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ガレキの王  作者: ペンギンジャンプ
テイク・ザ・フィールド
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4/4

次の朝、教室はいつにもまして騒がしかった。


机から身を乗り出して前のめり気味に語り合う学生たちは、話題のエンタメ映画を楽しむような雰囲気だった。


まったくもって口に出すことも恐れている大人たちとは違い、異質で穢れたものであるという見方は持ちつつも、若者たちはどこかサブカル的な感覚でこの状況を楽しんでいる。


そんなホットな空間の中心にあるのは間違いなく、今朝起きた瓦礫落下の被害者の事だ。


芝浦(しばうら)(みつる)、1年先輩の野球部員で昨年は県大会のMVPにも選ばれるほどの実力者。


東吾妻高校切手の剛腕スラッガー。


どこから聞きつけてきたのか、クラスの情報屋と呼ばれる人間たちが学校に来て開口一番発したのは彼の名だった。


かくいう僕も、全校応援で見た芝浦のたくましい筋肉と端正な顔立ち、音を置き去りにするフルスイングのギャップにはグッとくるものがあった。


彼の武勇伝や将来の道、普段の生活まですべてが話題になるレベルの人種だったものが急に瓦礫に全てを押しつぶされる。


学校を覆いつくすこの反応も間違いではないのだろう。


「お前ら、静かにしろ」


相変わらず無精ひげを生やした日島が教室に入ってくると、生徒たちの声もだんだんと収まっていく。


淡々とHRをこなしていく日島に一人の生徒が質問を投げかけた。


「センセー。芝浦先輩の噂って本当なんですか?」


瞬間、教室は一つの生き物となって動きを止める。


些細な動きすらも見逃すまいと息巻く生物は、壇上にいる教師に大量の穴が開くのを感じるほどの黒い視線を集中させていた。


しかし、その空気を一心に受け止めているはず日島は、軽く咳ばらいをすると、絵にかいたような笑いをする。


「こんな恰好した教師が、そんな一大スクープ教えてもらえるわけないだろ」


俺をおちょくってるのか。


軽口を飛ばしてHRに戻る日島に周りも拍子抜けしたのか。それ以上の追及は無かった。


午後は生憎雨模様だった。


迎えの車が坂下で止まっているのを確認すると、何人かの生徒が玄関を飛び出して駆けていく。


校内まで車を乗り入れていけないのがうちの高校の決まりだった。


もちろん僕には迎えなんているはずもなく、鈍色の空を眺めながらこの雨にどう立ち向かうか苦心しているところだった。


流石にコクイとのお出かけは難しいか。


彼女を雨の中連れまわして風邪を引かせでもしたら申し訳が立たない。


黒いジャンバーのポケットから携帯を取り出して、メッセージを送ろうと親指を這わせる。


横降りになってきた雨が画面に水滴をつけると文字は踊るように姿を変えていく。


建物の中へ入れば済むはずの問題も、僕は謎の対抗心を燃やしてジャンバーの裾を濡らしながら戦いを続ける。


4、5分の格闘を終えて出来上がったメッセージに誇らしげな気持ちを感じながら送信しようとしたところで、校門から見覚えのあるシルエットが近づいてくる。


透明なビニール傘を斜めにしてゆっくり進んできた彼女は、玄関の屋根があるところまで来るとシュッと傘を一振りして僕に声をかけてくる。


「今日は嫌な天気ね。横降りの雨なんて、なんだか不吉だわ」


「不吉って。雨なのにここまで来てくれたの」


その疑問に彼女は当たり前でしょと軽く目くばせする。


「天気予報も外れてたから、高杉君も傘を忘れてるんじゃないかと思って」


わざとらしく笑う彼女はこちらにもう一つの傘を差しだすと、もう一度自分の傘を広げた。


「さあ行きましょ。あなたとはまだラーメンしか食べていないものね」


どうやら今日も彼女の体質を満たす必要があるらしい。


昨日食べた大盛を想像すると少々気後れするが、先に歩き出す彼女を見るに拒否権は無いのだろう。


慌てて傘を展開すると、地面に広がり水たまりを避けながら後を追うことにした。


昨日とは違い左右に伸びる坂の左側を選ぶと、地面を流れ落ちていく水流となった雨と一緒に下っていく。


濡れたコンクリートは滑りやすく、実際前を歩くコクイが何度か転びそうになってたたらを踏んでいるのが目に入った。


「昨日も思ったけど、この坂って急よね。学生の運動不足解消とか、理由でも、あるの、かしら」


焦りがあるせいか、少し息の乱れた彼女は憎たらし気に言い放つ。


「どうかな。案外慣れればどうってことはないけど」


「あなたの、前世は、アメンボか、蛙ね」


何事もなく歩いていく僕を見て、ぽつりと小言を呟きながら進む彼女は、ペンギン歩きのように足を合わせて半歩ずつというひどく不器用な格好だった。


何とか坂を下り終えると現れたのは建売の住宅街。


5年前から始まったニュータウン計画によって立てられた家々は当然のように空き家だらけで、カーテンの無い窓からのぞく室内からは、無機質なフローリングと薄汚れた白い壁だけがあった。


こんな街に住みたいと思うような人間なんて、自殺志願者か、怖いもの見たさの若者くらいだろう。


そんな金もないような連中が戸建てに住めるはずもない。


だとするなら、この住宅地はこの街の停滞を象徴する負のランドマークと言えるのかもしれない。


暫く建物群を眺めていると、大量の規制線が貼られた道が見えてくる。


近くには警察車両や積載トラックが数台止められており、合羽を着た警察官が不動の直線で目の前を歩いてくる僕たち二人を捉えていた。


「あのトラック、瓦礫積み込み用によく見るものだわ。それにこのパトカーの数、今朝言ってた瓦礫落下の現場ってここだったのね」


雨が、言葉の上に落ちる。


今朝の瓦礫落下。つまりあの規制線の先にあるのは芝浦の家なのだろう。


押しつぶされて、沈み込んだ彼の家。


もう少し近づけば目に入るであろうその光景に躊躇したのは、それが僕の中にある記憶と一致したから。一方的な僕の同情だった。


「多分、その被害者、僕の先輩だったんだ」


「それは、残念ね」


「面識はほとんどなくて、こっちが一方的に知ってるってくらいの関係性だったんだけど。学校での人気は圧倒的で、野球もうまくてかっこいい。何でも持ってる人間だった」


コクイは僕をじッと見守っている。


「でもそんな人間でも、瓦礫の王は選ぶんだね。僕たちみたいに全てを壊して」


部活に打ち込み、仲間たちと過ごして、未来に目を輝かせる。


そんな少年に王が与えたのは、大量の瓦礫と居場所を奪う罪人のレッテル。


理由も、意味も、何も分からない。


それでも、なすすべなく受け入れることしかできない辛さを僕は知っている。


芝浦もどこかで自分のように打ちのめされ、絶望しているのかもしれない。


ぽっかりと空いた穴は戻ることなどないのだから。


「考えすぎよ。異常な自然現象に見舞われた人間を、つまらない噂に騙された大人たちが寄ってたかっていじめてるだけ。だから、選ぶとか選ばれたとかそんなものは存在しないのよ。その先輩もただ運が悪かった。もちろん、私たちもだけどね」


コクイは既に割り切っているのだろう。


彼女のそのクールな部分に惹かれたのは確かなのに、今は少しだけ受け入れることのできない気持ちを感じた。


「運だなんて、そんな簡単に割り切れるほど僕は強くないよ」


思わず出た声は震えていた。


「別に強くならなくたっていいのよ。ただ、感情を引きずるのがよくないってだけ。結局のところ、自分をコントロールできるのは自分だけなんだから」


――やっぱり、彼女は僕とは違う。


感情に流されることがデフォルトだった僕にとって、それは降ろすことのできない重荷だから。最初から断ち切る力を持っている彼女とは前提が違う。


その乖離が会話に対する歪なズレを生んでいるんだ。


「・・・それが出来るなら、瓦礫の王なんて生まれてないよ」


ボソッと出た言葉はすぐに雨の中へ溶け込んでいく。


「それは――」


コクイがそう言いきる前に異変は起きた。


昨日と同じあの感覚。


色あせる世界とともに、今一度視界は流転した。



***



狭い路地裏、地面をネズミが這い回る、ここはどこだろう。


雨に濡れた制服をまさぐって、携帯を取り出すが、転んだ拍子にぶつけでもしたのか。いくら電源ボタンを押しても付くことは無い。


真っ黒な画面に映るのは、生きている人間とは思えないほどに青白くなった自分の顔。


怖くなって中に着込んだパーカーのフードを深く被ると、膝にうずくまる。


思い出した、俺は逃げてきたんだ。


――瓦礫から。


――男から。


――自分自身から。


意味もなく体が震えてくるのは、情けない姿になった自分への怒りだ。


目覚めてから幾分も休む暇がなかったせいか、遅れてやってきたその感情は、頭を締め付けるほどの吐き気を伴っていた。


なんで俺がこんな目に。


ありえない程の呪詛が飛び交う思考は、地獄といっても差し支えない。

早く戻さなければ、アイツが来る。


必死に立ち上がろうとするも、うまく足に力が入らず、倒れるように膝をついてしまう。


それでも何とか、壁に体を寄せて進もうとした時、巨大な影が覆いつくした。


「バッドボーイ。見つけたよ、芝浦満」


男は楽し気に前髪を掻き揚げると、両手を広げてぐしゃりと嗤う。


先ほどの震えは意味を変え、脳の中へ手を突っ込んでかき混ぜられるような強烈な吐き気へと変貌する。


意味のない叫びとともに飛び散る液体が、体中を穢していく。


尻もちを突き、徐々に後ずさっていく姿をあざ笑うかのように男は近づいてくる。


「シット。滅茶苦茶にしちゃって。そんなに怖がらなくてもいいんだ。苦しみの後にやってくるのは、いかれるほどの幸福だからね」


来るな、くるな、クルナ。


統一することのできない脳が訴えかける唯一の言葉。


自らの自我を壊しかねないこの状況で、それは、塊となってこの世界へ吐き出される。


 突然、音速の何かが通り過ぎていくと、目の前の男に円が空いていた。


その穴から見える壁には、男の胴体の一部だったものと突き刺さるパイプ。


そこから滴り落ちる血は、非常に鮮度がよくきれいな色をしていた。


「念力?まさか王の権能とは・・・。少しばかり君を侮っていたよ、芝浦満」


驚きの表情を浮かべると、ゴフッと赤黒い血を吐いて倒れていく。


何も分からなかった。


念力、王の権能。まさかこれを、俺がやったのか。


死んだともわからない男の言葉を反芻しても、答えなどではしない。


確かなのは、先ほどまで苦しめていたはずの吐き気が消えたこと。


今までで経験したことのない症状だったせいか、まるで悟りを開いたような解放感に包まれている。


――苦しみの後には、いかれた幸福。


ああ、言い得て妙だな。


そうだ、もう苦しみは終わったんだ。


遠慮することは無い。


ここからは、いかれた幸福を楽しもう。


芝浦満は、ぐしゃりと嗤った。



***


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