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夏の空の下で僕達は笑う  作者: ヨハン
『彼方』
7/15

風の丘

某エロゲの影響を強く受けた人間が小説を書くとこんな感じになります

 俺は息を切らしながらもなんとか『風の丘』までやってきた。炎天下に近い気温の中、全力疾走を続けていたら当然汗をかいてしまう。中に着ていたTシャツが汗でべったりと肌にくっついている。

 海から向かって吹いてくる風が草原を波立たせている。汗ばんだ肌に風が当たると涼しくて気持ちがいい。

 少し丘を登ると、そこにはスカートを風に揺らす少女がいた。


「湊!」


 俺は急ぎ足で駆け寄った。


「……空弥さん。思ったより早かったですね」


「あんな電話が来たら誰だって急いで来るさ……それで、何があったんだ!?」


「……ふふっ」


 焦りを隠せない俺を見て、湊はクスッと微笑んだ。


「湊……?」


「さっきの電話は演技です」


「え……」


 俺は拍子抜けしてしまう。

 と同時に足の力が抜け、その場に座り込む。


「まさか空弥さんがここまで本気にするなんて思ってなかったから……悪いことしちゃいましたね」


「本当にな」


「……ごめんなさい」


「まぁ、何も無かったならそれでいいけどな」


「――ッ!」


 湊は少し驚いた顔をした後に、俺の隣に腰を下ろした。


「空弥さんは優しいですね……どうしてですか?」


「どうして……って聞かれてもな」


「出会ったのだって少し前なのに……」


「……そういえばこの間思い出したんだ」


「?」


「俺、湊とは昔に出会っていたんだ」


「そうなんですか?」


「あぁ」


「でも僕は……」


「覚えてないのも無理は無い。七年くらい前だからな」


「七年……僕が神隠しに遭う前ですか……?」


「うん」


「そうですか…………覚えておきたかったな、その時のことは」


 湊は何かを小さく呟く。


「何か言ったか?」


「あ、いえ……」


 湊は首を振って口を閉じてしまう。

 

「それで、なんで演技までして俺を呼んだんだ?」


「……空弥さんとお話がしたかったので」


「話なら保健室でも出来るんじゃ?」


「それはそうですけど……僕、ちょっと病院に行ってたんです」


「病院? どこか悪いのか?」


「……とは言っても精神科ですけど」


 そういえば、涼香さんが言っていた。以前まで湊は自分の両親の病院に通っていたと。


「久々に言ってきたんです」


「何か悩み事でもあるのか?」


「まぁ、ちょっと……」


 湊は憂いを含んだ笑みを浮かべた。

 何故だか俺は、その先を聞くことが出来ない。


「……どうして僕は神隠しに遭ったんでしょうね」


 その質問は、俺にしているのだろうか。

 どこか上の空で遠い目をしている湊を見ていると、まるで自問しているように思えた。


「きっと、あの出来事さえなければ……僕は辛い思いをしないで済んだかもしれないのに」


「湊……」


「本当は凄く辛かったんです。ずっと孤独に生活することも……色々なことを忘れてしまったことも……っ……うっ……くっ……」


 湊は震える声でそう言った。そして、ついには嗚咽を漏らし涙を流した。

 今の俺に、彼女にかけることの出来る言葉は無いだろう。

 ただ彼女が落ち着くまで、ずっと彼女の頭を撫でることしか出来なかった。



 




「落ち着いたか?」


 しばらくして泣き止んだ湊に俺はそう言った。何も言わず、ただこくりと頷く姿が少し儚げだった。

 彼女は泣きながら今までの心境を話してくれた。

 湊がそこまで自分のことを話してくれた事実も嬉しかったが、何より嬉しかったのは最後の言葉だ。


『僕は……空弥さんと出会って救われたと思ってます』


 今自分の隣にいる不安定な少女。彼女の背負う過去は清算出来るものではないと思う。


「空弥さん。もし僕がまた泣いちゃったら……その時はまた撫でて欲しいです」


「ははっ……そんなんでいいならいつでも」


「僕、撫でてもらうのが好きみたいです」


 そうだったな。湊は昔もそうだった。

 転んで怪我をして泣いてしまった時、頭を撫でてやったら落ち着いた。


「よいしょっと」

 

 湊は立ち上がって、腕を広げた。

 吹いてくる風が彼女に当たり、彼女の髪や制服やスカートを靡かせる。

 

「風が気持ちいいですね」


「そうだな」


 俺も立ち上がり体で風を感じる。うん、気持ちいい。

 振り返った湊は笑顔を見せてくれた。

 とても綺麗で優しい笑顔だった。気がつけば見惚れてしまいそうなくらいに。

 その時だった。一際強い風が吹いたと思うと、そこには少女が立っていた。

 ワンピース姿だったが、忘れるはずもないその姿。以前は浴衣姿だったっけ。


「リコ……」


「うん」


 リコはただ平坦に頷いた。

 湊を見ると、少し驚いた表情でこちらを見ている。


「空弥さん……? この子が見えるんですか?」


「え、だってここに……」


 湊の言葉の意味がよく分からない。この子は確かにここにいて、俺達に見えているはずだ。それ以外には何も無い。


「空弥……優しい」


「え?」


「わたしがここにいるって、ちゃんと思ってくれてるから」


「だっているじゃないか」


 当たり前のことだ。この子はここにいる。


「でも、本当は当たり前じゃない」


 リコは言った。


「それってどういう――」


「わたしは人間じゃないから」


「……え?」


 一瞬思考が停止する。

 そして、しばらくして理解した。

 

「リコは……まさかとは思うが…………神様、なのか?」


「うん」


 リコは特に隠す様子も無く素直に頷いた。

 どこか浮世離れしたその雰囲気、そして全てを見通しているような口調と目。不思議な子だとは思っていた。けど本当に神様だったなんてな。


「リコ、空弥さんも……特別な人の一人?」


「うん。わたしを見ることが出来るのは、湊と空弥しかいないから」


 リコは湊の問いかけに頷きつつ、詳しい説明を付け加える。


「こんなことって」


「有り得る。この街に限ってだけど、有り得る。この街は特別」


 リコは俺の考えを見通し、答える。

 

「今日は、伝えたいことがあったから来た」


「「伝えたいこと?」」


 湊と同時に同じことを聞き返す。


「うん。よく聞いて欲しい」


 リコは深海のように深い色をした目で、俺達を見据えた。

 

「夜風空弥……」


「……」


 数泊の沈黙。そしてリコは再び口を開いた。




「空弥の姉、夜風澪(よかぜ みお)は今……『彼方』にいる」

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