色のない世界の中で
8月も終わり差し掛かろうとしているその日、私は駄菓子屋の入り口のベンチに一人座ってアイスを食べていた。
磯の匂いを纏った潮風が体を撫でる。
日陰のこの場所は、暑さから逃れるには最適な場所だった。
中学3年生の夏休みの最終日。明日から2学期が始まる。
考えるだけでも億劫だ。課題もあったが早めに済ませていたため、最終日に慌てて終わらせる必要はなかった。
アイスを食べ終え、空を眺める。
いくらか元気のない空
切なさがこみ上げてきて、ふと思う。
進路きめないとなぁ。
私には、世界が何もかも白黒で描かれたように見える。
もちろん比喩だ。
私には好きなことがない。やりたいこともない。私にはこれがある。というものは無く。つまらなくハリのない生活。
趣味も探した。思い当たる物はすべて試した。楽器やスポーツその他諸々。
しかし、どれも私にとって楽しくない。でも当然だろう。ただ私の都合のいいことだけを見つけようとしているだけなのだから。
学校だってなんとなく登校して、なんとなくクラスメイトと話して、なんとなく授業を受けて、なんとなく帰って、そして1日が終わる。
それは、意味を成さない、色の無い世界。
ただ悪戯に時間が過ぎていくだけで悲しさがこみ上げる。
そんなことを考えていると、何かの気配を感じた。
私と同じくらいの歳の男の子が私の前に立っていた。
「となり、いいですか?」
「あ、はい」
そう言うと、私はベンチの端っこに座りスペースを開ける。
「君、何年生?」
「中学3年生です」
「へぇ~。同い年だね。見ない顔だけど何処の中学校かな?」
「私は潮騒中学校です」
「隣の学校だね」
「そ、そうなんですか」
「今の時期は大変だよね。受験ももうすぐだし」
――高校受験か。夏休み中、進路は決まって居ないものの、勉強はしていた。
「あなたは進路は決まっているんですか?」
「うん。決まっているよ。やりたいことがあるのさ」
「やりたいことですか?」
「うん。やりたいことさ」
「君には何かあるの?」
「……私には色が無いの」
男の子は不思議そうな顔をした。
しまった。訳の分からないことを言ってしまった。私は慌てて説明の話を添える。
「私には何もないんです。やりたいことも好きなことも何にも無い。目的の無い生活をして、無駄な時間を過ごして。実際こうしている間にも時間は流れていて……。世界が白黒で描かれているようで。色のない世界に見えるんです」
気がつけば私は必死だった。言い終わった途端。恥ずかしさがどっと込み上げてくる。
「ふーん。……色の無い世界ね」
沈黙が続く。恥ずかしさのあまりか、声を掛けてここから立ち去ろうとしたその時、男の子は口を開いた。
「ちょっと少しだけ付いてきてよ」
「え?」
もう夕方だった。私はどうしたものかと、迷ったが、少しだけならと言うままに付いて行った。
―― ―― ――
5分ほど歩いた。
「さ、今日はどうかな」
男の人は口を開いた。
しかしここは見慣れた海岸沿いの道路だ。
すると男の子は堤防を登り始めた。
「危ないですよ」
声をかける
「まあまあ。君の登ってみてよ」
すると男の子は手を差し伸べた。
言われるがままその手を掴み、少し高い堤防へと登る。
懐かしいなぁ。堤防に上がるなんて何年振りだろうか。
「今日は完璧だ」。
その意味は直ぐに分かった
眼から脳天に突き抜けるほど衝撃的だった。
まるで夢を見ているようだ。
世界が茜色に染まっていた。
海に沈もうとしている太陽。テトラポットは逆光により、黒く染まり、水平戦は美しい弧を描いている。
夕凪により、海風の音は聞こえない。
代わりに海は穏やかに白波を立て、さっきまで気にもしなかった、ヒグラシの鳴き声が聞こえる
その強烈な情景は脳におのずと焼き付けられた。
まっすぐと、素直に。どこか優しく。
新鮮で、独創的で、完璧な何色にも染まらない色。
全てに色はついていない。
だが
少なくとも今見ている景色は。
世界は。
――確かに
確かに色のある世界だった
どう捉えるかはご自由にどうぞ。
最後まで読んでいただきありがとうございます。