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夏の空の下で僕達は笑う  作者: ヨハン
『彼方』
14/15

新たな日々へ

最終回です

 姉ちゃんがこの世界に戻ってきて数時間後。

 俺は姉ちゃんに訊きたいことが山ほどあったが、姉ちゃんはそんなに慌てるなといった態度だった。


「私はここにいるんだからさ、時間はたくさんあるよ」


 その言葉は俺に大きな安心感をもたらす。

 そして、姉ちゃんが帰って来たことを実感させてくれた。

 リコに見送られ、俺と湊と姉ちゃんは森の外へと戻る道を辿る。森を抜ける途中、俺はずっと姉ちゃんに話しかけていたと思う。

 その様子を見た湊は少しムッとしながら俺の腕に自分の腕を絡めてきた。


「湊?」


「ん……」


 ぎゅっと腕に力が篭る。あぁ、そういうことか。


「悪いな、湊」


 俺は湊の頭を撫でる。


「ぁ……」


 湊は頬を赤らめて少しぼうっとした目をこちらに向けた。

 これで少しは機嫌を直してくれるだろうか。


「二人とも仲が良いのね」


 姉ちゃんは俺達の様子を見て微笑んだ。

 身内の人間に見られると少し恥ずかしい。


「えっと、白狼湊ちゃんだったかしら?」


「え、あ、はい」


 姉ちゃんは湊に話しかける。湊は少し落ち着かない様子だった。


「空弥のこと、これからよろしくね」


「……はい」


 湊は頬を少し赤くしながらもしっかりと頷く。

 姉ちゃんはその様子を見て再び微笑む。


「空弥、良かったわね」


「……あぁ」


 俺は急に恥ずかしくなってぶっきらぼうに答える。

 

「空弥さん可愛いです……」


 湊が言った。少しだけ微笑んで、慈しむような上目遣いをしてくる。

 お前の方が何倍も可愛いって。


「……湊……あー、もう調子が狂うな……」


 どんどん恥ずかしさが増してくる。湊が可愛すぎて。

 この気持ちをなんとかしよう、そう思ったその時だった。


「あっ」


 姉ちゃんが声を上げた。

 俺達の歩く道の先に見えてきたのは森の出口だった。光が差し込んでいて、その光が少しずつ大きくなる。

 そして、森を抜けた。

 目の前には見慣れた街の風景が広がった。降り止んだ雨は地面を濡らし、所々水溜りが出来ている。天を覆う雨雲は裂けて、太陽の日差しが街に降り注いでいた。

 遠くの空を見ると大きな虹が現れていて、それはまるで姉ちゃんが帰って来たことを祝福しているように思えた。


「……帰ってきたのね、私は」


 姉ちゃんは遠い目をして感慨深げに呟いた。

 俺は頷く。


「うん。もうどこにも行かないでくれよな……?」


「勿論よ、私は空弥と空弥の未来のお嫁さんである湊ちゃんを見守りたいもん」


「なっ、何言ってんだよ!」「そ、そうです! 気が早いです!」


「湊……顔が笑ってるぞ」


 俺は何気にちょっと嬉しそうな湊を見て自然と微笑んでいた。

 姉ちゃんも相変わらず微笑んでいる。


「空弥! 湊!」


 聞き慣れた声。目の前からはよく知る人物が走ってきた。

 

「無事だったのね……良かった。……って、あれ? そちらの人は……」


 涼香さんは姉ちゃんの顔をじっと見つめる。

 もしかしたら分からないかも、そう思ったのも束の間。

 涼香さんは信じられないといった顔になり、肩が小刻みに震え始める。そして震える声で尋ねた。


「……澪?」


 涼香さんは姉ちゃんの名前を小さく呟く。


「……うん、ただいま。また会えて嬉しいよ、涼香」


 姉ちゃんはにっこりと笑って涼香さんを抱きしめる。


「澪……澪!」


「わっ……」

  

 涼香さんは姉ちゃんを抱きしめ返す。傍から見ても力が篭っていることが分かるくらいに強く。


「馬鹿馬鹿ばかばかっ! 七年間も心配かけさせて!」


「ん、ごめんなさい。涼香には色々と迷惑かけちゃったね」


 まるで子供のように泣きじゃくる涼香さんを宥める姉ちゃんの仕草は優しかった母さんの姿を思い出させる。

 そういや、小さな頃はああやって母さんが抱きしめて撫でてくれたっけな。


「……でも……本当に良かった……」


「覚えててくれて嬉しいよ……澪」


 姉ちゃんの目からは涙が零れている。

 きっとそれは嬉しさによるものだろう、笑いながら泣く姉ちゃんを見てそう確信する。


「忘れるわけないわよ……澪のことは」


「涼香みたいな友達を持って、私は幸せね」


「……もうどこにも行かないで」


 涼香さんは姉ちゃんの首に腕を回し、囁くように言った。

 姉ちゃんはこくりと頷く。


「勿論よ……さっきも空弥に言ったけど、私はこの二人の未来を見守っていきたいから」


「えっと……それってつまり?」


 姉ちゃんはクスッと微笑んで楽しそうに言った。


「もうあの二人は将来を誓い合ったってこと」


「えぇぇぇぇ!?」


「だから気が早いですよ澪さん!」


 湊は顔を真っ赤にして反論する。

 俺が今見ているのは凄く微笑ましくて平和なひと時。こんな時間がこれからも続いて欲しい。心からそう思う。

 数時間前まで、俺は全てを断ち切ろうとしていた。そんな俺は今、大事な人が隣や目の前にいる状況にある。

 涼香さんには今まで凄く世話になった。この人がいなければ、俺はきっと孤独に押し潰されていたと思う。感謝してもしきれない。時に励まし、時に叱ってくれた涼香さん。そんな彼女がいたからこそ今の俺がある。

 姉ちゃんは七年の時を経て帰ってきた。あの日から身長や髪が伸びて容姿は変わったが、性格は変わっていない。昔のように優しくて接しやすい姉ちゃんだった。俺はこの人を七年間追ってきた。これからは、また一緒に時を過ごしていけるんだろう。

 そして。


「湊」


「はい? んっ……」


「……」


「……空弥さん……不意打ちはずるいです……」


 顔を真っ赤にして俺の胸に顔を埋めてくる湊。

 姉ちゃんの願いを神様が叶えたことで出会った少女。少し気が強い一面があったり、乙女な一面があったりする可愛い後輩。そして何よりも大切な人。

 湊と出会って俺の日常は変わった。俺の心を照らしてくれた彼女をいつしか俺は好きになり、気持ちが通じ合い、今こうしている。

 ずっと一緒にいる、そう誓った。まぁ、誓わなくても俺はずっと一緒にいたいと思うだろう。


「空弥、湊、アンタら気温を高めるんじゃないわよ……ただでさえ暑いのに」


「涼香さんは相手がいないだけじゃ……」


「空弥、アンタ喧嘩売ってる?」


「いやそんなことは」


「く、空弥さん! さり気なく僕を盾にしないでください!」


「ふふっ、皆楽しそうね」


 さぁ、もうすぐ本格的な夏がやってくる。

 俺達は少しずつ深くなっていく夏の空の下で笑い合った。

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