな」
破格は無精ヒゲを左手でさすりながら笑った。
この破格の何気ない言葉にマイアのクールフェイスが少し崩れるのをアヤメは見逃さなかった。
「な、何言ってるのですわ。可愛いんじゃなくて、その、そ、そう、秀麗、四方堂家のメイドたるもの秀麗でなくれはいけないから、だから可愛くも見えてしまうのね。そうよ、そういうことですわ」
マイアは頬をせきらめながら慌てふためく様子で返答した。
「秀麗か、そうだな。マイアは秀麗って言葉も当てはまるな」
破格のこの一言が会心の一撃となったようで
「あわ、あわわ、あわ、あわわ」
マイアは口をパクパクしながら言葉にならない言葉を発する。モールス信号だった。口の動きで(どうしましょう)とモールス信号を発している。っが、そんなの分かる者などここにはいない。
「ん~どうしたぁ。マイア。体調でも悪いのか?」
破格の低く落ち着いた声で優しく甘えるような話し方。それがマイアの止めの一撃となる。
「ぷごぁっ」
マイア。変な断末魔を上げて死亡。もし検死したのならば萌死と判定されるだろう。
この様子を見ていたアヤメは思った。この二人のラブコメって誰得情報?と。
(かたや、ガチムチ無精ひげの三十路過ぎにしか見えない24歳と、かたや、三十路過ぎのOLに見える23歳の恋愛事情見たってしょーもないわね。それにしてもさすが高宮。『今日はこのまま行かれると本当にクビでしょう。ですから今日は破格と一緒に行って下さい』って、どういう意味か最初分からなかったけど、こういうよんどころない事情があったのね。まあ、ここはこれで大丈夫そうだから早く用意して先輩探しに行かなくちゃ)
アヤメは様子を伺うように低姿勢な雰囲気で口を開いた。
「あのぉ、コールドマイア。私はそろそろ持ち場のほうに行ってもよろしいでしょうか?」
アヤメから業務の会話を振られたマイアは息を吹き返し(現実に引き戻されとも言う)、はひぃ?っと奇妙な返事をしたがすぐさま口をッキュと締め直してからまた口を開いた。
「あ、ああ。そうね早く持ち場に行きなさい」
マイアは緊張のあまり思考が停止しているのか先ほどまで言っていたこととは違うことを言っていることに気付かずアヤメをクビにしなかった。
「は~い♪2階の大広間の掃除に行ってま~す」
アヤメは快活な返事をしながらくるりと回り部屋を出て行こうとした。その姿は軽やかに美しく楽しそうだ。
っが、ドア前まで着いた時にマイアに呼び止められた。
「あ、待ちなさいホワイトウィング」
「ビクゥッ、な、なんでしょうかコールドマイア」(クビって言ってたの思い出したのかしら)
「後ろで結んでいるエプロンの結び目が美しくないですわ。合わせ鏡でちゃんと確認して直すように」
アヤメは安堵のため息をついた
「ふう、なんだ、そんなことか。てっきり引導を渡されるかと思ったわ・・・」
「ん?何か言ったかしら?返事は!!」
マイアの怒号が部屋に響き渡る
「はいぃ!」
「よろしい。では持ち場へですわ」
「はいよ」
「ん?返事がおかしいようなですわ?」
「っそ、そんなことないです。あ!そう、そうです!邪魔者は消えるのでささ、お二人でごゆるりと~」
この言葉でクールフェイスに戻りかけていたマイアの表情がせきらむ
「っな、なにを言って!わ、私も、し、仕事があります。こんな男にかまけている暇は・・・ですわ・・・」
そう言いながらマイアは破格のほうを向いた。その時ちょうど破格もマイアを見ていたために目が合った。その際に破格のいつもの癖で人と目があったら口角をあげて軽く微笑む仕草がマイアの目に刺さる
「う”!!」
マイア本日二度目の死亡。死因、萌えスマイルが矢になりハートに刺さったことによる萌死。
「それではホワイトウィングは失礼します~」
そう告げてアヤメは部屋から出たがマイアからは返事が何もなかった。どうやらただの屍になったようだ。
40話くらいまでは毎日18時更新予定です。
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