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蛍火を弾丸と共に撃て  作者: 藍谷紬
メルトの鐘
29/30

第29話「生きる意味。」

「夢?」

夢橋は古場の方を見て尋ねた。

「はい、俺はどこか分からない場所で目覚めて、ある男の人に言われたんです。『自分で壁を乗り越えろ』みたいなことを、、。」

夢橋は不思議そうな顔をして古場を見つめている。

「それって、、。」

「多分、金田さんだったんだと思います。スピリチュアル的なことを信じているわけではありません。ですが、金田さんだった気がしたんです。」

古場は夢橋から視線を外し、再び薄暗い月を見上げる。

「夢は記憶の再配置とも言うわね、昔からの研究から余り進歩していないから本当かどうかは分からない部分が多いけれど、夢に神秘的な思いを抱いたって不思議はないわ。夢のない言い方だけれど、恐らくそれはあなたがどこかで思っていることだと思うわ。」

「ええ、俺もそう思います。だって、もうあの時は金田さんは俺が、、殺しました。だから外から語り掛けたことが夢に出てきた、とかじゃありません。でも、こういうのには何かしら意味があると思いたいんです。」

そう語る古場の顔はどこか寂しげで、無理をして小さな笑顔を作っているように夢橋には見えた。

「人生って、何なんでしょうね。」

古場はぽつりと言ったがそれは辺りに響き渡る様な言葉だった。

「人生、、ね。」

夢橋は座った先の地面を見て同じように呟いた。

「禅問答のような物よね。だれでも"生きる意味"を求める。それが無ければ生きていけない。だって死を知らないもの。」

「どういうことです?」

「人生は一回きり、前世の記憶というのも全否定するつもりは無いけれど、少なくとも私には無いし、私の記憶、知識、経験、想いのすべてが今の私のみで作られているわ。たいていの人がそう、それが当たり前。だから、誰しもが死んだ先を知らない。死んだ後どうなるかなんて予測できないし、知ったところでそれを回避できるわけではない。時間と死の前には誰もが平等。死の先を知ることが出来ないから"今の生"に意味や理由を求める。じゃないとやってられないじゃない?もし仮に死んだ後に何かあるとして、それの為に今生きているのか?とか、先を知れば今を考えることだってできるけれどそれは無理。なら、答えは出ないけれどそれを探し続けていくしかない。寧ろ探すことが答えと言わんばかりの状態。そうでしょう?」

夢橋もまた薄暗い月を澄んだ瞳で見つめた。

「、、、俺はもう、何人殺したんでしょう?俺のやっていることは正しいんですか?人を殺してまで生きる意味が、必要が俺にはあるんですか?」

銃を強く握りしめ、涙をこらえながら古場は小さく絞り出すような声で言った。

「私にその答えは出せない。私はあくまで他人だから。でも私が思うことは言っておくわ。」

すると夢橋は古場の方をまっすぐに見つめた。

「この世に絶対的な正義や悪は存在しないわ。そもそも正義や悪というものこそ、人が勝手に尺度として設定したものでしかない。勿論人という種を繁栄させるための社会秩序として必要な側面はあるけど、もっと原始的な、生命の流転だけで見れば正義も悪もない。人を殺すのがいい事か悪い事か、という問題に本質的かつ正確に答えられる人がいるとは私は思えないわ。観測者によって宗教、生活地域、教育、生まれ持った身体や脳細胞、全て同一な人物がいない限り、人それぞれの正義と悪の価値観が一致することは絶対にない。ある程度の方向性は定まっても、ね。」

「方向性、、。」

「当たり前だけど、社会生活を営む上では人を殺すのはいけないことでしょう?恋人や家族が殺されたら誰だって悲しいわ、けれど殺した当人はもしかしたら殺さなければ自分が死んでいた、なんて状況だったかもしれない。そんな状況になっても尚、人を殺さずに死を受け入れられる人の割合ってどれくらいかしら、、。たった少し角度が変わっただけで正義や悪の価値観は反転さえもする。命が重くなったり、軽くなったりする。だから今この状況でそれを悩むのは、ある意味あなたが比較的正常に育った証ではあるけれど、その悩みがあなたを死へと引きずり込む。」

夢橋は、軽くため息をつくようにして視線を外す。

「金田さんを撃った、そのこと自体はあの場の私たちの観点からすれば正しい判断だったわ。第三者から見れば、非人道的だ、と言われるでしょうけどね。私たち、いやあなたは自分が生きるための判断を下した。あの状況で私たちの誰もが彼を殺すことが出来なかったら、今頃この世からいないでしょうよ。」

夢橋の言葉に苦い顔をする古場。生と死、正義と悪。そんなものは存在すらしないのか?古場は金田を殺した判断に対して悲しさと悔しさと怒りを抱いていた。だからこそ夢橋の言葉が重く感じた。

「死の恐怖から逃れるために他の人間を死へと追いやる。それが正しいのかと糾弾されれば正しいとも正しくないとも言えない。けど、その糾弾をしている人ほど、自分がその立場になったら他人を排除するような人間よ。人間はそんなに強いものでもないし、それは偽善だから。」

「偽善?」

「そう、そもそも第三者の行動に対して、偉そうな態度で指摘をするような人間に碌な奴はいないわ。自分がその立場になったことも無いような人間のどこに説得力があるの?彼らは自分がその立場になった時人道的判断が出来ると過信しているからそんな言葉で人を糾弾できる。」

「確かに、そうかもしれませんね、、。」


古場は数百年前の、とあるアスリートの話を思い出した。

"そのアスリートは幼少の時から優れた才を発揮し、異例の若さで大きな大会の勝利を手にし、その後も目覚ましい成績を残してファンを魅了した。しかし、そのスポーツは多様な選手が活躍する方がスポンサーが潤うスポーツであったために、大会関係者が難色を示し、そのアスリートをマフィアを使って脅したこともあったらしい。しかしそれでも彼は屈することなく戦った。ある大会までは。

その大会の最終日目前、歴史的記録を打ち立てかけていた彼はドーピング疑惑をかけられ、大会を追放された。その後いろいろな人物が彼を糾弾し、精神的に追い詰められていった。最終的には彼は薬物に手を出し、34歳という若さでホテルの一室で亡くなった。"

後に彼だけでなく、その大会に出場していた他の多くの選手もドーピングしていたことが様々な引退選手からの告発によって判明した。ルールを破っていたことに対しては勿論罰を受けなくてはいけない。しかし、その当時のそのスポーツの内面を知らない人達が正義は我にありといった顔で糾弾した。

そんな権利が彼らにあったのだろうか?

彼らは同じ状況に立たされた時、そのアスリートとは違う選択ができると断言できるのだろうか?

古場はその事件を知った時、そのアスリートを糾弾できる気が全くしなかった。

寧ろ泣きたくなるほどの悲しさがこみあげてきた。

夢橋が言っていることはこれに通ずるものがあるのだろう。

その立場になったこともない人間の言葉ほど薄っぺらいものは無い、特に誹謗中傷は。

「結局、他人からの言葉なんてその程度の価値しか無い。私もこんなに偉そうなことを言ってるけれど、私の知識、経験から出した私なりの主観的な意見でしかない。日和見的だとも言われるでしょうし、くだらない意見だけれど、私はそれでいいと思ってるわ。」

古場が彼女の顔を見たとき彼女は笑いこそしないが少しだけ明るい表情をしていたような気がした。

「それは、どうして、ですか?」

古場の口からは自然とそんな言葉が出ていた。

「私は、私でしかないからよ。」

私は、私。その言葉は古場の脳の片隅に強く残った。

「言ったでしょう?人は誰も自分の死後を予測することなんて出来ない。それに他人からの言葉、特に誹謗中傷は私に対して、何の意味も持たない。私の人生は私のものでしかない。死んでしまえばすべてが終わり。ある意味楽かもしれないけれど、そうではなく、それこそ私は、生きる意味を見つけることを楽しみたいわ。」

夢橋は立ち上がって古場を見る。


「私も、あなたも、まだ生きてるんだから。」







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