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夏の空の下で僕達は笑う  作者: ヨハン
始まりの初夏
5/15

神との再会

空弥がお婆ちゃんの話を聞いているころ、湊は……

「ただいま! 白夜(びゃくや)!」


「わうっ!」


 僕は家に帰ると真っ先に出迎えてくれる愛犬、シベリアンハスキーの白夜に挨拶をする。

 いつもは庭で放されているけど、決して家の敷地から勝手に出ないお利口な犬だ。


「ねぇ、聞いて聞いて! 今日ね、ちょっと憧れてる人が嬉しいこと言ってくれたんだよー!」


 何かがあると僕はよく白夜に報告する。ここ最近までは報告することが無くて少し寂しい毎日だったけど、最近はちょっと違う。

 空弥さんが言ってくれた言葉が今は純粋に嬉しかった。もっと一緒にいてくれないか、って。少し恥ずかしかったけど、僕も空弥さんともっと一緒にいてみたい。


「へっへっ……わんっ」


「あはは、白夜も喜んでくれるの?」


「わんっ」


「んー! 白夜はいい子だね!」


「くぅん!」


 相変わらず白夜はいい子で可愛い。僕は白夜を撫で回す。

 さて、そろそろ家に入らないとな。


「じゃ、後で散歩に行こうね」


「わんっ」


 白夜は元気よく返事をしてくれた。

 僕は玄関から家に入る。


「ただいまー」


「あ、おかえりなさい。湊ちゃん」


 出迎えてくれたのはお母さんだった。


「湊ちゃん、何か良いことあったの? 白夜に報告してたみたいだけど」


「き、聞いてたの!?」


 僕は予想外の事態に顔が熱くなる。

 そんな僕を見てお母さんは少しニヤニヤしている。


「もしかして好きな子でも出来た?」


「なななな、何言ってるんだか! そんなわけないじゃん! 僕いつも独りだし!」


 とっさに出た言葉。それは僕自身よく分かっていることだった。けれど、やっぱり声に出すとその現実がいかに寂しいことなのか分かる気がする。


「あ……」


 お母さんは少し悲しそうな顔をしてしまう。


「あ、えと……僕、白夜の散歩に行ってくるから……」


 その場にいるのが少し辛くて、鞄を置いて僕は逃げるように外へ出る。

 白夜が尻尾を振って僕に向かって走ってきた。僕はそんな白夜と一緒に家の敷地から出た。

 外は晴れている。朝の土砂降りの影響は少し地形に表れていて、道路が濡れ草木は湿っている。

 白夜は僕の隣を僕に合わせて歩いている。本当は逆じゃないと駄目な気がするのは気のせいかな?

 

「独り……か」


 僕はお母さんに言ってしまった言葉を思い出す。独り、ということの寂しさはよく分かっているつもりだった。

 神隠しに遭ったらしい僕は、いつの間にか他の子達から避けられたりすることが多くなった。そして、いつも独りでいることが災いしたのか変な男子に言い寄られることが多くなった。

 だからこそ護身術も一応学んで、どんなことにも対処出来るようにしようと思ったのだけど。

 五年前から数日前までは、独りでいることを寂しいと思いつつも他人とあまり関わろうとしなかった。 白夜に報告するようなことも無くて、正直心苦しかった。白夜は五年前、独りでいようとした僕にいつも寄り添って一緒にいてくれた友達であり家族だから。


「白夜ー……ゴメンねー……」


「……?」


 僕がしゃがんで頭を撫でると白夜はお座りした。


「でも、多分これからはちょっとずつ報告する出来事が増えると思うからね……」


「……わん」


 白夜は僕の言葉に小さく答える。相変わらず、白夜と一緒だと辛いことも乗り越えられる。

 その時、背筋が凍るような感覚が走る。


「……っ?」


 なんだろう、この感じ。誰かに見られてる……?

 僕は恐る恐る振り向く。


「……」


 そこにいたのは、綺麗で長めな黒髪を持つ少女。ワンピース姿だった。

 表情がない、というのだろうか。彼女はただじっとこちらを見つめている。


「君、お名前は?」


 僕は少女に訊いてみる。


「リコ」


「リコ……ちゃん? 名字は?」


「名字? …………えっと」


 リコと名乗る少女は名字を尋ねられると少し戸惑った顔をする。あれ……?


「……神野(かみの)……神野、リコ」


「神野リコ……」


 この時、僕は物凄く違和感を感じていた。この容姿と、この名前。

 

「わんっ」


「白夜!?」


 僕が何か違和感を感じ考え込んでいる時だった。白夜が少女に駆け寄り尻尾を振る。

 白夜は誰にでも懐くような子じゃない。僕が仲良くしている人には懐くのだけれど。ということは、この少女は僕の友達だと認識されている?


「リコちゃんは……僕と会うの、初めてだよね?」


 確かめるように尋ねる。

 いや……ちょっと待って。どうして僕はこんな質問をしている? 


「……」


 少女は寂しそうな顔をして、首を振った。潤んだ悲しそうな瞳が揺れている。

 白夜が警戒しない、むしろ懐いているということは少なくとも僕と面識がある。だけど、覚えが……


「……っ……そうか」


 覚えがないと思った刹那――

 分かった。彼女が僕の質問に対し、首を横に振った理由を。

 僕はこの少女を知っている。そう自覚した途端に、一つの確信が僕の中に生まれる。


「久しぶり……だね。リコ」


「うん……久しぶり」


 寂しげな顔から、優しさのある微笑みを浮かべた顔になる。


「……僕は本当に」


「うん、湊は神隠しに遭っている。それは、事実。だって……」


 リコは抑揚の無い平坦な声で静かに言う。

 そうだ、僕は神隠しに遭っている。それが今となっては誰よりも実感出来る。この子を思い出したから。



「湊を神隠しに遭わせた張本人は、わたしだから」






 思い出した。私はこの子を目の前にして、この子のことを思い出すことが出来た。

 五年前――僕はあの日森の中にいた。目の前には古びた祠があって、隣には綺麗な泉がある。そこはまるでこの世とは違うような空間だった。神秘的で美しくて汚れの無いありのままの自然。

 森の中は夏にもかかわらず寒かった。祠を前にした時、急激に体温が下がっていくのを感じた。立っているのもやっとになり、結局僕は倒れてしまった。そんな時、目の前に現れた少女がリコだった。

 この時、僕とリコは初対面ではなかった。確か、白夜と散歩していた時にたまたま出会った。それから何度か一緒に遊んだ。白夜もリコにはかなり懐いていた。しかし数日後、リコは姿を消した。

 急にいなくなったリコを探している僕が見たもの。それは森に入っていくリコの姿だった。


(どうして森に? というか入っちゃ駄目だ! 追いかけないと)


 僕はリコを追いかけようとした。すると、頭の中に直接声が流れてくるような感覚に見舞われた。


『こっちに来て。寂しいんだ』 


 そこから意識が一瞬飛んだ。気がつけば僕は祠の前にいたというわけだ。


『一緒に、遊んで?』


 倒れている僕の目を見てリコは言った。こちらからすれば、遊びに付き合わせるためにこんなことになるのは堪らなかった。

 しかしリコは寂しそうな顔をしていた。そして言った。『何年も何十年も何百年も……独りで過ごしている』と。

 それからの記憶は無い。思い出したこの記憶が結びつく次の記憶が――病室で寝ている自分と泣いている両親や色々な表情を浮かべている顔見知りの大人達がいることだった。

 彼女のことを思い出した僕はリコと一緒に近くの公園のベンチに座っていた


「リコ、教えてくれないかな。『彼方』のことや、以前の僕を」


 今まではあまり知りたいとは思わなかった。けど、この子に関する記憶だけを思い出すとその他の記憶も思い出したくなる。


「それは出来ない」


 リコはすぐに答えた。


「どうして?」


「記憶は人生そのものだから。どうしてもというなら、別の記憶と引き換えに思い出させてあげる」


「それじゃ意味がないね……」


 正直、独りで過ごしていた時の記憶はあまりいらないんだけど。でも、記憶を失うと厄介なことは身をもって体感している。


「うん」


「そういえば……どうしてリコは僕の前に?」


「わたしの姿が見える人間はほんの少ししかいないから」


「……そっか」

 

 神様は確かにいる。だけど、その存在に気づき自覚出来る人間はどうやら少ないらしい。

 リコは僕の顔を見て更に続けた。


「それと、最近の湊には心境の変化があったから」


 ここで僕はある人を思い出す。


「うん……それはそう」


「神は気になる人間を一生見守るの」


「ふふっ、ありがと……」


「そろそろわたしは帰る」


 リコは立ち上がって言った。


「帰るって……どこへ?」


「森」


「……また会える?」


「望めば、いつでも……望まなくても、いつでも」


「望まない時も……あはは……」


 思わず苦笑する。そして気がつけば、リコはその姿を消していた。


「白夜、僕らもそろそろ帰る?」


「わんっ」


 白夜の返事を聞き、僕は来た道を戻る。白夜もちゃんとついて来てくれている。

 家に帰り、玄関から入るとさっきは無かった靴がある。どうやらお父さんが帰って来たらしい。

 居間に入ろうとすると、お母さんの声が聞こえてくる。僕はどんな話をしているのか気になり、耳を澄ました。


『湊ちゃん、最近お友達が出来たみたいでね』


『本当かい? それは良かったなぁ……』


「いや、むしろ憧れの人……かしら? ね? 湊」


 どうやら聞き耳を立てていたことがバレていたらしい。


「僕がここにいるって気づいてたなら言えばいいのに……」


「だって湊ちゃんに口止めされちゃいそうだもの」


 居間に入ってお母さんを見る。爽やか過ぎるくらいにニコニコしているのが少しイラッとくる。


「湊ー、本当なのかー? 今度お父さん達に会わせなさい。はははっ」


 お父さんも何気にノリノリだし。


「湊ちゃんったら嬉しそうに白夜に報告してるんですもの。『ちょっと憧れてる人が嬉しいこと言ってくれたー』って。それって、保健室に登校してる二年生の子のことでしょ?」


「お母さん! 何言ってるのっ!?」

 

 僕は顔を真っ赤にしながら叫んでいたと思う。

 顔が熱い。てかお母さん詳しいな。 

 そういえば、こうして家族で楽しそうな雰囲気になるのは久々かもしれない。

 久々に再会した少女――いや、神。リコの言うとおり、僕の中で何かが変化している。それは事実だ。

 そしてその変化が現れ始めたとするならば――あの日、屋上で空弥さんに出会った日からだろう。僕はそう考えている。

最近この小説の続きを考えてばかりです。他二つももっと……頑張らないと

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