奇怪
朱朔が昔のことを思い出してる間に、すでに警備部に着いていた。堀沢ら一行が警備部に入った瞬間、一同はまたもや混乱に包まれた。
「なっ…!?」
建物内は怪しげな霧に包まれ、一行が見える人全てが床に伏せて倒れていた。
「おい!大丈夫か!?」
朱朔は、1番近くで倒れていた男性に座り込み声をかけた。
「…うぅ…」
「生きてる…!」
「恐らくこの霧は"ベントゥス"による蜃気楼だ」
「蜃気楼?」
「あぁ。かなりの広範囲の空間を幻術にかけるが、さほど強いものではない」
そう言いながら、堀沢は自分の右手を前へ出し、ゆっくり目を閉じた。
「ーカルバリズムー」
堀沢がそう呟いた途端、警備部本部全体を包んでいた怪しい霧がスカッと消えた。
「おぉ!霧が消えた!」
一同が感服の声を上げた。朱朔は男性から立ち上がり、堀沢を見つめた。
「さすが、堀沢隊長!」
男がそう言った。堀沢が霧を晴らした途端、倒れていた人たちが、むくりむくりと目を覚まし立ち上がった。
『ー皆さん、私の声は聞こえますか?ー』
「これは…堀沢隊長の…!?」
「…?」
朱朔は何が起こっているのかわからなかった。霧を堀沢が晴らしたのはわかったが、そのまま目を閉じて動かない堀沢に、起き上がり出した人たちが口々に言っていることがわからなかった。
「堀沢隊長は"アウシ"、つまり闇の能力を持ってる人なの。さっきの、霧を晴らしたように見えるけど、実はあの霧はミラージュを受けた人間から放たれたものなの。人食は、ある程度の範囲内の人間の脳そのものを乗っ取ることができる」
「は…?脳を…乗っ取る…?」
亜須加が、ハテナを浮かべた朱朔を悟ったのか、堀沢の説明をしてくれた。
「そう、程度によってだけどね。ミラージュは脳に直接幻術をかける技だから、侵食された脳領域の部分だけ食して霧が消えたの。今は、この警備部全体の人たちの脳に直接呼びかけて状況を把握してるみたいね」
「そんなことできんのか…」
朱朔は堀沢をまだ見つめていた。その朱朔の心の中には黒い渦が立ち込めていた。
『さすが最高幹部というか…すげぇな…この人が、あの場にいたら…きっと…』
そう思いながら朱朔は、やりきれないその気持ちを拳に向けて力を込めた。
「橘くん?どうかしましたか?」
「あ、いや…」
いつの間にか自分の方へ向いていた堀沢に声をかけられ、我に返った朱朔は、先ほどの手の力を緩めゆっくりため息をついた。
「そうそう、皆さんに聞いたところ、私たちが出動した後突然眠気に襲われたそうなのです。幸い、怪我人や死亡者は1人もいないようなので良かったです。それと伝達班の件ですが、この警備部のセキュリティに勝手に侵入し、アナウンスを私たちのいたところだけ流した輩がいることが判明しました。誰かはわかりませんが…」
「そ、そんなことできるんですか!?」
「えぇ。伝達班が知らせるといっても、建物内を走る電波でアナウンスが流れるので、その電波を妨害されれば誤報を免れません。これからはセキュリティの強化も課題の一つですね…。」
堀沢は、淡々と状況説明をした。その際、
「あの短時間であそこまで…!さすが隊長だ!」
と口を開いたのがわかった。すると、堀沢は朱朔の方をチラッと見て言った。
「それはそうと…、橘くん」
「な、なんですか」
突然話しかけられ、少し戸惑う朱朔の様子に、ニコッと笑いかけながら、堀沢は
「あなたはこれからどうしますか?私たちの仲間に入りますか?それとも…?」
「俺は…ここに戻りたくねぇと思ってた…。けど、今回の事件はなんか許せねぇ…だから、戻るわけじゃねぇけど、この事件の解決に協力する…ことにする…」
「そうですかそうですか!それはよかったです!では橘 朱朔、あなたを我が警備部の一員として歓迎致します!今後のご活躍、楽しみにしてますよ〜!」
「は、はい…」
おぉ〜という歓声と共に皆から拍手されながら、堀沢はさもわかっていたかのような口ぶりで、すごく軽く、朱朔は警備部に再び入隊することになった。
「さて、いろいろバタバタした日でしたし、怪我人がいないとは言え、警備部内部がまだ混乱の中にあるので、明日からミーティングやらを始めますので皆さん今日は寮で疲れをとって下さい。警備部の方は私に任せてください。では…あ、そうそう、橘くんは私とともに来て下さい」
「え、は、はい…?」
「では、皆さんお疲れ様でした」
「「お疲れ様でした!」」
「あの、このまま隊長に任せてもいいのでしょうか…?」
亜須加は隊長の手を煩わせることと、なんとなく朱朔のことも気になり、ふと口にした。すると男は、
「あぁ、俺もなんかしっくりこねぇけど、隊長の目が笑ってなかった…あれはおとなしく言うこと聞いた方がいいぞ」
「は、はぁ…」
「じゃあな、班長さんよ」
「あ、お、お疲れ様です!」
一方、堀沢に連れられて歩く朱朔は、すれ違う警備部の人間に挨拶を交わしたり、お礼を言われて返事を言ったりなどはするが、2人の間で、道中一言も喋らない。エレベーターの中に入る。エレベーターの密閉度は、重苦しい気持ちにさせた。
『どこに行くんだ…?』
朱朔は不安にはなってないが、エレベーターがどこに止まるのか、じっと階表示を見ていた。
しばらく乗って、35階。重たい扉が開いた。また、静かに歩き出した堀沢。についていく朱朔。相変わらず統一感のある廊下を歩く。窓を見れば、さすが35階という、壮大な街の全貌が目に飛び込んできた。すると、堀沢がある部屋のドアをガチャリと開けた。
「さぁ、どうぞ。好きなところに腰をかけて」
「あ、はい。失礼します」
その部屋は、内部も廊下と同じ色でとても広く、入ってすぐ右手に少し明るい茶色の長いソファが向かい合って間には透明なガラス机があり、壁に本棚、そして奥にはパソコンが3台しか置かれていない、いかにも上層部らしい机が置かれていた。朱朔はどうやら堀沢の部屋らしく、電気をパチっとつけ、
「コーヒーは飲めるかな?」
「あ、いえ、お構いなく!」
「そうかい?すまないね…何のおもてなしもできないが」
そう言って自分の分のコーヒーを入れたコップを一口飲み、奥の自分の机の上に置いた。
「あの…」
「なんだい?」
「その、俺になんか用事があってここに連れてきたんですよね…?」
「あぁ、そうだったね!でも、本題に入る前に…」
パァン!!
「なっ!?」
「警備部へようこそ!!橘 朱朔君!!」
「……。ありがとう…ございます…ってか、なんすかそれ!?」
「ははは、いや〜案外いい反応するね〜。てっきり無視されるかと思いましたが…。実はここの人全員に一度はやってるんですが、あっさり無視されましてね…ははは!やはり君は乗ってくれると信じていましたよ!君は面白い!!」
『なんだこいつぅぅぅぅ!?全員にやったのかよ!?乗った俺めっちゃ恥ずかしいんだけど!?ってか、俺のさっきの尊敬の眼差し返せぇぇぇぇ!!』
朱朔はそう心の中で叫ばずにはいられなかった。腹を抱えて笑う堀沢の表情は、これまで寡黙で、偉大で、(認めたくはないが)超イケメンの見た目とはかけ離れすぎていて、無邪気な笑顔は似合わなかった。
「あ、あの…なんなんですか、あんた…」
自分だけ乗ってしまったことに恥じらいを感じて、すこし強い口調で堀沢に問うた。
「はははっ…はぁ〜あ…つまらない!」
しかし、朱朔のその言葉を無視し、そう言って持っていたクラッカーを床にぶん投げた。
『なっ!?なんだよこいつ!?あんなに笑ってたのに!?』
もうわけがわからなかった。なんだって堀沢は自分を呼んだのか、いや、まぁお祝いをしたかったのだろう。しかし、それにしたって、行動が不可解で不気味だった。あの無邪気な子どものような笑顔も、あの(断じて認めたくないが)かっこよさも全て堀沢で、コロコロと変わる顔についていけない。それに今の、クラッカーを床に叩きつけた時の堀沢の表情は、冷たく凍りついて背筋がゾッとした。
「さぁ、お遊びはここまでにして…本題に入ろう」
堀沢は先ほどの、冷たすぎる表情をころっと変えて、笑顔で朱朔が座っている向かいのソファに座った。