第1話
短編で投稿するつもりが、長くなりそうなので連載にしました。あの王子さまの成長した姿をお楽しみいただけたらと思います。
ふぅ…。
はぁ…。
たそがれて窓の景色を見るのは、当年とって10歳のこの国の期待の王太子アーサー王子です。
ただいま次代の王になるために大切な勉強のお時間のはずなのですが…。
「コホン…。王太子さま、いかがなされましたかな?」
怪訝そうな顔で教育係のドミトリー卿がアーサーに問いかけます。
それに気づいたアーサーが教育係に咎められたのを恥ずかしく思ったのか、顔を伏せて、
「申し訳ない、ドミトリー卿。つい、ぼんやりしてしまって…。どこまでだったか、教えてはもらえぬか?」
「いや、今日はここまでにいたしましょう。きっとお疲れなのでございましょう。」ドミトリー卿はにこやかに微笑んで、本を閉じました。
アーサーは師に見透かされたような気がして、顔を赤らめて
「いや、誠に申し訳ない。次はこのようなことのないように務めますのでご容赦願いたい。」
と言うと、アーサーは立ち上がったドミトリー卿に別れの挨拶をしてから、侍女に送らせました。
ところ変わってここは、国王陛下の執務室。
執務の合間の少しばかりの休憩時間で、やっとくつろげると喜んだ国王エドワードが大好物のワッフルを口にしようとしたその時でした。
ある人物が執務室に突然、飛び込んできました。
「突然失礼いたします、陛下。ご報告したいことがございまして、参りました。」
そう言って入って来たのは愛しの王妃ソフィーでした。
「ソフィー、どうした?何があったのだ?」
エドワードが口にしようとしたワッフルを仕方なく、皿に置きました。
「はい、重大事でございますれば、陛下…。」
ソフィーはそう言うとちらっと控えている侍従に目をやりました。
それに気づいたエドワードが侍従に目配せをして下がらせました。
「これでよいか、ソフィー。して、重大事とはどのようなことか?」
エドワードは何が起こったのかな、もしかしてまた子供が出来たのかと、ドキドキしながら尋ねました。
「はい、実は…。」
ソフィーはアーサーのことを話しはじめました。
ソフィーの話しを聞いたエドワードは、なんだかがっかりしてしまいました。
そんなことが重大事かとふてくされながら、
「何、アーサーの様子がおかしいと?あいつはいつもおかしいぞ。」
「ちょっと、エドワード。大事な息子を、しかも王太子をつかまえて、いつもおかしいとはどういうこと!?」
ソフィーは憤慨してエドワードを問い詰めます。
「しかし、アーサーは遊び盛りの10歳のくせに、あんなに大人びているだろう?どう考えてもおかしいだろう。」
そう言うとエドワードはやれやれとワッフルを食べようと手を伸ばしました。
「ちょっと、エドワード!我が子の一大事にワッフルなんて、食べてる場合?」
ソフィーはいきりたってそう言うと、エドワードの手からワッフルを取り上げました。
「何するんだ、ソフィー!僕のワッフルをそんなことで取り上げるな…。」
エドワードは口にしかけたワッフルを取り上げられてふてくされてしまいました。
「そんなこととは、どういうことですか!?エドワード、一大事ですよ。」
そう言って突然現れたのは王太后でした。
「母君!」
「義母さま!」
「久しぶりね、二人とも。元気だったかしら?」
にこやかに王太后が話しかけます。
「義母さま、お久しぶりでございます。いらっしゃるのなら、お迎えに参りましたのに…。」
ソフィーは微笑んで言います。
「いいのよ、ソフィー。孫たちに逢いたくなって、突然思いついてきただけだから。」
「母君、それならここに来る必要はないでしょう?」
ふてくされたエドワードが王太后に言います。
「ご挨拶ね、エドワード。母に向かってそんなことを言うなんて、育て方を間違ったかしら?」
王太后はエドワードを睨みつけながら言い返します。
「申し訳ありません義母さま。」
ソフィーはワッフルを遠くに置いてからフォローに入ります。
ワッフルを遠くに置かれたので、不満げな様子でエドワードがソフィーを様子を窺います。
その様子を見た王太后が、ぷっと吹き出してしまいました。
「まあ、いいわ。エドワード、ワッフルをお食べなさいな。話しはそれからにいたしましょう。」
「義母さま!あまり陛下をあまやかさないで下さいまし。我が国にとって、一大事なのですよ。」
ソフィーは王太后に不満を漏らします。
「まあ、いいじゃないのソフィー。陛下の、いえエドワードの楽しみなんだから。」
「義母さまがそうおっしゃるのなら仕方ありませんわね。」
ソフィーはしぶしぶワッフルをエドワードに手渡し、紅茶を入れはじめました。
エドワードはゆっくりとワッフルとソフィーの入れてくれた紅茶を美味しそうに食べはじめました。
それは本当に幸せそうな顔でした。
「それで、僕にどうしろと?」エドワードはワッフルを食べて、機嫌良さそうにソフィーに尋ねます。
それを聞いたソフィーがピクっと眉をつりあげて、
「エドワード、さきほど申し上げましたでしょう?王太子の、アーサーの様子がおかしいのですわ。ぼんやりして、勉強や公務にも身が入らないようなのです。エドワードは国王であり父親なのですからなんとかして下さいまし。」
「僕が!たいしたことじゃないと思うんだけど…。」
ポリポリと頭をかきながらエドワードが答えます。
「エドワード…!」
ソフィーがジロリと横目で睨みつけます。
睨みつけられたエドワードは、ビクッとして仕方なさそうに、
「わ、分かった…。」
「ありがとう、エドワード。やっぱり頼りになるわね。」
にっこり笑ってソフィーが機嫌よく答えました。
言わしたくせに…。
不満そうな目つきでソフィーをエドワードが見つめます。
「それでは陛下の執務のお邪魔になってもいけないから、もう行くわね。義母さま、美味しいお菓子がございますのよ。ご一緒にいかがですか?」
ホッと一安心したのか、ウキウキとソフィーは王太后をお茶に誘います。
「え、ええ…。そうね。孫たちにも逢いたいし、伺うとしましょうか。」
不機嫌そうな息子のエドワードを気にしながら、上の空で答えます。
「では参りましょう。エドワード、お邪魔いたしました。」
軽くお辞儀をしてソフィーは部屋を出て行きました。
「エドワード、頑張って、ね。」
王太后が去り際に遠慮がちに声をかけました。
「う、うん…。」
不満そうにエドワードがポツリと答えました。
パタン…。
「行ってしまったか…。」
エドワードが二人が去ったドアをしばらく睨みつけていました。
「陛下、大丈夫ですか?」
二人が去って静かになった執務室に侍従が入るなり、執務机に突っ伏しているエドワードに声をかけました。
不機嫌そうに顔を上げたエドワードが、
「大丈夫じゃねえよ…。どこ行ってたんだ?」
「どこと仰せられますのか…?下がれとのことでしたので、隣室で控えておりました。」侍従が呆れたように答えます。
「ああ、そういえばそうだったな…。」
エドワードが忘れたような顔をしてとぼけて答えます。
「ところで、おまえはアーサーが様子が変だってこと知ってるのか?」
「はい…?王太子さまのことでございますか?ええ、確か最近はご公務でお疲れでいらっしゃるのか、ぼんやりなされておられると人づてに聞いております。もしや陛下、王妃さまはその件でいらっしゃったのでございますか…?」侍従が訝し気に答えます。
「ああ、そうだ。そうか、そんなに忙しかったのか。それでアーサーは脱走しなかったのか?」
エドワードが侍従に尋ねます。
侍従はそれを聞いてぷっと吹き出して、
「何を仰せられます。陛下じゃあるまいし…。」
「おいっ。そこは笑うとこじゃないぞ。」
不機嫌そうにエドワードが侍従につっこみます。
「これは申し訳ございません、陛下。長い間お仕えしてまいりますと、いろいろ思うことがございまして失礼をいたしました。」
侍従が殊勝げに礼をして答えます。
「思うことだと…?まあ、いい。その代わり、アーサーの様子を見てこい。いつから様子がおかしいのかも探って来てくれ。いいな?」
侍従をふんと睨みつけて、エドワードは言い放ちます。
「ど、どうして私が…?」
侍従は納得がいかない様子で答えます。
「どうしてじゃない。国王命令だ!さっさと行ってこい!」
バンバンと机を叩きながら、侍従に命令しました。
「う、承りました、陛下。」
侍従は不満そうに答えました。
まったく、
王妃さまに頼まれたことを押しつけるなんて。
王子の頃とちっとも変わっちゃいないんだから…。
ぶつぶつと不平を言いながら執務室を出ていこうとした侍従をエドワードが呼び止めて、
「何か言ったか?」
「いいえ。陛下の有り難いご命令に感謝しているだけでございます。」
侍従は皮肉まじりに答えます。
エドワードは、ふんと侍従を睨みつけ、「そうか。しっかり頼むぞ。」
そして数日後、侍従がエドワードに報告しておりました。
「…それで何か分かったか?」
「はい、陛下。調べましたところによりますと、1ヶ月前に隣国の建国式典に王弟殿下とともにご出席なされて以降に王太子さまのご様子に変化がおありのようでございます。隣国で何かおありになられたか、公務や王太子教育でお疲れであられるのか真偽のほどは分かりかねますが、そのどちらかでないでしょうか。」
「何、隣国の建国式典のあたりから?そういえば、なぜ僕が行かなかったのかな…。」
「陛下、何をおっしゃいますやら…。すでに予定が入っていたこともありますが、隣国の王妃さまはかつて陛下とご縁談があられた方ゆえ、王太后さまが王妃さまに気を遣われて王弟殿下と王太子殿下をお遣わしになられたではございませんか。」
侍従はやれやれと呆れたように答えます。
「ああ、そういえばそうだったな…。しかし、もう十年以上前のことなのに母君も気にされなくてよかったのにな。」
エドワードは気まずいのか複雑そうな表情で答えます。
王妃ソフィーさまと結婚される折り、本当ならエドワードはいまは隣国の王妃になった姫と婚約寸前でしたが、エドワードがソフィーのことを好きになってしまい、無理に押し切ったたことがありました。
「お気遣いでございますよ、陛下。」
侍従が冷ややかな声で答えます。
まったく、だからあの時ああいうことになったんだな…。
「そうか?ところで隣国でアーサーは何かあったんだろうな…。何か分かるか?」
エドワードがとぼけたように言います。
「さあ、私には分かりかねます。ただ、隣国で王太子さまはお年の近い王子さまや王女さまと仲良くご歓談なされておられたと聞いておりますが…。」
「何、仲良くだと…。もしかするとそういうことなのかな?」
エドワードは一人納得したようにつぶやきます。
「陛下、そういうことにと言いますと…?」
侍従が怪訝そうに尋ねます。
「鈍い奴だな。アーサーはきっと隣国の王女に惚れたのだ。だから様子がおかしいんだ。」
エドワードは勝ち誇ったように侍従に答えます。
「まさか王太子さまに限ってそのようなことは…?」
侍従は有り得ないことのように否定します。
「わからない奴だな。アーサーももう10歳だ。初恋になるのかな…。」
嬉しそうにエドワードが言い放ちます。
はぁ…。
初恋ですか。
しかし、陛下にだけは鈍いと言われたくないですが…。
しかし、よりにもよってあの方の娘に恋するとは。
「まあ、そう言うこともあるかも知れませんね。」
侍従はいまいち納得がいかない様子で答えます。
「これでアーサーのことは解決したな。どれ、ソフィーに報告して来るか。」
エドワードは立ち上がって、ソフィーのいる後宮に行こうとしました。
侍従は慌ててエドワードを止めて、
「少しお待ち下さい、陛下。まだこれは確定したお話しではございません。王太子さまにご確認なされてからの方がよろしいのではございませんか?」
「ん?確認だと…。そうだな。たぶん間違いないとは思うが、一応確認しておくか。」
エドワードは仕方なさそうに言います。
ふぅ…。
やれやれ、もしその通りにしても王妃さまへの言い方には気をつけないとな。
あの方の娘だなんて、いい気しないだろうしな…。
「じゃあアーサーのところに言って聞いてくるか。お前も来い。」
「お待ち下さい、陛下。執務はどうされるおつもりでございますか!まだこんなに残っております。」
侍従は悲痛な叫び声を上げました。
「うるさい奴だな。確認するだけだ。すぐ終わる。休憩だ、休憩!ちょうどいい、お前も来い。」
エドワードはうるさそうに侍従にそう言います。
「はぁ…。畏まりました、陛下。」
侍従は諦めたようにそう言うとアーサーのところに二人で向かいました。
執務を放り出したことが宰相さまにばれたら怒られそうだな…。
国王がこれで大丈夫かな、我が国は。
さて、噂のアーサーとは言うと部屋で本を開いたままぼんやりとしておりました。
本来は王太子教育の
時間なのですが、最近ぼんやりしているのでドミトリー卿の配慮により部屋で休んでおりました。
「王太子さま、陛下がお越しでございます。」
「何、父君が…!確か執務の時間では…?」
アーサーは少しぼんやりとしながらも怪訝そうに言います。
「アーサー、元気か?」
エドワードは微笑んで部屋に入ってきました。
「これは父君、ようこそおいで下さいました。」
アーサーは期待の王太子らしく挨拶をします。
「元気そうだな。近頃、元気がないと聞いていたが、大丈夫そうだな。」
「ご心配をいただき、恐れ入ります。ところで、父君には執務の時間のように拝察いたしますがいかがなされたのでございますか?」
アーサーは期待の王太子らしくそつのない言葉を投げかけます。
側にいた侍従はぐっと、笑いをこらえています。
エドワードはそんな侍従を一睨みすると、「休憩中だから、大丈夫だ。」
「さようでございますか。」
アーサーは、
またサボって来たのか。
だから僕が…!
とエドワードに向かって冷ややかな視線を浴びせます。
「ところでアーサー、隣国の建国式典に出席にした折り、何かあったのか?」
エドワードは侍女が用意した席に着くなりそう言いました。
「はっ…。父君、何を仰せで?」
アーサーは怪訝そうに答えます。
「何って…。隣国で何かあったんだろう?だから戻って来てから様子がおかしいんだろう。」
エドワードがニヤニヤ笑いながらアーサーに尋ねます。
「父君、気持ち悪いです。何か誤解なさっているのではないですか?」
アーサーは心底嫌そうな顔をして答えます。
「アーサー、そんな顔するなよ。父と母の出逢いを知っているだろう?」
「はい、確か父君がご公務で行かれた隣国で出逢われたと伺っております。」
「そうだ。僕の一目惚れだった。だから息子であるアーサーが隣国で好きな人が出来てもちっとも不思議じゃない。そうなんだろ?」
勝ち誇ったようにエドワードがアーサーに言います。
「はぁ~!何を言うかと思えば、とうとう頭の中が花畑になりましたか、父君?」
アーサーは呆れたようにすっかり期待の王太子の仮面を外しました。
「アーサー!それが父に向かって言う言葉か!?」
エドワードがさすがに怒鳴りつけました。
「仕方ないじゃないですか。父君がおかしなことを言うからですよ。侍従、おまえがついててなんでこんなことになるんだ?」
アーサーはすっかり機嫌を損ねたように側に控えている侍従にまで文句を言います。
「申し訳ございません、王太子さま。」
侍従が申し訳なさそうに謝ります。
「陛下、どうも違うようですよ。隣国の王女さまが原因じゃないように思われます。」
侍従がエドワードに近づいて耳打ちします。