始動
ー「また、ここへ戻ってはきてくれないか?」ー
朱朔の頭の中でぐるぐるとループしていたその言葉は、朱朔の心を曇らせていた。
「俺はもどらねぇって決めたんだ」
朱朔は、自分の部屋の自分のベッドの上でそう吐き捨てた。
ー数時間前ー
「ここ数日、"連続無差別爆破事件"が至る所で発生してるのは知っていると思う。主にデパートや、テーマパークなどの人が集まりやすい所で事件は起き、何人もの負傷者がでている。警察の調べで進めていたが、爆破跡を調査しても、出火元が特定できず放火の可能性が疑われているが、スペクターによる犯罪である可能性も疑われているため、同時進行でこちらも捜査することになった」
朱朔と朱朔を拉致った女、亜須加や男と堀沢ら5人は、一旦話しやすい場所へ移ることになり、白い部屋から会議室へと移動することになった。白い部屋の大きな扉から外にでると、そこはこげ茶色を基調とした天井がやけに高く、果てしなく左右に広がる廊下が続いていた。堀沢を先頭に、朱朔は1番後ろからその長い長い廊下を進んで行った。長い長い廊下を進んでいる時、誰も、一言も、喋らず、ただただ長い長い沈黙が続いていた。廊下には、5人の足音だけが響いている。すると、堀沢が沈黙を破って言い放った。
「ここに来るのは初めてかね?橘くん」
「えぇ、初めてです」
堀沢が後ろにいる朱朔に問いかけ、朱朔は動じることもせず答えた。また沈黙が続く。またコツコツと足音だけが、廊下を灰色に彩る。
しばらく歩いてようやく、エレベーターが見えた。警備部には所属していたものの、警備部の建物をよく知らない朱朔にとっては、誰も喋らないあの時間は苦痛でしかなく、エレベーターも、狭い空間に5人が収まる窒息状態が予想され、嫌悪感と脱力感が入り混じっていた。そんなことを思う朱朔をよそに、堀沢から順々にエレベーターに入っていった。堀沢がドア付近のボタンの前に立つ前に、男がさっと入りボタンの前に立った。
朱朔は1番後ろから入ったが、後ろが空いていたため後ろへと向かった。どうやら、ここは地下一階だったらしく、エレベーターの階表示がB1から始まっていた。扉が閉まり、男が13階のボタンを押した。
ゆっくり上に上がり出したエレベーターの中では、沈黙がやはり続き、朱朔が予想していた以上の、窓がないのもあって中々の窒息感が朱朔を襲った。そして、実際は10分ほどの時間を有したが、朱朔の体感時間が2時間を超えた時、
ポーン
軽い電子音が流れたと思えば、エレベーターの重い扉が開いた。13階だ。
堀沢からまた順々にエレベーターをおり、全員が降りるその間ずっと、男が開くボタンを押し続けていた。
朱朔がおり、男がおり、全員がエレベーターをおりて、また一行は歩き出した。相変わらず、こげ茶色のアンティーク系の壁で、ところどころ、部屋があった。しかし、なんの部屋かは書いておらず、また、中を見ることができない構造で閉鎖的だった。そして、堀沢がある部屋の前で立ち止まり、扉を開けた。ここが会議室のようだった。
会議室はその名の通り、会議専用の部屋らしく、四角い長い机とそれを取り巻く脚にコロコロが付いた椅子が配置されていた。適当に腰をかけた皆に遅れを取らぬように、朱朔も席に付いた。そして、堀沢が話し始めたところだった。
「我々の調べでは、スペクターによる犯罪で有ることが有効であると考えている。それもかなりの手練れであることも」
「あの、その犯人は何のスペクターを持っているのでしょうか?」
いきなりの捜査会議に混乱を隠せない朱朔であったが、堀沢の説明に疑問をもった亜須加が堀沢に問うた。
「あぁ、犯人は"ベントゥス"の持ち主だ」
「"ベントゥス"ですか…厄介ですね…」
スペクターにはそれぞれ、操れる能力によって名前がついている。その中で、風を操るスペクターを"ベントゥス"と言う。ちなみに、朱朔がもつスペクターは"インフィニティ"という全ての攻撃を見破り、瞬時に弱点を把握することにより無効果し、弾き飛ばす能力で、朱朔が"最強"とうたわれている所以はそれである。スペクターを持っているだけでも厄介なのはそうなのだが、"ベントゥス"は攻撃力・治癒力ともに早い上に高い。また、攻撃範囲も広いため、近づくことも困難である。朱朔のもつ"インフィニティ"よりはマシではあるが、対峙すると厄介なスペクターの一つである。
「厄介ではある…。が、こっちには橘くんがいる…!」
「…え…っ!?」
「橘くんは西堂班に入ってもらいたい」
「え、ちょ、俺一言も言って…」
ビービービービー!!
「爆破事件発生!爆破事件発生!総員は直ちに現場に急行し人民の救助を最優先とし犯人を確保せよ!」
突如、大きなサイレンが鳴り響き、爆破事件発生のアナウンスが流れた。その途端、朱朔は会議室を飛び出した。
「朱朔!!」
亜須加の朱朔を呼ぶ声も虚しく、走り去った彼の耳には聞こえていなかった。
「皆!急いで向かうぞ!」
「はい!」
堀沢のその言葉で一同の空気が引き締まり、先に走って行った朱朔に負けを取らない早さで一行は現場へと向かった。