霧中
「…は…?」
現場に到着した朱朔が見たのは、賑やかに人で溢れ、いつもと変わらない日常を送る街そのものだった。
「爆発…が…起きて…ない…!?」
アナウンスの示した場所は、人の行き来が多い駅が近くにあって、その側にある大きめのデパートである。そのデパートへ行くには、道路の十字路にある、人や自転車の入り乱れるスクランブル交差点を渡らないと行けなかった。しかし、辺りを見渡しても、デパートはもちろん、爆発の黒い煙など立っておらず、怪我人も見当たらない。ただひたすら、人が、DNAに刻まれたように機械的に信号の通りに歩き出すだけだった。朱朔は、スクランブル交差点のある一つの横断歩道の前で、人の波に流されないように、また、混乱する頭で立ち尽くすばかりだった。
「なんで…?確かにアナウンスが…!?くっ!?」
すると突然、目の前に明るい、明るすぎる光が朱朔を照らした。朱朔は眩しすぎて目を開けられないでいた。すると、
「あ!やっぱり来てくれたんだね!橘 朱朔」
見えない視界の中で、朱朔が何処かで聞いたことあるような明るい声が聞こえた。その声は朱朔を知っているようだった。
「誰だっ!?…くっ…!?」
声の主に怒鳴るように尋ねた時、朱朔は突然白い空間にいた。
「僕のこと忘れたの?ひどいな〜」
声だけが響く。
「声だけでわかるわけねぇだろ!つか、ここどこだよ!姿を見せろ!」
「やれやれ、本当に変わってないね。すぐ怒鳴るところとか、みどりその孤児院の時からずっと…変わってない」
「なっ!?」
「まぁゆっくり僕のことは思い出してよ。じゃあね〜」
「おい!待て!」
声は聞こえなくなり、いつの間にか先ほどいた街に戻ってきていた。
「誰なんだ…」
「朱朔!!」
後ろから朱朔を呼ぶ声が聞こえた。
「亜須加!」
「これは…一体…?」
亜須加らが遅れて到着してきた。そして堀沢が状況を把握しようとしたが、やはり混乱からは逃れられない。
「俺もわからねぇ。爆発が起こってないことだけは確かだ。けど、あのアナウンスが間違うことってあんのか?」
「いや、アナウンスが間違うなんてない」
朱朔の質問に即座に答えた堀沢の言うとおり、警備部のアナウンスは誤報など起きたことがない。なぜなら、事件が起きてアナウンスが流れる時は、どの場所で何が起きたかを瞬時に把握できる感知能力らが所属する伝達班からの指示で流れるからだ。
「まさか…伝達班が…?それに、他の班が1人もいない…」
亜須加が言ったように、我ら鬼武隊以外の班の存在が見受けられない。
「どういうことだ?」
「わからない…。とひあえず、一旦戻ろう」
堀沢のその一言で皆それぞれ疑問を持ったまま、警備部に戻ることになった。しかし、皆が乗ってきた車へ戻ろうと歩き始めているというのに、朱朔は立ち尽くしたままだった。
「朱朔…?」
その様子に気づいた亜須加が朱朔へ歩み寄る。
「あぁ…なんでもねぇよ。行こう。」
「うん…。」
平静を装った朱朔だが、心の中では動揺を隠せないでいた。なんでもないと朱朔は言ったが、まだ考え事をしていることを感じながら、それでも亜須加は朱朔の言葉を信じて何も言わないまま、下を向いたまま歩く朱朔の後ろをついて歩いていた。一方朱朔は、
『あいつは誰なんだ…。なんでみどりその孤児院の事を知ってる…?』
亜須加の感じた通り、考え事にふけっていた。そんな時、ふと視線を感じた朱朔は視線の先へ目を向けた。
「…!」
「朱朔…?」
視線を感じてふと立ち止まった横断歩道の渡った先に、信号待ちをしている人の隙間から、こちらを見てニヤリと笑う、頭一つでた背の高い青年がいた。その顔を見た瞬間亜須加の朱朔を呼びかける声は掻き消され、朱朔の心臓がドクンッと鳴った。
「は…やて…?」
「え…?」
その青年はこちらを確認して手を振った。そして、背を向けて歩き出した。
「おい!待て!」
まだ信号が青になっていないため、向こうへ渡ることができない。ようやく、青に変わり走って渡ってはみたものの、虚しく、青年の姿はなかった。
「朱朔!?どうしたの!?」
朱朔の異変に気付いた亜須加も、同じく走って渡ってきていた。
「あいつが…隼が…!」
「え…?」
「なんなんだよ…!一体どうなってやがる…!」
混乱する朱朔。そんな姿を影からそっと堀沢は見ていた。
「ようやく、ここから面白くなりますね」
朱朔が見た青年。その青年の名は溝野 隼である。