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夏の空の下で僕達は笑う  作者: ヨハン
始まりの初夏
2/15

白狼 湊

一応これでも青春恋愛ファンタジー小説目指してます

 いつからだろう。俺が一人で過ごすことに落ち着きを覚えたのは。

 ふとそんな疑問が沸く。

 俺は昔から大人数で行動するのは嫌いだったが、今ほどではない。少なくとも、まだ俺は誰かと一緒にいたのだから。でも、今は違う。俺は誰とも一緒にいない。周りには誰もいない。俺を大事に想ってくれる爺ちゃんや婆ちゃんとの間にも、もしかしたら障壁を作っているかもしれない。

 久々に思い出した姉ちゃんの言葉。その言葉通り、俺にも大事な友達なんて出来るんだろうか。胸の奥を少しずつ包み込むような不安を感じている。

 と、まぁ弱音を吐いてみたものの結局俺は何も変わっていない。今日も保健室にて、何をするでもなく暇を持て余している。ただ黙っているだけでは何も変わらない。それは分かっているはずなのに。


「とはいえ……何をすればいいのか」


 自然と口から言葉が漏れる。その答えを返してくれる相手は勿論ここにはいない。いや、もしかしたらどこにもいないのかもしれない。

 最近、俺は一層卑屈になってきた。自分のことは自分が一番分かっている、それ故に事実を言葉にするのは悲しい、そしてそれ以上に空しいだけだった。


「ホント、俺って馬鹿みてぇだな……」


「――そう、ばかみたい」


「……っ!?」


 突然聞こえてきた声。幼い子供のようなその声は感情が篭っておらず、無機質で冷たいものだった。俺は驚いて体を起こし、ベッドの周りを覆っていたカーテンを勢いよく開ける。そこにいたのは、小さな浴衣姿の少女だった。綺麗な黒髪、結構長い。


「お前……誰だ?」


 俺はまだ驚きが隠せず、やっと搾り出した声がその質問だった。この子はどこから入ったんだ? てかいつからいたんだ?


「リコ」


「……え?」


「わたしは、リコ。名前」


「え、あぁぁ……リコ?」


「うん、リコ」


「あぁ、そうか……」


「うん」


 酷くテンポが悪い。リコと名乗った浴衣姿の少女は表情一つ変えず、じっとこちらを見ている。


「えっと、リコ? お前はどうしてこんな所にいるんだ? いつからいた? というかどこから入った?」


 少し落ち着いた俺は連続で質問する。リコは困ったような顔で目線を下げる。表情が初めて変わった瞬間だった。


「空弥、質問が多い……落ち着いて」


「あ、悪い」


 自分では落ち着いたつもりだったけど、見知らぬ少女が急に現れたら誰だって気になるだろう。

 リコは最初の表情に戻り、小さなか細い声で答えた。何故か自然と耳に入ってくるその声に、俺は不思議な感覚に陥る。


「暇だから、ここに来た。空弥がここに来てしばらくしてからわたしも来た。ちゃんと校門から入った」


「お、おぅ」


 なんというかマイペースというか、軽く調子が狂う。てか校門からって、誰にも気づかれなかったのか?

 色々と思うことがある中で、俺は一つのことに気がつく。


「あれ、俺自己紹介したか?」


「してない」


「じゃあどうして俺の名前を?」


「知ってるから」


「知ってる……のか?」


「うん。知ってる」


「そ、そうか」


 こんな女の子が何で知っているのかは謎だ。


「どうして知ってるんだ?」


「有名だから」


「有名? 俺が?」


「うん……生徒達の間で、第二保健室を占拠する不登校もどきの不良だって」


「……」


 なんだか少し凹むな。こんな小さな子にまで、つか俺、本当に友達とか出来るのか? 別に出来なければ我慢するけど。

 

「空弥」


「ん……?」


 俺が軽く凹んでいると、リコが口を開いた。


「屋上に行くといい」


「屋上?」


「うん」


「どうしてまた……」


「行けばわかる」


「はぁ……」


 淡々と謎めいたことを口にする目の前の少女の対応に、俺はだんだん疲れてくる。


「わたしはそろそろ帰る」


「帰るってどこへ……」


「空弥には関係ない、ばいばい」


「え? あ、オイ!」


 リコは急に踵を返し、早足で保健室と外を直接繋ぐ出入り口から出て行く。

 俺は追いかけようとするが、外を見た時にはもう……


「いない……?」


 リコの姿はどこにも無かった。


「なんだったんだ? 今の……」


 突然、跡形もなく消えてしまったその様に、俺は神隠しを連想する。

 なんだったんだ、あの子は。


「屋上がどうとか言ってたな」


 行かなければそれまでだろう。でも何故か、今は屋上に行かなくてはならない気がした。

 俺は少し足早に屋上へと向かう。確か、近くの階段から行けたはずだ。

 保健室から廊下に出る。今は授業中だから廊下に生徒はいない。俺は階段のある場所へ小走りで向かう。階段を駆け上がり、屋上のドアの前に立った。そこで俺は動きを止める。

  

「人の……声?」


 微かにだが、人の声が聞こえる。俺はそっとドアを開けた。


「ねーねー、君なんで授業サボってるの?」


「もし良ければ俺らとどっか遊び行かねー?」


「勿論色々奢るからさー」


 三人の男子生徒が一人の少女を取り囲んでいた。なんでこんな状況に遭遇すんだ?

 囲まれているの少女は、髪型がウルフカットで幼いながらも整っている顔立ちだった。肌も白く、まぁ男子生徒が声をかけたくなる気持ちも分からないでもない。

 

「……邪魔です」


 少女が言った。


「あ? 何言っちゃってんの? 一年生の癖に」

 

 その言葉に男子生徒は過敏に反応し、わざとらしく脅しを効かせる。


「君も一年生だと思いますが」


 少女が間髪を容れず言った。つか、一年生が授業サボるなよ……二年生の俺も他人のことは言えないけど。


「う・る・せ・ぇ。とにかく行こうぜっ」


 男子生徒はそう言われたことを四文字で流す。そして少女の腕を掴んだ。


「っ……離さないと痛い目に合わせますよ」


 少女が男子生徒達をキッと睨む。


「ギャハハハ、睨んだ顔もいいねぇ」


「あれー? こいつ足震えてねぇ?」


「あ、本当だー。ビビッてんのかよー」


 お前ら本当に高校生男子か。

 ゲラゲラと下品に笑い、清々しい位に精神年齢の低さを露見させる三人に俺は心の中でツッコミを入れる。


「っ、このっ!」


 風を切る音、そして鈍い音が響く。


「ぐふっ!」


「いってぇ!」


 少女は腕を掴んでいた男子生徒の顎を蹴り上げる。そしてすぐ隣にいた別の男子生徒の顔面に拳を入れた。二人の男子生徒は呻きながらダメージを受けた部分を押さえる。

 と同時に残った一人が少女に向け怒鳴りながら拳を振り上げる。


「この野郎! 調子乗るなよ!」


「っ!」


 少女は思わず怯んでしまったようで、とっさに目を瞑ってしまっていた。

 流石に女子に手を出す奴を見過ごすほど俺も冷徹にはなれないので、拳を振り上げた男子生徒の腕を背後から掴み強く捻る。これでも昔から喧嘩だけは負けたことがない。久々にこんな事したが腕は鈍ってはいないようだった。我ながら鮮やかな流れで腕を取れたと思う。

 男子生徒は驚きの声と共に悲鳴を上げた。


「わっ! っででででででで!」


「それは無しじゃねーか? 女子を殴るのはどうかと思うぞ」


 少し低い声で、ドスを聞かせて脅すように俺は言った。


「てめっ……ぇ? あ……あぁ、やべぇ! オイ逃げようぜ! この人って例の不良じゃねぇか!!」


「ひっ、すみませんでしたっ!」


「もうしませんから許してください!」


 男子生徒三人逃亡。俺ってそんなに恐れられてるのかよ……。

 一年生にも怖がられて、顔見ただけで逃げられて、やっぱり俺って一人でいるべきなのか。もう神がそう告げてるとしか思えなかった。

 ふと少女に目を向ける。近くで見ると、やはり顔立ちが整っている。それにどことなくボーイッシュな雰囲気がある。正直言って可愛い。

 少女は俺の顔をじっと見つめている。そういえば、この子は何故か逃げようとしない。

 しばらく沈黙が続く。


「えと、大丈夫か?」


 沈黙に耐え切れなくなって先に口を開いたのは俺だった。

 少女は我に返ったように慌てて頷く。


「あ、はいっ。ありがとうございましたっ」 


 そしてぺこりと頭を下げる。

 俺はちょっと気になることを尋ねた。


「なんで屋上にいるんだ? 今授業中だろ?」


「僕、第一保健室に保健室登校してますから……」


「保健室登校……」


 保健室登校。その単語を聞いた瞬間、きっと俺は顔を強張らせたと思う。この子も何らかの理由があって、俺と同じ境遇にいるのか。

  

「それでなんとなく屋上に来たら絡まれちゃって……」


 少女は苦笑を浮かべながら続けた。


「えっと、あなたは第二保健室に保健室登校してるんですよね? 聞いたことあります」


「ああ、まぁ。何故か全然人がいねぇから過ごしやすい」


 俺は苦笑しながら答える。小さな強がりと共に。


「名前を聞いてもいいですか?」


 少女は首を傾げながら言った。


「ん、俺は夜風空弥(よかぜくうや)だ」


 俺はすぐに答える。


「夜風って……もしかして理事長と関係ありますか?」


 少女は少し考える素振りを見せ、訊いてくる。理事長の名前を知っている生徒というのも、なかなか珍しいと俺は思う。


「ああ、理事長は俺の爺ちゃんなんだ」


 俺は特に隠すことでもないので普通に肯定した。俺の祖父、夜風森光(よかぜもりみつ)はこの泉森高校の理事長をしている。家では普通に優しい爺ちゃんだけど。

 実際爺ちゃんが理事長であったからこそ、俺は今第二保健室に保健室登校出来ている。爺ちゃんの計らいで第二保健室が作られたのだから。一応誰でも利用できるが、保健室になど用のある生徒は少ない上に第一保健室で事足りる。それに第二保健室は校舎の端っこにあるためわざわざ足を運ぶ生徒はまずいない。というか今までもいなかった気がする。


「そうですか……あ、僕は白狼湊(はくろうみなと)っていいます。白い狼で白狼、さんずいに奏でるで湊です」


 少女は自分の名前を名乗った。ご丁寧に漢字まで。

 女子で一人称が『僕』な人を見るのは初めてだからか、なんとなく違和感がある。


「一人称が僕って変ですか?」


 彼女が尋ねてくる。少し驚いたが、別に心を読まれたわけではなさそうだった。


「え、いや。別にいいんじゃないか?」


 さっきも思ったが、彼女はどことなくボーイッシュな雰囲気がある。ある意味似合っていると俺は思う。

 

「そうですか……よかったです」


「ところで、湊はなんで保健室登校してるんだ?」


「え? それは……」


 しまった、と俺は思う。ふと口から零れた質問。デリカシーが無かったとすぐに後悔する。 俺は重い空気を取り繕うように言った。


「あ、いや。悪い、答えたくないならいいんだ」


「あ、いえ、それはいいんですっ! ……そうですねぇ。一人でいるのが好きだから、とでも言いましょうか」


「……そうなのか」


 苦笑交じりに彼女は言った。しかし、寂しさを隠しきれていないような表情だと俺は直感した。

 本当にこの子は一人が好きなのか?

 

「空弥さんはどうして?」


 彼女は訊き返してきた。

 俺も正直に答える。


「同じだ。俺も一人が好きなんだ」


「……そうなんですか」


「ああ」


 答えてしまったが、俺は一人が好きなんだろうか。ただ、昔の事から逃げて、人間関係からも逃げてるだけじゃないのか?

 一人勝手に考え込んでいると、湊が顔を覗き込むようにして尋ねてきた。


「空弥さん? どうかしましたか?」


「あ、いや……」


 すぐ目の前に美少女がいる状況に気がつき、俺は我に返った。

 彼女は続けて言った。所々確かめるような口調だった。


「空弥さんも一人が好きなんですよね……なんていうか、空弥さんみたいな人を『一匹狼』って言うんでしょうね」


「一匹狼か……まぁ、いつも保健室で一人だしな」


「ちょっとカッコいいです、我が道を行くって感じで」


 心成しか、少し彼女の目が輝いている気がした。

 

「僕も『一匹狼』っぽいですか?」


「へ? あ、うーん……」


 唐突な質問に俺は戸惑ってしまう。

 彼女は答えを待ち遠しそうに待っている。この時の彼女はまるで餌のお預けをされている犬のようだった。

 一匹狼と言えば一匹狼なのかもしれないが、正直一人でいることが本当好きなのかが疑問だった。むしろ、少人数でも誰か信頼出来る相手と一緒にいた方が彼女には似合う気もする。

 何故自分でこう考えてしまうのかは分からないが。ただ、純粋に『そんな気がする』だけだ。


「なんつーか、犬? ……ぽいかな、今は」 


「犬!?」


 彼女は表情が変わり面白い顔になる。


「そうですか、犬かぁ……僕、犬は大好きですしなんかそれでいい気もしますっ」


「いいのか?」


 この子は結構素直で純粋だと思う。それに色んな表情見せる。やっぱり犬っぽいと思う。


「まぁ、狼と犬ってちょっと似てますしいいです」


「そ、そうか。というか……お前は俺が怖くないのか?」


 ほんのわずかに気になったことを訊いてみる。俺の悪名(という名の誤解)はこの子も知っているだろうし。

 彼女はちょっと考えた後、俺の目を見てゆっくりと答えた。


「最初は少し怖い気もしました……でも話してみたら普通にいい人でした。それに……」


「それに?」


 この時、屋上に風が吹く。その風は微かに彼女の髪を撫でる。

 彼女は怖いくらいに綺麗な瞳をして言った。



「なんだか僕と空弥さんは似てる気がして」



 そう言った彼女の表情はどこか寂しげで、それでいて儚かった。触れてしまえば無くなりそうな、何故か追求してはいけないような気がした。

 彼女はそう言うと少し微笑み、校舎に戻るためにドアの方へ歩き出した。


「また明日、次から僕も第二保健室に登校します」

 

 小さく手を振って、彼女は屋上から去った。

 ただその姿を見送ることしか今は出来なかった。

 俺は一人、屋上で物思いに耽る。

 今日は二人の少女と出会った。

 保健室に突如現れ、ここに来るように助言を残していった謎の少女リコ。言われるがままに来た屋上で、犬っぽくて可愛い一年生の白狼湊。

 他人と話すのは久々な気がするが、悪い気はしなかった。むしろ、少し楽しかった。

 特に、湊とはいつの間にか少し打ち解けていた。人と少しでも打ち解けたのは何年ぶりだろうか。明日からも、今日のように接することが出来ればいいと思う。

 屋上での会話の終盤、彼女は言った。『似ている』と。俺にはその意味が少しは理解出来た。

 そして俺は気づく。俺は一人でいることが決して好きじゃないと。それはきっと、湊も同じだと思う。

 彼女が最後に見せたあの表情。俺はその表情が忘れられなかった。まるで、母親や父親とはぐれたことに気がつき今にも泣き出してしまいそうな子供が、一刻も早く自分の安心出来る時を取り戻したい――そう願うように寂しげで悲しげで、何かを探して迷うような……そんな表情だった。

湊みたいな後輩がいたら嬉しいです。というか後輩の理想像ですもん冗談抜きで(きりっ

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