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親友がいること①

 頭上でけたたましく騒ぐ目覚まし時計の示す時間は五時半。入学早々登校拒否が一つの選択肢として頭に現れるが、自分が高校生だということを思い出して、掛け布団を退ける。

 寝ぼけた頭で日野茜のことを考えながら歯を磨いていると、鏡に映る俺の背後に、ぬっと父が現れた。頬はこけ、無精髭を生え散らし、目の下のクマはほぼパンダ。俺はびっくりした拍子に口中の歯磨き粉と唾の混ぜ物を飲み込む。

 俺は「びっくりした!」と言って父の肩を殴ると、「ごめん〜」とへなへな言いながら彼は無駄に図体の大きい体で俺を押し退け、顔をばしゃばしゃ洗う。徹夜で原稿でも描いていたのだろうか。……いや違うな。原稿の徹夜は前の連載で懲りていたはずだ。多分テレビゲームの徹夜だろう。徹夜そのものに懲りてほしいところだが。

「今から温泉行くけど一緒に来る? この時間超空いてるよ」

 葦原家で温泉といえば車で二十分ほどの場所にあるホテル同設の銭湯で、二四時間利用できるので、父は徹夜明けによくそこへ行った。

「学校だって」

「あは、そっか。茜ちゃん? だっけ? 早くお家連れてきてね」

「なんでだよ」

 俺は口をすすいだあと、制服に着替えるためまた部屋に戻る。

 俺の両親は漫画家である。というのを、ここではあまり言いたくなかった。読者諸君には、俺と各ヒロインにだけ興味を持って、それだけに集中してほしいのだ。両親の出会いや結婚前後のエピソードをつらつらと羅列しただけでも、悔しいが面白さは保証されてしまう。当然それでは本筋から逸れてしまうので、必要でなければ両親のことは極力書かない。俺がこれから満喫するラブコメを、彼らの面白エピソードに上塗りされるわけにはいかないのだ。

 制服のボタンをつけながら階段を降りると、父が既に朝食を用意していた。味噌汁と寿司である。これは昨日の入学祝で食べた夕食の残りなのだが、朝からこの献立は日本人すぎるというか、一周回って日本人じゃなさすぎるというか、まあともかく、回転寿司に来たようで楽しい感覚ではあった。父はそれに加えてシリアル牛乳を食べるのだから、口内を一体どうしたいのだと言いたいが、それが彼の生態であることも承知しているので、俺は何も言わないのである。

 父に疎まれながら、あらゆる番組の天気予報を確認したのち、家を出る。

恐々と開けた扉の先に延々と広がるは、清々しい青々とした空。燦々と降り注ぐ太陽光に、艶々した向かいの家の瓦屋根が煌々と輝く。冴々とした朝の空気に朗々と野鳥たちの歌声が響く。前々に吶々と述べたような、入学式の快晴とはまさにこの天気であり、常々こうあってほしいと熟々思う。……えー、そ、早々に……粛々たる学校に辿り着きたいものだ。えー……あっ、た、度々のことだが。も、黙々と……行こう、学校に。……んー……あー……えーと…………ちんち


   ・ ・ ・


 心地の良い静けさと揺れに睡眠を促され、顎が外れるぎりぎりのあくびをしていると、電車の扉が開いて山偕高校の生徒らが続々入ってきた。ということは学校まであと二駅なわけだ。

 ところで、なぜ二駅分も学校と寮が離れているかというと、学校近くにあった寮が老朽化が原因で取り壊しになったからである。それが確か十二年ほど前で、つまり現在の山偕高校の寮は、校舎と比較すると圧倒的新築なのだ。どれほど設備が充実してるか、詳しくは知らないが、羨ましくはなかった。なぜなら男子寮と女子寮は隔絶されており、ヒロインを家に呼んだり呼ばれたりするイベントが発生しないからである。すると、もう一人の俺が耳元で囁く。

食堂と共通スペースは男女共用だからヒロインと会えるかもしれないのに?

「う、羨ましい……!」

「なにが?」

「うわ!」

 いつの間にか目の前に日野茜がつり革を持って立っていた。わざわざ背伸びまでしてつり革を掴んでいる。

「ウワッ」

「真似をするな」

「えへへ」

 どこまでも無邪気に笑う。

「それで、何が羨ましいの?」

「い、いや、寮だったら学校近くていいなあ、と」

「あー、昨日言ってたね」

 そう、読者諸君は知らないだろうが(笑)、昨日、日野茜とともにした下校では、様々な話をした。実家はどこだとか、兄弟姉妹はいるかとか、愛読書や好物など、寮の最寄に着くまでの短い時間だが大量に日野茜の情報を仕入れることができた。

「ねえ、入る部活決めた?」

「うーん、まだかな」

 結局昨日は入る気のさらさら無いテニス部の見学だけで帰ってしまい、各部活動を充分に吟味することができなかった。帰宅後に各部活動を紹介するパンフレットを一通り眺めたが、非常に残念なことに、活動内容不明の部活動は一つもなかった。硬派な部活が故、あえてそのパンフレットには活動を伏せている場合や、そもそも同好会止まりの場合もあるので、断定はしかねるが、もし無い場合には、俺自身が活動内容不明の部活動を創部することも頭に入れている。

「わたしはねー、あ、見学はまだしてないんだけどね、手芸部いいなって思って。お料理好きだから家庭部かなって思ってたけど、どうせなら新しいことしてみたいし、わたしぬいぐるみとか好きだしさ。あー、でも演劇部もちょっと楽しそうなんだよなー。わたし家族と観劇に行ったりするんだけどね、王道だけど『レ・ミゼラブル』とか好きで、あ、なんで好きかって言うとわたしフランス革命の時代とか好きでね」

 話を聞いている間、彼女が同級の女子ではなく孫に見えたことは言うまでもないが、どこか神聖視してひとつ距離を置いていた日野茜の、この語りぶりを見て、少し親近感が湧いた。彼女も俺と同じように山偕高校に楽しみを見出し、自らの高校生活をより良くしようと努めている。ますますメインヒロインとしてふさわしいではないか。

 俺がそんな風に考えている間に、どう話が飛んだのか、日野茜は砂漠の話をしていた。どうやら数年前に家族でエジプトへ行ったときの話のようだ。俺が個人的に読み返すために今から彼女の言葉をそのまま書き連ねるが、それらを読み飛ばしてもらっても、物語の理解へはなんら差支えは無い。

「エジプトは国土のほとんどが砂漠でね、四輪駆動車に乗ってツアーに行ったんだけど、本当にずーっと、ずぅっと! 砂漠なの! で、しかもね、そこで蜃気楼見れたの、蜃気楼。あの蜃気楼だよ⁉ それが本当に向こうにオアシスがあるように見えてさ。浮島現象っていうらしいんだけど、ほら、逆さ富士みたいに。なんか不思議とその幻のオアシスの水が飲みたくなってさ。ペットボトルの水が手元にあるのにね」

 日野茜は大掛かりなジェスチャーを加えながら、これからが話の本腰とでもいうように俺の隣に腰を据えてくる。彼女の何に火がついたのかは分からないが、これは長くなるぞと覚悟を決めたところで俺はぎょっとした。日野茜の、一つ空けて隣に座っているのは、かの巨漢、亘だった。

 俺が、自分の頭上越しに視線をやっていることに気づいた日野茜は、俺の視線に続く。彼女も同じようにぎょっとして、彼と目を合わせないように俯く。

「あ、葦原くんごめんね。話しすぎちゃったよね。あの、あっちに智子ちゃんいたから行くね。じゃ、教室で」

 そそくさと俺のもとを離れていく。彼女も亘が苦手なのだろうか。智子ちゃんとはいったい誰だと思い、彼女の行方を目で追うと、その先にはくまちゃんがいた。自分の他人の名前に対する記憶力を恥じた。

 それにつけても、亘だ。俺を下駄箱に叩きつけるだけに飽き足らず、日野茜との時間を引き裂くとは。素知らぬ顔で横柄に座りやがって。

「やい、貴様。昨日はよくも俺を靴まみれにしてくれたな。みんな自分の靴の行方に困ってたぞ」

 しまった。思わず威嚇したが、電車内で昨日のようなことが起こったら大変なことになる。と、思ったのも束の間。亘はこちらを数秒見たあと、まるで最初から俺がいなかったみたいにまた向き直る。どこまでも腹の立つ態度だが、ここでトラブルを起こすわけにもいかないので、俺も黙ってそっぽを向く。今の俺の頭の中には、どうして亘を懲らしめてやろうかという考えしかない。

 マタギに彼の駆除を依頼するのが最も現実的だと結論付けたところで、電車は山偕の最寄りに到着する。


 学校までの道を歩きながら、手銃で亘の胸部を狙っていると、その照準に美女の形相が現れ、慌てて銃を懐にしまう。

 きりっと吊り上がった目に固く結んだ口。さらさらと腰までまっすぐ伸びた黒髪にタイツに覆われた長い足。美女が服を着て立って、俺を上目で睨んでいる。

「こ、こんにちは」

 彼女の敵対心と警戒心を下げるため、焦って出た言葉がこれだ。こんにちはの時間帯ではなさすぎる。

「おはよう、葦原志郎君」

 げげ。あちらは俺を知っているのか。会った覚えはないが、ひとまず知っているふりをして、彼女のリアクションをヒントに記憶を探るとしよう。

「お、おはよう、へへ。随分、その……久しぶり……で」

 流石に昨日の記憶ははっきりしている。彼女に会ったり、ましてや名前を知られるようなことはなかったはずだ。とすれば必然的に旧知との再会ということになるが、全国から生徒が集まるこの学校で再会を果たすというのは、いったいどれほどの確率なのか。まあしかし、小学も中学もこの学校と同じ県内ではあるし、それほど低い確率ではない……のか?

「あなたが私に会えない今日を何度も繰り返して、やっと会えたのなら、確かに久しぶりといえるわね」

 しまった。どうやら俺のあずかり知らぬところで、昨日彼女に顔も名前も知られていたらしい。何故だ。俺に恋をしているのだろうか。

 しかしこの人はかなりの皮肉屋らしい。何が彼女を腹立たせているのだろう。

「私、あなたと同じ一年一組の知多(ちた)ほのか。黒板に張り出されてた名簿で全員の名前は覚えたの。そんなに気味が悪いみたいな顔をしないで」

 同じクラスだったとは。俺も昨日の時点でクラス全員の名前と顔を覚えておくべきだった。

「気味が悪いなんてまさか。同じクラスになったのに顔も分からなかった自分が恥ずかしいくらいだ」

「そう。……まあ、いいのよ。そんな話は」

 知多ほのかは後ろの髪を手の甲でさらっと払って、改めて大きなつり目を俺に向ける。思考が見透かされているようで、していない悪事をどう隠すか考える。

「文人……亘文人くんと昨日からよく話してるわね。さっきも電車内で話してたわ」

「はあ」

 彼とのやり取りが「話している」ように見えたのかい? と言いたいところではあった。

「どんなことを話すの」

「どんなことって……なにも。彼、ご機嫌が優れないらしくて。俺はぜひとも友達になりたいんだけどね」

「……機嫌が優れないのは、彼が受験勉強を始めてからずっとよ」

「そ、そうなの?」

 彼女の表情に陰りが見えたので、何か二人の間に情事があったのかと勘繰る。

 というか、

「もしかして、同じ中学なの?」

「ええ」

「そりゃすごい! その中学校も鼻が高いだろうな。伊勢の中学校だっけ?」

「いせ? 仙台の学校よ」

「あ、そう」

「別に、すごいことなんてないわ。バカなだけよ」

 どうも先から要領を得ないな。俺に話しかけた意図が見えてこない。

「ごめんなさい。話が逸れたわね。亘文人だけど、あまり彼に近寄らない方がいいわ。あなたのためを思っての忠告なの。分かってくれるかしら」

「は、はい」

 なんて優しい人なんだろう、と心から思うには多少の引っ掛かりはあるが、これでまた、キャラの立ったヒロインと関係ができた功績は大きい。

「そう。良いわ。それじゃ、教室で」

 華麗な歩行姿勢が人の目を集めながら遠ざかっていく。

恐るべき目力にはっきりとした口調。しかしミステリアスかつ親切(かどうかは今時点では判別しかねるが)。ヒロイン候補として申し分ない。ヒロインが多いほどラブコメとしての質が上がるとは思わないが、俺の目の前に登場する人物がみんな魅力的であればいいと思うし、それがヒロイン足り得るなら、なお嬉しい。早く教室へ行って、登場人物をじっくり吟味しなければ。

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