第1話 死んだ
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5月12日。
今日は全国的に母の日であった。
日本全国のご家庭で肩たたき券やお手伝い券などが刷られ、日々の感謝の気持ちとして母親へと贈られる。誰も彼もがこの日ばかりは母親を雑事から開放し、親子水いらずの時間を過ごす。
彼もまた例に漏れず。
耳にはイヤホン、片手にスマートフォン。肩にかけられたバッグの中には二つ折の財布や予備のバッテリーに混じって小さな箱が詰め込まれていた。
その箱は彼が母親に贈るために用意していたプレゼントで、一週間ほど前から贈るものを探していた彼は駅前の商店街にある小さな雑貨屋に立ち寄った。
その店は休日ともなると女子高生などがいて若干入りづらいのだけど、平日の午前中は比較的空いている。彼が店に入ったのも人が少ない時で、そこで彼はガラスケースに並んでいた時計を見つけそれを贈ることにした。
値段は1万8000円とかなり高額だったが、今の彼はアルバイトをしているので決して出せない額ではない。普段からいろいろ面倒をかけているし、今までのお礼ということで彼は財布から一万円札を2枚取り出したのだった。
ラッピングも本来なら別料金で500円かかるのだけど、母の日ということで無料だった。メッセージカードももちろん無料で、だから彼は普段言えないようなことを綴ってみたりもしたのだが。
「…………」
無言でカバンを押さえそこに箱が入っていることを確認する。そして片手をズボンのポケットへ突っ込むと、スマートフォンを取り出しロック画面で時刻を確認した。
午後7時35分。
今彼がいるここは駅のホームで時間的にもうすぐ電車がやってくる。
彼は一瞬トンネルの暗闇を見やると、数歩後退した。
何かの拍子に押されでもして線路へ落ちたらシャレにならないからだ。
そうして10秒ほど経った頃だろうか。暗闇の向こうから一定の間隔で線路を轢く音と眩しい光がやってきた。
彼は再度時刻を確認する。
午後7時36分。ぴったりである。
と、その時。スマートフォンの画面に一瞬ノイズが走る。
不意に彼の体が浮いた。
というよりも後ろから突き飛ばされたような。
突然のことに彼は為す術もなく線路へ身を投じる。
一瞬が引き伸ばされ、そこで彼は首を捻る。
一体誰が突き飛ばしたのか。何の理由を持って彼を殺そうとしたのか。
けれど当然のことながら正面を向いている彼が背後にまで首を回すことはできず、結果として彼は側方から迫る電車を見ることになった。
8両編成総重量240トン超の巨大な鉄の塊が激しいブレーキと共に滑り込んでくる。
速度を殺しているものの依然スピードは時速40キロは出ていて、つまり彼は死んだ。
2015年5月12日午後7時36分27秒。
彼は21年間の短い生涯を終えた。