ヒポポタマスの捜し物
「あなたはずんぐりむっくりな性格だね」
そう言われて、私は眉を顰める。
体型にはよく使われる言葉だけれども
それを性格に当てはめられてしまうと、
返す言葉もない。
そもそもどういった塩梅で
使っているのだろう?
帯に短し 襷に流し
私なりに連想する言葉だ。
つまりは役立たず。
何とも身も蓋もない言われよう
じゃ、あなたはどうなんだと
文句のひとつも言い返したくなる。
そしてそういう言葉っていうのは、
この先ずっと残っていたりするもんだ。
ノートの切れ端に書いた落書きが
捨てるに捨てられないように。
これはつい先日の出来事。
お昼時の事だった。
入試も終わり
山積みな仕事も何とかこなして
少しだけほっと一息つける瞬間
私は熱いお湯を口に含んで、目を閉じた。
しかし、流し台の方からは「あれ?あれ‥」と
短い声が聞こえてきた。
ふと、視線をずらして見ると
年配の先生が棚を引っ掻き回していた。
「どうされましたか?」
僕のコップがおらんのです。
先生はチラリとこちらを見ると
再び、流し棚の上を捜し始めた。
赤と白の柄物で前までは
ここに確かにあったのに
おかしなことです。
他の先生方も集まって、皆で捜索したが
結局コップは見つからなかった。
コップに脚が生えたわけではなかろうに。
年配の先生はそう笑って返したが、
20年ずっと使っていたやつなんだけどなぁ
という言葉には誰も笑えなった。
その後もコップはしばらく見つからなかった。
私なりに頭を悩ませたコップの紛失事件だが
その2日後突如それは出現した。
いつもの流し台の上に、赤と白のコップは
お行儀よくちょこんと座っていたのである。
先生は「あった あった」と嬉しそうに
コップを持ち上げると
その下から出てきたのは、
一枚の紙切れだった。
「なくさないでね」
「コップは見つかったから、
良かったじゃない」
そう言われれば、確かにそうなのだが
何とも負に落ちない。
終わり良ければすべて良し
それよりも、その終わりに導いた
理由を知りたい。
「無粋だな」
そう笑われようが、私の意思は硬い。
じゃあ、その先生はどこでコップをなくしたのか?
そこから考えなければならないね。
私はその理由を求めた。
最近忙しかった事。
先生はしばらくコップを使わなかった。
それはお茶を呑む暇さえなかったということ。
では、どうして忙しかったのか?
それは学期終わりで成績を付けなくては
ならなかったから。
いろいろな行事もてんこ盛りだったのだし‥
「では、あなたにあえて問いましょう。
いろいろな行事って、どんなこと?」
だから、入試とか卒業式とかいろいろと‥‥
そこで気がついた。
高校入試の手伝いに駆り出された時、
確か夕食は高校で取った。
その時コップは持参していったのでは
なかっただろうか?
夜の9時。高校の廊下でバッタリ出くわした。
年配の先生は確かに片方の手に
コップと鞄を持っていた気がする。
「今日は疲れたね。僕はもう職場には戻らず
帰ります。そう伝えておいて」
そしてそのまま車の中へ
吸い込まれていった。
ああ、成る程。
自分で持って帰っていたこと、
先生も忘れていたのか。
だから、流し台にこっそり戻したのも
恐らくは先生自身
あの手紙は自分自身への戒め
ってところだろうか。
「ちょっと違うと思うなぁ」
私は再び眉を顰めた。
何が違うというのだろうか。
「だって、先生は一言も真相を
言ってないじゃない。
それにあのメモの内容。
あれは他の先生に対する謎掛けなんじゃないかな?
お茶を飲めるぐらいっていうことは、
今はそんなに忙しくないってことだよ。
そこに問いかけたんじゃないのかな。
身体にゆとりを 頭は休まらず、と」
これはいくらなんでも深読みし過ぎだろう。
私のモットウは心身共に労いをだ。
「だから、無粋な考えだね」
私は一文字に口を結ぶと、そう言えばと
再度口を開いた。
「ずんぐりむっくりな性格ってどういうこと?」
相手はしばらく考えてから、
「ヒポポタマスみたいな性格」
とつぶやいた。
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥解せぬ