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悪魔の乗りし船  作者: 最勝寺蔵人
本編
19/41

18 (ペイルトン・イーギエ)

 書記道具をまとめて、立ち上がった後、ペイルトンは他に持っていく物はないか確認する。もちろん、杖は所持するが、他の品はひとまず必要ないだろう。

 アリを見ると、ベルトに差した剣の具合を直していた。そこで、気付く。

 「これから向かう先に闇夜の悪魔がいる可能性が高い。準備を怠るな」

 チラリとこちらを見たアリは元よりそのつもりだったようだが、ウェイはハッとした顔をした。パースに至ってはまだ良く分かっていない顔だ。しかし、ウェイは帯びていないレイピアを差そうとはしない。その視線に気付き、ウェイが答える。

 「私の剣は上です」

 言われた内容を理解するのに一拍掛かった。そう言えば、多くの荷物を女の所へ移したとアリが言っていた。通常では有り得ない引っ越しをウェイは特に気に留めている素振りもなく話し続ける。

 「パースはどうします?」

 「ん、たたかいか?」

 視線の集中から異変を感じ取ったパースが、音を立てて荷物をあさり始める。話しについて行けていないはずなのに、何故流れを読み取れているのか、ペイルトンにとっては今も謎だ。ただし、わかっていないだけあってパースの行動はやはりずれている。

 「プレートメイルは大袈裟すぎるな」

 パースの行動を見て、ペイルトンはたしなめる。完全武装で出ていくのは、やり過ぎだ。聞き込み相手が、闇夜の悪魔であろうとなかろうと、警戒させ過ぎてしまう。そもそも、装着するのにも時間が掛かりすぎるし、急勾配の階段を上るのも一苦労になる。まるで良い事なしの選択だ。

 「レザージャケットだけでいいだろう」

 プレートメイルの下に着る皮製のジャケットならさして違和感ないだろう。が、パースには伝わっていなかった。ポカンとした顔で動きが止まる。すぐに、ウェイが示し、それを着るように手伝う。

 ウェイもまた皮の胴着があるのだが、きっとそれも上だ。

 「オレも着ない方がいいよな?」

 アリの鎧は革製だ。これはプレートメイルに比べれば手軽だが、普段着としては通用しない。ペイルトンは手振りで、着けるべきではないと示す。

 アリは慎重な性格だから、危険なら鎧を着たがってもおかしくないのだが、嫌な様子はない。前からそうだが、どうやら鎧に関しては安全性より動きやすさを重んじているらしい。

 「メイスはどうします?」

 ウェイがパースの武器について聞いてきた。パースの得物は長さ四掌程の戦鉾(メイス)だ。先端の一掌程に突起のある鋼鉄の塊があり、この打撃で敵を打ちのめす。

 「え、いいんじゃないの? 殺された依頼人は長剣を持っていただろ」

 アリは携帯に賛成だ。むしろ躊躇(ためら)う理由が分からないらしい。

 「あれは剣でしたからねえ」

 なおも躊躇うウェイの気持ちが、ペイルトンには理解できた。

 剣には武器としての役目だけでなく、地位の象徴としての側面もある。貴族が正式に剣を帯同できるのは騎士として認められてからだ。だから、社交界の場では帯剣している者が居ても不自然ではない。

 一方メイスは、こちらも権力の象徴としての側面はあるにはあるが、それは領主や僧侶の権威の授受に用いられる儀礼的な物だ。戦闘用の無骨なメイスとは違う。また、儀礼的なメイスだとしても、式典などでのみ用いられるので、普段から持ち歩くのも変だ。

 が、これらの知識は、伝聞としてのみ知っていた。現実の社交界の場などお目に掛かったことはないので、たとえば帯剣している者の割合など、実際にはどういう位置付けなのかはさっぱりわからない。

 ただし、この場は貴族の集まる社交界ではない。社交界の常識より、一般常識に鑑みてどうかという判断が必要だ。

 しかし、その感覚もペイルトンには欠けていた。ペイルトンが生活しているのは閉鎖的な魔道士社会だ。杖は必須な品である一方、ダガーを除くあらゆる武具の携帯は異常として見られる。

 だからと言って、アリが一般的とも言えない。彼が属していたのは貧困層であり、治安の悪い連中だった。彼の常識は多分に暴力的なバイアスが掛かっているはずだ。

 考えてみれば、問題解消業の面々が一般的な感覚などあるわけがない。困ったペイルトンは判断をパース自身に委ねる。

 「パースはどうしたい?」

 パースは既に握っているメイスを見つめ、手首を動かして角度を変える。

 「もっていく!」

 我ながら無責任な解法だと思ったが、本人が決めたなら筋は通るだろう。

 「ん。じゃあ、そうしろ」

 パースはメイスをベルトに吊すと、次にシールドを拾い上げる。

 「いや、盾はいらねえだろう!」

 アリがすかさず注意する。今度はウェイもペイルトンも意見は一致した。


 客室前の通路は狭い。人がすれ違うには互いに体を斜めにしなくてはいけないくらいだ。大きい者なら一人通るのがせいぜい。

 であるから、パースは下り階段のある広間で待機し、他三人が対象の部屋の扉の前に来ていた。真っ正面はウェイ、扉に向かって右にアリ、逆にペイルトンが立つ。ウェイの腰には、寄り道をして取ってきた愛用のレイピアが収まっていた。

 何かあれば、ペイルトンはパースの場所まで下がる手筈になっていた。この布陣では、ウェイが真っ先に被害合う可能性が高いが、アリはそもそもウェイが先手を取られないだろうと主張した。何事も謙遜しがちなウェイがそれを否定しなかったので、ウェイもかなり自信があるのだろう。ただしウェイだけならトリックに引っかかる危険があるが、そこはアリがサポートする。

 つまり、これが荒野の支配者がとれる最善の布陣と言える。しかし、実際にはそういう騒動になることはないはずだ。こちらは闇夜の悪魔を追い詰めるつもりはないし、向こうも無謀と言える暴走をしないだろう。念のための警戒だ。

 「ウェイです。お話し伺っていいですか?」

 ノックをし、ウェイが呼びかける。ややあって返事がした。

 「いいぞ。開いている」

 ウェイがアリに目配せをしてから扉を押し開ける。

 「失礼します」

 部屋の中は明るかった。階段の辺りもそうだったので、通路が薄暗いというのが正しいだろう。光は突き当たりの壁にある窓から入っていた。トイレと同じ円窓だ。ただこちらの方が小さい。

 部屋は三等分された間取りだ。扉から円窓の壁に至る空間。その左右に、藁の敷かれたベッドのある空間。ベッドの奥側には箱が一つ置かれていた。

 今や一人となった住人は、頭を箱側に向けて右のベッドから半身を起こすところだった。傍らの壁際には大きな剣が横たえられている。革の鎧と思われる塊は窓の下に固まっている。おそらく、これもこの男の物だろう。というのも、空のベッドにある箱の上に、革鎧がもう一つ置いていたからだ。整えられたこちらは、今は亡き依頼人の物なのだろう。

 「こんにちは。私はウェイ。こちらはアリで、彼がイーギエです」

 横になったままの男の視線が巡に移り、ペイルトンで止まる。いや、正確には杖の先だ。

 魔道士だから警戒しているのだろう。いつもの事なので、ペイルトンは気にならない。ただ、杖へ意識がいったことで、この部屋では明かりが不要かな、と考えさせられる。

 闇の中では眩しいくらい感じる明かりでも、太陽の下では輝いているのがわからないくらい相対的に弱い光になってしまう。この部屋は直射日光が差しているわけではないが、それでも杖の明かりが目立たないくらい明るい。しかし、ペイルトンは明かりの魔法を継続する事に決める。最適化されたこの杖の明かりは、継続使用にほとんど魔力を消費しない。それなら、再度点灯させる手間の方が面倒だ。それに、手元など陰になる部分を照らし出すのには十分使える。

 「アツゴウだ。荷物はそっちだ」

 指差したのは依頼人のベッドの箱。

 ペイルトンは尋問のつもりで来たのだが、そう言えば遺品を調査するという話になっていた。

 「じゃあオレが」

 すぐにアリがすり抜けるようにして、ベッドに踏み込み、箱の前へ行く。

 「私も手伝いましょう」

 ウェイがベッドの合間から箱に近づく。これは手伝いというより、アリが悪さをしてしまわないよう見張る意味合いが強い。あるいは、悪さをしでかしても、同室の男に見られにくくするために間に入ったか。そう考えたが、後者は違うだろうと取り下げる。ウェイは所有者がもういない品であっても入手するのをよしとはしないからだ。が、ペイルトンは善悪がどうということより、事件に関わる何かがわかれば良い。アリがやらかしてしまうのを見られないように、男に話しかけることにする。

 「同室の男の事をどれくらい知っていた?」

 「いや。はじめて会ったからな。昨日いきなり相部屋にされて、その時にちょっと話したくらいだ」

 相部屋にされた、と聞いて、変だな、と思ったが、すぐにウェイが女を部屋に入れるために揉めたという話を思い出した。ならば、この男や依頼人が画策したわけではない。

 ペイルトンとしては、依頼人の事は改めて掘り下げるつもりはない。警戒されすぎないように、この男の事を聞かねばならない。そう思った時、ウェイが言う。

 「カギが掛かっていますね」

 依頼人のベッドにある箱についてだ。考えてみれば、相部屋なのだから私物を盗まれないようにする備えがあって当然だ。

 「こんなちゃちいカギ、大したことないぜ」

 アリが早速解錠に取り掛かる。アツゴウと名乗った男は興味があるようで身を乗り出す。そこにペイルトンは声を掛ける。

 「剣士と言っていたが、具体的には何をしている?」

 「ん、俺? そいつじゃなくて?」

 反発が返ってきた。ウェイがチラリとこちらに視線を走らせる。(まず)い質問だったという非難だ。ペイルトンは思わずムスッとする。

 「これは、特に意味はない質問です。こういう時会う人みんなに聞いている決まり文句みたいなもので――」

 非難する素振りを見せたものの、ウェイはすぐに火消しに取り掛かってくれた。だが、アツゴウの視線は鋭いままだ。いや、むしろ眉間に皺が寄り始めた。その雰囲気を感じ取ったアリが、錠前をカチャカチャ鳴らしながら、目を離さずに口を挟む。

「はっきり言っちまえば、あんたがしんようならないんだよ」

「アリ!」

 ウェイがたしなめるように言ったが、アリは気にせず不敵な笑みをアツゴウへ向ける。

「あんたもコソドロの話はしんじないだろう?」

 その時、アリの手の中に音を立てて錠前が落ちた。

「まあ、オレが言うのも何だけど」

 しかし、効果があった。アツゴウはアリへとにやりと笑う。

「そうだな。俺は傭兵だ。……いや、今は売剣だな」

 傭兵と売剣。ペイルトンにはその違いが判らなかった。

 言葉の定義は人それぞれで異なるものだが、職業に関してはそのブレ幅が大きい。そもそもペイルトンたちのように、職業内容自体がはっきりしないという理由もあるだろう。

 傭兵と売剣の違いはわからないが、それらと問題解消業との差は、当事者ゆえに、何となく判る。例えば、盗まれた品を取り戻して欲しいという依頼は、荒野の支配者なら受けることはあるが、傭兵なら合わないだろう。それから考えるに、傭兵は戦いに特化した問題解消業と見做(みな)せそうだ。怪物退治や商人の護衛……いずれも荒野の支配者が主に請け負ってきた内容だ。そう言う意味では広い意味での同業者なのだろう。

「王都に行く目的は?」

 アツゴウは肩を竦める。

「仕事探しだ。王都の方が大きくて仕事が多いんだろ?」

 話している間に、アリたちは箱を開け中身を調べていた。ペイルトンがちらりと見た限りでは、幾つか袋が入っていたらしい。

「あいにくきたいするほどじゃ ないぜ」背負い袋を覗きながらアリが言う。「オレたちもプルサスからうつった口だが、言われてたほど変わらなかったな。ま、たしかに上は上だろうけど」

 プルサスと王都では規模の差はあまりない。分野によってはプルサスの方が栄えているものもあるだろう。だが、荒野の支配者が一時的に仕事が減った最大の理由は、知名度や信用の問題だった。プルサスで名のある問題解消業として紹介されてはいたが、最も有名というわけでもなかったので、雇う側からすると大した売りでもなかった。しかし、やがて王都で一番と言われるようになって、それがすぐ国内一番に繫がった。客層も変わった。王都の方が富豪層からの依頼が多かったのだ。これは、マコウの見込みどおりだった。

「アツゴウさんはハイマーで活躍を?」

「ん……まあな」

 微妙な間と答えだった。それが気になったらしく、アリが顔を向ける。

「もしかして、流れの剣士か?」

「うん、まあ、そうだな。あっちへ行ったりこっちへ行ったり」

「商人の護衛をされるとどうしてもそうなりますからね」

 笑顔で同意するウェイをアリが冷たい視線で見る。その意図は、次の質問でわかった。

「プルサスで仕事もするのか?」

 ペイルトンはアツゴウを見た。アリが切り込んだ反応が見られるかも知れないと思ったからだ。先ほどのウェイに対しては、相手が乗りやすい話をこちらから出すな、と言いたかったのだろう。相手に考えさせた方が、ボロが出やすいものだ。しかし、少なくとも今のところは、アツゴウの表情は変わらなかった。

「ああ。だが、ルックトンの方が長いな。あそこで俺は『雪山の群狼』の一員だった」

 アリとウェイに反応があった。ペイルトンの分からなかった『雪山の群狼』とやらを知っているに違いない。

「何だっけ? それ。聞いたことあるな」

「ルックトンを拠点とする傭兵団の名前です。周辺の魔物や盗賊討伐のために、町が傭っている方々ですね」

「ああ、それか! 山賊の殺り方がエグいらしいな。丸ごとチョンと」

 アリが左手で自分の首を叩いた。

「向こうだって同じ事しているだろうが」

「はは、たしかに。ちげえねえ」

 襲撃相手を皆殺しにする賊は珍しくない。その一つの理由は、死人に口なしというやつだろう。

 魔物の活動は、人が住んでいる地域から離れた方が活性化する傾向がある。あるいは、逆に魔物が多くない場所に人が集まって集落を築いたのかも知れない。

 賊は、魔物とは違い、人口が密集している地域の方が多くいる。これは奪う物が無ければ、賊が成立しないからだが、この傾向以外に賊を活性化させる要素がある。それが国境だ。

 国境にも色々ある。東の境のように河が境界線となっている場合は、両国が互いにその際まで管理主張している。だが、北のように山が境となっている場合は、一応峰が境とされているが、どの峰が境界線となるのか、両国の見解が一致しているか良く分からない所がある。それでもあまり問題が起きないのは、生産活動がその際まで至ってないからである。互いに、ここまでが自分の領土だと主張する必要がないのだ。主張すると、義務が発生するせいでもある。

 国境近くの盗賊たちはこの、いわば空白地帯をうまく利用しているらしい。他国に逃げ込めば、ただでさえ町から離れたがらない衛兵たちが追ってくることは無い。

 一方の国で盗賊行為を行った連中が、国境を越え、もう一方の国で散財をする。盗賊が事件を起こした国では被害だが、散財された側では恩恵となる。この図式は領主間の領土でも成り立っているのに、同族意識の低い他国間では、より盗賊への抑止力が働きにくくなる。

 そこで出てくるのが傭兵団というわけだ。ペイルトンは雪山の群狼とやらの実情を知らないが、ウェイの話を聞く限り、領主ではない、町の有力者や商人の互助会が基盤となって、傭兵団を利用しているのだろう。

「俺はそこで三番隊の隊長をやっていた」

「隊長さんですか!」

 ウェイが感心した声を出すが、おそらく心の中はそうでもない。単なる相槌だ。ペイルトンも、自慢だろうとは分かるが、その偉大さは分からない。

「そんなヤツがどうしてここに?」言ってからアリはわざとらしく辺りを見回す。「手下がいるようには見えねえがな」

「だから、やっていたと言っただろ。今は売剣だ」

「何故だ。その『雪山の群狼』とやらが壊滅したか?」

 可能性の一つの提示としては間違ってないはずだったが、アツゴウはペイルトンを睨む。が、すぐに自嘲的な笑いに変わった。

「ま、そうかもしれねえな。……団長が代わってな。オレはそいつとソリが悪くて出て行ったってわけさ」

 人間関係、いや政治的な問題と言うべきか。辺境の町の防備の一端を担う組織になっていたなら、人間関係や権力の闘争が複雑そうだ。

「ちっ、金目の物はねえな」

 アリがウェイへ依頼人の背負い袋を渡す。替わりに、ウェイが調べていた品を受けとるが、すぐに箱へと落としていく。かき回さなくても中身が分かる小さな袋だったり、水袋だったりするので、調べようがないのだろう。

「ただ、旅慣れた方だとはわかりますね。必要最小限の荷物です」

「船に乗ればいろいろいらねえしな。食い物も少ねえ」

 言いながらアリは見つけた細い干し肉に齧りつく。

「アリ!」

 ウェイが注意すると、アリは食べかけを小さく振る。「何なら戻そうか」と言っているのだろう。もちろんウェイはそうしろと言わず、アリから小袋だけ奪うと、箱にしまい、蓋を閉じてしまった。

「何にも見つからなかったようだな」

「ええ」

 ウェイが微笑む横で、アリがアツゴウへにやりと笑う。

「あんたが何か持ってるんじゃないだろうな?」

 つまり、盗っているのではないか、という指摘だ。ウェイがまた注意する前に、アツゴウが答える。

「カギが掛かっていただろうが」

「ま、いちおうな」

 アリは錠前を持ち上げると、ペイルトンを見上げる。明かりが欲しいと理解したペイルトンが杖を傾けると、その下でアリが錠前を角度を変えながら眺める。

「こじ開けたあとも、いちおうナシか」

 アリは錠前をウェイに渡し、ウェイはそれで箱をまた施錠する。

「ま、うまいヤツなら、こんなチャチなもん、きずつけるまでもないが」

 アツゴウは、気にしない。動揺する必要がないのか。ふてぶてしいのか。その顔を見ていたアリがウェイへと向く。

「ところで、ウェイ。このたいちょうさんの名前、聞いたことあるか?」

「……いいえ。お恥ずかしながら」

 ウェイは自らの見識の狭さを恥じている様子を見せるが、アツゴウの知名度がその程度ということだ。

「ふーん」

 アリが意味ありげにアツゴウを見ると、今度は反応を示す。

「なんだぁ? 俺がホラ吹きだと言うのか?」

「いえいえ、そんなわけでは」

 すぐにウェイが取りなすが、そもそもアツゴウにさほど怒っている様子はない。すぐに、鼻を鳴らし、質問を返す。

「ふん。そういや、あんたら『荒野の支配者』らしいな?」

「ええ。そうです」

「ドワーフがいるんじゃないのか?」

「彼なら今、故郷に帰っていまして。ええ、彼も一員です」

「じゃあ、本物の『荒野の支配者』かどうか、わからねえな」

 ウェイの笑顔が硬くなる。アリもアツゴウを睨みつける。喧嘩を売られたような雰囲気だ。しかし、この指摘は論理的に正しいのでペイルトンは腹が立たなかった。むしろ、様々な事柄で真贋がはっきりしない現状の方が苛立たしい。もっと社会全体で証明書を利用すべきなのだ。ただしその為に超えなくてはいけないハードル、偽造についての答えをペイルトンが持っているわけではない。

 いつもならこの後で、アリが「だったら試してみるか」と凄むのだが、今回はなかった。どうやら、気軽に言えないほどの迫力がアツゴウにあるらしい。

「あんたら一人一人の名前も聞いた事はないな。『荒野の支配者』ならあるんだがな」

 そう付け足されてようやくアツゴウの意図が伝わった。集団として名が売れていても、構成員までの知名度は別だ。いや、むしろ構成員の知名度が低いのが当たり前なのだろう。

 とはいえ、ウェイは貴族の中では名が知られていると予想できた。アリもおそらく裏社会では名が通るのだろう。ペイルトン自身も、国内の賢者の中では名が知られていると自負がある。もしかすると、仲間の誰よりもペイルトンの名を知っている人の数は多いかも知れないとさえ思う。

 この個人での有名さは限られた分野の人たちにしか通じない。が、個人の知名度には必ず『荒野の支配者』という集団名も付随しているだろう。そう考えると、荒野の支配者の構成員一人を知る異なる分野の人々の総和が集団としての知名度となるので、個を上回るのは必然と言えた。

 ペイルトンがそのような事を考えている間に、各々もアツゴウの意図を解釈したようで、高まっていた緊張が緩んでいく。どうやら尋問を進めてよさそうだ。

「昨晩、同室の男の様子におかしな点はなかったか?」

「いや……会ったばかりだからな。なにがどうへんなのかは、わからんな」

 ペイルトンは質問がうまく伝わっていないことに眉をひそめた。テオの普段と違う点を聞いたつもりはない。一般的に変だと移る行動はなかったか、という意図だった。だが、改めて聴きなおす事はしない。テオが闇夜の悪魔に対して何かしらの行動を起こしたかを知りたかったのだが、この様子ではそれは見抜けていないと判断したからだ。

 次に何を聞こうかと考えているところで、ウェイが話を繋ぐ。

「テオさんとはどんなお話をしましたか?」

「……あんたらがさっき聞いたような事だな。名前と仕事と……」

 そこでアツゴウは何か思い出した顔に変わる。

「そういや、変な事はあったぜ。あいつはあんな剣をもっていやがるくせに、王都に行ったら大工みたいなことをする、って言ってた。家や何やらをつくるのに、木や石をはこぶんだってよ」

 正確には、大工は建築に直接関わる職人のことだ。この男が言った内容は、大工の見習いや人足の仕事だった。もちろん、手が足りない時は大工自身もするだろうが、基本的には重い荷物を運ぶには専門の労働者が携わる。高い技術が必要な職人に比べて、人足は体が丈夫でありさえすれば誰でもできる。現にパースは、仲間になるまで人足として暮らしていた。

 しかし、一般人の言葉の定義はこの程度だ。改めて、間違っていると指摘したところできっと直らない。

「どう見ても大工って感じじゃなかったけどな」

「きっと、命のやりとりに嫌気が差して、剣を置いたのではないでしょうか」

 ウェイが、依頼人の正体を隠す方向へ引っ張る。もちろん、闇夜の悪魔を警戒させないためにはそれが良い。この男が犯人でなくとも、巡察騎士が乗っていたと触れ回られては困る。

 これに対してアツゴウは鼻で笑う。

「まあオレも殺されたくはねえが、ようは殺されなければいいんだろ?」

 その笑みにペイルトンはぞっとさせられた。殺される前に殺せば良い、という考えが根付いているのが感じ取れたからだ。だが、そのいわば反射的な感覚の後に、自らの経験に基づいた感性がじんわりと広がり、寒気を拭い去る。

 アツゴウの理論は正しい。しかし、現実が理論どおりに実践できるとは限らないのだ。少なくとも、ペイルトンたちは、殺されないように行動し続けるのが難しい事だと知っている。その感性の持ち主なら、気軽に「殺されなければいいだけ」と言えないだろう。すなわち、この男は荒野の支配者に比べて、窮地に追い込まれた経験は少ないと見積もれる。

「じゃあ、あんたがやれば、このおっさんに勝てたのか?」

「まあ、そうだろうな。あいつの剣よりこいつの方が長いしな」アツゴウが傍らに寝かせている大剣を叩く。「むろん、こんなせまい部屋じゃ使えねえが」

 あまり意味のない仮定だ。もう片方の男は死んでいるのだから。まだそういった会話が続かないよう割り込む。

「同室の男が部屋を出た時、何をしていた?」

 が、これも意味のない問いだった。

「ねてたな」

 ペイルトンは頷いたが、理解したという意味ではない。もしこの男が依頼人の殺人に関わっていたとしても、こう答えるにちがいない。つまり、この答えしか返ってくるはずがなかった。

「動いたり扉が開いたりした時に目覚めなかったんですか?」

 ウェイの問いにアツゴウは少し考えるように首を傾けた。

「いや、起きたな。それから、便所だろうと、ねた」

 厳密には、アツゴウはペイルトンの質問に噓を答えた事になる。だが、さすがにペイルトンも、目が覚めたが、微睡(まどろ)みからまた睡眠に至る変化を、いちいち「起きた」と認識していない。

「見ずしらずの剣を持った男といっしょで、よくのんきにねてられるな」

 アツゴウがアリを睨んだ。

「そんな事気にしていたら、ねれやしねえ。隊には、しょっちゅう新人が来るんだからな」

 これはアリの感覚の方がおかしかった。警戒し続けことは安全性を高めるが、会う人全てを疑っていては精神が持たない。自分の身分が高かったり、高価な物を所持していたり、相応の理由がなければ、普通は「自分は襲われる価値などない」と判断して、ある程度気を緩める。

 もっともアリが他人を信用していないのはいつもの事だ。改めて考えると、それが当たり前になっているから平気なのか、それとも精神的にタフなのか。判断が難しい。

「ご自身は夜になってから部屋を出られましたか?」

 ウェイの質問は、アリとぶつかり合わないように挟みこんだようだが、なかなか意味があった。

「そういえば、オレも便所に一度行ったな」

「いつごろ?」

「いつ、っておぼえてねえよ」

 ウェイの努力の甲斐なく、アリへの答えはきつくなる。

「同室の男より前か後か」

「それなら前だが……ん、何かオレ、うたがわれているのか?」

「いえいえ、テオさんの行動を確認するために、前後のことをはっきりさせているだけです」

 ウェイの反応は早かった。アツゴウの疑わしい顔もやや晴れる。しかし、疑念は残っているようだ。

「そういや、あんた。船の上にいたな。ねてたんじゃないのか?」

 落ち着きかけていたアツゴウが、アリの問いかけに熱くなる。

「あぁ? なんだよ!あれだけうるさければ、目もさめる。当たり前だろうが!」

 腕が届く範囲にいたら掴みかかられていそうな勢いだ。しかし、アリは動じない。またウェイが間に入る。

「上へ行かれたのはいつ頃ですか?」

「いつって……」

 また基準を一人で考えられないらしいので、ペイルトンが提案する。

「彼らより先か後か」

 ペイルトンはアリたちを示す。

「それは……わかんねえな。人がいっぱいいたから。でも、あんたより先だぜ」

 指差されてペイルトンは頷きを返したが、言われなくても分かっていた。ペイルトンの後に誰も上って来ていないはずだからだ。

「水音はどうだ?」

「ああ、あれか。そうだな。その音で起きた。で、上がさわがしくなってきたから、出て行った」

「そしたら、私たちより早かったかも知れませんね。あ、私は一旦戻ってアリと来たから、その合間かも知れません」

「その時、この部屋の扉はどうだった?」

「……閉まっていました。一回目も二回目も」

 アリも頷く。二回目は二人で見ているということだ。二人とも夜目は利く。扉の開閉くらい分かるのだろう。

「べんじょの前の部屋は開いていたな。他は閉まっていた」

「あそこは船員さんたちの、確か航海士さんと甲板長の部屋ですね。慌てて飛び出したから閉めなかったのでしょう」

「なるほど。……便所の扉は閉じていたのだな」

 ペイルトンの問いにアリが頷く。もしかしたらそこに殺害を済ませた賊が潜んでいたのかも知れない。

 他に聞くべき内容はないか、しばし考える。

「どうやら、自殺ってわけじゃなさそうだな」

 沈黙ができたせいで、アツゴウに考える時間を与えてしまった。自殺の調査ではおかしいことに気付かれたようだ。

 ウェイが何か言い掛けるが、ペイルトンは首を左右に振る。もう、シラを切り通すまでもないだろう。

「正直なところ、良く分からないのです。何かおかしな点がなかったか、調べているところです」

 ウェイが説明をした。アツゴウも容疑者の一人なのだが、うまくその印象が生まれない言い方にしている。

「やっぱ、そうか。だれかが言ってたが、わざわざ高い金払って船に乗って死ぬヤツはいねえもんな」

「そういや、ここはいくらした?」

「えーと、たしか……銀貨二百枚くらいだったな。二人になったことでいくらかかえってきて、とくしたぜ」

「やっぱり!」

 アリが膨れ面でウェイを見る。二人部屋で似た価格なら、家具のない四人部屋の価格は足元を見られたと言える。不満が出る前にペイルトンは杖で床を突く。

「今は止めておけ」

 アリはペイルトンに目をやった後、言葉を呑み込んだ。しかしウェイを睨みつける。ウェイはその視線を受けて、目を伏せた。

 こうして生じたぎこちない空気を、気にしているのかいないのか、アツゴウが割る。

「で、犯人の目星はついてるのか?」

 ペイルトンが答えないでいると、アツゴウの視線は他の二人に移る。

「まだ誰かが殺したと決まったわけじゃないですよ」

 ウェイのごまかしに対して、アリは質問を返す。

「あんたは、誰だと思う」

 問われてアツゴウは、胡坐(あぐら)をかいている太ももを軽く叩いて考え込む。だが、数拍後には思考を終える。

「わかんねえが、魔法は使われてるんじゃねえか。犯人は誰も見てないんだろ?」

 魔法。無知な者は、分からないものは何でも魔法のせいにしたがる。その可能性は低い、いや使われているとしてもかなりの工夫がされているはずだ、と仲間には解説したが、もちろんこの男にそれを繰り返す手間など掛けない。

「他にはないか?」

 仲間に確認しておくべき事項があるかを聞く。この男からはこれ以上得られるものはなさそうだ。ならば次に行くべきだ。

「あらゆる可能性について考えているところです」

 ウェイがペイルトンの代わりにアツゴウに答えた。そのまま、アリの顔を一瞥した後、続ける。

「また、質問ができれば聞きに来ますので、その時はよろしくお願いします。逆に何か思い出した事があれば声を掛けてください」

 はっきり伝えなくても引き揚げだと伝わっていた。ペイルトンは挨拶をウェイに任せて先に部屋を出た。

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