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前編

夏はあんまり好きじゃない。お盆の時期は特に。

『戦争』について、多くのメディアに取り上げられるから。

映像は、特に苦手だ。一度見てしまうとしばらく、眼裏から消えてくれないから。




──どこからか水滴の落ちる音が聞こえる。



今年は母方の田舎に、お盆の墓参りにきた。

母方の田舎は、うちからは遠い。移動だけで夜までかかる。去年は弟が受験生だったので、父方の田舎に集まった。

親戚達と一緒に墓参りをし、提灯に火を灯す。この提灯の灯りが、お盆でこの世に戻ったご先祖様を導くしるべとなると教えてくれたのは、3年前に亡くなった母方の祖母だった。祖父は、母が子供の頃に亡くなっているので写真と思い出話でしか知らない。

叔父の持つ提灯はまだ新しい。祖母の好きな花の絵柄が、ユラユラと灯りに透けて足元を照らす。


墓地を出て、裏にあるお寺さんの横手を回って祖母宅へみんなで歩いていく。

また、水滴の音が聞こえた。反響が長いのか、音はポーンと深く聞こえる。

道路の斜向かいにある、神社から聞こえた気がした。小さな頃は、従妹たちとよく神社に遊びにきていた。境内の隣に小さな公園があるのだ。木陰で涼しく遊べる。

──懐かしい、ここで遊ぶの好きだったな。

今年は従妹たちが受験生でいない。



「ちょっと神社にお参りしてくる!」

かけ出しながら、みんなに声を投げた。

弟がおいっ!姉さん!と声をあげたけど振り返らなかった。

弟は昔から怖がりだから、誰と一緒でも()()神社には頑なに近づかなかった。そんなところも好きな理由だった。


──暗くなりはじめたら、すぐに家に入りなさいと言ったでしょう。忘れ物なんて、明日になさい。

鳥居の前に着いた時、祖母の言葉がふとよぎった。ほんの今聞こえたように、いやにハッキリと…

また、水滴の音が神社から聞こえた。

ポーン、ポーン……


すでに提灯の灯りは、みんなと一緒に遠ざかっていた。

鳥居を見上げて震えがきた。──あぁ何時もと()()

ゆっくりきっちりと、拝殿に向かって礼をして鳥居をくぐる。

鳥肌がとまらない。作法は丁寧にしなくては…!

自然と下がる頭はそのままに、そっと歩いていく。

手水を掬い、順に浄めていく。──なんて冷たい水なんだろうか。…ふふっ。

つぎに祓戸社へ。こちらでも、ゆっくり丁寧に。

木々に囲まれた境内では、夕闇がすぐに夜闇へと変わっていく。

──これはなんと言うべき心地なのだろうか。震えが止まらないの。なのに。…ふふふっ。

拝殿の前で立ち止まる。

賽銭箱へ大きな音をたてないように、慎重に持っていたお小遣いをすべて入れる。

二礼二拍手一拝。

──まだ。まだ、祈るべきはここではない。



ゆっくりと面を上げる。

拝殿の何時もは閉まっている戸が、少しだけ開いている。何か明かりがあるのか、薄い光がもれている。

靴を脱ぎ丁寧に揃えた。──後に()()を見つけるのは、弟以外だろうな。ひととき、目を閉じた。


そうっと、戸口へとあがっていく。

静かに座して戸を開ければ、拝殿の中はすぐに見渡せた。

中はそれほど広くはなかった。古い木の香りがしたが、埃っぽくはない。綺麗に掃き清められているのがみてとれた。

奥に祀られて、淡く光っていたのは鏡であった。

綺麗に磨かれて、柔らかくも美しい光。

──あぁ!なんて、なんて!



鏡に写らぬよう、慎重に近付こうとした時だった。


『とまれ』


上から──否、天から声が降ってきたと同時に体が何十倍にも重くなってしまったように感じた。畏れる、その大いなる威に。

床に手をつき、じっと頭を下げる。

どれほど時間が経ったのか。ふと、少し軽くなったように感じた時、


『なにゆえに』

短く問われた。間違えてはいけない。


おそれながら…震えささやく声しか出せなかった。

「わたくしは、お祈りいたしたく」


頭を下げたまま、耳を澄ます。

水滴の音がはっきりと聞こえた。

ポーン、ポーン、ポーン……

木床とそこについた自分の手のみだった視界に、スッと白い足袋が見えた。近い。

また少し、軽くなった気がしたがじっと待つ。


『なにを祈る』

その問いに思わず息が止まる。

出来る限り細く、ゆっくりと息を吐きそして答えた。

被爆し、死んだ人々の「記憶」を、どうかわたくし()にお授けください、と。


『記憶…なぜそれを願う』

慎重に、答えなければならない。

「わたくしは、風化をおそれております」


少しの沈黙があった。

『生きた語り手は確かについえよう』

『しかし、忘れはせぬとその心は天へ届いている』

『娘よ、そなたが祈らずとも』


確かにそうでしょう。毎年必ず見聞きするのだから、それは信じられる。それでも…


「わたくしの先祖にも被爆者がおりました。爆心地から遠くはない場所に居たため、苦しみは重く、死ぬその時まで嘆きと共にいたと聞きました。われら人は、自らの身におきたことでなければ正しく慮ることも出来ぬのです」

やっとの思いで帰りついたふるさとでも……


また少し軽くなった。いや、これは気のせいかもしれない。…それでも!

腹に力を入れ、上体をゆっくり真っ直ぐになおしてゆく。

まみえる。はたしてそれは、男神であった。

表情は読みとれない。しかし、気配が少しざわめいたか。



『うまれ、ただ生きるだけで苦しみであろう。そこにいかほどになるかも分からぬ苦しみを、さらに望むと』

──『愚かなり』


視線が交わる。

瞬間だった。



あ。あぁあああああああああああああああああああああああああぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

溶ける。熱い。痛いイタイ苦しい、どうして?どうしてどうして、なんで、こんなの嫌だいやいやイヤいやぁぁぁあああ!!!!どこ?あの子はどこに、まちあわせは決めていて見てま。あぁぁあ水、水を苦しい、川にかわ、ぼくも連れていって。おねがいします、おねがいします、お願いします、たすけてうごけないの助けて。聞こえない見えないなんで、どうなってるんだ、どうして、踏まないでふまないでくれいたいここにいる!ここにいる!!っぁぁああーうわぁぁーおかあさーん!おがあざーんぅぁああーん!あれは空襲?くうしゅうなの?あんなの知らないしんじない信じないぜったいしんじないあんなのしんじない、おねがい、お願いしますお願いしますどうか。くろい雨がふってる。みんなまっくろどこをあるけばいいの?どこもいっぱいで居ないところがないよ。いきなさい、お母さんはもううごけないのごめんね、いきてね生きて、いきて。…こんなにいきるとおもわなかった、きみと歩いたさわやかな風をおぼえてる、白い天井がにじんでいく、あぁ苦しかったけどやっとあえる、やっとやっと────


──────!!!!っぁぁあああっ!!!!


いつの間にか床に転がっていた。

いきてるの?しんでるの?

しんでる

しんでる

しんでる

しんでる

死死死死

しんでるしんでる死んでるだけどいきてる。

ぅぅうああああぁあああっ!!!!!!!!!



息がくるしい、くるしい、でもいきてる。

いきてるから苦しい。ぁぁああ!

みられている。

でもそれよりもこの身の内に、たしかに「記憶」をかんじる。

かんじる。

かんじるわ。…ふふっ。ふふふ、うふふあははははははははははははっ!!!!!!!!!



床に手をついた。

わたくしからでた、なにかの液体ですべった。

うふふ、かんじるわ、()()()()の「記憶」。

ころがってうつぶせになる。

たちあがるとぼたぼたおちた。

なにかしら?なんでもいいわ。

ふふふふ、あらどうなさったのかしら?

よこめにゆらりとてをのばす。

もうなんのしょうがいもない。

あぁやっと、やっとね。とってもきれい、淡く光って本当にすてき!


ふりかえる。おがみがあとずさる。


なぜって?

なんでかしらね?

でもどうでもいいでしょう?

うふふ、だぁってみつけたのは──────






『わたくしの方だもの』




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