表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『ザ・ファンタジーフィールズ』 第六章 RUINOUS-WORLD  作者: メル・ホワイト・プリンス・ヴェリール
2/4

第一節「枯れ野の少女」

      挿絵(By みてみん)




 それは”ガリアの戦い”と呼ばれる長い長いいくさが、”キサルピナ戦役”によって終わりを迎える頃。


 ”VANILLAヴァニラ-FIELDSフィールズ”東の村はずれに、ひとりの幼い少女がいました。名をマーニといい、彼女は誰も住まなくなっていた”ヨトゥンの森”のきこり小屋で一人暮らしていました。




 戦で故郷を追われ、両親とも生き別れになってしまったマーニ。


 もしもの為にと父がくれた僅かな銀貨で麦を分けて貰い、パンを造り、野川で水を汲み、森の木の実や菜を集めて空腹を満たします。


 確かに貧しく寂しい生活でしたが、すぐ目の前の木々にはリスの親子が、森に行けば鳥たちが、夜には数多あまたの星達が彼女の相手をしてくれました。


 そんなささやかな暮らしが、彼女は気に入ってもいました。もちろん、父や母の事も気にはなりましたが、続くいくさが幼いマーニに故郷へ戻る事を許してはくれませんでした。




 戦によってとりとめなく広がってしまった炎。


 やがて、それはマーニの暮らす”ヨトゥンの森”にも及びます。


 村を焼かれ、森すらも焼かれて逃げ惑う村人たち。


 なけなしの財を奪われ命を落とす者。


 最早、それは戦というより、盗賊と化した異端者たちが起こす悲劇でした。




 もとより、何も持たないマーニは、命からがらではありましたが難を逃れます。


 そして、成す術もなく再び家を追われた彼女は、ひとつ心に願うのでした。



「もう一度、あのふるさとの家に帰りたい……」



 その思いだけを抱いて、マーニは再び命がけの旅に出ます。


 戦火を避け、時にくぐり。勿論、それは楽なものではありませんでした。


 夜空に輝く星だけを頼りに、彼女は懐かしい故郷、想い出の家を目指します。


 季節は春が終わり、夏が過ぎ、秋を迎えていました。


 ボロではありましたが、母の編んでくれた上着だけが寒さをしのいでくれました。




 そんな或る晩の事。


 ひとり焼け野原の岩陰で心細く野宿をしているマーニ。


 そんな彼女の前に一匹の灰色狼が現れます。


 戦で獲物がいなくなり、空腹を抱えての事でした。



「そう、おまえも、お腹がすいているのね……。少ないけど、貴方にもパンを分けてあげるね……」



 そう言って彼女は、持っていたわずかなパンの残りの全てを狼に与えます。


 狼は久しぶりの食事とばかり飛びつくと、あっという間にパンをたいらげます。

 

 そうして、悲しげに彼女を見ると、夜空にひとつ鳴く声を残して姿を消しました。




 遠い記憶をめざしてマーニの旅は続きます。


 秋の枯れ葉に霜が降り、雪が舞い始めてもいました。


 凍える手をさすりながら、あの母の暖かい温もりを思い出します。




 その道中の事。


 通り掛かった町の廃墟で、小さな泣き声が聞こえます。


 おそるおそる瓦礫がれきを越え、崩れた家の軒下のきしたを覗くマーニ。


 するとそこには、自分よりもみすぼらしい布切れに包まれた小さな赤ん坊が、力なく弱く泣いているのでした。


 彼女は母が編んでくれた上着を脱ぐと、赤ん坊を拾い上げ優しく包みます。


 ぎこちなく抱きかかえる彼女の手は寒さにかじかんでいましたが、息を吹きかけ吹きかけ温めては小さな赤子を抱き締めました。


 見渡す限り遠く広がる枯れ野。また足を踏み出すマーニ。




 どれだけの日々と時間が流れたのでしょう。


 未だ目指す故郷は遠く、見えるのは薄っすらと雪に覆われ夕暮れに染まる荒野と枯野だけでした。


 最早、手足の感覚も薄れ、息も絶え絶えのマーニ。


 遠のく意識の中、その凍えた唇で一言だけを呟きます。



「神様……」



 そうして、とうとう力尽き、小さな赤子を抱えたまま膝を落とすマーニ。


 彼女は光を無くして枯れ果てた大地に、その身を預けて倒れ伏すしかなかったのでした。




 それから陽も落ちて月が輝く真夜中の事。


 雪の野に倒れ伏すマーニの傍らにハティの姿がありました。


 あの旅の途中、マーニからパンを貰った灰色狼です。




 ハティは凍てついた彼女達を見つけ出すと、首をもたげ天に向かって言います。



「神よ、なんとむごいい世界なのか。叶うならば私の全てと引き換えに、この哀れな者達にわずかばかりのお慈悲を……」



 するとどうでしょう。


 そんな彼の前に


『漆黒の外套をまとう黒き女神』と『純白のベールを纏う白き女神』


が現れます。


 彼らは問います。



「この世界、その哀れな者達と共に、夜の闇に消してしまおうか?」



 神は問います。



「それとも、白い雪に全てを覆い、時すらも凍てつかせてしまおうか?」



 その問いにハティが静かに答えます。



「叶うなら、いずれ安らかな時が訪れ、雪や氷を溶かし、この者達にも春が訪れる事を祈りたいと思います……」



 そんな彼の言葉に白い女神が頷きます。


 そして、ハティは女神と”約束の契り”を交わします。




 月明かりに照らされる中、再びシンシンと降り始める雪。


 それは冷たく優しくマーニと赤子を覆ってゆきます。


 そのかたわらでハティもまた、女神と交わした約束に眠りへと着きます。 




 やがて、天から舞い落ちる綿雪と共に、女神の御使いである天使ルヴァたちが現れます。


 彼らは降り積もる柔らかな雪の中から、マーニと赤子、そしてハティの魂を掌にすくうと、”彼の地”へと誘い夜空へと登り始めるのでした。


 その翼のしなやかなはばたきに舞う天使たちの羽。


 そのどれもを白くきらめかせながら……。






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ