お嬢様、メイドのお時間です。
「お嬢様、メイドのお時間です」
聞き慣れた無機調の声で始まった少女の一日。
ベッドの上からうっすらと目を開けると、上質で滑らかな白亜の壁に囲まれた部屋に黒装束の男が二人立っているのが見える。見慣れた燕尾服の執事とフットマン。片方は黒髪をジェルか何かでビシっとオールバックにして固めていて佇まいも相成って誰が見てもベテランの執事だと直ぐに分かるだろう。それに反してフットマンのほうはまだ慣れていないのか髪を後ろで縛っただけで後ろで縛れない中途半端な長さの髪が時折跳ねているのが見える。彼らが窓を開けたのか春先のまだ少し冷たい清々しい空気が覚醒を促すが、まだ眠たい少女にはただの冷たい風だったので窓に背を向けるように寝返りをうって反対側を向いた。
「お嬢様、メイドのお時間です」
起き上がらない少女に再度館内放送のような口調で声を掛ける執事。
それに対して眠る口実を探すべく、覚醒しきらない頭で目覚まし時計を確認した少女は後10分寝れると分かると、後10分寝かせてっと起ききらない体から声を絞りだした。
それを聞いた執事は右手で軽く左腕の燕尾服の袖を引き、その下にしているシンプルな文字と針だけの腕時計で時間を確認し答えた。
「お嬢様、あと10分寝られましたら遅刻でございます」
そんなはずはないだろうと少女はもう一度目覚まし時計を確認すると、9時からの仕事まで後40分もあるではないか、これなら後10分眠れる。そう思い口を開いた。
「まったく高宮ってば私がこないだこのピヨコ時計の針を10分早く進めたの忘れたの?もうちょい寝かせて」
高宮と呼ばれた燕尾服の執事は考え事をしているのか一間あけてから口を開いた。
「お嬢様、それは申し訳ございませんでした。それでは私は10分後に再度お声がけさせて頂きます」
「そうして~、おやすみ~・・・」
少女は部屋のドアが開く音がかすかに聞こえ、足音から彼らが部屋を出て行こうとするのが分かると、また寝る体制に入り半分以上覚醒していた頭が少しずつ脳内麻酔に浸かりはじめたその時だった。
「あ、お嬢様。最後に一つ」
執事はドアの向こう側でドアを閉める寸前にまた口を開いた。その掛けてきた声が少女の夢世界への旅路を邪魔をし、少女は少し不機嫌な語気で、ん~?っと返事をした。
「お嬢様、私の頭が確かならばその時計は昨日お嬢様が『やっぱり急かされてるようでいやだから針戻しとくわ。って、いうかさらに戻せば気持ちがゆったりする気がする~』っと、寝ぼけた状態で針を本来の時間より10分遅くしたのが間違いでないようでしたらコタツに朝食をご用意してありますのでお口を漱いでからお食べくださいませ」
執事はそう言うと後10センチくらいだけ開けていたドアをパタリと閉めた。
少女は寝ぼけた頭で考え始めた。
ハリがどうしたって・・・はりはり・・・大丈夫、肌はまだはりはり・・・10・・・、針が10本。針が10本足りない。・・・?足りない?
少女は叫んだ。
「はあああああ、忘れてたあああああ」
部屋に少女の声が木霊した。
40話くらいまでは毎日18時に更新予定です。
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