第三節「ヴァニラ・フィ-ルズ」
”VANILLA-FIELDS”。それは”白き愛の女神”エタニティの王国世界。
神代の時代。
古の神々は、それぞれに新世界を創造しました。
女神エタニティは、柘榴の森として残されていた”KHAOS”の中から神霊たちを引き連れ天地を創造します。
サルマスと共に時を創り、時は空間を広げて光や感覚を芽生えさせ
アルソナと共に大地を創り、大地は山や森、野原を育み、友が生まれて花や風となり
次に
ユリゼンと共に川や海を創り、海は水平線を掲げ、理性と秩序を生み出し
最後に
ルヴァと共に愛を満たし、”VANILLA-FIELDS”を覆いました。
そして
咲き乱れる白い花が絨毯のように敷き詰められた広大な野に、ひとつの木の苗木を植えます。
木は瞬く間に成長し、天にも届きそうな大木となります。
その白い葉を茂らせる太い枝々には、幾つもの家や宮殿、城が立ち並び、都”VANILLA-TREE”となりました。
”VANILLA-TREE”には、天地創造の後に天使となった神霊のサルマス、アルソナ、ユリゼン、ルヴァが。
また、女神と共に新天地を目指した民である妖精ヴェリールらが。
中でも何度も転生を繰り返し、天使のような白い羽を持った古いヴェリールたちが住んでいました。
彼らは死ぬと、その魂は北にある”ポホラの山”へと帰ります。
そこにある柘榴の森”リンツ・コート”に吸い込まれて消え、再び白き花”VANILLA”の蕾に宿り生まれ変わります。
花開き、その中からふわふわと舞い出た綿のようなヴェリールの幼生は
”VANILLA-FIELDS”のあちらこちらへと散らばり
ある者は透き通る羽を持った妖精となり
ある者は生きとし生けるものに精霊となって宿り
またある者は姿を人に変えて暮らし始めます。
ヴェリ-ルたちは、都”VANILLA-TREE”の周りに街や村を創り、山や野、海辺にも出て暮らし始めました。
それらは全て”VANILLA-TREE”の根で繋がり、記憶や愛など全てを共有する事が出来ました。
◆・.。*†*。.・◆
暫くして、明るく柔らかな光に温もりを覚えながら灰色狼は目を覚まします。
未だ夢うつつではありましたが、その視線の先には白く美しい衣服に身を包み、テラスで佇む少女の姿がありました。
朧げではありましたが、その遠くを見つめる姿が、幾分大人びても見えましたが、間違いなく雪の荒野に生き倒れた少女に違いありませんでした。
ふかふかの白く毛足の長い絨毯。白い壁は穏やかな眩さに包まれ、家具などの調度品も白を基調に揃えられていました。
その窓辺の外にあるテラスで、風に揺れる白いカーテンに見え隠れしながら、少女は外の風景を眺めていました。
どうやら女神の約束通り、自分たちは都”VANILLA-TREE”の宮殿”WHITE-GARDEN”にいるようでした。
ふと、正気を取り戻す狼。
--- そう言えば赤子は? ---
そう、少女と一緒にいた赤子の事を思い出し、彼は伏したまま部屋を見回します。
すると赤子の姿を見つけられずにいる狼に、誰かが親しげに話しかけます。
「気がついた? 大丈夫?」
その声の主を探すよう、四肢を伸ばして起き上がる狼。
「ほら、ここだよ、ここ……」
そう言って微笑みに変わる声の方向へ頭を持ち上げると、そこには翼をはためかせ宙を舞う妖精の姿がありました。
「おはよう、分からない? 僕だよ、僕……」
真っ白で天使のように柔らかな翼。
艶めき白く長い髪。
そして、その小さな腰には細い剣を携えています。
その騎士さながらの格好をした妖精。それは、この女神の世界”VANILLA-FIELDS”に住む妖精ヴェリールに生まれ変わった赤子の姿でした。
要点を得ないでいる狼に彼は言います。
「しょうがないな。ま、でも仕方ないか。おはよう”フローズン”」
「フローズン?」
その名を聞いて狼は、不思議な事に気付きます。
”フローズン”。確かにそれは自分の名前でした。
ただ、彼にはそれ以前、”ハティ”という名前で呼ばれていた記憶がありました。
しかし、いったい何時から”フローズン”と呼ばれるようになったのか?
その記憶はありませんでした。
「フローズン、そう”フローズン・スコル”。それが君の名前だろ? 僕の名前は”ホワイト・ベリー”。そう言えば僕が誰かも分かるだろ?」
「あの時の、赤子……」
「やっと分かってくれたみたいだね。あの時はありがとう。君が助けてくれたおかげで、僕はこうして生きている……」
そう、彼らには白き女神が新たな名前を与えていました。
そして、女神に新たな名前を与えられたもうひとり、テラスにいた”ヴァニス”が、二人の会話に気がついて部屋の中へと戻ってきます。
「おはよう、フローズン」
「おはよう……」
この後、フローズンはヴァニス達に雪の荒野での話や、白き女神との約束の話をするのでした。
そして、ヴァニスは彼に、灰色狼ではなく白狼になってる事や、肩の焼印や顔の痣は消え、それぞれが首飾りになった事を話しました。
そして、ホワイト・ベリーが言います。
「で、多分これが”野原の書”。でも、本を開いても……」
すると、部屋の暖炉の横に置いてある古い猫足テーブルから声が聞こえてきます。
その声の主。
それはテーブルの上に置かれていた銀の鏡。あの雪の荒野で女神の掌から現れた妖精アイス・キュロスでした。
彼女はホワイト・ベリー同様、天使の翼を持つ妖精に姿を変えると、ヴァニス達の輪に加わり言葉を続けます。
「そうよ、それが”VANILLA-FIELDS”で起こった出来事が記されている”野原の書”。この世界に住む妖精のヴェリールたちが、ずうっと昔から見たり聞いたりしたものが綴られている歴史書……」
再度、ホワイト・ベリーが問い直します。
「でも、本を開いてみたんだけど、どのページも真っ白なんだ……」
「それは、この世界”VANILLA-FIELDS”が不完全なせいなの。でも、直に元に戻るわ。そう、あなた達が”野原の書”に物語を取り戻すの……」
「僕たちが、物語を……?」
◆・.。*†*。.・◆
あれから、毎日のようにホワイト・ベリーは”野原の書”を開きました。
しかし、今日も開いた書の紙片は白く、転寝をしていた時の事。
部屋のテラスから緩やかに吹き込む春風が、物語のページをめくります……。
◆・.。*†*。.・◆
長き戦によって燃え尽き、壊れてしまった白き女神の世界‘VANILLA-FIELDS’。
その枯れた世界をあるべき姿に取り戻し、安住の地と安らかな時を手に入れる為、こうして彼らの新しい物語は始まります。
そうして、やがて彼らは
----- 天使の羽の魔法使いたち -----
そう呼ばれるようになるのでした。