第4話 やっぱり痛いのは嫌なのです
投稿した後に最後の方の文章が削れていることに気がついたので、付け足しておきます。
ツルギはそう言って少しの間黙り込む。
というのはどうやら自分の発言に対して良和がどういった反応をするのかというのが気になるらしく、上目遣いに覗き込むようにして良和の顔を観察しているのだ。
しかし当の良和はといえば突然世界征服などといわれてもピンとこず、脳内に満ちたクエスチョンマークで思考は停滞気味だ。
「……え、えーっと、征服?」
やっとのことで言葉を紡ぐ良和。その反応を待っていたといわんばかりに、ツルギは腰にバネでも付いているかのような勢いで椅子から跳ね上がると良和の前で仁王立ちになり左手の人差し指を天井へと差し向ける。
「そう、世界征服! 私はこの世界を自分のものにしたい。同じ志の下に集った同士全員の理想の世界を手に入れたい!」
一切の迷いなく。最初からそう決まっていたように宣言にも似た台詞を言い放つ。ツルギの後方に立つアルメルも表情を全く変えず、恐らくはアルメルも同じ想いを持っているのだろう。けれど良和には未だどういうことか事情が把握できず、苦笑いにも似た曖昧な表情で返すしかない。しかしツルギはその表情から良和の心情を察したようで、小さくため息をつくと上げた腕を下ろし小さな足取りで椅子へと戻った。
「私だってわかっている。こんな小国の反政府組織が世界を変えることなどできないと思ってるんだろう?」
若干落ち込んだように声のトーンは低い。視線もふわふわと泳いでいるようだ。
「今の世界は駄目なんだ。むちゃくちゃに混ぜ返されてわけがわからなくなっている。誰かが正してやらなくてはいずれ壊れてしまう。良和は、ただ壊れていくものをそのまま見過ごせるか? 手に取ってどうにか直せないかと考えないか?」
聞かれた良和はいい返事が思い浮かばずただ、「……そうですね」とだけ返す。その良和の言葉でツルギはなにか思ったようで、「……すまない。良和はこの世界の人間ではなかったのだな。それなのにこんなこと言われても意味不明だろう」といい視線を下げてしまった。
「私たちは戦っているのですよ」
ツルギに変わってアルメルが話し出す。アルメルはツルギとは違って真っ直ぐに良和の瞳を見つめ、はっきりとした口調で話す。
「私たちは知っています。人間がどれだけのことをしてきたのか。どれだけ世界が人間のせいで外れてしまったのか。違えたものは直さないといけない。だから私たちは征服というよりは修正をしているのです」
「いったいこの世界がどうしたっていうんですか?」
「私たちが生まれるずっと前、人間は――」
アルメルの言葉はしかしそこで途切れた。
なぜなら今いる建物全体が激しく揺れたからである。良和は地震かと身構えるが、どうやら地震の揺れ方とは違うのだ。地面が横に揺れるのではなく。とある一定方向からの衝撃。まるで建物の壁になにかが衝突し、その衝撃がここにまで伝わっているような。
「――な、なんですか、これ、」
「アルメル! 総員伝令! 第一種戦闘配備だ!」
今までの態度がウソだったように、ツルギは再び跳ねるように椅子から飛び上がると、大声でなにやら叫ぶ。それに反応しアルメルと、部屋に入った時に見た男が急ぐようにして部屋から飛び出していった。
広い空間にツルギと二人残される良和。意味が分からず左右を見回す良和を、ツルギは大声で呼んだ。
「ついてこい! お前に世界を見せてやる」
建物の構造としては石造りの城のような内装で、長い廊下の左右に幾つもの扉が設けられていた。
ツルギに手を引かれ部屋を出た良和は、依然として揺れる中、長い廊下を突き進み、階段を何階分か上りさらにそこからまた長い廊下を歩き、一つの部屋の前にたどり着いた。
「目を逸らすな。逸らす場所はない。逸らして見えるその場所もこの世界の一部だ」
念を押すように良和の顔を覗き込むツルギ。雰囲気に圧倒され頷く良和だが、ツルギはそれを見ると部屋の扉を開いた。
部屋の中は――いや、そこは部屋ではなかった。
確かに部屋ではあるが、一般に言う部屋とはかけ離れている。
床・天井・四方の壁、すべてが透過され、外の景色が丸見えとなっているのだ。下を見れば芝生の地面、恐らくは突き出すようにして設計された部屋なのだろう。天井はどんよりと曇った空をそのまま映す。壁は扉がある以外の左右と正面が建物の外を映しており、そこには木々が生い茂った自然な風景――の中に異常な物体が鎮座していた。
「――レフォルマ……。新型か」
ツルギは良和から手を離し部屋の中央へ駆けると、床を思い切りかかとで蹴る。その動作が合図だったようで、突如ツルギの前の床が割ると、先ほどの広間で腰掛けていたのと同じ椅子が現れ、同時に左右の壁・天井・床の透過が消失し黒一色になる。
外の景色が見えるのは正面のみであり、それを見据えるようにしてツルギ椅子に腰掛けると、肘掛に肘をつき、レフォルマと呼んだ謎の物体を睨んだ。
「良和!!」
立ち尽くす良和は大声で名前を呼ばれ硬直する。
「心配ない。見ていればいい。見ていればあれがなんなのかわかるよ」
振り返るでもなくツルギはそう言って、次の瞬間謎の物体が動き出した。
高さはおよそ十メートル。長い円筒状だったそれは、各部が駆動することによりなにかを形作っていく。人の足のような部分が現れ、腕が生える。胴体に見える筒の上部からは頭のようなものが伸び、それはどうみても人の形を模したものだ。
それは人間と同じような動作で右腕を振り絞ると、まるで殴りかかる直前のような格好になる。そして引き絞った腕はツルギと良和のいるこの部屋の外壁へと迫り、そこで下方後方より二筋の光線がレフォルマを照らした。
いや、光線ではない。質量を持ったそれはレフォルマの装甲に当たり火花を散らす。それが銃撃であるということに良和が気がついたのはしばらく経ってからだった。
良和が光線と錯覚したのはエリア・ウェポン、いわゆる広域制圧兵器に含まれる重機関銃による銃撃だ。この兵器の存在意義とは〝敵をその場に釘付けにすること〟。現にレフォルマは現在、腕を絞った状態のまま動きを止めていた。
表面装甲は重機関銃の弾丸を弾いているように見えるが、よく凝らして見ると表面はうっすらと赤らみ熱を帯び始めている。効いていないように見えても徐々に装甲を破壊しつつあるのだ。
「あの森の中には警戒・防衛用のピケット兵がいる。敵がキルゾーンに入った時点で複数射線による撃滅が開始されるんだ。倒せなくても被弾による修復を行わせることで次の動作を封じることはできる」
ツルギはそうして指を差し向ける。その先にいるのはレフォルマで、改めてそれをみた良和は違和感を覚えた。
確かに動きは止まっている。重機関銃は本来の役割を果たしていると言える。ただレフォルマの破れかかっていた表面装甲、それがついさきほどよりも回復しているように見えるのだ。熱せられもろくなっていた装甲が冷却され、硬度を取り戻しているような。しかし銃撃は未だ続いており普通であればレフォルマの装甲は押される一方のはず。
「でも封じるだけじゃ倒せない。あいつらは自己修復するんだよ。攻撃を与え続ければ治すのに精一杯で他の動作はしなくなる。でもあいつらはいずれ完全に回復する。こちらの弾薬が尽きるのが早いだろう」
淡々としているツルギであるが、それでは負けてしまう。負ければ今いるこの建物は破壊され、ツルギも良和も死んでしまうだろう。
「ど、どうするんですか! このままじゃ」
しかしツルギは慌てるでもなく努めて冷静だ。
「ピケット兵は所詮作り物の消耗品に過ぎない。彼らの役割は時間稼ぎ。本当の撃滅はこれから開始する」
そうしている間にも銃撃を浴びるレフォルマは少しずつ動き始め、どうやら修復が完了したようだ。と、ここで遂に重機関銃による銃撃が途絶えてしまった。恐らくは弾丸による摩擦と圧縮ガスによって高熱になった銃身の交換か、あるいは弾薬が尽きてしまったのだろう。
こうなるともうレフォルマを止めるものはなにもなく、あとは目的通りこの建物の破壊に取り掛かるだけ。しかしそうなればツルギたちの負けなのだ。
『ここは通さん!!』
その時、外のちょうどレフォルマの足元から声が。良和は壁際に走り寄り下方を見やると、立ちふさがるようにして誰かが立っていた。
全身を分厚い服で覆い、地肌が全く露出していない格好。声で辛うじて男性とわかるが、良和から見て背を向けているため顔は見えない。
『ツルギ! こいつは俺が倒す』
男はそう言うと膝を折り曲げジャンプした――否、もはやそれはジャンプというには飛びすぎており、まさに飛んだのだ。あのような、見た目にも重量数十キロはあろうかという服を着込んでなおこの跳躍力。良和は自分の目を疑うとともに、ここが自分の知っている世界ではないということを思い出した。
男は一飛びでレフォルマの顔面部分に到達する。高さにすれば10メートルの高さ。レフォルマは建物の外壁に狙いをつけていたため、突然顔の前に飛び出してきた物体に即座に対処することができない。男はそのまま膝蹴りの要領でレフォルマの顔面を揺らすと、そのまま降下していき地上へと着地する。だが重機関銃でも一時的に動きを止めるに過ぎなかったのに、あのような蹴り一つでダメージになるわけはない。
良和は何をしているんだと降り立って男を見てから、もう一度レフォルマを見た。
「……え?」
男の膝蹴りが入ったのは人間で言う口と鼻の間の空間。そこに穴が空き中身が露出していた。
「どういうこと? 顔面は装甲がないのか?」
疑問に頭をひねる良和だが、その問にはツルギが答えた。
「あいつらは全身装甲だ。足の先から頭の先まで。だから普通の攻撃では決定的なダメージを与えることはできない」
「な、ならどうして」
「普通ではないからさ。私たちはこの力を憎悪している。でも世界征服のためには選り好みしている余裕はないんだよ」
良和が見つめるツルギの瞳には、なにかが見えた気がした。
男は名をダツという。
3年前までは隣国の陸軍で第21CCC連隊A中隊「ブルーリーフ」に所属していた。
主な任務は偵察・斥候、他国ゲリラ部隊の組織育成及び武装化の手引き。その他敵国内での破壊活動や要人の暗殺などである。
ダツもそうした任務に従事し、たくさんの戦果を挙げてきた。
しかしある任務で敵国内に潜入した際、奇襲を受けダツ以外の全員が死んだ。ダツはなんとか回収地点まで帰投するが、帰国した彼に居場所はなかったのだ。
その後紆余曲折あり軍を抜けたダツはとある少女と出会い、彼女のために戦うようになる。
『これはツルギがくれたんだぜ。もう内蔵ぶちまけるのは嫌だからな』
ダツは着込んでいるスーツに片手を差し込む。そして取り出されたそれはいわゆる手榴弾だ。ダツは握った手榴弾からプルリングを抜き取ると、レバーとともに握りこんでいた手を開いてしまう。つまりこの時点で撃針は解放され雷管は叩かれているのだ。しかしほんのあと数秒後には爆発するというのに、ダツはその手榴弾を自身の腹の位置にあるポケットへと放り込む。そして先ほどのように跳躍すると、レフォルマの口と鼻の間に空いた穴を抱きつくように覆い隠し、直後くぐもったような振動が壁を突き抜けツルギと良和がいる部屋までも揺らした。
レフォルマは頭部から爆炎を吹き上げながら後方へと倒れ始め、爆煙の中からは弾丸のような勢いで黒い物体が飛び出した。それはツルギたちのいる部屋の外壁に叩きつけられ、透過されているため人間が壁に激突する瞬間を良和はみてしまった。
「――う、」
思わず嗚咽を漏らす良和。彼はてっきりダツの死体が壁に叩きつけられたと思い込んだが、壁に叩きつけられたダツは元気そうに中にいるであろうツルギたちに手を振り、滑るようにして地上へと落ちていった。
「ど、どうして無事なんだ……」
普通、腹に抱えた爆弾が爆ぜれば生きてはいないだろう。
爆風にある程度の指向性を持たせたとしても良くて重症、悪くて死亡だ。手を振るような余裕はないはずなのだ。
「あれはねえ、ダツが頑丈すぎるってのもあるし、あいつは私があげたのを律儀に身につけてるから」
ツルギは嬉しそうに微笑みながら外で行われている戦闘を見守る。
後方へと倒れ込んだレフォルマはそのまま受け身を取ることもなく地面へと叩きつけられ、一方のダツは空中で何回転かし華麗に着地を決めた。
ダツの表情は相変わらず見ることはできないが、腰に手を当て胸を張っていることから今の攻撃が決定打と確信したのだろう。そのまま倒したのを確認するように頭部がある森林へと踏み入っていくダツ。しかし、ダツの姿が消えたところであたり一帯の空気を震わす不穏な声が響き渡った。
例えれば有事の際に市町村で流れる緊急サイレンをさらに低くしたような音。腹の底に響くような、不快というよりは恐怖を掻き立てられる音。その直後に沈黙していたレフォルマが突然腕を振り上げた。同時に森林の中からダツが打ち上げられ、どうやらレフォルマの攻撃を食らったらしい。
ダツの跳躍時よりも圧倒的に加速しており、空中で体勢を整えようにも無理な回転と風圧が加わっているせいで体勢の立て直しができない。地上のレフォルマはその間に頭部から炎を上げながらも起き上がり、追撃をかけるように空中へと飛び上がる。
高さ10メートルの物体が飛び上がるというのは、さながらロケットの打ち上げで、違う点といえば水蒸気とエンジンの噴射による煙が上がらないことだ。ただ衝撃は強く、ツルギたちのいる部屋も建物ごと大きく揺らされる。
そうしているうちに空中のダツにレフォルマは急接近し、体当たりをしそうな勢いである。100、50、10、と距離は詰められ遂にレフォルマの巨体がダツを襲った。
空高く、まるで昼間もう一つの小さな太陽が出現したように空中で爆発が起こり、激しい閃光と衝撃波が地上へと降り注ぐ。流石のツルギもこれには椅子から立ち上がるリアクションを起こし、ツルギと良和はフタルして壁際に寄り空を見上げる。
「……死んでない……。死んでない」
隣で呟くツルギのつむじを見る良和。良和も死んでないと信じたいが、あの規模の爆発では難しいだろう。先ほどの手榴弾を使った自爆特攻とは比にならない爆発だったのだ。レフォルマはもちろん爆散し跡形もないだろうが、それはダツも同じで、あれでは死体が残っているかも怪しい。
レフォルマによって引き起こされた火球は、一瞬こそ太陽に見間違えるほどであったが、爆発の勢いはまるで中心部へ吸い込まれるようにして一気に引いた。爆発が収まったあとの空からはレフォルマのものと思しき破片が落下し、そのどこに目を凝らしてもダツの姿を認めることはできない。
並んで立つ二人は、一方は無言で空を見つめ、もう一方はそわそわと視線をあちこちに向けている。目の前で仲間が消えたのだからそれは仕方のないことなのだが、それでも無表情で口を固く結ぶツルギは、まだ信じているようであった。
『隊長は、相変わらず馬鹿なんですねえ』
誰のものともわからない声。空中にばかり気を取られていた二人は、地上に立つ人影を完全に見逃していた。
『敵を倒したと誤認して、逆にやられかけるなんて、気ィ抜けてるんじゃありません?』
鼻から下を暗褐色の布で隠し、上半身はなぜかなにも身につけておらず丸見え。下半身には幸い迷彩柄のカーゴパンツを履いており、足元は膝丈までの戦闘靴だ。そして右肩には爆死したと思われたダツが担がれており、ダツが大きすぎるせいでアンバランスだ。
『お、お前が来てくれると信じてたんだ』
『ばーか。第一目標は敵の撃滅。余裕があったから助けてやっただけ。次からは放置しますから』
『ほっとかれるのもそれはそれであり。山奥で3ヶ月間単独サバイバルしたときよりはマシ』
『気持ち悪い……』
顔半分が隠れていてもわかる心底嫌そうな表情の女性と、鉄製の顔面覆で表情の見えないダツ。二人は会話をしながらも建物へと近寄り、すぐに中へと這入った。ツルギはそれを見て安堵のため息をつき、良和はいけないものを見てしまったような気持ちになる。
「ま、まあ最初からやられるなんて思ってなかった。無事帰投するのは当然なのだ。しかし油断したダツには罰が必要だな」
ツルギはそう言って、小さく微笑んだ。
「先刻戦闘を行ったレフォルマと呼ばれる制圧用ドローンですが、現在回収した残骸の解析を進めています」
最初に良和の訪れた広間で、アルメルは先ほどの戦闘の詳細を話していた。
「我々の損害は12.7mm×99通常弾600発、拠点外周の地面の抉れ、あと単騎突撃したひとりが帰投後の検査で肋骨二本の骨折、両肩関節脱臼、以上です」
アルメルは何でもないというふうにしているが、現在彼女の服装は上半身裸である。もちろん戦闘時ダツを助けたのが彼女だからで、その後着替えずにここに来たのだ。おかげで良和は目のやりどころに困る。
「ほんにあーしが休んどる間に敵さんの襲撃あったとかあっとろしいなあ」
良和の隣でどこかの方言のような口調で話すのはツルギよりも何歳か年上に見える女の子。彼女はどうやら先ほどの戦闘中も眠っていてまったく気がつかなかったらしい。
「そんでこの子が新しい? えらい可愛らしいなあ」
下から覗くようにする女性に若干表情を引きつらせる良和だが、これからどうなるかもわからないので自己紹介をしておくことにする。
「い、井上良和です。よろしくお願いします」
「はいよろしく。あーしは包きなこ。きなこちゃんて呼んで。ほんじゃあーしはちょっと妹んとこ行ってくるけ」
そうしてきなこは手をひらひらと振りつつ出て行った。後に残されたのは良和とツルギ、アルメル。その他数名が残っていたがそれぞれ作業をしているようだ。
「ダツはどんくらいで良くなるんだ?」
「全治一ヶ月ってとこでしょうか。戦闘が可能になるのはもっとかかるかと」
「はぇー。まあ骨2本折ってれば仕方ないか」
良和の視界の隅でツルギとアルメルはなにやら話し込んでいる。そのうちツルギと視線が合い、呼び寄せるように手招きをしてきた。
「見てたと思うけどさっきのあのでっかいのが敵の使う兵器。動力は魔力ね。内部に蓄積されてるんだ。駆動時間はぶっ通しで約48時間。見てもらった通り装甲があるので普通兵器では倒しきれない。私たちも能力を使って応戦するしかない」
「魔力って言われても、もといた世界にはそういうのないんでよく……」
良和の世界には魔力や魔法といった言葉自体はあったが、それはあくまでフィクション、架空の存在であって現実に存在しているものではない。秘密裏には存在しているのかもしれないが、それを確認する手段を持たない良和にとって、あってもなくても関係のないものなのだ。
「まあそれは仕方ない。この世界では魔法はごくごく一般的だ。ただその力が現れたのは今から200年くらいまえ。それまでは別段特別な力なんて持ってはなかった」
「……? 200年前になにが?」
「さあね。でもそのせいでいろいろまずいことになった。ある程度取れていたバランスが崩れたんだよ。結果、戦争があちこちで起こり、私たちは後手に回ることになった。なぜなら魔法が使えないから。世界中の殆どの人間が使えるのに私たちだけが使えない。使えたとしてもほぼゼロだ」
「でも、そもそもどうして魔法が使える人間と戦ってるんですか? 前に悪がどうのって言ってましたけど」
「私の言う悪とは魔法だ。魔法ができたせいで世界は間違った。間違ってしまった世界には争いが絶えない。常にどこかの国同士が戦争をしている。私はそれをやめさせたい。争うことをやめさせたい。だから、」
「だから自分で世界丸ごと征服しちゃおう! というのがツルギの意思です」
「ちょ、アルメル~……」
いい感じに話していたツルギだが、割って入ったアルメルによって代わりに言われてしまう。ツルギは頬を膨らませアルメルを睨み、当のアルメルは胸部を露出させたままニヤニヤとしていた。
「私もそうです。魔法はほとんど使えません。だから小さい頃からいろいろ言われてきました。嫌気が差したんですよね。生まれた時から区別されてるなんて」
アルメルは口を覆っていた布を引きずり下ろすと、ため息をつく。
しかしそこで良和は先ほどの戦闘を思い出す。
アルメルはダツを救い出しレフォルマを倒したのだ。魔法が使えないという彼女に、そんなことができるのだろうか。
「さっきはどうやって倒したんですか?」
「私たちは魔法を使うことはできません。ただ似たような力を使えるのです」
「あるいは魔法が使えないがための進化なのかも、しれませんけれど」
「エスマン総裁」
室内の照明はついておらず、部屋の四方上部に張られたラインからの淡い光がぼんやりと室内中央に立つ刳捻ツルギの姿を浮かび上がらせていた。部屋には彼女以外には誰もおらず、その言葉は誰の耳に届くでもない。
が。
『現れたようだな』
ツルギ以外に人影のない室内で、彼女以外の声がする。どこからともなく聞こえてくる、まるで降ってくるかのような声である。
「はい。残るは片割れ。それさえ揃えば我らの大望は達せられることでしょう」
『まだ時間はある。慎重に進めよ』
その言葉にツルギは深く頭を垂れると、瞼を閉じ自身のつま先を睨む。
その後室内から彼女が出たのは、およそ2分後のことだった。
飼ってるビーグルの耳がちぎれたり胃腸炎になったり、私自身も原因不明の喉の違和感で通院しておりました。
誤字脱字の指摘、ありましたらどうぞ。