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4.高校時代(1)



 休み時間を告げるチャイムが聞こえる。

 高校の制服を着ていたあの頃の夢を見ていた。


 廊下には陽が射していて、のどかな日だった。わたしは窓の影に四角く切り取られた光をそっと踏みながらそこを歩いていた。


 ざわめく廊下で隣のクラスの女子が泣いていた。それを慰めるようにふたりの女子が囲んでいる。


 学校で生活していると、たまにそんな状況に出くわす。


 誰かと喧嘩しただとか、誰かに酷いことを言われたとか、そんな感じの。

 みんなは声はかけないまでも、一体何があったのだろうと、無責任な野次馬根性でそれをちらりと覗いていく。そこに共感や心配はない。

 みんな自分の大きさぴったりの、自分のことでいっぱいだから。本当の意味では他人に興味がないのだ。恋をしても、友達と喧嘩しても頭の中は自分自分自分。みんな他人に鈍感で、自分のことにだけは傷付きやすかった。


 みんなと言うと語弊があるかもしれない。

 少なくもわたしはそうだった。


 自販機に行っていちごオレを買って、一息に飲み干す。教室に戻ると、もう先ほど廊下で見た光景の話題がまわっていた。


「あ、留里、どこ行ってたの?」


「自販機。三田村さんが泣きながら岸田の悪口言ってた」


「振られたんだって」


「ん?」


「三田村さん、岸田に振られて泣いてたんだって」


「へえ」


「口にも出せないような恐ろしい酷いこと言われて振られたらしいよ」


「口に出さずに言うのは無理じゃない?」


「もののたとえだよ! メタモルフォーゼ!」


「メタファーでしょ。変身してどうする」


 それにしても、一体どんなことを言われたんだろう。何か言われたとしても、わたしはそれを知らないので、直接耳に入った三田村さんや周りのこぼしていた悪口の方が不快に感じられてしまった。


 岸田頼朝とは二年になってから同じクラスになったけれど、知ったのは入学してすぐ。

 意地悪そうで端正なその顔は流行りの顔とかではなかったけれど、やっぱり美形なので好きな人間はいた。なので、当初は学年に五人くらいいる、モテる男子。人気が偏り集中する枠の男子だった。


 その頃わたしはぽわんとしていて、あまり今時ではなかった。そして、素直でマイペースだった。

 クラスメイトの誰が誰と付き合ったとか、誰それはこんな奴だとかも、きちんと見てはいなかった。だから口さがない周りから入ってくる情報をそのまま素直に受け取って、周囲を見ていた。


 そしてそれらをそのまま受け取ると、岸田は非常に嫌な奴であった。


 岸田は人との関わりを嫌い、口が悪く、言ってはいけないことをずけずけと言うタイプで、バレンタインに思い切ってチョコを渡した女の子の勇気に対して彼は「知らない奴の怨念のこもった物なんて気持ち悪くて受け取れない」とつき返した。


 クラスみんなで共有しようとしたスマホのアプリのグループを岸田はひとりだけ拒否した。


 ちょっとしたことから同じ委員会の上級生の男子と喧嘩になっていたこともある。殴り合いまではいかなかったけれど、割と話題になった。


 詳しい事情はわからないまでも、廊下で向かい合い、漏れ聞こえた岸田の言葉をわたしは少し記憶している。


「俺はやる気がないわけじゃない。ただ、親睦を深めるとかいう名目のくだらない中身のない集会に付き合わされる気がないだけだ」


 大人びてる中学生のような、ひねくれた子供っぽい思考だ。物は言い方なので、せめて敬語を使い、その正直すぎる「くだらない」だとか「中身のない」だとかの装飾を少し言い換えるだけで、もう少し穏便に物事は進んだかもしれない。


 また岸田は教師から妙に嫌われていることも多かった。単純に可愛げがなく、扱いづらいからだろう。


 いつも不機嫌そうで、あまり感じの良い奴ではなかった。だから近寄りがたい方だった。放っておいて欲しかったからあえてそうしていたのかもしれない。


 しかし、わたしは割とその辺のオーラに鈍い方であった。この頃のわたしはとにかく無神経で、よく言えば大らかで、好奇心だけは旺盛だった。

 廊下の端でぼんやりしていた彼を見つけて、近寄る。


「ねえねえ、岸田」


 思った通り、話しかけただけで岸田はあからさまに嫌な顔をする。一年前の洗ってなさそうな雑巾とか、棚から出てきたらこんな顔をするかもしれない。よく、遠慮なくこんな顔ができるなと思って感心した。

 しかし思った通りなので気にしない。こいつはいつも、誰に対してもこんなだ。


「三田村さん、振ったんでしょ?」


「……だから?」


 岸田はますます不快そうな顔でわたしを見た。


「岸田、なんて言ったの?」


「……は?」


「いや、すごい、口にも出せない想像もつかない非人道的な酷いこと言ったんだって、聞いたから、気になっちゃって」


「本人がそう言ったのかよ」


「ううん。又聞きだよ」


「お前に関係ないだろ」


 岸田はにべもない拒絶をする。


「そうだけど、なんて言ったのか、気になってさ」


「……そういうのは、普通言わないもんだろ」


「なんで?」


「相手に悪い」


「え……振っておいて?」


 割と予想外の返答がきた。


「振っておいてもだ」


「そもそも自分で言ったことなのに? そういうもんかな……え、じゃあ教えてはくれないの?」


「教えるかよ」


「ケチ……じゃあ他から聞くよ」


「他って? 本人か?」


「いや、どうせ流れてくるから」


「お前……下品だな」


「何が?」


「人の振られ文句詮索するとか、畜生すぎんだろ……」


「え、気になっただけだよ。そんな深くは考えてないし」


 岸田はふんと鼻をならした。


「舞原、お前ズルいよな」


「えっ?」


 ズルいってなんだ。


 岸田はそれ以上会話をする気はないようで、ふんと鼻を鳴らして、顔を逸らした。


「俺、お前みたいな奴、すげえムカつく」


 ぼそりと言い残して、さっさと行ってしまう。


「えぇ……」


 ちょっと話しかけただけで、ムカつくだのズルいだの、ボロクソに言われた。なんて嫌な奴だと思った。


 わたしはたぶん、三田村さんの、岸田に対する悪口が不快だったので、それに見合う岸田の罵詈雑言を期待していたのだろう。そんなこと言われたら、これくらい言うよね、みたいなバランスを欲していた。でないと胸糞悪かったから。


 でも、結果はこれ。無駄に首を突っ込んだせいで、わたしは無関係なのにどちらにも鬱憤を溜めることになった。もちろん、悪いのはわたしだけど。


「岸田!」


 大声に振り向いた岸田に言葉をぶつける。


「バーカ! バーカ!」






 これが、残念なことにわたしと岸田の最初の会話だった。


 ファーストコンタクトとしては最悪の部類と言える。

 ただ、この後わたしと岸田が険悪になったかというと、そうでもない。

 わたしは無神経であまり後先考えないで行動するたちだったし、細かいことをあまり気にしないのですぐに忘れた。

 一方の岸田は誰に対しても感じが悪く、それが通常みたいなところがあったので、わたしのことをことさらひとりだけ特別に嫌っている態度ではなかった。


 次の日になっても前日と変わらない感じで、岸田は無愛想だったし、感じが悪かった。


 これはもともとなので、わたしの行った割と無礼な対応が原因ではないと、当時は無礼ともなんとも思っていなかったわけだが、そんな空気だけはしっかりと察知していた。


 だからその後も用があれば話しかけていたし、岸田はそれに他の人と同じように無愛想に返していた。



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