第1章 Eの章 Eの記録 第3話「目撃/メモ/その後」
※本作は全9部作『彼女の計画』シリーズの一篇です。
全3話完結。いよいよ最終話です。
第1話:中学の親友を助けられなかった「見ていただけ」の少女。
第2話:恩人・瞳とのすれ違い、そして募る複雑な思い。
最終話となる第3話では――
あの「非常階段」での目撃、そして彼女の人生で初めての「行動」が描かれます。
最後までお付き合いください。
【6. 目撃】
渡り廊下からは、非常階段が見える。
でも、その日、Eが見たのは非常階段ではなかった。
その少し手前。別館の窓際に、人影があった。
誰かが、非常階段の方をじっと見ている。
(……何を見ているんだろう?)
Eは自然とその人物の視線の先を追った。
非常階段に、男女がいた。男と女。少し距離が近い。抱き合っているようにも見える。
(え……)
Eは慌てて目をそらした。見てはいけないものを見てしまった気がした。
でも、もう一度、窓際の人物を見た。その人物は、まだ非常階段を見つめている。じっと、動かずに。
(この人は、あの二人を見ている……?)
Eはその場を離れた。誰にも言わなかった。でも、心の奥に、その光景が焼き付いた。
非常階段の男女。
そして、それを見つめる「観察者」。
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【7. 噂と確信】
そののち、社内で噂が流れ始めた。
「拓さんと瞳さん、不倫してるらしいよ」
「非常階段で抱き合ってるのを見たって人がいるらしい」
Eはその噂を聞いて、息を飲んだ。
(非常階段……あの日のことだ)
(でも、私は見ていない。あの日、非常階段を見ていたのは、あの「観察者」の人だ)
(もしかしたら、噂を流しているのは、あの人かもしれない)
Eの中で、一つの考えが結びついた。
あの日見た「観察者」。
そして今、社内で広がる噂。
対象は、拓と瞳。
(確証はない。でも……)
Eは数日間、悩み続けた。
中学の時、親友を助けられなかった自分。
大学の時、輪の中に入れなかった自分。
入社して、瞳に無視されたと思い込んだ自分。
(私はずっと、何もできなかった。何も言えなかった)
(でも、今度は――)
彼女はメモ用紙を手に取った。
「非常階段、見えてましたよ」
それだけ書いた。差出人は書かなかった。
(これで、誰かに伝わるだろうか。あの日、あの場所に、誰かがいたってこと。噂の“元”かもしれない人がいるってこと)
(でも、確証はない。だから、名前は出せない。でも、伝えなければ)
机の上に、そっと置いた。
それが、彼女の人生で初めての「誰かに向けた行動」だった。
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【8. その後】
メモを置いた後、Eは何かを待っていた。
でも、何も起こらなかった。誰も彼女に問い詰めない。誰も彼女を責めない。ただ、日常が続いていった。
でも、社内の空気は変わっていった。拓と瞳の噂は大きくなり、やがて外部にも漏れ始めた。小説が書かれ、噂がネットで拡散され、バズり、炎上した。
Eはそれらを、ただ「見ていた」。
(私のあのメモが、この連鎖の一部なのだろうか?)
わからなかった。ただ、自分のしたことが、何かを動かしたのかもしれないという思いが、胸の奥でくすぶり続けた。
そして、ある日、Eは決断した。
会社を辞めよう。
理由はうまく言えない。逃げかもしれない。でも、自分の中で何かが終わった気がした。
中学の親友を助けられなかった自分。
大学で輪に入れなかった自分。
瞳に無視されたと思い込んだ自分。
そして――メモを置いた自分。
その全部を抱えて、もう一度、違う場所で生きてみたかった。
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【9. 転職先で】
新しい会社でのEは、少しだけ変わっていた。
自分で決めて努力することの大切さは、あの資格試験が教えてくれた。だから、新しい職場でもコツコツと努力を続けた。
でも、それだけじゃない。
ある日、後輩の女性が、パソコンの前でうつむいているのを見かけた。目が赤い。泣いていたわけではないが、今にも泣き出しそうな顔をしていた。
Eは少し迷った。声をかけるべきか、かけないべきか。
中学の時、声をかけられなかった自分。
大学の時、輪の中に入れなかった自分。
でも――今は違う。
「……大丈夫?」
Eは後輩の隣にしゃがみ込んで、そっと言った。
後輩は顔を上げた。驚いた表情の後、少しだけ笑った。
「あ、先輩……すみません、ちょっとミスしちゃって」
「ミスくらい、誰にでもあるよ。よかったら、一緒に見ようか? 私でよければ」
後輩の目から、涙がこぼれそうになったのを、Eは見た。
「ありがとうございます……お願いします」
その日、Eは後輩と一緒にミスの原因を探し、修正した。たったそれだけのことだった。
でも、Eにとっては、大きなことだった。
――自分から、人に声をかけた。
それが、どれだけのことか。
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【10. 残るもの】
――ただひとつ、彼女の心に残っていることがある。
あの日、合格メールが届いた時間。
3月11日午後2時46分。その数字だけは、はっきりと覚えている。
もし、いつかあの人に伝える機会があれば、
その時間を伝えてみようと思っている。
何かの確かめになるかもしれないから。
【エピローグ】
Eは、今もたまにあの日のことを思い出す。
非常階段の二人。そして、もう一人の「見ている人」。
(あの人は、今ごろどうしているだろう)
自分があの時見た「観察者」。あの人もまた、誰かに見られていたのかもしれない。
視線の連鎖は、どこまでも続いていく。
そして、自分もその連鎖の一部だった。
それでいいのだと思った。ただ見ているだけの人も、少しだけ勇気を出した人も、みんな連鎖の中で生きている。
Eは新しい職場で、今日も普通に働いている。特別なことは何もない。でも、それでいい。
だって、彼女はもう、「見ていただけ」の人ではないから。
彼女は初めて、「誰かに向けて行動した」人になったのだから。
そして、その「誰か」が、また別の誰かに見られている。
視線の連鎖は、どこまでも続く。
――ただ、その連鎖の中で、彼女は確かに一歩を踏み出した。
それだけで、十分だった。
---【了】---
※Eの章「Eの記録」の続き、「Eの事実」、「Eの告白」をお楽しみください。3/23~3/29でシリーズ3部作完結となります。
近況ノートの考察もぜひ、見てみてください。
ヒント【10. 残るもの】
第3話(最終話)をお読みいただき、ありがとうございました。
Eはあの日、非常階段の二人ではなく、
「二人を見ている誰か」を目撃しました。
確証はない。でも、伝えなければ――
彼女が机に置いた一枚のメモが、やがて大きな連鎖の一部となることも知らずに。
中学で何もできなかった少女は、初めて「誰かに向けた行動」を起こしました。
それは小さな一歩だったかもしれません。
でも、彼女にとっては、人生を変えるほどの大きな一歩でした。
転職先で後輩に声をかけるEの姿は、
「見ていただけ」の自分を乗り越えた証です。
この続編もまた、期待していてください。
ヒント 【10. 残るもの】
本編『彼女の計画』シリーズも、
ぜひ、引き続きお楽しみください。
3日間、お付き合いいただき誠にありがとうございました。
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またどこかで、この物語の「視線」の先でお会いしましょう。




