後編
夏はあんまり好きじゃない。お盆の時期は特に。
『戦争』について、多くのメディアに取り上げられるから。
映像は、特に苦手だ。一度見てしまうとしばらく、眼裏から消えてくれないから。
「ぅおおぉっなんっちゅうもんをお前はーー!!」
ちぃくんが、せっかく夜なべして私が書きあげた原稿を投げた。
「ちょっと、まだ途中じゃん。最後まで読んでよ」
「誰が読むかよ誰が!お前ギャグ&ホラーって言ってたくせに詐欺すぎるだろ!!」
「いやいや、被爆描写で疲れたからここからギャグくるから。うふふパッカーンだから」
「なにがだよ、なにが!」
私達がいる校舎の日陰から、ひらりと出て日向の中に落ちた原稿がやけに眩しい。
順番はあとにして、とりあえず拾っていく。
「んもー読めばいいのに。だからぁ、新しく爆誕した被爆祟り神さまが、男神をパッカーンしてその隙にみんなにも“記憶”をどーんって」
「…みんなって?」
「揺りかごから亡くなる1秒前まで隔てなく」
うわぁあ鳥肌がー!ちぃくんが両腕をさわさわしながらぐるぐる回る。
まだ、お盆休みとして活動休み中の部活動が多く、校舎は静かなものだった。
ただちぃくんのところの漫研部みたいに、文化系の部活動は集まってるところもあるとかで中に入れるんだけど、ちぃくんがホラーなら外で読むと言ったから暑いけどここに居る。
「うーん、ちょっとホラーが強すぎた?」
ちぃくんがバッと振り向く。
「おっお前、えっだいじょうふが!?」
「ふがって何!ふっ、ぅふふふ!ウケるっ…!」
クリーンヒットすぎてなかなか笑いがおさまらない。
はぁぁーまぁいいわ。俺を驚かせようとしたんだよな。お前はそういう奴だよな。
だいぶん脱力しながら、ちぃくんもまた車止めに座った。
蝉がシャワシャワ鳴いている。
「俺はさー、夏っぽい話を書いて欲しかったんだ」
「夏といえばホラーでしょ」
「いやこれ、人怖だろ。」
「でもほら戦争とか、やっぱり夏でしょう?」
ちぃくんは口に入れたら変な味だった、みたいな顔をした。
「…お前、苦手なくせに無理すんなよ」
思ってた以上に心配気な声音で言われて、ちょっときゅうっとした。
小学校の授業でみんなで見た映像。
視聴覚室のカーテンは厚くて、外の光は遮られて。
画面の映像は、次々に変わっているのに消えてくれない。
涙がとまらなくて、震えもとまらくて。
そうしたら後ろの席のちぃくんが、先生にすみません!って言って私の手を引いて廊下に連れていってくれた。
背中をさすってくれた。
それからずっと私のヒーロー、内緒にしてるけどね。
ちぃくんが私に右手を差し出した。
上向きに開くその手のひらに、そっと私の右手をのせた。
「いやお手じゃなくて、原稿!ありがとうな、家でちゃんと読むから」
思わずポソっと言った。
「…どんかん、にぶにぶ」
「ん?なんか言ったか?」
「んーん、はい!部分的にでも漫画に使える所があったら、使っていいからね」
「俺が時代に追い付いたら、その時には…!」
「ちぃくんの漫画、すごく上手じゃん」
ちぃくんは、ちょっとニマってしつつ目がキラキラして嬉しそうな顔をした。
ほんとにそういうところがさぁ。好きになっちゃうんだよ、ずるいよね。
多分私も今ニマってしてるんだろうな。
二人並んで帰り道、まだまだ太陽は中天に近く本当に暑すぎる。
街路樹のお陰で何秒かおきに日陰に入れるけど、またすぐ日向、いやになる。
もうすぐバス停だ。
自販機の前に差し掛かったとき、
ターン、ターン、ターン、ターンと水滴の音がした。──ふふっ。
「あっちーなぁ、マジで死ぬってこれ」
バスが来るまでもたない。言いながら、ちぃくんは炭酸飲料を買った。レモン味──だよね。
「お前もなんか飲むか?」
「んーん、私は水筒持ってるから大丈夫」
ほら、とリュックから少し出して見せると、ちぃくんはニカっと笑った。
でかいやつじゃん、俺は忘れたー!とゴクゴク飲んでいる。炭酸なのにそんなに一気にすごいな。
「「あー!やっぱり夏はシュワッとじゃないとなぁ!」」
やっぱり、こう言うと思った。
いきなりのユニゾンに、ふふふ、びっくりしてる。
君は言葉選びも少し可愛いよね。こういうちょっとしたことに、好きだなって改めて思うよ。
──ごめんね、これは三回目なんだ。ねぇちぃくん。ちゃんと言えなくてごめん。
また、水滴の音がする。
ターン、ターン、ター…──ふふふっ。本当にふざけやがって!!!
雷が鳴った。
光と音が同時だったと思っていると、息つく間もなく途方もない大雨も降ってきた。
昨今の、記録的大雨ってやつよね。この雨は初めてだわ。
すぐ傍にいる君は、ものすごく慌ててる。
大丈夫か走るぞってほら。いつだって、君は衒いもなく私に手を伸ばしてくれる。
私は、
「忘れ物を思い出した!ちぃくんは、このまま先に帰って!」
雨音に負けないように、大きな声で言った。
制止する君の声が聞こえた。
──ちぃくん、ありがとう。ごめん、ごめんね。ありがとう!…おばあちゃん。こんな孫娘でごめんなさい。
君に手を振ってから、学校へ向けてかけ出した。思わず涙が出たけれど、それは雨と一緒にすぐ流れ落ちた。
もう、後ろは見ない。
今日は、本当は私は自転車で来てたんだ。
一駅分だし、トータルだとその方が少し早く来れるから。
でも。
君は電車で。
だから、それで校門を出てすぐに君と別れると。
君は、きみは君はっ──!!
ルートを変えて、あのバス停からは三回目。
一回目は、二人でバスに乗った。
二回目は、バスに乗った君を見送った。
三回目は、どうしようかな。一本見送って、次のに二人で乗ろうか?ふふっ、出来なかったけど。
──あ~あぁ!本当に本当にぜったいに。赦さないから!!!
ちぃくんに渡した小説は、別の結末があってそっちが本当の結末。すごく嫌な結末。
ふふっ、うまれたばかりの祟り神はね、うしろから現れたもう一つの鏡に写し取られて、そのまま、合わせ鏡の中に閉じ込められるの。
なんかの漫画でも言ってたっけね、勝利の瞬間に最も大きな「隙」ができるって。
だとしても、そもそも。
あぁなったのは、そっちの対応が悪かったからじゃない。
別にうしろからなんて卑怯な!とかは言わないわ。
わたくしも大概だったもの。
だけどね。
だけど、どうして彼を巻き込んだのかしら。
お前達、対応が悪いわね。
本当に悪い。悪手の中の悪手だったってこと、必ず、必ず必ずかならずっ!!!
絶対に思い知らせてあげるからっっ!!!!!
風も出てきて、雨はごうごうと唸っている。
雨音なんかで、ごまかせるとおもってるのかしら。
聞き分けているわよ?違う音だって。
だいじょうぶ。ねぇあんしんして?
ふふっ。ふふふ、うふふあははははははははははっ!!!!!!!!
──ねぇ、神様。みつけたのはわたくしの方だもの。
◇
◇
◇
◇
◇
夏はあんまり好きじゃない。お盆の時期は特に。
『戦争』について、多くのメディアに取り上げられるから。
映像は、特に苦手だ。一度見てしまうとしばらく、眼裏から消えてくれないから。
…風にのってどこからか子供の笑い声が聞こえた。
今のは多分…あの神社からだろうか。
夏至はもう二ヶ月近く前になる。油断していると、すぐに夜闇に包まれる。
──はやくお家に帰りなさいと、声をかけよう。
ぐるっと見渡すと、予想に反して境内の隣の公園には誰も居なかった。
…でも、確かに聞こえた。
不思議に思って首をかしげていると、また声が聞こえた。多分女の子の声だ。
さっと目を向けると、何時もは閉まっている拝殿の戸が少し開いていて、中から光がもれているのが目にとまった。
階段の隅の方に、丁寧に揃えられた靴が一足ある。
…中に上がり込んでいるのだろうか。
足をむけた瞬間、ゆるく向かい風が吹いてきた。
かすかに、不安が胸を過ったが、子供がまだいるであろう心配の方がまさった。
戸を開ければ、また誰も居ない。
だが。
鏡面を下にして、鏡がぽつんと床に落ちていた。
感じる違和感に、胸の中に不安が滲むように広がった。──けれど。
あ の 鏡 を 拾 わ な け れ ば 。
鏡裏の装飾を見れば、年代物であろうことは疑いようもない。華やかというよりは、筆致をそのまま彫りこんだような美しさがあった。
そっと慎重に鏡を持ち上げると、その下にもう一つ鏡があった。
下になって落ちていた鏡に、自分の顔が写りこむ。
急激に途方もない後悔が押し寄せてきた。
あぁ、やってしまった。
綺麗に磨かれた鏡に写った自分は──
今にも泣き出しそうな、謝ろうとしているような……とても、かなしい表情をしていた。
さいごにおしえて?レッツQ&A!!
①この話は結局どういうことなんですか?
Answer→かんがえないで、感じてください(丸投げ)
②登場○物紹介おねがいします!
Answer↓
わたくし≧私……神様をみつけてしまったヤバい方。 学生さんだった。
俺……「私」とは小学校からの友達。鈍感系男子。漫画を描くがオリネタが中々思い浮かばないので、「私」にうっかり頼んでしまった。ただ夏っぽい話を考えてほしかったんだ。 学生さん。
私≦わたくし……夏の時期によく見聞きする、戦争にまつわる話題を避けつつも、それについて考えずにはいられない人。神様がちぃくんを巻き込んだ事に、とても怒っている。みつけてやる! 学生さん。
彼の世界……神様的には閉じたかった。 「わたくし」はなぜあんな願いになったのか?卵が先かニワトリが先か──
みつかってしまった神様……初手からどうにも対応が悪かった。他の神様に介入してもらえたとはいえ、はたしてどうなることやら。
合わせ鏡を覗いた人……読者さん。
ここまで読んでくれて本当にありがとう!!