プロローグ 夏の空の下で僕は笑うことが出来ない
これで連載小説3つ目ですよ(不安) ちゃんとやっていけるか心配ですが思い立ったらやるのが自分流です(笑)
初夏。蝉の鳴き声が一帯に響き、気温の高さと共に今年も夏という季節を感じる時期になった。
俺、夜風空弥はこの保健室の窓から、雲ひとつ無い澄み渡った青空を眺めていた。自然が豊かで空気も澄んでいるこの街の空は綺麗だ。何年経っても、変わり映えすることこそ無いが決して汚されることの無いこの空が、俺は大好きだった。
この街『森羅』は街の外れに巨大な森がある。その森は一度迷うと二度と出られないと言われる森だ。中心には美しい泉、そして神を祀る祠がある。その祠の前で願いを言うと、とある物を代償に願いが叶えられるらしい。まぁ、俺にはどうでもいいことだ。
ただ、この街は神に守られた街だと言われている。この街で生まれ育った子供は神に守られているらしい。
「……」
窓の外から目を離し、俺はベッドに寝転がった。そして寝返りを打つ。ギシリと音が鳴った。
夏を迎えると、俺はある記憶を思い出していた。ちょうど七年前のこの時期だったか。今年もやはり思い出してしまう。
俺の両親は七年前、この街で、交通事故で他界した。
当時、俺達家族はこの街に住む祖父母の家に遊びに来ていた。毎年のようにこの街を訪れていて、もはや恒例だった。
毎年色々な夏の思い出を作ることが出来るこの街に来るのが、俺には楽しみで仕方なかった。だが、不運にも七年前、その思いは断たれた。交通事故によって両親を失い、何もかも楽しくなくなってしまった。
そしてもう一つ――これは思い出したくもない。
両親が他界したことよりある意味受け入れることが出来ない悲劇、とでも呼ぼう。
「……っ」
小さな頃から俺を可愛がって大事にしてくれた、大事な姉ちゃんが『消えてしまった』。
消えた理由も、場所も分からない。ただとにかく、『消えた』。
爺ちゃんや婆ちゃんは娘夫婦を事故で失って大きな悲しみに暮れていた。その矢先で、大事な孫まで消えてしまった。勿論、ショックなんて言葉が生温いほどに悲しんだ。そして、たった一人残された俺に言った。
『空ちゃんだけは、どこにも行かないで』
この言葉を聞いた時、俺は家族を失ったことを実感し泣き喚いた。爺ちゃんと婆ちゃんも一緒に泣いていた。
後で婆ちゃんに聞いた、きっと姉ちゃんは『神隠し」に遭ったのだと。いつ戻ってくるか分からない上に、もしかしたら戻ってこないかもしれない、と。
両親が他界した事実は受け入れざるを得ない、しかし姉ちゃんの『神隠し』は受け入れることが出来ない。諦めることが出来ない。しかし、俺にはどうしようもないことだった。だから泣き寝入りする形で我慢してきた。『神に守られた街は、余所から入ってきた人間を嫌う』。そんな話を聞いたこともある。いずれ俺も……なんて考えたこともある。もしかしたら遠くない未来、俺もどうにかなるかもしれない。まぁ、別に俺はどうなっても構わない。爺ちゃんと婆ちゃんを悲しませてしまうのならば、嫌だけど。
それからというもの、俺は祖父母以外の人と関わることを極力避けて生活してきた。だから今、こうして保健室登校していたりもする。
この保健室は軽く俺の私物と化してしまっている。俺の通っているこの泉森高校の理事長が爺ちゃんだからというのもある。現にこの第二保健室は空き教室を改築して作られた。
一応誰でも利用出来るのだが、わざわざ半不登校の柄の悪い生徒が占拠する第二保健室に来る物好きはいない。それに、第一保健室で十分に事足りる。
俺はその事実に少し寂しさを感じながらも、一人でゆっくりとしていられることに満足している。一人ならば、大切な人を失うこともない。まぁ、爺ちゃんと婆ちゃんは別だが。何故か爺ちゃんと婆ちゃんを失うということは想像出来ない。あの二人は、生まれも育ちもこの街らしい。小さな頃から神様に見守られ育った爺ちゃんと婆ちゃんはきっと大丈夫なんだろう。
皮肉交じりにそう考えてみる。が、俺はあの二人が大好きだ。あの二人を皮肉ったって何も良いことは無いし俺も気分が悪い。
俺はこの街で何をしよう、とよく考える。
姉を探そうにも森に入ることはまず許されない。爺ちゃんと婆ちゃんも、文字通り『死ぬ気』で止めるだろう。俺はそんなことをさせたくない。
ならば、何をすればいい。友達なんていないからこの街で楽しく過ごすこともまぁ出来ないんだろう。
「友達か……」
そういえば、姉ちゃんには色んな友達がいた。そして、ある日俺に言った。俺はその言葉がどんな物よりも嬉しかった。そして、今の俺にとっても何よりも大切な言葉だ。
『姉ちゃんはね、友達も大事だけど何よりも大事なのはお爺ちゃんとお婆ちゃん、そして空弥だよ。そんな大事な空弥にも、早く友達が出来るように姉ちゃんいつも祈ってるからね。だから……昔のように、笑顔で――」
「っ……姉ちゃん……うぅ」
脳内で再生される姉ちゃんの言葉。最後まで言い切る前に俺は嗚咽を漏らし涙を流した。
姉ちゃん、ゴメン。俺はまだ友達がいないんだ。せっかく姉ちゃんが祈ってくれたのに。
「俺は……どうすればいいんだ……」
呟いても答えが分かるわけではないのに。自然と呟いてしまっていた。
この街の全てが輝いて見えたあの夏にはもう戻れない。
――夏の空の下で、誰かと笑うことも出来ない。
色んな地域に言い伝えってありますよね。森って結構神秘的な場所だと思います、うん。