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【今さら遅い】溺愛された私と破滅する元婚約者たち

崖から突き落とされた無能な私、実は神龍の愛し子でした。数年後に再会した元婚約者が「愛している」と縋ってきましたが――神龍(王子)の独占欲に触れたので、存在ごと消し去りました

作者: 唯崎りいち
掲載日:2026/04/06

 崖から突き落とされて死にかけた無能な私は、“神龍の愛し子”だった。


 「無能な女のお守りを一生させられるなどごめんだ」と、婚約者に崖から突き落とされたはずなのに——


『次に生まれ変わったら、全く何の力もない普通の子になりたい』


 そう言って亡くなった神龍の神子。


 私が“無能であること”が、神龍の神子の生まれ変わりの証明になった。


 神龍の国で、私は冷酷な王子の心を溶かす唯一の存在になる。


◆◇◆


「ついてくるな、無能」


 婚約者の辺境伯子息はいつも私を邪魔にする。


「でも、子息と遊んでって、みんないうんだもの」


 子息の顔がカッと真っ赤になる。


「なんでみんな俺にお前を押し付ける! お前が、公爵令嬢だって、無能だから捨てられたんだろう!?」


 私はビクッとする。


(冷たかった本当の家族の話は聞きたくない……)


(この辺境も同じだけど……)


 目に涙がたまる。


「無能の世話を一生させられるのはごめんだ」


 子息の憎しみに歪んだ暗い顔が怖くて後ずさる。


 ガラッ


「あ……!」


 地盤が崩れた。


 私は崖の側に落ちていた。


「いたッ」


(足を捻ったみたい……ズキズキする。なんで、無能な私ばかりがこんな目に遭うの……)


(あ、子息が来てくれた……!)


「子息、ありが……とう……」


 子息の暗い顔が見えた。


「無能は死ね」


 暗く、笑う。


「ははは、やったぞ! 殺してやった!」


(なんで……)


 私は崖の下に落とされた。


 ははははは……


 不快な声が風に消える。


 ビュォォォ……!


 風が肌を切り裂いて髪を吹き上げる。


 悲鳴も上げられないくらい口に風が入ってきて苦しい。


 風に翻弄される身体は、地面に叩きつけられる瞬間のどうしようもない恐怖を予感させる。


(川に落ちれば、運が良ければ流されて助かるかも……助かって喜ぶ人はいない……)


 川の流れの速さに望みが薄いのはわかっていた。


(こんな簡単に死ぬんだ——普通の女の子って……)


 バシャ……全身がバラバラになったみたい。


 冷たい水に落ちる。


 風よりも激しく水が身体を打ちつける。


 苦しい。


 水の激しい流れに翻弄されて、身体がどこにあるのかわからない。


 身体がなくなって行く恐怖を感じて、意識だけが水の中を漂う。


 激流に飲まれた私は、それでも死ななかった……。


◆◇◆


「……生きてる……」


 男の人の声に目を覚ますと河原にいた。


(泣いてるの……?)


(岩と石で身体が痛い……)


「何処からきた……って話せないか。神龍の神子……よく帰ってきてくれた……。すぐに神龍の宮殿に連れていくから、大丈夫だ、なんの心配もない」


(神龍……の神子……?)


 私はその男の人に優しく運ばれる。


(暖かい手……。ゆらゆらして、気持ちいい……)


 私はいつの間にか眠った。


「川を流されて来たはずなのに……この子は……どこにも傷がない……」


◆◇◆


 目を覚ますと見知らぬ部屋だった。


「王子を呼びにいかないと……!」


 側のにいた女の人が駆けていく。


(王子……?)


 しばらくすると美しい刺繍を施された服を着た、服よりもっと美しい男の人が入ってくる。


(運んでくれた人だ……)


「神龍の神子、目が覚めましたか!」


 厳しかった顔が途端に柔和になる。


(……神龍の神子って特別な存在みたいだけど……私のこと?)


「ここはあなたがいるべき場所です。安心して過ごしてください」


 私の両手を包むように握っていう。


「え? ……はい……」


「その中でも、俺が一番の味方だということは忘れないでください」


 眼差しが熱くて、顔が熱くなる。


「……は、はい……」


「ふふ……まだわからなくていいですよ。一緒に過ごすうちにわかるようになります」


(どういう意味だろう……?)


 王子の言葉通りに、私はこの神龍の国が、私にとって安全だとすぐにわかった。


(みんなが私と話したがる……辺境に捨てられていた頃とは違う……)


 特に王子は最強の味方だった——。


 王子は私より少し年上で、私がベッドから起き上がれるようになるまで、食事を食べさせたり、本を読んだり、この国のことを教えてくれたり、ずっと一緒にいてくれた。


「昔、神龍と、神龍の言葉がわかる神子がここに住んでいたんです」


「この国の出来る前?」


「そうです。ここは豊かな土地だったけど、強大な力を持つ神龍を皆が恐れていました。神子だけは違って、神子が神龍と人をつないで、おかげで人が住み国が出来たんです」


 ニコッと王子が私に笑いかける。


 ドキドキする。


「昔話に聞こえるけど、神龍の神子って大昔の人なに?」


「神子は聖なる力でとても長く生きていましたよ。神龍が眠る期間に入ってから亡くなったんです」


「神龍は起きるの? 神子がいなくて悲しまない?」


「神龍が起きるのはずっと先ですから、神子が神龍のいない世界に生まれ変わる方が早いですよ。だから、神子は神龍のいない世界に能力を持って生まれて来たくないと願ったんです」


「……神子は神龍のいない世界に耐えられないほど、神龍のことを大好きだったの……?」


「そうです。だから、君が、無能なのは前世の“神龍の神子”が願ったからです」


「……神龍のこと、聞いても私は、全然わからない……」


「それが神子の願いですから……」


「でも、無能の世話を一生させられるのは嫌だって、子息が……」


「君の世話ならみんなしたいと思っていますよ。ただ、俺だけにさせてください、神子」


(……本当のことなら、王子とずっと一緒にいたいな……)


 私が歩けるようになると、手をつないで王宮を案内してくれる。


 あったかい手がいつも一緒で安心する。


「神子さま、おはようございます……」


 でも、王子と歩いていると他の人との距離を感じる。


「みんな、俺を恐れているから……」


「でも、王子が国のことを思って厳しい態度をとっているのはみんなに伝わってるわ」


「神子……」


「私が、“神龍の神子”だから、王子にとっては唯一、厳しく見なくていい人間なのね……」


「……そうです……よく、わかりましたね」


 王子は優しい目で微笑む。


 胸が苦しくなる。


(王子が好きなのは、私の役割なんだ……)


「ますます神子を手放せなくなりました」


「え? なんで!?」


 王子が私を抱き上げる。


「あ、歩けるわよ、私」


「だから、遠くに行って俺から離れて迷子になられたら困りますからね? 神子」


(王子が、私を誰よりも特別に扱ってくれるから……離れられなくなってしまう……)


(私にとっての神龍は王子だ)


◆◇◆


「あなた、神龍の国の王子とはどんな関係なの!?」


 私と同じ学園の女子生徒に聞かれる。


 数年後、私は王子と、私の元の国に留学することになった。


「私は神龍の神子なのよ」


「でも、あなたの神の色……神龍の国の人の黒髪じゃないわよ」


(……その辺の事情は話すと長くなるのよね……)


「外国人でも神子にはなれるのよ」


「きっと、あなたはすっごい能力の持ち主なのね!」


(あ……それも違う……。王子との関係は説明が難しい……)


「王子と一緒のあなたはとっても凛として素敵だから、憧れてる男の子も多いのよ」


「そう見えるなら、王子とずっとくっついて勉強していたから身についたのね」


(文字通り、くっついていたから、離れて勉強するのが寂しい。歳が違うから学校の校舎から違うし……)


「王子がいるのに、あなたに告白する身の程知らずはいないと思うけどね」


「でも、王子とは婚約してるわけじゃないの……」


「そうなの!?」


 女子生徒が目を輝かせる。


「神龍の王子は婚約者がいないのね!」


(気にしていたのは王子の事なのね……。婚約してないって言ったのは失敗だったかも……)


◆◇◆


 少し戻って、学園への入学前日——。


「なんて狭い部屋だ! 神子にはふさわしくないな」


「しかたないでしょう、王子。神龍の国では神子って言われていても、私は王族ではないから、学園の特別室には入れてもらえないの」


「俺の部屋に来て下さい、神子」


「男子寮には行けません。王子が女子寮に入れるのは今日だけだからね」


「……朝は女子寮に迎えに来ますから、安心してください、神子」


「男子寮は反対側だし、目立つから来なくていいわよ」


「目立つために来るんですよ。君は俺のものなんだから……」


「そ、それは、神龍の国ではいいけど……外の国では言われたくないわ!」


「……どうしてですか、神子? 国でも、俺がずっと一緒なのに、いつの間にか騎士や神官とも仲良くなっていたし、俺が嫌なのか?」


「い、嫌じゃないわ、恥ずかしいだけ! 騎士お兄ちゃんや神官お兄ちゃんは国の人だもの、仲良くなるでしょう」


「お兄ちゃん……って……。俺も年上ですよ?」


「お、王子は……!?」


(お兄ちゃんじゃなくて、み、未来の旦那さまだもの! ……婚約者にはなれてないけど……。私の実家に連絡しないといけないから……。私は家族なんて忘れて、もう関係ないのに……)


「俺の留学に神子がついて来てくれて嬉しいけど、一緒の部屋にいれないなんて……。一緒にいられる時間は必ず神子のところに来ますからね」


「……うん……」


「……どうして、そんなに迷っているんですか……。本当に俺以外の男と会うつもりじゃ……」


「ち、違うってば! 王子を他の女の子に見られるのが嫌なの!」


(今も、女子寮に入る時だって、王子のことを女の子たちが騒いでたし、神龍の国でだって王子はモテててたのに……!)


「……神子も嫉妬しててくれたんですね。嬉しいですよ。でも、女の子がいるのなんて俺には見えてませんから」


「それなら、私も王子しか見えてないわよ……」


「騎士や神官を、お兄ちゃんなんて呼んでるのは他の男が見えてるからですよ……」


(王子の笑顔が怖い……)


(王子が女の子の間で人気でも、王子はその子たちを完全に見てないから怒れないわ……)


(私が男の人に隙だらけなのかしら……)


◆◇◆


(神子の本当の両親にどう連絡を取ろうか……)


(無能だった娘を邪魔者扱いして、それでも公爵家の令嬢という肩書きを高く売れる場所に売った奴らだ……)


(神子との婚約に金を要求されるだろ。払うのはいいが、一生神子を搾取し続けるだろう)


 トントン


 男子寮の俺の特別室のドアがノックされた。


「今度、特別室のみんなで親睦を深めることになったので神龍の国の王子も来てください」


「君は王族じゃないだろう? 特別室は王族専用のはずだが……」


「今年は部屋が空いていたから、辺境伯の独立性と俺の婚約者がこの国の公爵令嬢だから、特別なんです」


「公爵令嬢というのは……?」


「病弱で辺境で引きこもっていますが、可愛い人ですよ」


 辺境伯子息が笑顔で答える。


(神子を突き落としたのは貴様だろう——!)


(遺体が見つからなかったからと、辺境にいるように見せかけて、肩書きだけ利用する。どこまで、馬鹿にしている!)


「親睦会には各国の王子たちは婚約者を連れて来るそうですよ。俺の婚約者は来れないから、誰か誘いますよ。神龍の国の王子も婚約者がいないと聞きましたが……」


「ん? 誰から聞いたんだ」


(神子とどうやって婚約するか、ちょうど考えていたところだが……)


「俺と同じ下級学園では、神子から聞いたと噂になってます。上級学園には届いてませんか?」


「な……!」


「神子には会ったことはないけど、男子はみんなとても素敵な女性だと噂してますよ。その神子と婚約してないなんて、神龍の国の王子は理想が高いんですね。俺が親睦会に誘ってみようかな」


(み、神子!)


◆◇◆


 いつものように朝に王子に会う。


「王子……? どうかしたの……イライラしてるみたい」


「最高にイライラしてますよ、神子」


「な、何があっ……」


 最後まで言う前に、王子の唇で口を塞がれる。


「な、何するの!? 王子!?」


(じょ、女子寮のみんなが見てる!)


 あまりの恥ずかしさに真っ赤になる。


 けれど、これだけで終わらない。


 そのまま、私は王子にお姫様抱っこされた。


「お、王子!? お、下ろしてよ! 恥ずかしいよ!」


「俺と婚約してないなんて言いふらしてる罰ですよ、神子」


「う……言いふらしてるわけじゃ……。うっかり言ったら広まっちゃたの……」


「そうでしょうけど、俺が何のために毎日わざと目立つように神子と一緒にいると思っているんですか」


「……でも、男の人とはあんまり話してないわよ」


「……あんまり……? 全く話してないわけではなく……?」


「え? だって、先輩とは話さなくちゃいけないこともあるし……」


「……神子、お兄ちゃんだけでなく、先輩ですか……。お仕置きが必要のようですね」


 王子はお姫様抱っこしたまま、また私にキスした。


「ん……んっ!」


(王子……)


「おお……」


 近くを歩いていた男子生徒から声が上がった。


(は、恥ずかしい……!)


 下級学園の校門の前でやっと王子のお姫様抱っこから解放された。


 私は王子から逃げるように離れようとするけど、すぐに王子に捕まる。


 王子の方を向かされて、背中には校門の壁がある。


 逃げ場がない。


「君は俺のものなんですからね。例え、元婚約者に声をかけられても話してはいけません」


「……元婚約者……? 私に……婚約してた人がいたの?」


「ん? 覚えてないんですか、神子?」


「小さな頃に両親に捨てられたのは覚えてるけど、後の記憶は曖昧なの……」


「神子……」


「たぶん、王子といると楽しいことしかないから……それを覚えているのに忙しくて、忘れちゃったんだと思う……。忘れちゃダメだったの……?」


「……いいんですよ。報復は俺の仕事だから、神子はずっと幸せでいてください」


「……王子が今、私にお仕置きしたのに……」


「それは……神子が悪い子だからですよ」


 またキスされた。


 目をつぶって少しだけ避けようとしたら、頭に壁が当たる。


 王子に閉じ込められる幸福感に包まれる。


「……恥ずかしいだけで、王子とくっついてるのが幸せだから、お仕置きになってないけどね。すぐ忘れちゃうもの」


「……それは、忘れてもらっては困りますよ。もっとお仕置きしないといけませんね」


「え?」


 王子はみんなが見ている校門の前で、何度も私にキスをした。


「やめ……んっ」


 王子が鋭い目で私を見ている。


 言えば言うほど王子のキスは激しくなる。


 だから黙って受け入れる。


 王子の身体が熱いのは怒ってるから?


 でも、唇が柔らかくて気持ちいい。


「恥ずかしい……のに……王子は……」


(キスされて……嬉しい。そう思うのが恥ずかしいの……)


 私は真っ赤になって涙目でいう。


(恥ずかしいのはいつか忘れるけど……今は、本当に恥ずかしい!)


 校門の前で、横を通り人の波は意識しないようにする……。


(意識したら恥ずかしすぎるもの……)


「忘れられないように、毎日お仕置きしますからね」


「う……」


(王子のイライラが完全に消えて、楽しそう……)


◆◇◆


 校門の前で神龍の国の王子と神子がキスしていた。


(婚約していないといっていたのに、ずいぶんと熱烈だな)


「羨ましい……」


 近くの男子たちは思わず本音を漏らしている。


(王子を見つめる神子の照れた表情……羨ましい。王子と別れた後の凛とした表情と佇まい……。あんな女性が俺の婚約者だったら……崖から突き落とすようなこともしなかったのに……)


 公爵令嬢を思い出す。


(あれは事故だった。令嬢の立っていた地盤が緩んでいて崩れた先が、たまたま崖だったんだ。俺が崖まで連れて行ったっんじゃない……助けようとしたのに、手が嫌がったんだ)


『行方不明か、遺体が見つかっていたら厄介だったから、ちょうどいい。公爵家も無能を処分できて喜んでいる。よくやったな、息子よ』


(みんな、まるで、俺が殺したくて殺したような口ぶりだ。もちろんそうだが。手を下した者はいざとなった切り捨てられる。みんなが殺したがったくせに不公平だろう。だから、あれは事故だった。俺がやったんじゃない)


 令嬢の薄い髪の色と、俺が助けに来たと思って向ける純粋な目……。


 たまに思い出す、罪悪感が疼く。


(いや……。今……これと同じ目を見た……神龍の国の王子に向けられていた……)


 俺は目の前を歩く神子を見た。


(なんだ……お前は、俺のものじゃないか……!)


◆◇◆


 親睦会が開かれる会場は豪華なホールで、ほとんど夜会のようだった。


(さすがに各国の王族が集まるだけのことはあるのね……。王子と行った神龍の国の夜会よりは質素だけど)


 私は王子の腕をギュッと掴んだ。


「夜会なら何度も行っているでしょう、神子」


「神龍の国ではみんな私が無能でも神子だった知っていたもの……。この国は私の両親がいた国で、私は無能だから捨てられたの……」


「思い出したんですか……」


「ずっと、覚えてたことだけど、現実とは関係ないきがしてたの……。私には王子がいるから……」


「じゃあ、何も変わってませんよ」


「でも、私が王子の婚約者になれないのって、本当の両親と話せていないからでしょう?」


「神子を不安にさせたのなら、俺が悪いですね」


「王子……」


(王子にも、どうすることも出来ないことなんだもの。ちょっと不安になっただけで困らせちゃダメよね……)


 王子は私を椅子に座らせると他の国の王子たちと話している。


(他の国の王子たちは婚約者を連れて来ているらしいけど……。私はどうしたらいいんだろう……)


「令嬢……」


 声が聞こえた。


 見ると見知らぬ男性がいた。


「どちら様でしょうか?」


(どこかの王子なのだろうけど……)


「あなたを世界一愛している婚約者ですよ」


「え……?」


(王子が私に婚約者がいたといっていたけど……この人?)


「本当に覚えていないんです……。ごめんなさい……」


「覚えていなくてもあなたは私の婚約者ですよ。どこに行ったのかずっと探していたんです。見つかって公爵夫妻も喜ばれますよ」


(公爵夫妻が私の両親だと知っている……)


「……本当に……あなたが……私の元婚約者なの……」


「元ではありません。今も俺があなたの婚約者です」


「え……!」


 ニヤッと嫌な笑みを浮かべる。


「神龍の国の王子とは婚約してないんだろう? お前は俺のもので確定だ。来るんだ」


 腕を掴まれる。


「し、知らない! 誰なの!?」


「白々しい演技はやめろ。無能でも、見た目はマシになったんだ、前よりは可愛がってやるよ」


(や、やだ! 王子ー!)


「何をしてるんだ。俺の神子だ」


 王子が私の腕掴んでいた男を押さえる。


(き、来てくれた……)


「……俺の公爵令嬢ですよ。公爵家に連れて行けばすぐにわかる。恥さらしの無能な女を神子などと、神龍の国も大したことがない」


「無能な女なら、貴様に崖から突き落とされた後に、生きて神龍の国に流されて来るなど不可能だろう」


「は? この女に未練があるからと、嘘はやめてください、神龍の国の王子」


「嘘ではない。そうでなくても、君の側の激しい川の流れで生きていることなどありえないだろう」


「だからって……崖の下の川から神龍の国に……! ありえない!!」


(……神龍の国の穏やかな川なら、助かってもおかしくないと思っていたけど……。私が落ちたのは何処の崖だったの……?)


 周りの人たちも騒ぎに気づいてざわめく。


「辺境の川から、神龍の国の川へは、合流した後に、川を遡らないとたどり着けない……! そんなことはあるわけがない!」


「だから、神子の身元の特定と、貴様への断罪が遅くなった」


「何を!?」


「公爵家に神子の存在を明かし、崖から突き落とされたことを話したら、貴様と辺境伯家を令嬢への殺人未遂で訴えるそうだ」


「……! 先に捨てたのは、アイツらだろう!?」


「それは裁判で本人たちにいうんだな」


 婚約者だという男は唇を振るわせた。


「お前が、俺を愛してると言えばいいだけだ……」


 暗い声でいう。


 私はいつの間にか、王子の腕の中で守られていた。


 鋭い目が私を貫くように見ている。


 王子の身体に私はしがみつく。


「見苦しいぞ、辺境伯子息」


 この国の王子が言った。


「卑しいものですね……。やはり辺境の地にいるものは野蛮なんですわ……」


 周りから声が上がる。


 婚約者?はますます唇を振るわせると、悔しそうに噛み締める。


 嘲笑の声は止まらず、婚約者?は目をカッと見開く。


「お前をちゃんと始末していなかったばっかりに……!」


 私に向かって手のひらを向ける。


「まだ俺はやり直せる……!」


 ちょうど、崖から突き落とした時のように……。


(この人が誰かは知らない。けど、嫌な感覚だけはある)


 王子が私を守ろうと動くけど、私の魔力の方が早かった。


 私の身体から魔力が放出されて婚約者?に飛びかかっていく。


 魔力は全方向から婚約者?を押し潰そうとする。


「うわああぁあぁぁ……!?」


 苦しそうな表情と声が部屋中に響く。


 みんながその断末魔に恐怖する。


 婚約者?の顔が歪んで声が出せなくなっていく。


「お前が、いい女に成長していなければ、気づかなかった……のに……」


(最後の言葉がそれ……どこまでも、自分勝手な人のようね……)


 婚約者?の身体が縮んで、折れ曲がった足が口に飲み込まれるように畳まれていく。


 小さな球体になった身体の歪んだパーツがまだ見えたかと思うと、ぐるりと混ざってマーブル模様になる。


 次の瞬間には、婚約者?は圧縮されて、光が弾けた。


 完全に何もなく——消えていた。


 柔らかい光とドレスのレースが煌めく。


 ホールには光のざわめきと楽しいおしゃべりがあふれている。


「卑しいものがあった気がするするけど……気のせいね。なんでそんな風に思ったにかしら……」


 みんなの記憶からも彼は消えて、存在そのものがなくなった。


(嫌な感覚が消えた……もう思い出さない)


 私の人生には最初からいなかった……誰か。


 ゾクっと寒気がした。


(神龍の神子の力を使ってしまった……。神龍が眠った世界で、神龍に会えないのに生きるのは辛すぎる……。だから、無能になりたかったのに……)


 私は涙を流していた。


(神龍に、会いたい……)


 王子が抱きしめてくれる。


 でも、王子は神龍じゃない……。


 相変わらず暖かい王子の体温が私を包み込んでくれた。


 私の——神龍だったけど。


「やっぱり、力を解放してしまいましたね……。こんな日が来ることはわかっていました」


「え……!?」


(私が力を使ったことを、王子は覚えてる……?)


(この力は世界を改変するのに……。そんなことが出来るのは……)


「神子、俺は神龍の代わりにはなれませんが、俺を今までと同じに扱ってください……」


「ぷっ」


 私は吹き出した。


「神子? 俺が真剣に話しているのに……」


(王子は自分が何者なのか知らないんだ……)


「神龍の代わりじゃなくて、私は王子が好き」


「え……? そんな、ダメだ……神子……君は、神龍以外を好きになったら……!」


「神龍が私を許さない……?」


「それは……ない。神龍は神子を傷つけない……。でも、ダメだ……俺以外の男を好きになるなんて……!」


「私はあなたを好きって言ったのよ……」


「俺を……。神子……俺は、神龍じゃない」


「……神龍、本気で人間になったつもりなのね」


「……! な、何を言って……」


「私の力が神龍の力なのよ! 神龍の力で改変した世界を人間が覚えていられるわけがないでしょう?」


「は? 俺が、神龍…………そうだ……俺は……」


「私の、神龍……」


 私は自分が神龍だと思い出した王子を抱きしめた。


「俺は神龍の力を回復させるのに眠らなきゃいけなくて……。神子が俺がいないのが辛いから忘れて無能になりたいっていう気持ちは嬉しかったけど……。他の男に取られるのが嫌で、魂だけ人間に転生させたんだ……」


「教えてくれたら良かったのに……。私がすぐに神龍のところに行ったのに……」


「ははは」


 神龍が笑う。


 でも、私は泣く……。


「消したい程、辛い過去だったんだね」


「人間を消してしまったの……知らない人だったのに……。嫌な感じがする人だった……」


「俺が思い出していたら、神子をこんな気持ちにさせなかったのに……。君が不快に感じたのなら多くの人にも不快だったんだ……そいつじゃなくてもいいけど、消すことでバランスが取れる。俺は消しすぎた事があったけど……」


「ふふ、そうだったわね。あの時は大変だった……」


「神子は俺の仕事を少し肩代わりしただけで、気にすることはないよ……」


「神龍——王子が、忘れさせてくれたけど……嫌な感じが残ってるの。神龍がいないと私はダメみたい」


「どんなに力があっても神子は無能なんですよ。俺がそういう風にしたんだから——俺だけの神子……ずっと俺に側で甘えているんだよ」


 神龍になった王子のキスはもっと甘い。


「うん、私はずっと神龍に守ってもらうの。ずっと、いつまでも——」


 王子の指先で私の頬を撫でる神龍。


 私はその手に自分の手を重ねる。


 五本の指が全部私を感じてる。


「ふふふ、神龍は前も人間に変身してくれたけど、本当に人間になっちゃったのね」


「人間は何も出来なくて不便だ」


「神龍は、前もそう言ってたわ」


「良いところは、神子と、思う存分、愛し合えるだけですね」


 神龍に抱きしめられる。


 人間の王子の身体で私を感じようとするみたいに、神龍が指先で軽くリズムを刻みながら私を撫でる。


「くすぐったいよ、神龍」


「神子だけが人間の身体で完璧だから、ずっと触れていたい……」


「さすが、毎朝熱いキスを見せてくれる神龍の国の王子と神子だな」

「王子、私たちも負けていられませんね!」


 今年の学園は恋人たちが熱くなったらしい。


 ただ、誰よりも熱いの私と神龍だった。


「んん……んっ!」


 神龍は王子だった時よりもずっと激しく私にキスして、校門の他の生徒を睨みつける。


(記憶がなかった時は、あれでも抑えていたの……!?)


「心配しなくても、男の人は誰ももう私に近寄ってきませんよ」


「俺はもう人間なんて気にしていない、気に入らなければ消せばいいだけだ。ただ少しでも神子と居たいだけです」


「神子、学園に通うのはいいけど、部屋は俺と神子が一緒になるように改変しておきます」


「……それだけですよ? 神龍」


「公爵家と辺境伯家が君に絶対服従なのは、前の君の改変のせいで、俺は何もしてませんから」


「わ、わかってます」


(公爵家は、私を崖から転落する事故で幼い頃の行方不明になった娘として認識している。神龍の国で保護されて、学園に来た事で再会した)


(再会した愛娘への溺愛っぷりは人が変わったみたいで怖いくらい……。もしかしたら、本当に中身が変わっているのかも……)


(公爵家は、私が転落した場所で責任を取らされて不遇だった。再会後には私になんとか許されようとしている)


(あまりにも贈り物が多いのは、改変前の彼らの罪悪感のせいね……)


 最新の流行のドレスや靴に宝石、お菓子や花束。


 うんざりするくらい、たくさん。


 もう私は欲しいものを、手に入れているのに——。


「神龍がいるからもう私に変えたいものなんてないです」


「俺もですよ、神子」


 二人の影が重なる。


 最強の二人で永遠に一緒にいられたら、それだけでいい。


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