真実はいつも
いま思い出してもまだ怖気をふるいます。いえ、できるだけ思い出さないようにしてはいるのです。
その事件があったのは、わたしが13歳になったばかりの夏でした。
寝苦しい夜で、わたしはなかなか寝付けないでいました。エアコンはつけっぱなしにしたままにして窓は閉めてありましたが、外では何かの動物の鳴く声が聞こえていました。
こんな住宅街で? と思いましたが、最近はいろいろな野生動物が人家の近くにも来るというニュースも見ていましたから、そういうのの一つかもしれないと思っていました。
何度目かわからない寝返りを打ったあと、部屋の扉がそっと開く音が聞こえたような気がしました。
衣擦れの音がして、誰かが忍び足で入ってくるのがわかりました。
薄目を開けてうかがうと、すぐにそのシルエットは義父だとわかりました。
こんな夜中になんだろう? と思いましたが、わたしは気づかずに寝ているふりをしました。わたしは母が再婚した義父がきらいだったからです。
義父が小声でわたしの名を呼びましたが、わたしは寝たふりをして返事をしませんでした。
そこから先が、わたしの想像を超える展開でした。
義父はわたしの掛け布団を下半身部分だけめくり、パジャマを下げたのです。
その先のことは思い出したくもありません。
母に医者に連れて行かれ、薬を飲まされて、妊娠していないことを確認されました。
警察で、根掘り葉掘りそのときの詳細を聞かれました。何度も吐きそうになりながらも、子どもだったわたしは答えなければならないのだと思って歯を食いしばって答えました。
やがて義父が逮捕され、母とわたしは別の場所に引っ越し、裁判が始まりました。
母は傍聴に行きましたが、わたしは行きませんでした。祖父母のところに預けられて勉強していました。
裁判なんか見に行ったら思い出してしまうからです。
祖父母の家の庭のヤマボウシの葉が色づいてクリスマスが近づくころ、わたしは裁判所から呼び出されました。
証言をするためです。
ヤマボウシの紅葉は楓とはまた違った美しさがあります。はにかむように葉の一部が色づいて、やがて全部が真っ赤になり、そしてわずかな風ではらりと散ってゆくのです。
証言なんてしたくありません。
誰のための証言なんでしょう?
わたしの人生はわたしのものではないのでしょうか? わたしの時間はわたしのものではありませんか?
あんな下衆男のために、なぜこんないやな思いをいつまでも続けなくてはいけないのでしょうか。
大人たちは誰も彼もが正義を求めています。
犯人を罰することこそがわたしのためだと思っているのです。
そのためのわたしの苦しみは仕方のない当然のことだと思っているのです。
そうなんですか?
わたしにだって、これから恋をしたり青春を楽しんだりする権利はあるはずです。ヤマボウシのように色づく権利があるのではないでしょうか?
わたしはまだ13歳なのです。
若芽のうちに萎れてしまいたくなんてありません。あんな下衆一人を罰するためだけに。
わたしはこれから一生懸命勉強して、希望の高校にも合格するんです。初めてのキスをし、初めての朝もちゃんと迎えたいのです。
わたしは人生を失いたくないのです。
それには、こんな事件などあってはならないのだとわたしは気づきました。
身のうちのどこかに黒いかたまりが残っているようにも感じますが、それは気にしないことにします。
13歳だったわたしはそんなふうに考えたのです。
あのころたしかにわたしはまだ子どもでしたが、その判断は間違っていなかったと今も思います。
衝立に囲われた証言台で、裁判長に当時のことを再び聞かれました。
湧き上がってくる吐き気を抑えながら、だからわたしはこう答えたのです。
「夢を見たんです。警察でいろいろ聞かれて、リアルな夢を本当だと思ってしまいました。」
少女の証言は変遷している。
証言の信用性には合理的な疑いが残る。
よって被告人は無罪。
了
裁判で真実を明らかにする。
よく聞く言葉ですが、ときに法廷の場は真実を覆い隠してしまうこともあるかもしれません。




