32 (アリ)
船長へのそうだんとやらは、イーギエの一方的な言いつけになった。
はじめこそ、バケモノが人を食って、ふえているかもしれないから、さがさないといけない、と話し合いになっていた。しかし、それをどうするかを決めるところで、イーギエが一つの方法を言いはったのだ。
それは、船乗りを船のあらゆる所で、同時にしらべさせるという方法だった。たしかに、何かにバケていて、どうやってか逃げてしまうバケモノをとっつかまえるには、いい方法だ。でも船長は気に入らなかった。
「ふざけんな! その間、船はどうする?」
「運航の事か? 別に困らないだろう。水夫が動かしているのではない。動かしているのは波と風だ」
「けっ。素人が偉そうに! 風はしょっちゅう変わるんだよ。それを合わせているのは俺たち船乗りだ! それを放っておいたら、変な潮目に乗って、航路がおかしくなりかねねえ」
ここで船長は、ガツンと机を叩いた。
アリたちは船長の部屋に来ていた。中にいるのは、パースを合わせた荒野の支配者の四人と船長だけだ。自分の部屋だからか、アリたち四人を前にしても、船長はビビっていない。
「そうなったら、今日中には王都に着かねえぞ。一日延びた飯代やら何やらはあんたらが持つってのか?」
これにはアリも腹が立って、もんくを言う。
「なんで、オレたちなんだよ!」
「この船は嵐なんかに遭わないかぎり、いつも、かかっても三日で王都とハイマー間を行き来してんだよ」
「それはどうせ早朝出発をしていたらの話だろう。今回は午後に出ている。その分を考慮すると、四日掛かるのも通常航行となるな」
「ん? な、なんだと……」
イーギエの一発はきいたようだ。船長の言葉がつまる。そこに、アリも乗っかる。
「そうだそうだ! 荷物もとどかなかったんだろ? オレたちはそれのかわりに乗ってやったんだ。たすけてやったようなもんだぜ」
船長はだまりこんだ後、攻め方をかえてくる。
「部下たちはどうなるんだ? バケモノが出た時に、殺されちまうじゃねえか。調べるのはてめえらがしろよ!」
これは、そのとおりだ。しかし、アリは、仲間でもない船乗りがちょっとくらい殺されても、気にならない。とはいえ、それをそのまま船長に言っては、ややこしくなるのはわかっている。
「むろん、我々も調べるが、肝要なのは全ての場所で同時に、という点だ。魔物は何らかの逃亡手段を有している可能性がある。それを一箇所だけに限定しては、すり抜けられる恐れがある」
「俺の船が広いと言っても、船は船だ。あんだけの大きさのバケモノが横を抜けて、見落とす事はねえだろ。ネズミじゃ仕方ねえが」
ウェイがちらりとこちらを見た。アリはうなずく。
わかっている。まだ船長に話してないことがあった。それを話すかどうかは、イーギエにまかせる。
「あの魔物は、シェイプチェンジ能力を有している」
アリはイーギエの言ったことがわからなかった。もちろん、それをしっているので、当たりはつけられるが。しかし、船長はその当たりもつけられない。
「あ? しぇ、しぇいぷ?」
「変身できるんです」
見かねてウェイがせつめいした。
「変身……じゃあ、ウチの誰かに化けてるってのか?」
「いや、それはないだろう。特定の誰かに成り代わるのは、魔術技術的に難度が高すぎる。もし成り代われたとしても、中身は別だ」
「しかし、そんな魔法の話は聞くぜ」
イーギエがいらつくのがわかった。だが、わかったのはウェイも同じで、イーギエが船長にかみつく前に、間に入る。
「それは、あくまで言い伝えですね。例えば、船を丸呑みにするほど大きなクジラの話は聞いたことあるでしょう?」
「……ま、確かにな。聞いたことがあるし、もしかしたら広い海のどこかにいるのかもしれねえが、ふつうは遭わねえな」
船長はわかったようだったが、イーギエはさらに言う。
「仮に中身まで真似られるとしても、完全に真似ては魔物の本性まで消えることになる。だからと言って、二面性を持つ存在になった場合、それは完全な真似ではないから、対象とした人物との齟齬が生じ、そこから周囲が悟る可能性がある。まして、その真似を複数続けた場合、自己の割合が減少し、シェイプチェンジ能力が自己を否定するような結果に陥る」
アリはイーギエの話がわからなかった。船長もよくわからなかったと思うが、うまく先にすすめる。
「で、化けるとしたら何なんだ?」
「それはあくまで、推測でしかないが、例えば樽や箱のような単純な無生物なら、周囲の物と同化するように変身できるだろう。ただし、外側だけだ。樽も箱も開けられない。一続きの物である必要もある、という事だな」
「そいつは樽を食っちまって化けるんじゃないよな? ……だったら、ありえねえな」
船長が言い切った。
「俺の部下は毎日そこらを掃除してんだ。知らねえ樽があれば、とっくに報告―ーいや、その前に自分で触って食われてるかもな。……あいつはそれで食われたのかもしれん」
少し考えこんだが、すぐに船長は顔を上げる。
「あんたらの荷物は知らねえが。つーか、化けてるとしたら、あんたら客の荷物じゃねえのか?」
それは、うれしくない話だ。アリはすぐに、なげかえす。
「ここもそうじゃねえのか? ちらかっているからな」
アリのよみどおり、船長もまたイヤな顔をする。
「そのバケモノは、扉を閉めても入って来るのか?」
「さあな。だが、可能性はある」
「そこの格子窓からなら、蛇に変身して入って来られますね」
イーギエにつづいて、ウェイが天井を見上げながら、めずらしくイジワルなことを言った。が、アリはそれを悪いと思わず、むしろかさねていく。
「よくしらべたら、何かふえてる物があるんじゃないか?」
うんざりとした顔で船長が自分の部屋を見回す。アリもひとのことは言えないが、部屋をかたづけていないツケが回ってきたと思っているのだろう。
「巻物に化けてるなら、わかんねえな」
「いや、それはなかろう。変化の術にも制限はある。容積で言うなら、半分から二倍の間に入っていると考えられる」
イーギエがせつめいしてくれたが、よくわからない。するとまたウェイが言いかえてくれる。
「大きさで言えば、猫から……山羊くらいになりますね」
それなら、わかる。
「だが、実際にそれらに変身していないはずだ。魔物にとっては馴染みのない形態だからな。だから、もしこの魔物が召喚されたものであれば、魔界の生き物になら、うまく偽装できるだろう。しかし、それは我々にとっては異質だ。すぐに、見分けられる」
そこでイーギエは持っている杖をゆらゆらとゆらす。考えているクセだ。
「古文書の記述から考えるに、本来この魔物の持つ変身能力は、環境に溶け込めるカモフラージュ的なものだと考えられるな。……そうなると、複雑な物には成れない可能性が高い」
「なんだ、そのカモ? カム? とかは」
アリもわからなかった言葉を船長が聞いた。
「カモフラージュ。偽装の事だ」
これもわからなかったが、ウェイが言いかえる。
「周りと見わけがつかなくなるようになる、ことですね」
「そっか。そういう魔法はあったもんな」
アリは、イーギエが使っていたことがあるのを思いだした。ウェイもまた、何か思いついたかのようにイーギエに聞く。
「という事は、幻術かもしれない、ということですか?」
「……魔術コスト的にはその方が自然だが、我々は既にあの魔物が体の一部を一瞬で硬化させているのを見ているからな。その応用だと考えるのが妥当だろう。……この場合、硬化が応用の方だが」
イーギエのひとり言がつづく。
「いや、待てよ。長期に渡る潜伏偽装であれば、幻術を続けるより、変化してしまった方がむしろ効率的か。あるいは幻術にマイナスとなる要因が魔界環境に存在するのかもしれないな」
アリはウェイを見て肩をすくめた。イーギエがああなると、だれかが引きもどさないといけない。ウェイは、自分はイヤだというように首を左右にふった。アリも気がすすまないので、パースを見ると、パースはそもそもこちらを見ていなかった。すると、船長がせきばらいをしてくれた。
「なんにせよ、ある程度の大きさってわかっているなら、やっぱりあんたらでできるだろう」
イーギエは下がっていた顔を上げると、まゆをよせる。
「わかっていないな。先程も話したとおり、対象の移動方法がわからない今は、すれ違う可能性がある」
「さっき、その優男が言った、ヘビに化けて、明かり取りを抜けているんじゃねえのか?」
イーギエは、ウェイをちらりとにらんでから、船長の指さす天井を見上げる。
「他の格子もあの大きさなのか?」
イーギエはとなりにいるアリに聞いてきた。見ているはずだからわかるだろう、と思ったが、すぐに気づく。イーギエは、見てはいたが、こまかいところまで気にしていなかったのだ。だけど、アリはこの手のものを見ると、つい抜けるにはどうすればいいか考えてしまうので、おぼえている。
「ああ。同じだな。だいたい、こぶしの半分くらいの大きさだよな」
とうぜん、人はすり抜けられない。切り抜いていくにも、すじの一本が指二本ほどの太さだ。時間がかかる。むこうの仲間に、小さな物しかわたせない。しきいとしては、まずまずだ。とくに、ここの明かりとりは、上からもち上げられるつくりなのだが、かっちりハマっているようなので、音を立てずに外すのはむずかしそうだ。
「蛇に変身できたとしても、そのサイズでは、歪だな。頭の大きさのわりにかなり胴が長い蛇になる。……まあ、本物の蛇ではないから、可能ではあるな」
「だったら、そこを出入りされないように見張りを立てて、他を順番に見て行けばいいだろう」
なかなかうまい手だ。しかし、イーギエとしては、よしとしないだろう。じっさい、イーギエはむずかしい顔をしていた。と言っても、いじのもんだいなのだろうが。なにかうまい手がないかと考えて、アリは一つ思いつく。
「じゃあ、こうしようぜ。オレたちだけじゃ、手が足りないから、ほかの客もつかうってのは? 魔法使いや剣士はつかえるし、あの商人もやれると思うんだがな」
この手に、ウェイも乗ってくる。
「それなら、階層を分けたらどうでしょうか? 私たちと、他の客人、そして船員さんたち。船員さんたちは上で作業を続けてもらって、他の二つを手分けすれば」
「まあ、それならこっちは構わねえが」
船長がなっとくしたところで、みんなの目がイーギエにあつまる。そこで、イーギエは鼻をならした。つまり、それでいいと言うことだ。
女をのぞく、客三人があつめられた。とうぜん、しらべものをしていた魔法使いは、それを止めさせる。あつまった場所は、アリたちの部屋へ下りるかいだんあたりだ。男がたくさんつめると、かなりせまい。アリはタルの上にすわり、商人も箱の一つにすわったので、何とかすきまができた。ただし、かいだんの横に、はしらがあるので、みんなの顔は見えない。
ウェイが、魔物を見つけ出すために力をかしてほしいと話し、魔物についても話す。イーギエがところどころせつめいし、だいたいみんなもしっていることは同じになった。
しかし、考えていたとおり、すんなりとはいかなかった。
「なぜ、私たちが? いえ、他の方々はそれぞれ腕に覚えがあるのでしょうが、私はただの商人ですよ!」
やはり商人がいやがった。アリは心の中で「よく言うぜ」とつぶやく。
「そもそも、船の事情をなぜ私たち、お客が処理しなくてはいけないんですか? これは船長たちがやるべきでしょう? 荒野の支配者の皆さんは慣れているから気にしないのかもしれませんが、本来なら船長から依頼料をせしめてもいいくらいの話ですよ」
それはアリもそうしたかったが、話してもムダだったろう。
「あのケチな船長がオレたちに金を払うと思うか? だからと言って、手をつけないとこんどはこっちがヤバいんだぜ? 夜が来たら、まだだれか殺られるかもしれねえからな」
「身を守るための戦い……金にならねえなあ」
剣士がボヤくが、やらないわけではなさそうだ。むしろ、やらないといけない時だとわかっている。
「でも、なんでそんなバケモノがこの船に……。あんたのしわざか?」
剣士が魔法使いに言うと、魔法使いは顔をそむけて何も言わなかった。まあ、このたいどで言っているようなものだが。
「今はその件についてはいい。解決が先だ」
イーギエもどうやら魔法使いを疑っている。が、今は、うまく使うつもりだ。魔法使いに聞く。
「で、あれから何か解ったのか?」
「い、いいえ。時間がなかったので、確かなことは何も」
「ちょ、ちょっと待ってください」話のながれがきまりかけたことに商人があせる。「もう、やらなきゃならないのはわかりましたが、組み合わせが不公平です。そっちは慣れている四人に対して、こっちはこれまで組んだことのない三人ですよ!」
商人の言うことはわかるが、アリはマズい方には入りたくない。
「けど、オレたちは一かたまりだからな。だれかがいなくなると、つりあいがとれなくなる」
「それだったら、こっちは最初から釣り合いが取れていませんよ。何とかしてください。さもなきゃ、やっぱり私は降ります」
商人がわめいたせいで、他の二人もそのながれに乗りそうな顔になっていく。まずいと思っていると、ウェイが口を開いた。
「では、私がそちらへ加わりましょう。私は、仲間の中でも中途半端な存在なので、居なくなってもそれほど困らないでしょう」
もちろん、こまらないことはない。でも、ウェイは器用だから何でもできるのは正しい。剣も魔法も、アリと一緒の忍び足だってできる。言われてみれば、そのいずれも手助けの立場にいる。……たしかに、一人抜くなら、ウェイかもしれない。
イーギエを見ると、同じ考えをしていたようだ。しぶい顔をしているが、うなずく。
「ウェイさんが加わってくれるなら安心ですが、それならいっそ私がそちらへ加わりましょう。私はむしろ足手まといですから、慣れた方々に付く方がいいでしょう」
商人の話に、はんたいするものはいなかった。アリは、かんしんした。やはり、商人だ。けっきょく、一番安全な場所にいすわったからだ。
「では、どちらの階層を担当すればいいですか? やはり最後に出たところが怪しいので、そちらで持ってもらえますか?」
ウェイの申し出に、イーギエがうなずく。アリもうなずきかけたが、剣士や商人が自分たちの部屋をしらべると考えると、イヤな気になった。
「ちょっとまってくれ。自分の荷物には、さわられたくないだろう? ぎゃくにしようぜ」
これにはみんなすぐにうなずいてくれない。ウェイが上の方がきけんだと言ったせいだろう。だから、アリは引きもどす。
「オレは一番ヤバいのは船底だと思うぞ。バケモノはあっこから出たんだろ?」
これにイーギエがうなずいてくれると、風向きがかわった。ほかの者も考えた後で、アリの考えにうなずいてくれる。
「では、早速準備を整えて、行動を開始しろ」
イーギエの声に、みんなが動き出した。




