13.ペアリング
わたしと岸田は付き合うことになったけれど、わたしはその後結構な早さで振られることになる。
わたしと岸田はなんだかんだと逢瀬を重ね、その期間は一ヶ月になっていた。平日の夜に電話で話したりもする。日曜日だけでなく、土曜から家に行って泊まることもあった。形としては、もうかなり恋人だった。
けれど、わたしに押し切られた形だったせいか、岸田はどことなく情緒不安定だった。この期に及んで、まだどこかためらいを感じる。
岸田はわたしを好きとは言わない。
言うほどではないのか、恥ずかしくて言えないのか、言わないようにしているのか、それはわからないが、絶対に言わない。わたしが無理に言わせようとしたって、絶対に言わない。
でも、連絡は岸田がくれることが多い。意味なく電話をくれることもある。待ち合わせの時間を早められたこともあるし、帰りの時間は引き止められて、なんだかんだで遅くされる。その代わりちゃんと送ってくれる。半分は遠慮したけど、家まで送ってくれることもある。ごはんを作ってくれたり、行きたい場所を聞いてくれたりもする。
しかし会ってる時は割とローテンションだった。元々こんな奴だった気もするけれど、猫の状態で見ていた、それなりの明るさすらなかった。わたしといる時、岸田はどことなく困った顔をしていることが多かった。
「岸田、情緒不安定な乙女みたいだね」
「なんだそれ」
その日は前行ったのとは別の映画館に行って映画を観たあと、そこの屋上にあるかなりレトロなバッティングセンターで少し遊んでから出た。高校時代はふたりとも、もう少し運動神経があった気がしていたんだけど、思ったほどは上手く当てられなくて、なんでだろうねと言い合って笑った。
「疲れた。喉渇いた」
「どこかでお茶でも飲む?」
「いや、俺もうそこの自販機で買って一気飲みしたいレベル」
ふたりで自動販売機の前まで行く。
岸田が冷たいお茶のボタンを押そうとした瞬間にあったかいおしるこのボタンを押した。
がこん、と音がしておしるこの缶が落下する。
岸田はしばらく熱々のおしるこを持って見つめていたが、やがて顔を上げて叫ぶ。
「お前な! 小学生かよ!」
それは自分でも思ったけれど、岸田の反応がおかしくて笑い転げた。
「ごめんごめん! あー、面白かった。わたしが飲むから。ちょうだい」
「いいよ。これ、俺のだし」
「え、じゃあわたし、お茶買おう」
もちろん交換してやろうと思っていたのに、わたしがそのボタンを押す前に岸田がおしるこのボタンを押した。
「あー!」
岸田が涼しい顔でおしるこの缶をきゃぽと開けて飲み始める。
「……これじゃ、ふたりともおしるこ飲むしかないじゃん……」
「びっくりするほど喉の渇きが癒えないな」
「これじゃない感すごいね……」
「元はといえば舞原が……」
「留里」
「えっ」
「呼び方、変えて」
岸田は反射のように「る」まで言ったが、慌てたようにおしるこを流し込む。あげくにむせた。
そして、咳がおさまると、気まずそうに「また今度にする」とやめてしまった。
この人、わたしの知る限り普通に彼女とかいたはずなんだけど……まったくそうは感じられない。拗らせてる分童貞高校生男子より酷いかも。
でも、ふと思い出す。岸田の馬鹿兄が来た時、岸田は前カノのことを「さやか」って普通に名前で呼んでいた。だとしたらそこまで、ためらうこともなさそうなのに。
映画館を出て、七井橋通りを歩いていた時、唐突に「ペアリング欲しい」と言うと、岸田が軽くのけぞった。
「あそこで」
「え、あぁ」
近くのアジア系雑貨店を指差して言うと、ほっとしたように息を吐いた。なんだろう。値段に警戒したんだろうか。
中に入って、リングがたくさんのお皿にごちゃまぜに入ってるみたいな売り場で、話をしながら自分と岸田のサイズに合ったものを探す。
「これ、可愛い」
ド派手な石が中央に配置された魔宝具みたいな形の指輪が気に入ったので、つけて手元を岸田に見せる。
「……ふざけてるだろ」
「うん。すごいふざけてる。これはさすがに魔法使いだね。あ、こっちの青いのも可愛い」
「ペアリングって、ずっと着けてるもんじゃねえの? それ……職場でしてたらアウトだぞ」
「冷静だな……」
「それに、それ同じのふたつないだろ」
「だね。そもそも、真面目に買うならもっとシンプルなのがいいかな」
「真面目じゃなかったのかよ!」
岸田は最初ペアリングに引いてたくせに、かなりちゃんと探してくれている。わたしは途中からペアとかなんとか忘れていろんなデザインを見るのに熱中してしまっていた。
結局そこで指輪は買わなかった。わたしは比較的気が散りやすいので、他にもたくさん楽しいものがあって、全然関係ない部屋飾りとコースターを買って、店を出た。
「指輪は今度ちゃんとしたの贈るね」
「え? 舞原が?」
「うん。もうサイズわかったし、わたしが選んでプレゼントで贈る。なんかおかしい?」
「おかしくないけど……いや、それはなんか、俺がやった方がよくないか?」
「岸田、くれるの?」
「えっ……それは……」
「じゃあ贈るね。つけなくてもいいけど」
しばらく行ったところで岸田がわたしの肩を軽く掴む。
「……やっぱり俺が買うから……そのうち」
「本当に?」
「………………う、ん」
はからずも、先の約束めいたものになってしまったからかもしれない。そこから岸田は妙に無口になり、またずっと困り顔の上の空で、もの思いにふけってしまった。
そして、その日の帰りに、わたしはあっさりと振られることになる。
「ごめん、舞原」
「はい?」
「やっぱり無理だ……」
「え、何が?」
「これ以上舞原と付き合うの……やっぱり……」
「きーしーだー! お前は! ここまで来て、きさま……!」
「いや、本当すまない……! その、つまり……」
「……わかった」
「えっ」
「じゃあ、もういい! ばいばい!」
岸田は自分で言い出したくせに、なぜだか真っ青になっていた。
あまりの面倒くささに、わたしは岸田を置いてその日さっさと帰った。




