第3話 剣
アルメルの豹変ぶりは良和を驚愕させた。
それまであくまで下手に出た態度であったアルメルが、指を鳴らした瞬間から変わってしまったのだ。あるいはこちらが本当の彼女なのかもしれないが、最初に埋め込まれたイメージからかけ離れたその様子に、良和はまったくついていけなかった。
アルメルがメイドというのは嘘らしい。
確かにメイドとしての仕事はするのだが、それはただ仕事の関係上、本当の仕事は別にある、というふうだ。何より室内に突入してきた武装集団はアルメルの部下であるようだった。
「あなたを最初に見つけたのは観測所の職員ですよ。レイプされなかっただけマシでしたね」
目隠しをされた状態で、向かいに座っているであろうアルメルからそう聞かされる良和。
あれから目隠しをされ、布を噛まされ、ついでに手首まで封じられた良和は抱えられるようにして部屋から連れ出され、恐らく屋敷からも出て、今はなにかに乗っているようだ。
証拠に良和は先程から尻から不規則な振動が伝わってくるのを感じているし、空気が屋敷のものとは違っていた。
「あなたの身なりや所持品から、この国のものではないと判断されました。だから隔離ということであの屋敷に軟禁されていたんですよ。目が覚めたらどこから来たのか聞き出す予定でした」
声だけしかわからない良和に、今のアルメルの表情はわからない。口調からある程度の感情は読み取れるのだろうが、アルメルからは不可能だったのだ。
「しかしあなたはいつまでも意識を回復させなかった。そこで私たちは強制的に覚醒するようにしたんです。それが昨日の昼間のこと」
アルメルは一人淡々と話し続ける。それは良和に向けられたものというよりは、自分自身に確認を込めて言い聞かせているようでもあった。
「それと同時に記憶の一部を覗かせてもらったのですけどね、これがどうにもおかしい。あれはなんですか? あの、暗闇の向こうからやってくる鉄の塊は。どうやらあれによってあなたは瀕死の重傷を負ったようです。それが最新の記憶でした」
そう言われる良和だが、そんなことは覚えていない。大学の帰りに駅のホームで待っていた記憶まではあるが、怪我を負ったというようなことは覚えていないのだ。
というか、それでは話の辻褄が合わない。
瀕死の重症を負ったというが、そんな怪我は今の良和にはないし、こんな場所にいるというのも変だ。
「ああ、すみませんね。噛んだままでは話ができない」
気配が近づき、良和の口に噛まされていた布が取り除かれた。長時間口が半開きになっていたため良和は顎に違和感を覚え、同時に反対側に座るアルメルの姿を見た。
睨んだ。
「睨まないでくださいよ。少々手荒な真似はしましたけど、あなたをどうこうするつもりはないんですよ。あくまで知っていることを聞きたいだけ。部下の手荒は謝罪しますよ。ああいうことしかできない連中ですからね」
アルメルは苦笑いで話しかけてくる。
「……私がこの世界の人間ではないって言ったけど、どういうこと?」
良和はアルメルにそう問う。拒否か、無視されるかと良和は思ったが、アルメルは躊躇うでもなく答えてくれる。
「言ったとおり記憶を覗きましたからね。明らかにこの世界のものではない情報が含まれていた。それと朝方外を見たときの反応ですよ。知らないんでしょう? あの巨大な星はここではセカンドと呼ばれているのですよ」
良和は思い出す。太陽とは別にあった地平線から覗く巨大な天体。あれは地球にはなかったものだし、だから良和は言葉を失ったのだ。
「だったら私は、本当に……」
良和は下を向いて呟く。
信じられる話ではないが、ここが良和のいたのとは別の世界というのは本当の話なのかもしれない。一種のパラレルワールドなのだろう。良和のいた世界でもその存在は示唆されていた。しかし世界間の移動には莫大なエネルギー、それこそ全宇宙の数%に及ぶほどのエネルギーが必要なはずなのだが。
「そう気を落とさなくても、こういうことは稀にあるんですよ。完全に意識を回復させた例はほとんどありませんけどね。そういう意味でもあなたは運がいい。大抵の場合は体の一部が欠損していたり、脆くなっていることが多いですからね。世界間の移動には相当な負荷がかかるようだ」
「前例があるってことですか?」
「そうです」
「なら、帰る手段も? もといた世界に帰る方法はあるんですか?」
良和は若干上ずった声でアルメルに詰め寄る。だがその問いに対する答えは酷く簡潔なものだった。
「さあ」
アルメルに悪意がないのは良和自身わかっている。しかし希望を抱いた直後に否定されたようなもので、良和はうなだれてしまった。
「まあそう気を落とすことはないですよ。生きているのだし、もしかするといつかは帰ることもできるかもしれない」
あくまで前向きに言うアルメルだが、帰る帰らない以前に良和には大きな問題がある。それは体が変わっているということで、今では女性な良和だが、本当のところ前の世界では男だったのだ。帰れたとしてもこのままの状態では、もといた世界に良和の居場所はない。
「大体この体は誰のなんだ……」
ぽつりと呟く良和。向かい側ではアルメルが観察するように良和を見つめている。
今のこの女性の体に良和の意識が入ったのは最近のことで、それ以前にはこの体の本当の持ち主がいたはずなのだ。今では良和の意識が支配しているものの、こうなる前は別の誰かの意識がいたはずで、それはどこに行ったのか。
「死体の体に入ったとかか……?」
考え込む良和だが答えは出ない。第一、肉体を器と見て、意識が取替の効くものだとは未だ信じられないのだ。実際に起こったこととしては確かにそれは起こりうるのだろうけれど、良和の知識の中ではそんなことはありえないという結論にしかならない。
意識を、精神をまるで物のように移し替えるなど、魔法でもない限り無理なのだ。
「……そういえば、どこに向かってるんですか? 主がどうとか」
屋敷でのアルメルの言葉を思い出した良和は、一旦考えるのをやめるとそう聞いてみる。
「そうです。私たちの主のもとへ向かっています。あと二、三十分くらいですかね」
外を見るでもなく、時計を見るでもないのにアルメルはそう言うと、ニコリと笑う。釣られて表情を崩す良和だが、置かれている状況がアレなためどうしても引きつった笑いになる。
「別の世界って言いましたけど、言葉は同じなんですね」
間を持たせるために話しかけた良和だが、そう言って自分でもおかしいことに気がついた。
今良和が話しているのは日本語だ。第一他の外国語なんて話せるレベルではないし、昨日アルメルが日本語で話しかけてきたことからそれが普通なのだと思っていた。
しかしこれはおかしくはないだろうか。
この世界は技術や地理もまったく違う。日本という国がこの世界にもあるかなんてことはわからないし、歴史背景もまったく違うだろう。それなのに日本語が通じる。
「ああ、それは」
考える良和にアルメルが口を挟む。
「言語はまったく違いますよ。あなたの言葉と私の言葉。本来であれば意思の疎通は難しい」
言いながらアルメルは乗り物の天井付近を指差す。そこには良和は気がつかなかったが、細い青いラインが引かれており、これと同じものを良和は屋敷の部屋でも見ていた。
「神の創造物です。まあ、私は神なんてものは信じてはいないですけど。それでもあれは万能の道具なんですよ。誰が作ったのかも知らない。ただ望めばそこにある」
胡散臭い言葉に目を細める良和だが、神が作ったと言われて即座に否定はできない。良和自身常識では考えられない事態に遭遇しているのだ。逆に神に与えられた試練だと言われた方が納得できる。
「要はあれの謎パワーでお互いが理解できる言語に変換されてるってことですか?」
「そうです。ただそれも力の一つに過ぎません。あれは言ったとおりなんでもできるものなんですよ」
良和はラインを見る。昨日と同じように、時折中を光の塊が流れるのだ。
一つ、また一つと流れる光に良和の視線は釘打ちされる。まるで水の中に落ちていくような感覚。意識が静まり、無駄な思考が排除されていくような。
「……おっ」
現実に引き戻すようにアルメルが声を上げた。その声によってラインから視線を外した良和だが、そこで違和感を覚えた。
「――着いたんですか?」
揺れが収まっている。どうやら移動は終わったようだが。
「そうです。降りますよ、と申し訳ないがまたこれをしてもらいます。今度は目隠しだけですが」
アルメルは黒い布を取り出すと良和に手招きする。ここで抵抗してもしかたがないので、良和は頭部を突き出すとおとなしく目隠しをされる。そしてアルメルに手を引かれつつ降りると、そこで新しい空気と地面の感触を感じた。
「段差はほとんどないから、まあゆっくり歩いて」
頷きつつ、歩き出したアルメルにつられて歩く。
肌に触れる空気は冷たく、気温としては秋頃の気温だ。それでも風は吹いていないようで、ほとんど無風状態。もしかすると既に建物の中に入っているのかもしれない。
「ここであらかじめ言っておきますが、主は変わっているというか、おかしい。極稀に突然笑い出したり発狂することがあります。まあ何を聞かれても当たり障りの無いことを言えばいいですけど」
「だ、大丈夫なんですか。その人」
聞いただけでは精神を病んでいるふうにしか聞こえない。突然発狂などその手の病院に収容されるレベルである。
「精神年齢が低いんですよ。でもなんでも見通します。嘘を吐いたら殺されるかも」
「…………」
口調の割に話が恐ろしい。下手をすれば最悪殺されると言われて平穏な心情でいられるほど、良和の精神は屈強ではない。むしろ今すぐ逃げ出したいくらいである。
そして何度か扉を抜け、歩き続け、遂にアルメルの歩みが止まった。
「じゃあ入ります。目隠しはとっときましょう」
アルメルの両手が良和の後頭部にまわり、そこで視界が開けた。突然明るい場所を見たせいで若干目がくらむ良和だが、片目を閉じて徐々に慣らしていく。
手のひらに浮かんだ汗を服で拭い、隣に立つアルメルの顔をみて頷いた。
「よし。では入ります」
アルメルは両開きの扉を開け、最初にアルメルが、続いて良和が中へと入る。
今まで冷たかった空気は暖かなものへと変わり、なにかを焚いているのかいい香りがした。
斜め右前を歩くアルメルの足元を見ながら進み、アルメルが足を止めると同時に少し後ろについて良和も止まる。そして顔を上げる良和だが、その目に飛び込んできたのは大きな背もたれに背中を預けて座る、五十代ほどの男性だった。
肌は浅黒く焼け、全身は筋肉で覆われている。顔には切られたような傷跡があり、この男アルメルの言う主らしかった。
「いや、向こうです」
良和の肩を軽く揺さぶり右側を向かせるアルメル。体を向けた方向にいたのは、良和より十歳ほど年下に見える一人の少女。安楽椅子に腰掛け優雅に本を開いている。
「ツルギ。前に言ってたやつ、連れてきました」
少女に向かって声を上げるアルメル。状況が掴めず放心する良和だが、背伸びをしてアルメルに耳打ちする。
「主って? あのおじさんじゃないの?」
視界の隅でいかにもな風格をだして座っている男性。しかしそれはスルーして二人は少女の方を向いているのだ。
「え、いやあれは私の同僚。主はあの女の子です。前々から女子と話したいって言ってたんです。ほら、ここおっさんか脳筋の女しかいないので」
「……いや、あ、そうなんです?」
うまく言葉が出てこない良和を尻目に、少女はゆらりと立ち上がると口角を釣り上げにやりと笑う。
「その子が例の? 思ったより若いな」
小走りで走り寄ってくる少女。細い黒髪がふわりと舞う。少女は良和の腰周りにへばりつくと、観察するように顔をじっと見る。
「……? 女の子?」
「……!」
言葉の出ない良和。全身が固まって冷や汗が首筋を伝う。
「こら、失礼でしょう、どうみても女でしょ、ほら」
アルメルはフォローを入れつつ、ほらと言いながら良和の両胸を揉みしだく。
「えっ、ちょ」
女ならどういう反応をするのだ、と良和は考えつつも適当に身をよじってみるが、少女はアルメルに習って自身も良和の胸に手を当て、うーんと唸りながらも納得したように頷いた。
「私はツルギ。よろしく」
左手を突き出し挨拶をしてくる少女。良和も手を差し出し名前を名乗ろうとしたが、そこで言葉に詰まった。なにしろ良和は今では女の体ではあるが元々は男なのだ。反射的に言葉に詰まるのも当然といえば当然。
けれどこの場合良和は自分の両親に女としても通用する名前をつけてくれたことを感謝するしかなかった。偽名を言えば看破される恐れがあるわけだし。
「良和ですよ。よろしく」
「おう! よろしく! 私のことはツルギと呼び捨てでいい。そのかわり私もお前のことを良和と呼ばせてもらう!」
ニコッと笑いその場で三回転するツルギ。そのまま元いた場所へと戻ると、先程までの笑顔を消して無表情となる。
「――で、アルメル。次の仕事だけど」
声色がぐっと低くなり、それまでの無邪気なイメージは消え去る。
そこで良和は疑問に思ったのだけど、彼女らはいったい何者なのか。
国の所有物である屋敷を持っていたことから、てっきり彼女たちは国に仕える、いわば公務員のようなもので、ここはその仕事をする場所だと思っていた。
言葉ぶりから察するにツルギはアルメルの上に立つもので、現に今隣では仕事と思われる話をしているのだ。しかし良和よりも圧倒的に年下、下手をすれば小学生に見えなくもないような少女が、下に人間を従え仕事をするものだろうか。
それにと、良和は視線を這わす。
暖かく居心地はいいものの、室内は石で作られた壁や床が丸出しで、隅には埃が溜まっている。壁際には危なげな武器のようなものもちらりと確認できて、とても国に関わる仕事をする場所とは思えない。
「あ、あの……」
良和は隣のアルメル。そして安楽椅子のツルギに声をかける。
「ここは、あなたたちは何をしている人たちなんですか?」
二人の会話は止まり、アルメルが答えようと口を開くがツルギは手を突き出しそれを制止する。
「良和。この世界には悪がある」
年相応の高い声。しかしその中には不穏な何かが感じられる。
「私たちは悪を断ずる者。圧倒的な悪を世界から摘み出し、そして――」
ツルギはにやりと笑う。最初に見せた凄惨な笑み。
「世界を征服する者たちだ」
ツルギはドヤ顔でそう言った。