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悪魔の乗りし船  作者: 最勝寺蔵人
本編
7/41

06 (アリ)

 ウェイが出て行ってから、アリはきゅうにヒマになった。外に気ばらしに出たいが、ウェイのじゃまになりたくなかった。アリがいると、船乗りたちはビビってしまい、口がおもくなってしまう。

 イーギエはまだ考え事をしていた。パースはガシャガシャと鎧をいじっていた。

 てつの鎧は海のかぜに弱い。ウェイだかイーギエだかにそうおしえられたパースは、時間があれば、剣や鎧をいじっていた。いじるといっても、ほとんど布切れでこすっているだけだ。

 アリもまねようかと思ったが、鎧は革でできているからサビない。悪くなったらなったで、次のを買えばいい。安い買いものではないが、てつの鎧とくらべればずっとましだし、それをケチるほど金がないわけでもない。だから、アリはすぐに武器の手入れにうつる。

 まずは短剣。三掌くらいの両刃のこれは、戦いで一番たよりにする武器だ。でも、ドワーフの町へ行く道では抜かなかった。さいごにぬいたのは、何ヶ月も前になる。いちおう、さやからすんなり抜けるかをためすが、すぐにしまう。使っていなければ、手入れもしなくていい。

 次は小剣。刃が一掌かそれより小さい剣だ。ありふれた武器で、旅する者は、かならずこの小剣を持つ。イーギエでももっている。ただ、魔物や賊を相手に、これだけで戦うことはほとんどない。酒場のケンカで抜くのはありだが、荒野のバケモノ相手にはこの程度の長さの刃ではちかづく気すらおきない。でかい魔物だったら、短剣で戦うのもイヤなくらいだ。小剣はほとんど役に立たない。ささってもトゲがささったようなもんで、怒らせるだけだ。いちおう目など弱い所をねらってなげることはする。でも、うごいているから たいていねらった場所には当たらない。

 でも、小剣が役に立たないわけじゃない。じっさい、アリは荒野の支配者の中で一番小剣を使う。持っている数は三本だ。それぞれ使い方がちがう。

 三本の中では一番長くてぶあつい小剣は、刃が一掌と少しある。これは、人相手の戦いの時左手で持つ事が多い。だから、ふだんは短剣とはぎゃくの右腰にさしている。切りつけられたのをはらいのけるに使う、いってみれば盾の役目だ。もちろん、本物の盾の方が守りには使いやすい。だが、盾はかさばるのであまりすきではなかった。盗賊や魔物退治の依頼のように、戦うとわかっていれば持って行っていた。しかし、今回はドワーフの酒もりだ。なら、かさばる荷物は持ちたくない。

 べつの一本。次に大きい小剣はこまった時用だ。刃は一掌の七分ほど。反りが大きく、先だけ両刃になっている。これはいつも革の長ぐつにしのばせている。武器を取りおとした時や、取り上げられた時に、抜くことになる。さっと抜き、ゆだんしている相手になげつけるためにも使うので、つり合いがとれている。

 さいごの一本は一番小さい。だが、アリが一番気に入っている小剣だ。イーギエにおしえてもらって、ジン・ヨウ語で針をいみする『ニードル』という名をつけている。武器に名前をつけているはこの小剣だけだ。

 ニードルはまっすぐな細い小剣で、にぎりをふくめて長さが一掌くらいしかない。この小ささから、手のひらの中にかくすのはかんたんだ。また細くするどい先を持つので、鎖鎧のすきまをついて、深手をおわせる事もできる。だけど、じっさいに戦いで使うことはあまりない。使うのは、鍵開けや罠の細工だ。このニードルは、腰帯の後ろにあるとくべつに作らせた かくしさやにおさめている。服をかぶせておけば、そこに武器があるとはわからない。

 アリはこれらの小剣を順に手入れしていく。といっても、できることは少ない。サビがないかしらべて、なければ刃でなまっているところがないかしらべる。なまっていたら、と石でとぐ。ひどければ手持ちの小さなと石じゃ手におえないので、かじ屋にまかせるしかない。が、イーギエの魔法の明かりの下でしらべるかぎり、それほどひどい傷は見つからなかった。

 この手入れは、パースがまだ鎧をガシャガシャいわせている間に、あらかたおわってしまった。

「……ヒゲでもそるか」

 持っていた刃物に目を落とし、次のひまつぶしを思いつく。ヒゲそりはここのところなまけていた。

 わざとなまけていたわけでなく、ドワーフの酒もりからこっち、そるひまがなかっただけだ。イーギエも同じようにむさくるしい顔になっている。まあ、それを見て、思いついたというところもある。

 アリは長ぐつにしまっている反りのある小剣を抜く。口ヒゲをのこすのがアリのきまりだ。手のひらにおさまるカガミを取り出し、イーギエの杖の位置に合わせて、すわる場所やら顔の向きやらをととのえた後、いざそろうと刃を肌に当てた時に、そるべきではないと気づく。

 旅のとちゅう、アリはもっぱら休んでいる間にヒゲそりをした。旅なれた者ほど、しっかりと合間に休みをとるものだ。さもなければ、きゅうに魔物や盗賊におそわれた時、つかれてまともに戦えない。だから、旅を始めると休みをとるきかいは多く、ヒゲをそる時間も生まれる。

 そういういみでは、今ヒゲをそるのもいつもと同じで、じっさいそのつもりで始めそうになったのだが、なれない船の旅は まるでかってがちがった。ゆれがあるのが、やりにくい点の一つだ。が、アリの手を止めたのは、部屋ごと いどうしている事についてだった。

 先ほどまでは、歩かずに王都まで行ける船の旅はらくだと思っていた。しかし、部屋が変わらないなら、そったヒゲはいつまでもこの部屋にのこる。まとめて、後で海にすてようにも、細かいのであつめきれないだろう。服やねどこにヒゲがまぎれて、ムダにチクチクしたくはない。

 上に出てヒゲをそれば、この部屋はよごれないが、ゆれや風が強くなる。だれかにカガミを持ってもらわなくてはならないだろう。そのだれかは、ウェイしかいない。でも今はウェイのじゃまになる。上でヒゲそりをするとしても、ウェイがもどってからにすべきだ。

 ため息をつくと、イーギエが声をかけてきた。

「どうした?」

「いや、ヒゲをそろうと思ったが……船ってのは、ふべんだな」

 イーギエが人差し指で自分の鼻の頭をたたく。そこでアリは自分がきちんとせつめいできていないことに気づいた。あらためて話そうと思ったら、もうイーギエの頭は追いついていた。

「そうだな。雨風の影響は受けないが、閉じこめられているとも言えるからな」

「イーギエはヒゲをそらないのか?」

「私は……せっかくだからこのまましばらく伸ばそうと思うが……似合わないか?」

「……まあな」

 ドブネズミみたいだ、という一言はつけくわけなかった。

「そうか……ならば、塔に戻る前に床屋に寄ろう」

 考えてみれば、パースほどではないが、イーギエもヒゲをのばしたい方の人らしい。が、二人ともヒゲが生えそろわない。はんぱな生え方になるのだ。だからいつもは、イーギエはあごヒゲ面、パースはほおヒゲ面になっている。ただしウェイはパースのほおヒゲをあまり好きではないようで、ウェイにヒゲそりをまかせている今は、パースのヒゲはヒゲというより、もみあげからのびたすじになっている。

「暇なら、本でも読んだらどうだ?」

 またアリがため息をはくと、イーギエにそう言われた。アリはこまった。

 アリは字がほとんどよめない。それはめずらしくない。おそらく町にいる大人の半分かそれより多くが字をよめない。町だけでなく、村の人もいれると、もっと多くの人が字をよめないはずだ。

 だから自分もそれでよい、とは思わない。

 むかしはそう思っていた。だが、荒野の支配者としていろいろやっていくうちに、字のよみかきができればよかったと何度も思った。仲間とべつにうごいていて、てはずとはちがう うごきをしなくてはいけなくなった時、字をのこせればどれだけらくだったろう。

 そういうきかいがふえると、いらないと思っていた字のよみかきができなくてはいけない気にさせられる。それでイーギエに話したところ、字のよみ方をおしえてもらうことになった。

 時間はあった。旅の休んでいる間に、木のえだで字をかき、それをよむ。おかげで、アリは時間をかければあるていど字がよめるようになった。自分の名もかけるようになった。ゆうめいになってからいろんなところで名をかく事がふえたので、ずいぶん役に立った。気分もよかった。

 そしてイーギエは、さらにすすむために、本をかしてくれた。イーギエが子どものころに何回もよんだ本らしい。魔法使いの弟子が悪いりゅうをやっつける話らしいが、アリはさいごまでよんでいない。

 りゆうの一つが、旅をする数がへったことだ。ちかくにおしえてくれる先生がいないと、あえて紙のたばをめくろうという気がわいてこない。むずかしいのももちろん足かせとなった。びっしりと細かい字がつまった紙を見ると、それだけで気が引けた。

 だから、この本をかりて二年たつが、まだ弟子は塔を出ていなかった。間があくと話をわすれるので、また一からになる。魔法使いの弟子の名前すらおぼえていない。そもそも、名前はよみづらい。

 でも、まったく読みたくないという気にはならなかった。弟のトーリは、これもイーギエのおかげで、よみかきのれんしゅうを始めていた。相手は物おぼえの早い子どもなのでいずれは大きくまけるだろうが、というか、むしろアリと同じくらいで止まってほしくなかったが、はじめから大まけしたくはない。

 それでも気は乗らない。アリは荷物の中から、紙の束をとり出す。いちおうイーギエと旅するので持ってきてはいた。そして、明かりのちかくへとすわる。

 はじめからよみなおすのはこれがはじめてではないので、イーギエも気にしない。

「『ま、魔法使いの……で、弟子の一日、は……は、はえ、はえ?』」

「『早い』」

 イーギエが目を閉じたまま、おしえてくれる。何回もよんだからおぼえているらしい。

「『早い。』えーと、『魔法使いの弟子の一日は早い?』」

 イーギエはうなずく。

「そう。早起きということだ」

 言い回しがよくわからなかったところも教えてくれた。そういえばそうだった。何回もよんでいても、いつもそんな言い回しをしなかったら、わすれてしまう。

 そうやって、つっかえつっかえよみすすめていると、あらたな敵がアリのどくしょの足を引っぱる。ねむけだ。

 体をうごかさず、頭だけ使っているとなぜかねむくなる。ただでさえ、わかりにくい字がよけいわかりにくくなり、よむ声ももごもごとはっきりしなくなる。

 しかし、この変化はアリだけでなかった。イーギエもまたねむけと戦っていた。ずっと目を閉じて、考え事をしているようすは変わらなくても、魔法の明かりがイーギエの中身をあらわしてしまうのだ。

 イーギエがねると魔法の明かりがきえる。ねむくてうつらうつらしていると、明かりはぼわぼわとゆらめく。

 そのゆれる明かりがまたアリのねむけをさそった。暗くなりすぎると、どのみちよめないし……


 気がつくと、目の前にだれかがが立ち、こちらを見下ろしていた。ハッとして、かべにもたれていた上半身をおこした時、自分がいつの間にか ねていたとわかった。そしてすぐに、目の前にいるのはウェイだとも気づく。

 魔法の明かりはきえており、ウェイの後ろ、扉の向こうがわも暗かった。日がここまでささなくなっているのだろう。暗いので、目の前の男は黒いかたまりとしか見えなかったが、かたちやふんいきからウェイなのはまちがいない。

 ウェイが扉を閉めて、部屋が闇につつまれる。

「鍵が開いていましたよ」

 ウェイにすれば、トゲのある言い方だった。

 アリはこたえられなかった。暗殺者が来ていたら命はなかった。下手をこいた。

 気まずさから頭をかこうとして、自分の左手が腰にさした小剣の柄をにぎっているのに気づいた。船とはいえ、旅のとちゅうで気を抜いてしまったのはまちがいないが、体がなまりきっていたわけではなかった、ということだ。

 これが言いわけにならないかと考えたが、すぐにダメだとわかった。もし暗殺者が扉を開けていたら、小剣の柄をにぎったところで、とびかかって来られればやられていた。いや、もし殺し屋がヒヨッコだったら、小剣が抜かれかけていると気づいて――いや、それもない。ヒヨッコなら、アリが小剣の柄をにぎっていることに気づかないだろう。どちらにしても、アリがあっさりやられるのは変わりない。

 アリがいる位置も良くなかった。荷物のあるすみなら、すぐおそわれないかもしれないが、今は扉の前だ。イーギエの明かりのそばに来て、そのままねてしまったからだ。

 旅をめったにしなくなって、腕がなまったのは自分でもわかっていたが、ここまでだったとは……。

「ん、どうかしたのか?」

 パースがもぞもぞとうごいた。暗いのでよくわからなかったが、いつものように手足をひろげてねていたのだろう。今は半身をおこしたようだ。

 イーギエからはいびきが聞こえた。見えなくてもねているのはまちがいない。そもそも魔法の明かりがきえている時点で、それはわかる。

 ウェイが低くささやき始めた。その声は、歌うように高さが変わる。アリには何を言っているのかわからなかったが、それが呪文だというのはわかった。そして、この暗闇の中、聞いたことのあるその呪文で何がおきるのかはよそうできた。

 ウェイのへその高さで、青白い光がともった。イーギエの白い光にくらべるとかなり弱い。ウェイの顔をぼんやりとてらすくらいしかない。明かりはゆるくむすんだ手のひらに乗っているので、かげとなる足もとはくらいままだ。

 ウェイがそっと手を開くと、小さな明かりがゆっくりと下りてくる。それがひざの高さになる前に、ウェイが手をひらひらとふると、明かりがただよい始める。

 ホタルの魔法だ。もとから光る虫を使うのだが、その明かりは虫の時よりずっと強い。アリはガキのころ、そんな虫がいるなんてしらなかった。だから、はじめて見た時はとてもおどろいた。今はもうおどろくことはないが、はじめて見た時のたのしさはまだ少しのこっている。この気持ちはパースも同じらしい。パースがすばやく手をのばしホタルをつかまえてしまう。

 光が閉ざされ、あたりが暗くなる。だが、ちかくをとぶホタルをパースがつかまえてしまうのはいつもの事だ。アリはおどろかなかったし、パースもすぐに手を開いた。

 ホタルはまたフヨフヨととびたち、ねそべっているイーギエの上をただよう。

「起こしますか?」

 ウェイに言われてすぐ、アリはめんどうだな、と思った。が、それはウェイも考えそうなことだ。それなのに、わざわざ言ったのは、おこさなくてはいけないわけがある、ということだ。

 そこでようやくアリは思い出した。ウェイは船乗りたちに話を聞きに行ったのだと。そうやって聞いた話をつたえるつもりなのだ。だったらたしかにイーギエをおこしておかないと、後でうるさい。

「そうだな」

 こたえると、パースがうごいてくれた。イーギエをゆする。

 イーギエがもぞもぞとうごく。長衣の上からでも、肉がついているのがわかった。出会ったころのイーギエはやせている方だった。それがいつの間にか太った方に入っていた。なまっているのはアリだけではない、ということだ。

「何だ……もう朝か?」

 ぼそぼそこたえるイーギエに、なぜかパースの腹が鳴る。

「はらへった。ごはんはまだか?」

「暗くなる前には振る舞われると思いますから、あと四半刻以内だと思いますが」

 ウェイのことばにパースが鼻をくんくんとならす。たしかに、四半刻たたずに食事が出てくるなら、におってもおかしくない。そう思い、アリも鼻をきかしたが、食事の匂いはしない。かわりに、べつのにおいがし、それが食事のにおいをじゃましているのだとわかる。

「まだ、けむたいな」

「そういえば、静寂の香を吸収してなかったですね。今からしますね」

 ホタルがウェイの荷物のあるすみにとんでいき、その明かりをたよりにウェイがごそごそうごく。その間に、イーギエが身をおこすと、ぼそぼそと呪文をとなえ始める。

 明かりの魔法だ。ほどなく、アリの思ったとおりにイーギエの杖の先に白い光がともった。顔つきを見ると、かなりはっきりしていた。ねむけはとれているらしい。

「よし、報告しろ」


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