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ガレキの王  作者: ペンギンジャンプ
テイク・ザ・フィールド
3/3

白峰コクイ

君が見て、私は覗く。

思考は酩酊し、二つは混ざり、合わさっていく。

視界を見ることは出来ても、その世界を見ることは出来ない。

溶け出る記憶は幻のように、しかし忽然として君の中へ入り込んでくる。


秋の風は肌寒く、はみ出た肌にしぶきのように降りかかる。

飛ばされてきた枯れ葉をスッと避けると、何だか寂しそうに夕焼けに飲み込まれていく。


植物にも仲間意識やシンパシーを感じる事が出来るのだろうか、もしそうなのだとしたら、私はとても残酷なことをしたのかもしれない。

そんな考えも、すれ違う学生たちの声でかき消されていく。


彼らの服装と比べると、羽織ったダッフルコートの下に着ている丈の長いスカートは生地が薄く、そんなことは想定していないとばかりに風通しがいい。

せっかくだからオシャレしていこうなんていう殊勝な考えは、やはり余計だったか。


温かさを求めて歩みを進めても、先に広がる景色は、並列に並ぶ木々によって埋め尽くされた影とそびえ立つように広がる上り坂。

病人を鞭打つように設計されたようなこの場所は、自分にとっては天敵そのものだ。


私の受難はまだまだ続きそうだとげんなりしたところで、ふと祖父の言葉を思い出す。

暑すぎたり、寒すぎるときは、逆のことを考えろ。そうすれば、自然と身体は騙されていく。

そう得意げに言っていた祖父は、年がら年中半袖だった。


試しに、脳に訴えかけてみる。


ここはサバンナで、気温は30度を超える乾燥地帯、水も無く、カンカン照りの太陽が水分と体力を奪っていく。私は今にも干からびそうだ。


暑い、暑い、いや、寒い。


精一杯働きかけても、秋特有の風は容赦がなく、体を通り抜けていく。

今度からは病院の前まで来てもらおう。自ら選んだにも関わらず、八つ当たり気味な感情を、誘った少年にぶつける。


昨日、飛び降りようとして訪れた、あの屋上。

誰もいないと思っていた屋上にいた人物に、本当は声をかけるつもりなんてなかった。


けれど、赤みがかった世界をバックに映る頼りげのない丸まった背中を見ると、なんだか放っておけなかった。


半年前、早くに両親を亡くして私を引き取った祖父が殺された。空から降ってきた瓦礫によって。

当時家にいた私も、瓦礫の波に押しつぶされ意識不明の重体を負ったが、奇跡的に一命をとりとめたのだ。

周りは、奇跡が起きたのだと騒ぎ立てていたが、私の心は彼らのように明るくなかった。

目覚めて最初に聞かされたのは、祖父が亡くなったこと。次に私の体は長くはもたないということ。

唯一の肉親の死と突然の余命宣告は、稲妻が落ちたかのように私の動きを止めさせた。それから始まったのは、孤独と底のない虚無感。

そんな状況に翻弄された私を救ってくれた、死という矛盾。


暗く濃い闇は、母親のように手を広げて、私の中に淡い光を集めてくれた。

両親の記憶はないけれど、確かにそこに、命の息吹を感じたのだ。


そんな拠り所を一時的に手放して、今日は彼に会いに行く。


それは、単なる同情なのか、昔の私と似ているからなのか、自分に問いかけても答えが出ることはない。結局のところ過去は過去、他人と自分を重ね合わせることができたのは、私ではない私なのだから。ただ一つだけわかっているのは、この答えのない問いが彼との約束を受け入れ、私に一週間という期限を与えたこと。


思い出す、彼が約束を口にしたその瞬間を。


――幼子のように光らせる目を持って、彼は私に何を見たのだろう?







胸の鼓動がうるさいのは、僕がまだあの男に怯えているからに他ならない。

エリヤ・シャペウという男の風貌、喋り方、彼の雰囲気は異質だ。

なのに、時折遠くを見るような仕草を見せる。


それに最後の言葉、あいつはコクイとの約束を知っていた。


あの男は一体何者なんだ。

まさか、最初から僕に話しかけるつもりで来たのか、だとしたら先生に会いに来たということも嘘なのかもしれない。


嫌な考えが頭の中で渦を巻いていくのを、必死に振り払う。


夕日がうるさいくらいに照り付けて、風の唸る音が世界すべてを押しつぶしていく。

異常に早く点滅する視界は、滴り落ちる汗と合わせてとても気持ち悪い。


ふと、甘くて優しい匂いが僕の胸を揺らす。そのあとに聞こえてきた声は、小鳥のように軽やかだった。


「高杉君、早いのね」


振り向くと、立っていたのは白峰コクイ。

彼女は、昨日とは正反対の白を基調としたロングスカートを着て、風で乱れた髪を右手で抑えている。


僕は慌てて、滝のように流れた汗を拭うと、にへらと作り笑いをして彼女に近づく。

傍から見れば、それは飼い主を見つけたペットのようだったと思う。

それほど僕は、彼女が来るのを待っていたのだ。


彼女は、僕の顔を見ると眉をひそめる。

「あら、顔色が良くないわね。どこか具合でも悪いの?」


その声には確かに心配の色が含まれていて、彼女が自分を気遣っていてくれているという事実に嬉しくなる。


「どうってことないよ、少し変な人に絡まれただけ。それになんだか暑くってさ。参っちゃうよね、最近の秋は夏みたいだ」


「へえ、あなたって相当暑がりなのね。山の上だし、風も良く吹くから、私は寒くてたまらないわ」


これ以上話を広げると、自ら墓穴を掘りかねない。僕は強引に話を変える方向にシフトした。


「それよりさ、今日の服、昨日と印象違うね。なんだか明るいっていうかなんというか」


「意外そうね。誰かと出かけるのも久しぶりだから、少しおしゃれしてきたの。どう、似合ってる?」


モデルのようにポーズをとる彼女は、無邪気で、無垢で、美しい。動くたびに、空間に花びらが舞っていく、そんな感覚に彼女から視線を外すことができない。


「うん、すごい似合ってる。とってもきれいだよ」


口を突いて出た言葉に、彼女は朱く頬を染めると小さく、そう、と呟いて横を向く。


どうやら彼女は、褒められなれていないらしい。昨日屋上で会った時の彼女は、どこか世俗から隔絶された神秘的な美しさがあった。

けれども、それはこの世界から離脱しているもの特有の危うさでもあり、こうして恥ずかしがっている姿を見ると、彼女もまた一人の人間であり、身近な存在にグッと引き寄せてくれたように思えた。


「それで、これから行く場所は決まってるのかしら」

コホンと咳ばらいをして彼女は言う。


「もちろん。まずは一緒に何か食べようと思ったんだけど。白峰さんは、入院中だから、病院食以外を食べたらまずいか」


「別にいいわよ。どうせ死ぬっていうのに、体のこと考えたって意味ないし。それに時々抜け出して、炭水化物を取らないと体がうずいてきちゃうから」


なんだ、その謎の体質は…。


彼女は得意げにそう語ると、待ちきれなさそうに僕の手を掴む。

「早速行きましょう。混む前に行かないと、並ぶのは面倒だわ」


もう少し先のプランまで話しておきたかったが、彼女の様子を見るに無理そうだ。

「わ、わかったよ。じゃあ、僕が案内するからついてきてよ」

そう言ってコクイの前に立つと、右側の坂を下りていく。


さっきまで、生徒たちでにぎわっていた場所も、気づけば枯葉の吹く無人の道路と化していた。


ここから歩いて10分ほど、繁華街の先にあるその店まで歩く道のりは、夕日で広がる木の影さえも魅力的に見えるほど、色彩豊かで黄金色に輝いていた。


時刻は、16時30分。

繁華街、普段は人が溢れるこの場所も10年前に降り始めた瓦礫の影響で今では店が次々と閉鎖。


少し行った先には大きな空き地があって、町民待望の大型遊戯施設作るという計画があったのだが、それも白紙に。


完全なるシャッター街と化したこの場所を見ると、昔、妹とやったビデオゲームを思い出す。

文明が崩壊した世界で主人公がサバイバルをするという、所謂終末系のゲームだったがその中でこんな感じのシャッター街を通るシーンがあった。


そこでは一歩踏み出すたびにシャッターを押し破って、猛獣がこちらに襲い掛かってくるという仕様があって、その音がやけに大きかったせいか妹は半泣きで見ていた記憶がある。


世紀末、涙、猛獣、記憶は現実と合致し、そこに暗い感情を生み出す。


もしかしたらこのシャッターの奥にもいるのかもしれない。虎視眈々と獲物を狙う猛獣の目が、エリヤ・シャペウの青い眼と重なって身震いする。


またどこかで僕たちを監視しているのか、そんな一抹の不安は拭えない。


いや、大げさだ。マトリョーシカのように小さくなっていく気持ちは静かに空間へ溶けていく。大気は機能を失った細胞のように薄く、灰色だった。


「まるで廃墟ね。昔来たときはたくさんの店が開いていたけれど、ここまで少なくなっていたなんて」

信じられないといった様子でコクイは話している。


僕も久しぶりに訪れた時には、得も言われぬ寂しさに襲われたことを思い出す。

家族と話したカフェも妹と大ゲンカしたおもちゃ屋も気づけば、厳重なシャッターで蓋をされてしまった。


ふと彼女は立ち止まる。

その視線の先は、もちろんシャッターの壁だ。


かすれた文字で、お食事処と書かれていた看板も色が剥がれ落ち、どことなく哀愁漂う過去の遺物と化していた。


「ここのランチ、覚えてるわ。三つの中から定食が選べて、私はラーメンが好きだったから、いつもラーメン定食を選んでた。おじいちゃんも一緒の奴を頼むんだけど、多すぎるからって私に分けてくれるの。多分好物だって知ってたから、わざわざ頼んでたんだろうけどね」


懐かしい口ぶりで切り出す彼女を僕は見つめる。

目がフッと揺れる。


それは、とても深くて冷めた青。


瞬間、視界は色あせ、映像は流転する。


体に鈍い衝撃が走り、ぶれる視界が収まると、そこは繁華街、しかし過去の繁栄を取り戻したその場所は白黒になった風景の中でも色とりどりの色がついているのがよくわかる。


なんだ、これ…。


彼女の目があいつと同じ青い目になった瞬間、僕は気づけばここにいた。


さっきまで力なく閉じられていたシャッターは解放され様々な店が立ち並び、客引きや店主の大声が響き渡る。通りを歩く人々も、活気にあふれ、互いに笑い合って品物を選んでいる。


温もり、幸福、活力、そういったもので充満している人々は、瓦礫の王に病まされているような姿ではない。幼い頃、両親や妹と見たあの繁華街そのものだった。


僕は一体何を見ているのだろう。


瞬きをするたびに通り過ぎていく人々の身長や年齢、性別さえも変わっていくのはなんとも不思議な光景で、異様な浮遊感を感じた。


恐らくこれは現実じゃない、直感が自分にそう囁く。


夢の名残、記憶と感情がもたらす幻覚の類だろう。


そうだ、コクイも一緒に来ているのか、急いで辺りを見渡してみるが彼女の姿はどこにもない。注意深く辺りを睨みつけていると、二人の人影が目に留まる。


少女と老人が手を握って歩いている。

少女は見るものすべてが目新しいようで、何度も祖父の顔を見上げながら笑顔で何かを話している。それを見る祖父の目は優しく、ただ静かに少女の言葉に耳を傾けていた。


ふと、少女が止まる、それは先ほどコクイが立っているのと同じ位置、向いている場所は新しい匂いの漂うきれいに塗装された看板。


お食事処と書かれたそれを少女が一生懸命に指をさすと、老父は彼女の手を取り、頭をなでながらシャッターの奥へと進んでいく。


少女の顔はシャボン玉がはじけたような笑顔だった。


彼らはそこでラーメンを頼む。

そこまで見ることは出来なくても容易に想像ができた。


忘れることのない過去の残滓、目を凝らすほどおぼろげになっていく映像はこれが幻であると告げているようだった。


「君、杉君、高杉君、聞いてるの?」


彼女のムッとする声で、意識は表層に浮かび上がる。

辺りは相変わらず静けさに支配され、先ほど見た面影の数ミリもここには残っていなかった。


コクイの目も普通の黒に戻っており、僕はホッと息をつく。


「急にボーッとするものだから、心配したのよ。やっぱり高杉君どこか悪いんじゃないかしら。さっきも顔色悪かったし」


「いや、僕もちょっと昔の記憶に浸ってただけだよ。ここには色々と思い出があるし」


「あなたがそう言うなら別にいいんだけど。でも、無理はしないでよね。もし何かあっても私は責任が取れないわ、もう少しで死ぬ身なのだから」


「分かってるよ、ほら目的地はもう少しだ。多分、君が好きなラーメンも食べられるんじゃないかな」

じゅるりと何かをすするような音が聞こえた気がした。


扉を開けると入ってくる熱気は、先ほどまで外にいた僕たちには、砂漠で飲む一滴の水に相当するほど体にしみるものだった。


昔ながらの頑固おやじを体現した店主に促されて、木製の机を挟んで向かい合うようにして席に座る。


コクイは、机の上のメニュー表を手にすると、興味深そうにぺらぺらとめくっていく。


「今日は僕のおごりだから、好きなもの頼んでいいよ」


彼女はピクリと反応する。


「いいのかしら。一応私も持ち合わせはあるけれど」

その声は、どこか探るような感触を与える。


「良いよ気にしなくて、僕が白峰さんを誘ったんだ。それに色々心配させちゃったから、ちょっとくらい男らしい所見せたいし」


エリヤに会ってからペースを乱されてばかりだった僕にとって、この瞬間はまたとないチャンス。

すかさず押すと、彼女はそこまで食い下がることもせず、メニューを再び読み始める。


その顔は、非常に真剣で難しいパズルを解いているような雰囲気だ。

そこまで悩むものがメニューに書いてあるのか、僕も気になって備え付けられたもう一つのメニュー表を開く。


普通のものと変わらない、料理の写真や値段、セット内容が書かれている中、下のほうに濃いマジックペンでこう書かれていた。


壮雄軒直伝超大盛ラーメン 食べきった方には、特製ラーメンスタンプをプレゼント!!


「まさか、超大盛ラーメンに挑戦しようとか考えてる?」

その言葉にコクイの目線は泳いでいき、タラタラと流れているはずのない汗が見える気がした。

ラーメンが好きと聞いてもしやとは思ったが、図星だとは。


こんな細い体のどこに、超大盛に挑戦しようなんてバイタリティがあるのか、僕は少し首を傾げる。

彼女のほうを見ると、今や苦しそうな唸り声をあげて、メニュー表とにらめっこしていてなんだかいたたまれない感情になる。


「わかった、僕も一緒に食べるからさ。挑戦しよう、超大盛」

彼女に男らしい一面を見せたいと言った手前、断ることは出来なかった。


「あら、高杉君も協力してくれるの。それは嬉しいけど、他にも料理はたくさんあるし」


そう言いながらも、彼女の体はどこかソワソワしている。


何だか似たような会話をさっきもした気がするのは気のせいか。もしかしたら、彼女は僕が押すのを待っているのか。それならば、最後まで乗っかるのが僕の役目だ。意を決して口を開く。


「いいんだ。僕もさっきの話を聞いて、なんだかラーメンが食べたくなったから」


――これは多分遺言だ。



届いたラーメンは案の定規格外の大きさだった。


机に乗るのもやっとなほどのどんぶりは、円盤状に広がった淵からスープがこぼれかけ、見ているだけで喉を詰まらせそうになるチャーシューが、野菜みたいに乗っかっていた。


食べる前から絶望するという感覚は、これが初めてだ。


本来食とは楽しむものだというスタンスを掲げている僕にとって、この状況は地獄にもほどがある。


けれど頭の中でどれだけこねようと、動かなければ減るものも減らない。


付属でついてきた底の深いお椀によそうと覚悟を決める。


一口食べると、とんこつの濃厚な味わいが口の中に広がっていき、とてつもない多幸感に包まれていく。


これは案外行けるかもしれない。

そう思いながら食べすすめていると、盛ったままいっこうに食べようとしないコクイの姿が目に入る。


「あれ、食べないの?早くしないと麵伸びちゃうよ」


彼女がボソッと何かをつぶやく。その声は小さく、どこか遠慮した雰囲気がある。


何か気に障ることでもあったのか、僕はもう一度彼女に聞くと、今度は明確に理解した。


「実は私、猫舌なんだ…」


理想は脆く崩れ去り、残されたのは油断した高校生と猫舌の少女。


僕は静かに水を飲むと、コップの氷がカチンと音をたてた。


夜の冷気を含んだ風が、鈴虫の鳴き声と合わさって心地がいい。

本当のオアシスはこちら側だったのか。

超大盛ラーメンとの死闘を終え、特製ステッカーを手にした僕たちは、近くの公園で食休みをしていた。


結局、猫舌のコクイは麺が冷めるまで食べることは出来ず、ただのチャーシュー処理係と化して、麺やスープといった大部分は、僕の胃に全て納められた。

溺れるほどのラーメンが僕に与えてくれたのは、二度と大食いにはチャレンジしないという教訓だけだ。


「高杉君、ありがとう。色々無理させちゃったけど、あなたのおかげで楽しかったわ」


「それは嬉しいよ。僕も頑張ったかいがあったってもんだからね」


そう言って、まだ苦しいお腹をポンッと叩くと、彼女はフフッと笑みを浮かべる。

声は満ち足りた時間を嚙み締めているかのようにゆっくりだった。


月が雲に隠れて、地面の闇が広がっていく。


「ねえ、高杉君。あなたは昨日私に会った時なんて思った?」

静かな疑問。

しかし、彼女は決して答えなど求めてはいないだろう。

それは、ふと口をついて出た言葉、ただの独り言だ。


僕は考える。昨日、初めて出会ったあの時のことを。


青白い肌は幽霊みたいで、死をまるで他人事みたいな目で見てる。目を離したらどこからでも飛び立っていきそうな彼女を、僕は。


「すごく、きれいな子だなって思ったよ」


そう…。


それは月に吸い込まれるように、か細く消えていく。

ひどく穏やかで、どこか切ない、彼女の声だった。


その声が、彼女の世界を壊した合図であることを、僕はまだ知らない。


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