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夏の空の下で僕達は笑う  作者: ヨハン
『彼方』
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エピローグ

本当は別の章を書いていましたが都合により断念です。

なので、これが正真正銘最後の話になります。

 空は青く澄み渡り、穏やかに吹く風によってのんびりと雲が流れている。

 高く昇った太陽に照らされた地上では本格的に真夏を感じる気温になりそうだった。


「今日も暑いな……」


 思わず独り言を漏らす。

 窓の外の、すぐ近くの雑木林から聞こえてくる蝉達の合唱を聞いていると余計にそう感じてしまう。

 ネクタイを緩めたい、そう思った時だった。

 

「お疲れ様、空弥」


 声と同時に頬にぴたっと冷たい物が当てられる。


「--ッ!? 涼香さん……冷たいですよ」


「あはは、びっくりした?」


 振り返ると白衣姿の御神涼香(みかみすずか)さんが笑顔で飲料水の缶を持っていた。

 

「そりゃいきなりこんなことされれば」


「ごめんごめん。はい、ジュース。それと今日はもう診療所閉めるからあがっていいわよ」


「どうも。って、もういいんですか?」


「いいのいいの、いざとなれば親の病院があるわ」


「そういう問題なんですかね……」


 呆れ混じりに苦笑する。

 この人は今、自分の診療所を営んでいる。

 病院よりも気楽に訪れることが出来るとかで、小さな子供連れの親御さんやご老人の方々には大きな支持を受けている。

 俺はそんな診療所で診療の手伝いをしつつ事務的な仕事をしていた。


「そうよ。それに、空弥はちゃんと家に帰らないと駄目よ」


「まぁ、帰れるなら帰りたいですね」


「だったら早く帰宅しなさい、湊達が待ってるわよ」


「ありがとうございます。じゃ、お先に失礼しますね。お疲れ様でした」


「お疲れ様」


 俺は診療所を出て、畑や田んぼに挟まれたコンクリートの道路を歩く。

 診療所内よりも当然のように暑かったが、襟元を緩めると少しだけ暑さが軽減される。

 診療所で働き始めて数年。

 時に褒められ、時に叱られながら仕事に慣れ、色々な患者さんと触れ合い様々なことを考えさせられてきたことを思い出す。

 でも、本当なら最後まで涼香さんのサポートしなきゃ駄目だよなと思う。

 まぁ今は気遣いをありがたく受け取っておこう。

 携帯電話を取り出し、家の電話番号にかける。コール音が数回鳴り、相手が出た。


「もしもし、夜風です」


「もしもし? 姉さん?」


「あ、空弥。どうしたの?」


 電話に出たのは俺の姉さんである夜風澪(よかぜみお)だった。

 俺ももう成人なので「ちゃん」ではなく「さん」を付けて呼ぶように意識している。


「やっぱり『姉ちゃん』の方がお姉ちゃんは嬉しいなー」


「……そうだな、姉ちゃん」


 とはいえ長年の呼び方を簡単に変えることは出来なかった。結局すぐに「姉ちゃん」に戻る。


「湊いる?」


「んー、さっき『ちょっと散歩に出かけてきます』って言って家を出たわよ」


「そっか、さんきゅ」


「空弥はもう仕事終わり?」


「うん。涼香さんの気遣いというか計らいもあるけど」


「あはは、涼香らしいわね。すぐに帰ってくるの?」


「いや、ちょっと久々に行きたい場所があるんだ」


「そう、気をつけてね」


「うん」


 俺は携帯電話をしまい足を速める。

 向かった場所は「風の丘」と呼ばれる場所だ。

 近くの海から吹く風を全身で受ける。汗ばんだ肌に風が当たると涼しくて気持ちがいい。

 この丘は海を眺めつつ、街をも一望出来る俺のお気に入りの場所だ。

 夏になると決まって俺はこの丘をよく訪れていた。

 もう五年以上前か、ここで神様が俺に教えてくれた。姉ちゃんが「彼方」にいると。

 今では当たり前のように家で一緒に暮らす姉ちゃんだけど、あの時はとにかく会いたくて仕方なかった。

 俺はゆっくりと丘を下り、砂浜に足を着く。

 自然が豊かな街だからか、海もなかなか透明度が高く綺麗だ。

 砂浜には大きさの違う二人の足跡。可愛らしくて小さな子供の足跡と、子供ほどではないが俺よりはずっと小さな足跡。

 ゆっくりと砂浜を歩くと、そこには海辺にたたずむ彼女達がいた。


「あ、パパだー。パパー!」


「おー、転ぶなよー」


 小さな女の子が俺の所へと駆け寄ってくる。小さな歩幅で一歩一歩と。


「パパだっこー!」


「はいはい、よっと」


「わーい」


 無邪気なその笑顔はまるで太陽のようだった。

 俺はこの笑顔を見るとどんなに苦しいことでもやり遂げられる気がした。


「空弥さん、お仕事はもう終わりですか?」


「あぁ、涼香さんの気遣いでな」


「ふふっ。ありがたいですね」


「だな」


 旧姓、白狼湊(はくろうみなと)。そして今は、夜風湊(よかぜみなと)

 

「パパー、おしごとおつかれさまー」


「おー、ありがとなリコー」


 俺に労いの言葉をかけてくれたのは夜風莉子(よかぜりこ)

 湊との間に出来た大切な愛娘だ。

 このリコという名前は俺達を今まで導いてきてくれて、数年前『彼方』へ戻っていった神様から頂いたものだ。

 神様は言った、「俺達に出会い関われて良かった」と。そして、最後に自分の名前を湊の腹の中にいたこの子に託し『彼方』へと消えた。

 名前の通り愛らしくてめちゃめちゃ可愛い子だ。


「ねぇ、パパー。おしごとってなーに?」


「意味も知らずに言ってたのか」


 思わず笑ってしまう。

 湊もおかしくてくすくすと笑っている。


「うんー?」


 可愛らしく小首を傾げるリコ。


「リコ、今日は何が食べたい?」


 湊が尋ねると、


「はんばーぐ!」


 元気よくリコが答えた。


「ふふ、そう言うと思ってもう下準備はしてきましたからねー」


「わーい!」


 下準備の意味をきっと理解してはいないだろうが、とにかく嬉しいらしい。


「今日はお祝いの日だからな」


「そうですね、空弥さん」


「リコ、お家に帰ったらクッキーやケーキも焼いてあげますから楽しみにしててくださいね」


「やったー! ママだいすきー!」


 リコは無邪気に喜ぶ。

 今日は俺達の結婚記念日でありリコの誕生日だからな、贅沢をしてもいいだろう。

 そうと決まれば早く家に帰らなきゃな。この平和な時間をもっと堪能したい気もするけど。


「……」


「空弥さんどうしたんですか?」


「あ、いや。なんでもない」


「はぁ」


「はぁ」


 湊の真似をするリコ。


「なんか、やっぱ二人ともそっくりだよな」


「そりゃ母と子ですもん。でも、空弥さんにも似てるんですよ。時々思いもよらぬことしますし」


「それは似なくても良かったんじゃ」


「似ちゃったものはもうどうしようもないですよ」


「おい、なんか言い方が酷いぞ」


「あはは、すみません」


「あはは、すみましぇん」


 湊の真似をしようとして少し噛んでしまうリコ。

 この母子は本当に可愛いな。


「なんだか楽しそうですね、空弥さん」


「パパたのしいの?」


 そりゃ、こんなに可愛い妻や子供と一緒にいたら楽しいに決まってる。


「なにがたのしいのー?」


「大きくなったら分かるよ、多分な」


「じゃあはやくおおきくなるー!」


「ゆっくりでいいよ」


 この子の成長をいつまでも見守っていたい気がするし、母親に似てこの子もめちゃくちゃ可愛いからな。

 きっと成長したら色々な男が寄ってくるだろう。そしていつかは……。

 そう考えると心が痛い。今からこんな父親でいて大丈夫か俺。


「空弥さん、なんだか色々と複雑そうです」


「まぁな」


 そりゃそうだ。

 今はこの子が嫁に行くことなんて考えたくないし。


「よし、二人とも帰るか」


「おーっ」


「えぇ、帰りましょう」

 

 二人が返事をして、俺達は三人並んで歩き出す。

 神に守られていたこの街で大切な人と出会い、新たな宝を手に入れた。

 俺達はきっともう神様と関わることはないだろうと思う。もしも関わる時があれば、その時は湊や神の名前を受け継いだ愛娘と一緒にお礼を言いたい。

 今日は運命の日、俺と湊の結婚記念日でありリコの誕生日。そして、俺と湊が出会った日でもあった。

 不思議な存在に導かれて俺達は共に人生を歩み始めた。これからもずっと一緒に時間を過ごしていきたいと思う。

 何があっても、湊とリコを守れる大きな父親になりたい。昔の姉ちゃんのように優しくて暖かい人間になりたい。

 その時、俺の手を握る小さな手に力がこもるのを感じた。


「パパもママもだーいすきっ!」


「私も空弥さんとリコが大好きです」


「俺だって湊とリコのことが大好きで仕方ないぞ」


 三人でそう言い合った時だった。

 俺はふと視線を感じる。何か聞こえた気もした。


「どうかしましたか?」


「いや……まさか、な。なんでもないよ」


 見守っていてくれ、神様。

 俺達はこれからも幸せに暮らしていくよ。


「よーし、家までダッシュだー。行くぞー」


「おーっ!」


「あ、待ってくださいよー」


 三つの笑顔は太陽の光に照らされ--輝きながら華やかに弾けた。

 手に掴んだ幸せをぎゅっと握り締め、俺達は夏の空の下で笑った。

ありがとうございました!これからも彼らの幸せを祈ってあげてください!

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