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夏の空の下で僕達は笑う  作者: ヨハン
始まりの初夏
3/15

雨降る日の……

少しずつ過去を明かして行きたいと思います。

本日は曇天。空は今にも迫ってきそうな、大きな灰色の雲に覆われている。天気予報によると、今日は午前中から雨が降るらしい。

 いつもとは違う湿った空気。近頃は朝から高気温の日が続いていたが、今日は気温が低い。普段ならば夏服のYシャツでも暑いくらいなのだが、今日は少し肌寒い。

 俺は歩き始めて一年ちょっとの通学路を一人で歩いていた。この街は昔ながらの自然を多く残している区域があり、俺が住んでいる祖父母の家もその区域にある。昔ながらの木造建築の家、ちょうど俺の目線の高さの石壁が続き、空き地の近くを過ぎる。

 この辺の区域は少し未発達であり、都会という言葉とは程遠い。俺は特に何も考えず、ただ遠くの空を見ながら歩き続けた。

 しばらく歩くと学校が見えてくる。校門付近では生徒達が互いに挨拶を交わしたりしながら校内へ入っていく。

 俺が歩いていると周りは自然と離れていくので、生徒が多く密度が高い校門付近でも他の生徒とぶつかることなくすんなりと校内へ入ることが出来る。昇降口から離れた校舎の端に第二保健室への出入り口がある。


「ふぅ、降られる前に着いた」


 保健室へ入るといつものように誰もいない。

 俺は鞄を近くの机に置き、ベッドに寝転がった。ここに着いてやることといえば、大体は勉強か寝るかだけだった。

 とは言っても勉強は意外と間に合っているので大体は寝ているのだが。


「今日は寒いな……うわ」


 窓の外を見ると雨が降り出していた。大きな雨粒が地面に叩きつけられ、飛沫を上げて地面に吸い込まれていく。しかし、雨の量は思った以上に凄まじく雨粒が校舎にぶつかる轟音が保健室内に響いていた。

 俺がぼーっと降り続く雨を見つめていたその時だった。

 ガラッ、と勢いよく出入り口が開いた。冷たい空気が入り込むと共に、雨の轟音が少し大きくなって聞こえる。


「はぁ……はぁ……ずぶ濡れです……」


「おはよう、うわ……かなり雨に打たれたみたいだn……っ!?」


「おはようございます……空弥さん……どうかしました?」


「い、いやっ……なんでもない」


 俺は慌てて湊から目を逸らす。そう、今の湊は土砂降りの雨によってずぶ濡れだ。そして今は夏服の時期で、女子もYシャツを着ている。つまり……


「? ……うわわっ!」


 気づいたようだった。


「空弥さん……気づいてたなら言ってくださいよぅ……」


「言えるかそんなこと……」


 朝から刺激的な光景を目の当たりにしてしまった。

 ちなみに湊はタオルで髪などを拭いた後、体育着に着替えた。Yシャツやスカートはしばらく乾かすことにしたらしい。


「空弥さん硬派だと思ってましたけど、意外と純情ですね」


 俺はベッドに腰を掛けていた。湊は隣のベッドに腰を掛け、俺達は向かい合うようにして座っていた。

 湊は少し微笑しながらそう言った。


「今までほとんど他人と関わってない人間ほどそうなんだろうな、きっと」


 俺は多少自分への皮肉交じりに言った。まぁ今までこんな体験したことないのは事実だが。


「そういえば……」


 湊が何か思い出したような口調で言った。彼女の雰囲気がすっと変わり、真剣な眼差しと口調で続けた。


「空弥さんはどうして他人と関わらなくなったんですか?」


「……!」


 そういえば、他人に自分の口で話すのは初めてだな。

 俺は何から言えばいいか分からずにいた。


「あ、えと……聞いちゃいけませんでしたか……?」


 湊は俺を心配そうに見つめる。

 俺は静かに首を横に振った。過去を話すなんてきっとなんてことないことだ。夏になれば嫌でも思い出すことを、言葉にするだけなのだから。


「そうだな……」


 そして俺は口を開いた。もうここからは思いのままの感情に任せようと決心した。

 ゆっくりと途切れ途切れながらも、俺は両親と姉のことを話した――七年前の、あの夏のことを。


 ―-七年前、夏。もう少し暑くなって、小学校の夏休みが中盤に差し掛かった頃。

 俺と姉は祖父母の家にいた。祖父母の家は昔ながらの造りで、畳や木の匂いが新鮮だった。

 両親は買い物に出かけると言って車で家を出た。街の中でも発達した都市部へ出かけて行った両親は――生きて帰ることは無かった。

 大きなトラックにぶつかられ、ぐっしゃりと潰れた車体から見つかった二人の大人。免許証などから特定出来たらしく、それが俺達の両親だと一本の電話で知らされた。

 俺達は急いで病院に向かった。両親達はすでに力尽きていた。

 婆ちゃんはまるでダムが決壊するように、どうしようもない悲しみと共に泣いていた。普段は優しくも物静かな爺ちゃんも、静かに涙を流していたようだった。

 俺は何が起きたか分からなかった。しかし、すぐに悟った。理解した。今までになく泣き喚いた。

 そして姉ちゃんは……泣き喚く俺を必死に慰めてくれた。自分だって辛かっただろうに、必死に我慢している様子で。でも、結局二人で大泣きしてしまった。

 それからというもの、俺は何に対しても無気力になっていった。暇な時間が増え、そんな時はただずっと夏の空を見上げていた。もしかしたらいつか帰って来るとでも思ったのかもしれない。流石に小学生の中学年だ、そんなことは絶対に無いと分かっていた。

 爺ちゃんや婆ちゃんは必死に俺達姉弟を養ってくれた。そんな二人が俺達は大好きで、二人の前では何かをする気力が少しは沸いた。俺達に不自由をさせまいとする二人の姿には大きく助けられたと思う。

 姉ちゃんは当時小学六年生、それなのに明るく振舞って無理をしているようだった。正直見ていて辛くて、どうしていいかガキな俺には分からなかった。一人隠れて泣いてる姉ちゃんの頭を撫でてやったら、俺の着ていたシャツが涙でぐちゃぐちゃになるまで、俺の胸に顔を埋めて泣いたこともあった。それから俺は姉ちゃんを笑顔にしようと色々と馬鹿なことをしていた気がする。姉ちゃんが笑ってくれると、俺も少しは笑顔になれた。

 でも、そんな姉ちゃんはある日突然いなくなった。手がかりも何も残さず、突然に。

 俺は毎晩色んな所へ行って姉ちゃんを探した。時には街の都市部で、時には近くの小さな野山で。でも全く見つからなかった。目撃した人もおらず、俺は途方にくれた。

 爺ちゃんと婆ちゃんは人脈を全て駆使して探したらしい。でも駄目だった。俺の肩に手を置き、震える声で俺までいなくならないように懇願する婆ちゃんの涙は今でも鮮明に覚えている。

 その時に婆ちゃんに聞いた。これだけ探しても見つからないということは、姉ちゃんは神隠しに遭ってしまったのではないかと、神々が住む世界へ連れ去られてしまったと。この街に住む昔の人間達は神々の世界を『彼方』と呼んでいる。

 『彼方』はこの街の外れにある巨大な森の中心、この街を守る神を祀る祠とつながっているという。

 昔から時折この街では神隠しがあったらしい。帰って来た者はほとんどいなかったらしいが、稀にひょっこり帰って来る者もいたらしい。

 本当に姉ちゃんが神隠しに遭ったのかは分からないが、あれだけ探して何の手がかりも無いのは明らかにおかしい。俺は当時からその真実を知りたいと昔から思っていた。

 しかし、所詮思うことしか出来なかった俺はいつしか自分から他人と関わることを辞めていた。爺ちゃんと婆ちゃんはそれでもいいと、俺がいなくならなければそれでもいいと言った。それから今に至る。

 

 そんな日々も昨日までだったが。


「昨日湊と屋上で話したこと。なんというか、業務的じゃない他人とのやり取りは久々だったな」


「……」


「湊?」


 湊は俯いて少し震えていた。もしかして、泣くのを我慢しているのか?


「っ……うぅ……」


 微かな嗚咽だったが俺はそれを聞き逃さなかった。

 彼女は泣いていた。ただ静かに、ぽろぽろと涙を零していた。


「湊、なんで泣くんだよ」


「だっ……て……空弥さん……っ……きっと辛いのに、話してくれて……っ……僕が聞いたせいで……」


 彼女はどうやら俺に過去を思い出させ、言わせたことを気にしているらしい。

 むしろ、泣かれた方が申し訳ない気持ちになるような。俺は過去を口にしたことを後悔してはいないんだけどな。


「過去を話して当時を振り返ったことで、湊との関わりが新鮮に感じられたしな」


「空弥さん……」


「だから……その……とりあえず泣くな」


 正直どんな言葉をかけていいのか分からなかった。だから昔姉ちゃんにしたように、気がつけば湊の頭を撫でていた。

 彼女は顔を上げて涙目で俺の顔を見た。少し頬が赤かった。


「……落ち着いたか」


「はい……」


 静かな声と共に湊が頷く。

 お互いに特に何を話すでもなく、ただ沈黙が続いた。しばらくして湊が口を開いた。


「あの……」


「ん?」


「空弥さん、神隠しのことも話してましたよね……お姉さんのことで」


「ん、あぁ」


「僕の話も聞いてもらえますか?」


「え、うん」


「……もしかしたら信じて貰えないかもしれませんが」


 湊は小さな声で付け足すように言った。それが何を意味するのか、なんとなく予想はついた。

 もしかして……そう思った時、湊は言った。それと同時に一瞬の稲光。


「僕は五年前――」


 湊が言いかけた所で激しい轟音が響く。まるで天地がひっくり返されるような、そんな勢いさえ感じる。弱まりつつあった雨の中の静寂を切り裂く雷鳴に湊の言葉は遮られてしまった。そして――


「きゃぁぁぁぁ!」


「っ湊!?」


「うぅ……」


 湊が飛びついてくる。勢いとか力の強さとか全く無視で。絡んでくる男子にあんな強力な蹴りや拳を繰り出せるくらいだ、力が弱い訳がない。俺はベッドに倒れてしまう。一方の湊は俺の胸付近に頭を埋めて震えている。


「あの……湊」


「あ……ごめんなさいっ!」


 湊は今の自分の状況を理解し、急に俺から離れた。

 意外と怖がりなんだな、この子は。


「それで、話の続きを聞かせてもらえるか?」


「は、はい……えっと」


 あまり意識しないように俺は先ほどの続きを話すように促す。


「僕は……五年前、神隠しに遭ったようなんです」


「神隠し……でも、遭った『よう』って?」


「実のことを言うと神隠しに遭ったこと自体は覚えていません……でも、僕は五年前より以前のことを全く覚えてないんです。一番古い記憶といえば、衰弱した自分が病室で寝てて、目を開けると両親が泣いていて……まるで、その時に自分がこの世に生まれたような……そんな感じなんです」


「……」


「抽象的でごめんなさい……でも、本当に五年前までのことしか分からないんです。自分が五年前よりもっと前、何をしていたのかもどんな子供だったのかも……今はもう亡くなってしまったんですけど、お婆ちゃんがそんな僕に言いました。『みなちゃんは神隠しに遭ったのよ。きっと『彼方』に行く前と、『彼方』での記憶を神様に取られちゃったんだ』って。信じがたい夢物語みたいですよね。でも、皆僕が戻ってきたって喜んでる姿を見て、神隠しに遭ったってことも一概には否定する気になれなくて」


「……そうか」


「でも、本当のことは分からないから……とりあえず五年前からずっと神隠しについて調べてるんです。色んなご老人に聞いたり、図書館に行ったり」


 湊は苦笑しながらそう言った。

 神隠し――それが本当に姉ちゃんの失踪の原因だとするなら、湊が神隠しに遭って戻ってこれたなら。それらが今まで見つけることの出来なかった希望になるかもしれない。俺はそう思った。


「なぁ、湊」


「はい?」


「お前はこれからもここに登校するんだよな?」


「は……はぁ、空弥さんが良ければ……僕は喜んで登校しますけど」


「だったら」


「?」


 湊とはこれからも一緒にいる時間がある。それが分かったなら。俺はこの子ともっと関わりたいと思う。彼女と関わることで、きっと俺の中の何かが変わると思ったから。

 それに、神隠しについても興味がある。それが姉さんについての唯一の手がかりかもしれないなら、尚更だ。

 俺は一呼吸置いて、しっかりと相手に届くように言葉を放った。



「俺ともっと一緒にいてくれないか?」


 

 俺の声は、雨音だけが聞こえている保健室に響き、そして消えた。

なんていうか、昨日今日で出会った人間同士のやり取りってこんな感じじゃないと思うんだ……でもいいもん(ぇ

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