表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/43

13.牛すじと炬燵


 岸田は朝からずっと、牛すじを煮ていた。


 パソコンの画面を見ると、牛すじの煮込みのレシピが表示されているので、何をしているのかは一目瞭然だ。


 たまに覗きにいくと、真剣な顔でアクを掬っているのが見れる。お玉を構えて牛すじを見つめるその顔は、とても格好良い。惚れ惚れする。

 途中で茹で汁を捨てる。今度は葱と生姜を投入して、また岸田の牛すじの下茹では続く。


 やがて、岸田は何時間もかけて、牛すじを十分に下茹でした。


 それから今度は大根と人参と蒟蒻と一緒に鍋で煮る。お醤油と、料理酒、砂糖で味付けをした。


 ことこと、こと、小さな音がして、良い匂いが立ちのぼる。


 岸田は普段料理しないくせに、休日などに時々思いついたようにこういうものを作りだす。できばえは上手にできる時とまずまずの時があるようだ。


 岸田は炊き立てのご飯を茶碗によそい、隣に牛すじ煮込みを美しく配置して、スマホでぱしゃりと写真を撮った。岸田はSNSの類はやっていないので、使い道はない。おそらくただの記念だ。牛すじ煮込みの記念。なぜかわたしまで一緒に何枚か写された。


 何枚か撮影し、満足のいく写真が撮れたようだ。岸田は頷いてスマホを傍に置いて、ようやく箸を持った。口に運び、時々小さく頷いているので、どうやら自分でも満足いくものだったらしい。レシピサイトの作り方をまんまやっていたようなので、そう失敗した味にもなりようがない。


 食べ終わると皿を洗い、牛すじの残りをタッパーに入れて、冷蔵庫にしまった。


 その間彼のスマホがぴょろんと音を立てたので、なにげなく見ると彼の兄らしきアイコンが「美味かったか。よかったな」となぐさめにも似たコメントを吐き出していたので、先ほどの写真をメッセージアプリで送ったのかもしれない。


 岸田が家でひとりの時何をしているかというと、あまりテレビは観ない。テレビがついてるのを見たことがない。本も読まない。ビデオ・オン・デマンドサービスで映画を観ていることは多い。観ているのはアクション映画か、暗めの文芸作品みたいなのか、大抵どちらかで両極端。交互に観ている気もする。

 あとはスマホでニュースを見たり、ノートパソコンで買い物をしていることもある。パソコンではたまに他のものも観ていることがあるが、そういう時わたしはそっと退室している。



 午後になると岸田はいつも開かずの間となっている部屋に入った。

 なんとなく岸田の部屋とは思えなかったので、おそらく家の所有者、前の住人の書斎的なものだろう。その部屋は雑多なものに溢れていた。

 岸田はクロゼットを開けて、中のものを取り出し始めた。中にもよくわからないガラクタがたくさん入っていて、よくこれだけのものが入っていたなと思う量だった。元々の持ち主は収集癖があったのだろうと思うし、家族で住んでいたような感じがする。岸田は奥から、炬燵のパーツを出した。


 岸田は元あったテーブルとガラクタを押し入れに戻し、時間をかけてのんびりと、炬燵を組み立てる。その間に炬燵布団をベランダに干して、埃を軽くはたいた。


「猫には、炬燵だよな」


 どうやらわたしのためだったらしい。夕方には、リビングに炬燵が設置された。


「チキンカツ、炬燵」


 言われたけれど、その頃にはわたしは待ちくたびれてリビングの床のエアコンが直撃する場所で昼寝中だった。


「チキンカツ」


「にゃあ」


 あとにしてくれないかな。


「チキンカツ!!」


 岸田が張り切っているのをちらりと見て、あくびをした。


 わたしの反応がいまいちだったので、岸田は諦めてどこかに行った。

 そして、コーヒーのマグカップと共に戻ってきて、自ら炬燵に入り、スマホ片手にぼんやりし始めた。


 起き上がって大きく伸びをして、膝に行く。


「チキンカツ、膝じゃなくて炬燵」


「……」


「どうだ?」


 うん。炬燵だね。あったかい。まだ眠い。

 そのまま、また寝た。


 起きた時には岸田はいなくて、キッチンに行くとテーブルで昼の牛すじ煮込みの残りで夕食を食べていた。


 今度は退屈で、かまって欲しかったので足元に行って身体を擦り付ける。


「チキンカツ、今食べてるから」


「にゃあ」


「ちょっとあとにして……わぁっ」


 膝に飛び乗ると、岸田が身をよじる。

 しばらくそこに鎮座する。


 岸田は邪魔そうにしながらも、なんとか食事をしていたけれど、やがて諦めたのか立ち上がり、リビングに移動してあぐらをかいて座る。


 脚の間にすぽんと入り込む。


「チキンカツ……聞きなさい。俺は飯を……」


「にゃあ」


「ご飯食べてる時は……」


「にゃあ」


「可愛い」


「にゃあ」


「あぁー……可愛い」


「にゃあにゃあ」


 岸田がわたしを腹に乗せて、くすくす笑いながら後ろに倒れた。

 顔の近くに行って鼻面を寄せると実にあどけない顔で笑っていた。


 なんだか岸田じゃないみたいに、見たことのない顔だったので、ドキッとした。


 岸田は普段表情の起伏が大きいわけではないのに、不思議と表情豊かな感じがする。

 でも、高校の頃は同じような顔ばかりしていた気がするのでやっぱりそれは環境によるんだろう。


 この人には、あといくつ見たことのない顔があるんだろう。


 わたしはそれをいくつだって、みつけてみたい気がした。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ