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親友がいること②

 ここまで歪な道を辿りつつも、ある程度のヒロインとは知り合うことができたが、如何せん同性の親友候補が未だに見つからない。そろそろ友情を育んでおかねばラブコメどころか高校生活をも棒に振ることになりかねない。いくつかのラブコメ作品では、男の主人公の人間関係に基本的に美少女しかいないものがあり、俺はそれに何の疑問も持たなかったが、それを現実として見ると、同じ男としてその男のどこにも信用できる要素は無いと気づいた。

 教室に到着し、ざっと全体を眺める。軽薄で軟派な男、分厚い洋書をめくる真面目一辺倒な男、性的煩悩に思考を支配された男、殺しの一回でもしていそうな痩せた色白男、挙動不審の長身男、髭の生えた四二歳(推定)の男、イタリアマフィアの元締めみたいな男、常習的に軽犯罪に手を染めていそうな男、そして亘文人。

 ……どうする。第一印象だけだが、ラブコメの主人公の親友としてふさわしい男は、ここにはいない。だからといって別のクラスから引き抜く訳にもいかない。

 俺が教室の入口で眉間に皺を寄せて顎を撫でていると、日野茜の右隣に座る知多ほのかと目が合った。その敵意の孕んだ視線にひるんで真横に視線を逸らすと、再びそこには俺を睨む目があった。俺は知多ほのかの目から逃れられないのかと怯えていると、「ここ立ってると邪魔ですよ」と熊谷智子、通称くまちゃんの声がした。

 真横の目はくまちゃんのものだったらしい。

「な、なんだ君か」

「そんなにのけぞって、体幹が良いんですね」

「はは……。ちょっとびっくりしただけだよ」

「そうですか」

 くまちゃんは静かに自分の席に座る。な、なんか怒らせたかな……。彼女のまとう雰囲気がちょっと怖い。どきどきしながら彼女を注視していると、隣の机、つまり俺の席を優しく二回叩いた。座れという合図と心得、素早く着席する。

「昨日、私に何も言わずに帰りましたね」

「……え? う、うん」

「冷たいと思います。別れの挨拶も無しに、黙って帰るなんて」

「あっ、あー、なるほど。それは、大変失礼しました」

 彼女のその可愛げのある不機嫌の理由に少しときめいてしまった。ダメだダメだ。ときめかせるのはラブコメの主人公である俺の役割なのに。

「なにかおかしいですか」

「い、いや、気をつけます。今度から。昨日は、女子同士で集まってたから俺がいたら邪魔かなと思って」

「それは……私も少し迂闊でした。アッシーを仲間はずれにするなんて。すみません。私も気をつけます」

 敬語が基本の彼女から自分のあだ名、しかも呼び捨てが飛び出るのだからどきっとする。

「くまちゃんが謝ることじゃない。君にとって、男の自分より女の子と話す方が友達作りにおいては有意義なんだから」

「アッシー、私は友情に性差なんてないと思うし、新しい友達を作るために目の前のあなたを無下にしていい理由にはならない。でも、せっかく友達になった私に黙って帰るのもダメ。昨日帰った後、借金取りに追われて夜逃げしたり、隕石が降ってきたりして、二度と会えなくなるかもしれないんですよ」

「た、たしかに」

 すごいことを言う人だな。話の壮大さについ納得したが、かなり極端なことを言ってないか?

 しかし……友情に性差は無い、か……。考えてみればそうかもしれない。俺はいささかラブコメの親友が男か否かに基準を置きすぎていた。主な登場人物に主人公以外の男が登場しないラブコメもあるにはあるし、それが存在するということはつまり、ヒロインと親友の二足のわらじを、主人公を取り巻く女の子が履いているということになっていたのだ。

 無理して親友を作らなくてもいいと思うと気が楽だ。人間的に碌な男のいなさそうなこの教室で、わざわざ彼らに話を合わせなくて済むわけだ。まあ、合わせようとしても合わないような人間ばかりだが……ともかく、俺はくまちゃんに感謝しながら、ラブコメを再開するとしよう。

 始業のチャイムが鳴る。


   ・ ・ ・


 早速だが、前言を撤回したい。というのも、三、四限の時間は身体測定と体力測定だった。身体測定は問題無かった。しかし体力測定では、すべての項目において相方が必要なのである。もちろん男女分かれての測定なので、男の友達がいない俺は必然的に孤立した。

 孤立した人間は孤立した人間と組むのが体育の常だが、その相手が亘では、断固としてその常に抗わなければならない。

「先生、組む相手がいないのでお手合わせお願いします」

 推定二十代の若い体育教師に申し出るが、亘の図体が目立つせいですぐに計画は破綻した。

「クラスメイトと仲良くなるチャンスを逃しちゃダメだ。一生の友達かもしれないよ」

 そう言い、背中を押される。学校教師の、こういった根拠の無い希望は好きになれないが、多少の理はある。しかし亘に限っては、これから登下校を共にしたり、試験の点数をどちらが先に言うかの駆け引きをしたり、便所で肩を並べて小便をしたり、日曜日に商業施設で遭遇したり、互いの恋をからっかたり、共に未来を憂いたり……そいうことを亘と経験することは、ない。初めてする会話で「死ね」と言う男と、一生の友達などになれるわけがない。

 どうにか亘と組まずこの時間を切り抜ける方法がないか頭の中で模索していると、いきなり目の前に壁が現れた。ぎょっとして見上げると、亘が傲慢に俺を見下している。

「貴様! 許可なく俺を見下すな!」

 と、つい怒りをぶつけてしまったが最後、亘は背中合わせに両腕を絡ませ、俺を左右に引き裂く勢いで体を反らさせた。命の危機を感じ、必死に助けを呼ぼうとしたが、この体勢では上手く声が出せず、掠れたマジックペンの如く呻くしかなかった。一生にも思える数秒間の拷問は終わり、今度は俺が亘を引き裂く番となった。体のど真ん中に縫い目を作って馬鹿の作ったフランケンシュタインみたいにしてやる(もちろんフランケンシュタインが、つぎはぎの怪物の創造主側であることは承知しているが、現在多くの人が怪物=フランケンシュタインと勘違いしているため、あえてこのように書いた。決して、さっき気まぐれに検索してみて初めて知ったので、慌てて補足しているということはない)。

 しかし、意気込み虚しく、いくら体を折り曲げても亘の足は地面から離れず、いつの間にか俺が亘の体重に押しつぶされかけている図が出来ていた。後に続く準備体操、長座体前屈、上体起こし、反復横跳び、握力等、全てにおいて俺は大敗した。

互いの測定表に記録を埋め、あとは他の生徒が終わるのを待つだけとなった。体育は二組と合同らしく、新しい顔をじっくり観察する。体育館を半分に仕切る緑のネットの向こうは女子生徒がきゃーきゃー笑いながら座ったり跳んだり握ったり……。あ、知多ほのか。小学生ほどの背丈の子と組んでいるが……あ、あの子はもしや三人目のヒロイン候補! 上手くクラスに馴染めたのだろうか。俺は考えながらふと亘に視線を移すと、俺と同じ方向を向いている。そういえば知多ほのかが亘と知り合いだと言っていた気がする。

「お前、知多さんと知り合いらしいな」

 なんとなく声をかけると、俺の声に振り向きもしなかった亘が、ぐるっとこちらに首を回す。

「なんで知ってる」

「なんでって、今日電車から降りたらすぐ話しかけてきたんだ。亘文人ととは中学が一緒だが、あいつには近づくなってわざわざ忠告してきてくれたよ。彼女の言うとおりにしようと思ったのにな」

 俺が嫌味っぽく言うが、彼は知多ほのかの方を見て何か考えているようだった。せっかく求められた説明をしてやっているのに。なにか二人は訳ありの関係なのだろうか。わざわざ遠く離れた北の地から同じ学校に進学するなんて……。ま、まさか、腹を空かせたヒグマが人に化けたようなこの男、知多ほのかに執着して彼女をつけてきたのでは……。だとすれば亘に突っかかる俺を優しい彼女が忠告する理由も説明がつく。知多ほのかを嫌らしい眼差しで見つめる亘を見ていると俄然そんな気がしてきた。女性を脅かす、すべての男が、俺は許せない。

 俺が歯と拳を食いしばっていると、亘が焦ったようにそっぽを向いた。知多ほのかを見ると、こちらを向き、若干柔らかい表情で手を上げていた。俺はそわそわしながら手を上げ返したのだが、彼女は俺に嫌悪感を表すように眉間を寄せて、ぷいと背中を向けられた。これにひどく傷ついたのは言うまでもないが、それ以上に俺に手を上げた意図が分からなかった。周りには俺と亘の二人しかいないし…………い、いやいや。そんなまさか。だって、彼女をつけまわすような男に手を振るとも思えないし……。俺の頭の中に嫌な別解が浮かぶ。

「わ、亘」

 俺が声を震わせて呼びかけたので、亘は怪訝そうに俺の顔を見る。

「その、知多さんは……なんで山偕を受験したんだろうな……?」

「知らん」

「知多さんがここを受験すると聞いて、お前も目指したのか?」

「違う」

「お前はなぜここを受けようと思ったんだ?」

「それは……父さんが……くそ、死ね」

 亘はそう吐き捨てて体育館のトイレに歩いていった。

 恐らく、亘の様子からして、彼が知多ほのかを追いかけてこの学校に来たということはないらしい。だとすると、何故亘をあれほど警戒していた彼女が同じ学校に……。まあ目指す時期が一緒だったり、亘が理由で進学を諦めることはないとしても……。

 そのとき、ネットの向こうにいる知多ほのかの、俺を睨む恐ろしく吊り上がった目を見てしまった。

 ひええ、とうずくまったところで、体力測定終了の笛が鳴った。


「あなた、朝私が言ったことを忘れたのね」

 体育館の男子と女子の更衣室の間で知多ほのかに呼び止められた。案の定、はらわたの緒が切れ、怒り心頭が煮えくり返り、堪忍袋に発っしている。

「わ、忘れたわけでは……」

「だったらどうして一緒に組むわけ!」

 真剣な目と鋭い声色。美人というのは怒っていても画になる。

「どっちもあぶれたんだ」

「何を話したの」

「それは……他愛もない世間話で……」

「嘘!」

 俺はただ彼女の剣幕に怯えていたのだが、少しずつ言い返してやりたい気持ちが湧いてきた。

「……いいだろ、俺が亘と何を話そうが。君に何か関係あるのか」

「あるわ。この学校で、私は彼の少ない味方なの。私が守ってあげないと、文人は……」

「それは、君の独りよがりではないのか?」

 そう言うと、彼女ははっと俺の顔を見たあと、すぐに表情を歪め、女子更衣室へ足早に去った。それとほぼ同時に、制服に着替えて更衣室から出てきた日野茜とくまちゃんが心配そうに俺を見ていたが、俺は何も言えず、表情も繕えず、逃げるように更衣室に入った。

 カビ臭い男子更衣室に亘が一人佇んでいる。彼は何も言うことはなかったので、俺も特に何も言わなかった。亘が先に着替えて、更衣室を出ようとしたところで、彼は立ち止まってこちらに顔を向けたが、結局そのまま出ていった。

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