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悪魔の乗りし船  作者: 最勝寺蔵人
本編
11/41

10 (ウェイ)

 深夜、ウェイは目が覚めた。

 暗闇の中、自分が目覚めた理由について自問する。それがはっきりする前に、横での微かな変化に気付く。

「アリ?」

「ウェイ」

 小さな返事だったが、長いつき合いで様々な事がわかった。アリもまた何かに気付いて目覚めたのだ。寝ぼけておらず、目覚めさせられた何かに警戒しているが、アリもその正体をつかめていない。

 ウェイは静かに半身を起こすと、そのまま這ってパースが占めている隅へと進む。途中パースの足にぶつかったが、パースは少し身をよじっただけで起きなかった。

 起きてもらっても良かったのだが、まだわざわざ起こすほどの事態とわかったわけではない。ウェイは手探りをして、目当ての物をつかんで動かす。近くの床に転がしたのは、扉の錠にあたるつっかえ棒だ。

 ウェイは自分のいた隅に戻りながら、扉を少し開け、耳を澄ませる。

 扉を開けると予想以上の音が入ってきた。それで未だにイーギエの魔法が効いているとわかった。扉に記したルーンの魔力が続いているのはすごいことだが、今回ウェイとアリが半端な目覚めをしたのは、こうして音が遮断されていたせいだろう。

「上がさわがしいな」

 アリの言葉に頷いてから、この暗闇では意味がないと思い出す。昼は、部屋の外の上りの階段から日の光が漏れてきたのだが、今は部屋の外も中と大差がない暗闇だ。

 アリの指摘どおり、話し音は上から聞こえるが、はっきりとは聞こえない。しばらく集中して、いくつかの言葉を拾えたウェイは、そこから推理した内容をアリに投げかける。

「どうやら、誰かが海に落ちたようですね」

「落ちた?」

 アリの声は怪訝そうなものだったが、すぐに緊張感が抜けたものに変わる。

「ちっ、どうせねぼけたやつが、クソをしようとして手をすべらせただけだろう」

 ガサガサとアリの居場所から音がする。どうやら、アリは自分には関係ないと判断してはまた眠るつもりだ。

 この船にはトイレが備えられている。しかし、ほとんどの者がそれを使わない。海に向かってそのままするからだ。大きい方は柵を乗り越えて、柵にぶら下がりながらする。この行為に慣れている船員なら、目を閉じていても出来るのだろう。だが、それを真似ようとした乗客が、手を滑らせて落ちる事故は確かに起きやすそうだ。

 落ちた人が乗客である可能性が高いとわかると、ウェイはスーが心配になった。が、立ち上がったところで、スーである可能性が低いと気付く。女性であれば、ほとんど服を脱ぎ晒さないと、直接海に向かって用を足せないからだ。おとなしいスーが、自室の隣にあるトイレを選ばずに、そうしでかすとは思えない。

 だが、結局ウェイは様子を見に行くことに決めた。自分も何か手伝えることがあるに違いないからだ。ホタルの魔法は落ちた人がどこにいるのか探し出すのに都合がよいはずだ。念の為、スーの無事も確認した方がよい。

「私は様子を見てきますね」

「ああ」

 返事がおざなりなのは、ウェイの発言をアリが既に予測していたからだろう。

 扉をさらに開け、体を外に滑り出してから、ウェイは中に声をかける。

「扉は――」

「閉めておく」

 ここでの意味は鍵という意味だ。正確には鍵ではなく、つっかえ棒なので、戻ってきた時はノックが必要になる。が、アリがいるので他の二人を起こすことなく対応してくれるだろう。

 ウェイは暗闇の中、手探りで階段へと進み、手にそれが当たると這うようにして上る。上の階も暗かったが、黒の濃淡からぼんやりと何があるのかはわかった。騒ぎの声も大きくなった。ただ、寝ている者への配慮があるようで、大声を出しているわけではない。だからといってささやき声になるほど余裕はなさそうだ。それなりに緊迫した雰囲気が伝わってくる。

 柱を巡り、廊下を渡ろうとした所で、右の部屋から誰かが顔を出しているのに気づいた。おそらく、商人のストンウェル氏だ。向こうもウェイに気づいたらしく、先に声をかけてくる。

「ああ、あんたか」

「こんばんは。どなたか落ちたようですね?」

「ああ、たまにそういうおっちょこちょいがいるね。いや、もしかしてあなたのお仲間ですか?」

 すぐに否定しようと思ったが、言われて初めてイーギエの確認をしていなかったのを思い出した。ドキリとしたが、一瞬で違うと判断できた。確かにイーギエなら寝ぼけて落ちる事自体は起こりえるが、ローブをまくり上げなければ用は足せない。そして、たくし上げたローブを握っていたら、柵にぶら下がれない。直前にスーについて考えていたので、それと似た服装になるイーギエの想像もすぐにできた。

「いえ、私たちは大丈夫です。他の乗客の方でしょうか?」

 ウェイは食事の時間を利用して乗客について情報を得ていた。ウェイたちを除くと、乗客は全員で五人。スーとテオ氏とストンウェル氏の他は、まだ話していないが剣士と魔術師がいる。魔術師の方は顔すら見ていない。どうも乗ってからずっと部屋を出ていないらしい。

「隣なら無事みたいですね。グーグー、こちらが寝られないくらいで」

 おどけた言い方につられてウェイは微笑む。確かに、イビキが聞こえる。そういえばイーギエもイビキをかいていた。背景音としてずっと聞いていたので、気にならなかったのだ。改めてイーギエの転落ではなかったとはっきりして、ウェイはホッとした。

「お隣は誰なんですか?」

「さあ。会ってないからな。話によると魔法使いみたいだが。相部屋にするかと言われた時に『どうだ?』と声を掛けてみたが、扉を開けることもなく断られた。人嫌いらしい」

 すると、残る乗客は三人。スーは一人部屋なので、二人部屋になったのはあとの二人のようだ。

 その二人は、依頼人のテオ氏、もう一人はまだ話していない剣士だ。

 話していないのに少しは知っているのは、船員から聞いていたからだ。その男の姿は、実は食堂で壁際にいるのを見かけていた。

 薄暗い部屋で離れていたのではっきりしなかったが、依頼人に会った時と同じく、こちら側の人間だという隙のなさを感じた。

 こう考えていくと、急にスーの事が心配になった。転落するきっかけがないと安心していたが、何かきっかけがあれば転落しかねない危うさが彼女にはあったからだ。

 ウェイはストンウェルとの会話を切り上げる挨拶もせず、数歩進むと左の扉をノックする。

「スー? ウェイです。起きていますか?」

 息を殺して中の様子に聞き耳を立てる時間が長く感じた。上での騒動が途端に疎ましくなる。が、程なく部屋の中で物音がし、ウェイは安堵の息を吐く。

「ウェイ? どうしたの?」

 扉が少し開き、影となったスーの姿が間から覗いた。ウェイは少し驚いた。寝床から起き出したばかりだと思っていたからだ。スーは思っていたより早く静かに動いたらしい。

「いえ、いいんです。いや、起こしてしまって済みません。誰かが海に落ちてしまったようなので、念の為確認しただけです」

「あら、大丈夫なのかしら?」

 扉がさらに開いたが、ウェイはノブを持ち、逆に閉めるように引く。彼女が興味を持っても外に出さない方が良い。下手をすると、混雑しているだろう甲板で押されて落ちかねない。夜風も冷たいはずだ。

「私が見てきますので、スーはそのまま横になっていてください」

「でも……ううん。わたしが行っても何もできないもんね」

 そんなことないと、ウェイは首を左右に振ったが、これも暗闇の中では伝わっていないだろう。

「ウェイさん、気をつけてください」

「ありがとうございます。おやすみなさい、スー」

 ウェイは扉の隙間から手を伸ばし、彼女の頭を撫でた。スーは最初驚いて身をすくめたが、ホッと息を吐くと頷いた。

 扉が閉められ、スーが扉から離れる気配を追っていると、不意に背後から声がする。

「その子じゃないなら、こっちの二人か?」

 いつの間にかストンウェル氏が近くまで来ていた。警戒していたわけではないが、そこまで気づかずに接近を許したことに、ウェイは危険を感じた。アリが部屋の扉を開けるまで寝ていたように、ウェイもまた鋭さが鈍くなっているのかもしれない。注意しなくてはいけない。

 ストンウェル氏の影は手を、彼の部屋の向かい側へと伸ばしていた。ウェイが先ほど考えたとおり、転落した者は依頼人ともう一人の剣士の可能性があるという意見だ。が、ウェイは首を左右に振る。旅の剣士とやらの詳細は知らないが、本当に荒野を旅する者なら、こんな失敗をしないはずだからだ。もちろん人間誰しも思わぬ失敗をしでかすものだが、それを度々起こす者は荒野を生きて行き来することはできない。

 それよりかは、と考えてウェイは一人の候補に思い当たる。

「そういえば、一人不慣れな船員がいるようです。その人かも知れませんね」

「ふむ。で、あんたは野次馬をするのかな?」

 嫌みはなかった。ストンウェル氏自体は上がる気はなさそうだ。

「いえ、そういうわけではないですが、上がってみます。手伝えることがあるかもしれませんから」ウェイは少しためらってから、続きを言う。「多少魔法が使えますので」

 ストンウェル氏の影が一歩下がった。が、それだけだった。続く話し声に怯えは感じられない。

「まあ、そうか。護衛だからな。……でも、あんたは魔法使いには見えなかったが」

「ええ。ですから多少です。半端者なのです」

「なるほど。……気が変わった。私もご一緒しよう」

 気が変わったきっかけはウェイが魔法を使うと話したからだろう。人が溺れているかも知れない時に、見世物を見る気分で付いて来られると、ウェイは少し不快に感じた。が、すぐ考えを改める。

 ストンウェル氏は魔法をそれほど恐れていない。ウェイが魔法を使う時に身近にいれば他の人たちの恐怖を和らげてくれるに違いない。

「ええ。よろしくお願いします」

 ウェイが先頭になり進もうとする前に、右側の闇が深くなったのに気付いた。左側はトイレの扉が感じられる。ということは、おそらく、向かい側の部屋の扉が開いているのだろう。航海士たちの部屋だから、いち早く上へ行ったに違いない。

 ストンウェル氏と階段を上ると、甲板には船員が十名近く左舷に固まっていた。その半数程がロープを持ち、足を踏ん張っている。どうやらボートを下ろしているらしい。ウェイは作業の邪魔にならないよう、船首の方へ回り込み、縁から身を乗り出して、ボートと海面を覗き込む。

 ボートには二人乗っていた。うち一人が高くランタンを掲げている。火気厳禁ではなかったのか、と一瞬思ったが、すぐにそんな事を言っている状況ではない、と考えを改める。

 しかし、これではウェイのホタルが出る幕はない。ホタルの明かりはランタンより弱い。手元から離せる利点はあるが、船の上からでは距離があるためうまく操れず、黒い海面にホタルが簡単に飲み込まれてしまうだろう。ボートに乗せてもらえるのが一番だが、今更引き上げさせる訴えを聞いてもらえるとは思えない。

「ここからじゃ良く見えないな」

「ええ」

 付いてきたストンウェル氏に、ウェイは相づちを打った。

「しかし音がしてからかなり経ってるからな。もうダメかもな」

 他人事と考えている冷たい言い方だった。ウェイは非難したくなり、振り返りかけたが、止まれた。

 実際他人事なのだ。むしろ、他人に親身になりすぎるウェイこそが異常なのだ。これは仲間からも度々注意されている。だがウェイは直さなくてはいけない性質だと考えていないので変わらない。社会の方こそ変わるべきだと思うが、一人が思ったところでどうにもならない。

 ボートの方から声が上がった。落ちた人を見つけたらしい。が歓声めいた叫びはすぐに悲鳴混じりになり、途絶えた。

「ダメだったらしいな」

 ストンウェル氏の呟きを無視し、ウェイは船員たちへと近づく。動かなくなっていたとしても、すぐに水を吐かせれば間に合うかも知れない。こんな時、治療魔法の使えるガラムレッドがいないのが痛い。

 船員たちが甲板長と呼んでいた男の号令に合わせて、ボートが引き上げられる。しばらくして、船員たちの動きが変わる。ロープではなくボートを直接引き揚げられる状態になったのだ。ボートに乗っていた二人が縁を乗り越えてくるのは見えたが、ボートに残るぐったりした体が誰なのかは、他の船員たちの壁に阻まれて良く見えない。

 ざわついていた船員たちが、引き揚げられた誰かを見て、一斉に静まる。

「船長を起こしてこい」

 甲板長の命令で一人の船員が抜けていく。その穴にウェイは体を滑り込ませると、横たえられている体が見える位置まで進む。

 ランタンの明かりで照らされていたのは、依頼人のテオ氏だった。予想外の衝撃に、ウェイが言葉を失っていると、船員たちが驚いている本当の理由がわかった。

 すぐに来た場所に戻ろうとすると、ストンウェル氏にぶつかった。

「誰でしたか?」

 その質問には答えず、ウェイは目的を告げてストンウェル氏と入れ替わる。

「仲間を呼んできます」

 ストンウェル氏の読みどおり、テオはもう死んでいた。だが、テオ氏は単に溺れたわけではなかった。テオ氏の喉は切り裂かれ、そこから血が流れ出していたのだ。

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